カタリーナのお店の人々

マッシ

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3. 重い荷物をしょっている女

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(重たい荷物をしょっている女)

 土曜日の午前九時になると、私の友人のキー子がバイトに来る。
 朝の忙しい時間帯では、私一人では手が回らない。
 キー子の家は複雑で、彼女はヤング・ケアラーだ。その上、両親は離婚した。
 春に、私とキー子がここでバイトをし始めた時に、ちょっとした騒動がこの店で起きた。

「何しに来たのよー」
 キー子が怒鳴った。
 離婚した父親が突然、店に来た。

 キー子の母親は五年前、キー子が小学校五年生の時、脳出血で寝たきりになった。意識はあるが、意思表示がない。
 勿論、食事もできず、口からは何も入れられず、直接胃からの栄養ドリンクで生きている。
 去年、裁判離婚した。
 妻の面倒が見られないわけでもないが、実質、仕事との両立は難しい。特に会社経営をしている社長様だけに、社員の面倒の方が優先される。
 その上、愛人がいるようで、子供ができたらしい。
 それをきっかけにして離婚しようと思ったようだ。

 それに反発したのがキー子と弟準矢だった。
 二度と顔を見せないことと、親子の縁を切ることで承知した。
 しかし、寝たきりの母親には親権がなく、離婚しても父親が親権を持っている。
「家に行けば、喧嘩になるし、その前に入れてもらえんだろー」
 父親は、俯いてキー子を見ていなかった。
「そんなのあたりまえでしょうー、間違っても家に来たら、あんた準矢に刺されるわよ。息子を犯罪者にしたくないでしょう。あんたとは、あかの他人だから、この店にも来ないで……」
 キー子は、店中に聞こえるような大声で叫んだ。
「でも、親権は僕のところにあるから、色々な手続きに困るだろー、お金もいるし……」
 父親はキー子を見据えて小さな声で言った。
「大きなお世話よ! おばあちゃんにやってもらったから大丈夫よー、おばあちゃんもあの男は許せん、て言っていたから……、それにお金なら、お母さんの預金があるから、それと財産を分けてもらった分と、あんたの世話にはならないわ」
「でも、養育費は必要だろ……」
「要らないって、言っているでしょう!」

 その時に、店の隅に座っていた老人が口を挟んだ。
「貰っとけ、貰っとけ……、くれる物なら何でも貰っとけ」
 キー子は、老人を睨みつけてから、その老人の優しい笑顔につられて、きつく言い返さなかった。
「おじいちゃんは、この男を知らないのよ!」
「知ってるよー、お嬢ちゃんの父親だろう、元父親かなー、どんな酷い男でも金をくれると言っとるなら、貰っておけ……、これから長い人生があるんだ、親よりも頼りになるのは、お金だけだ……」
 老人の深い人生観なのかもしれない。
 反対にこの老人は、よっぽどお金に困っているのではないかと察してしまう。
 キー子も、あっけらかんと人生論を披露したお老人に、苛立った心が少しやわらんだ。

 キー子の父親は、この老人を見て、その優しい顔の風貌と、さっきの発言と、乱闘騒ぎになりかねない雰囲気を一瞬にして和ませた機転の鋭さに信頼を寄せたのか、上着の内ポケットから封筒を出し、老人のテーブルに置いた。
「わしにくれるのか?」
「お願いします……」
 それだけ言うと、父親は店を出て言った。

 老人は、封筒の中身を見ると三十万円の現金が入っていた。
「これは、凄いなー」と、老人は自分の懐に収めようとした。
 私は慌てて、老人のテーブルまで行って、手を掲げた。
「冗談だよー、……」
 老人は私の手に封筒を乗せた。
 キー子は、おちゃめな老人を見て笑っていた。
「でも、こんなもの持って帰れないわよ。準矢に見つかったら、返してくるって騒いで、それこそ大変よー」
 そこに私の母が助舟を出した。
「じゃー、私が預かっておくわ。ちゃんと別口で通帳を作って貯金しておきましょう。お爺さんが言うように、お金は親よりも大切だから……」
「何か、身も蓋もない感じね……」
「……、それが人生よ」
 私のお母さんもこの老人と同じ意見の様だ。

 私は、キッチンの中に入ってから母に訊いた。
「あの老人って、どんな人なの?」
「さー、知らないわ。母の時代から、よく見かけるわよ。週三回か四回は来ているわねー」
 この事件があってから、この老人をよく見ているが、決まって店の入り口近くの角席に、壁を背に座っている。
 やはり朝早く来て、新聞雑誌に目を通して、お昼ごろ帰って行く。
 時より眼光鋭く、店の中を見回している。
 表の表情とは裏腹に内側に何か殺気のようなものを感じる。
 もめごとの中に手を差し伸べる度胸があるところを見ても、ただ物ではないと思っている。
 あれ以来、キー子はこの老人が気に入ったのか、良く話している。
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