私の一番大切なもの

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46. 朋子のお母さん

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(朋子のお母さん)

 そんな出来事があった、その週の土曜日……
 修学旅行の買い物に出かけようと妙子と朋子は家を出た。
 妙子は、父親裕次郎にも当然のごとく朋子を紹介して、紗恵子に話した事情をまた説明した。
 おまけに朋子の修学旅行の費用も全額即金で出してくれることになった、妙子にとって頼もしい父親だ。
 父親も次から次えと同居人が増えていくことに驚いてはいたが、それでも家の中が明るく楽しくなったと喜んでいた。
 やはり朋子が母親似の美人だったせいかもしれない。
 初夏のすがすがしい日よりのなか、しばらく歩くと朋子はふと姿を消した。
「妙子……」
「おばあちゃん!」
 道の向こう側から、こちらに歩いてくるのは、朋子の母、妙子の祖母昌子だった。
「どこに行くんだい……?」
「え、あれ……」
 あたりを見回すが朋子の姿はどこにもなかった。
「……、ちょっと修学旅行の買い物に出ようと思ったんだけど、朋ちゃんがいなくなっちゃった」
「……、だれだい?」
「あ……、その、私の友達だけど……、今、私の家に一緒に住んでいるの。それに、小さいとき一緒にいた良一が、又いるのよ。家に帰ってゆっくり事情は話すから……、ちょっと先に家に行ってて……」
「ケーキも買ってきたから、早くおいでよー!」
「わあ、ほんと、ありがとうっ! すぐ帰るから……」
 祖母は少し歩いてから振り返り……
「あーあ、ちょっと待て……、お小遣い上げるから」
「本当、嬉しい!」
「ちゃんと修学旅行で要る物を買うんだよ」
「わかっているわよ!」
 祖母は、気前よく三人分のお小遣いを妙子に渡した。
 それから、またゆっくりと、足取りは重く歩いていった。
 しばらくして、妙子はもう一度あたりを見回すと、道沿いの知らない家の庭の中から朋子が、あたりを見回しながら恐る恐る出てきた。
「今の誰……?」
 遠ざかり、小さくなってゆく祖母を見ながら朋子は訊いた。
「私のおばあちゃんよ!」
「うそ、あれは私のお母さんよ……」
「え、どうして……、わかるの……?」
 妙子は驚いた。
「でも、やっぱり違うのかな。どう見ても、おばあさんよね……、私のお母さん、もっと若いもの……」
「でも、朋子ちゃんのお母さんかもしれないわよ?」
「それなら、妙ちゃんは私の子供じゃない……」
「そうよ。思い出したー!」
 妙子は思わず朋子の袖を掴んだ。
「バカね……、でも、あのおばあさん、変に似ているわよね。私がお爺ちゃんの牧場にいる間に、お母さんに何かあったのかしら?」
「どっちのお母さん? それよりも、おばあちゃんがお小遣いくれたから……」
 妙子は早速もらったお小遣いの中から一枚を朋子に渡した。
「ありがとう。変なお札ね。これ使えるの?」
「もちろんよ! さあ、ちゃっと買い物済ませて帰りましょう。おばあちゃん、待っているから……」
 妙子は、繁華街へと歩き出したが、朋子は立ち止まったまま動かなかった。
「どうしたの?」
「……、あたしちょっと胸騒ぎがするから、家に帰ってくる! このお金、使えるんでしょう?」
「え、帰るって何処に……、牧場に行くの?」
 朋子は走り出した。妙子はどうしたらいいのかわからず惑った。
 もし、牧場に帰るならなら一緒に行けない。
 こんなとき良一がいてくれたらなと思った。
 良一は朝から自分の家の掃除と庭の手入れに帰っていた。
「おばあちゃんの家……?」
 妙子は直感的にそう思った。
 しかし、朋子の姿はもう何処にも見当たらない。
「こうしちゃいられないー!」と、妙子は買い物を中止にして家路に急いだ。
 ちょうど玄関に入るところで祖母を捕まえた。
「おばあちゃん!お願い……」
 妙子は全速力で走ってきたせいか、息も絶え絶えに訴えた。
「どうしたんだい。そんなに急いで……」
「あのね……、あのね……、朋ちゃんがね……、おばあちゃんの家にいっちゃったの……」
「私の知っている親戚の子かい?」
「おばあちゃんの子供みたいな子なのよ」
「そんな子いたかね?」
「それで、おばあちゃんのことを話したら、会いに行くって行っちゃったのよ。おばあちゃんがここにいるのに……」
「まーあ、そそっかしい子だね。誰に似たんだい……」
「だから、早く帰らないと、どこかにいちゃうわっ!」
「大丈夫だよ。お爺さんがいるから……、後で電話しておくから……」
「そんなのん気なこといってないで、迷子になっちゃったらどうするのよっ!」
「何だかわからないけど、忙しいねー」
「早く!」
「じゃあ、タクシー呼んどくれ! その間にお母さんの顔見てくるから……」
「わかった!」
 妙子は祖母よりも早く玄関を駆け上がって叫んだ。
「お姉ちゃん、タクシー呼んで!」
 祖母は、わけがわからないまま、やっとの思いで疲れた足を持ち上げて玄関を上がった。
「相変わらず騒がしい子だね。誰に似たんだい!」
 朋子に言ったときと同じ言葉を呟いた。
「いらっしゃい……、もう帰るんですか?」
 紗恵子が二階から降りてきて祖母を迎えた。
「はい、これおみやげのケーキ、冷蔵庫にでも入れとくれ。今日は泊まりで、妙子のピアノでもみてやろうと思って来たんだけど、なんか朋ちゃんが私の家に向かったとか迷子になるとかで……、誰だい朋子って?」
「私もよく知らないのですけど、小柴朋子って言うそうですよ」
「あらまあ、それじゃやっぱり私の身内かねえ? 妙子ぐらいの子供はいなかったと思うけど、誰だろうね。でも、私の娘と同じ名前をつけてくれるとは嬉しいねー」
 妙子は紗恵子に電話してもらおうと思ったが、自分で電話したほうが早いと思い、受話器を取っていた。
 祖母はゆっくりとした足取りで娘のベッドまで来ていた。
「お母さん。評判いいから将来はお母さんのような女医さんにしたいと思っているんじゃないですか?」
 紗恵子も祖母の横に立って、母の白く透き通るような顔を眺めた。
「ところで、こちらの朋子さんはどうだい?」
「安定してますよ……」
 紗恵子は改めて、モニターのバイタルをみなおした。
 妙子は駆け足で祖母の持ってきたバックを掴むと
「私、外でタクシーが来るのを待っているから……」と、また玄関を飛び出していった。
「元気だね。あの子は……、紗恵子にはいつも感謝しているよ。朋子の分まで世話を掛けるね」
「そんなこと言わないでください。私のお母さんですから……」
「でも紗恵子も、そろそろ結婚を考えなきゃあいけないし、前にも言ったけど、その時は、私が面倒をみるから安心して嫁いでいいから。それがお母さんの望みだと思うから……」
「なに言っているんですか? そんなの全然ないですよ。今は取り合えず医師になることが先決ですよ」
「そんなのんびりしていると婚期を逃すよ。女は歳を取るほど縁遠くなるから……」
「おばあちゃん。来たわよー!」
 妙子が駆け足で飛んできた。
「やれやれ、それでどんな子だい」
 妙子にせかされながら、精一杯急いで祖母は歩きながら訊いた。
「私のお母さんと同じ顔をしているから、すぐにわかるよっ!」
 妙子の声は裏返っていた。
「同じ顔……、誰だったかね。妙子も来ればいいじゃないか。明日お休みだろ」
 妙子は突然立ち止まった。
「そうよね。タクシーだもんね。わたしも行くわっ!」
 祖母は妙子に引っ張られるように、また重い足取りで玄関を出て行った。
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