雪ん子うさぎ

マッシ

文字の大きさ
18 / 41

18. 星降る夜と真理子と武

しおりを挟む
(星降る夜と真理子と武)

 夕食もすまし、部屋に戻ると雪子は……
「もう、着替えてもいいよね―」と言って、着ていた服をいきなり脱ぎだした。
「ちょっと、ちょっと、武さんもお爺さんもいるじゃない」と真理子は男二人を睨んだ。
「そんなの、いつも見ているわよ!」と、あっという間にすっぽんぽんになって、リュックの中から浴衣を出した。
「浴衣なんか持って来たの―?」
「……、やっぱり寝るときにはこれでないと……」
 雪子は、浴衣を着ると一人布団を曳きだした。
「真理子、一緒に寝よう―、それともお兄ちゃんと寝る……?」
「ね、寝るわけないでしょう―」
 真理子は、慌てて首を振って否定した。
「じゃ―、お爺さんとお兄ちゃんは、あっちで寝てね―」
「……、あいよ―」と、お爺さんも武も布団を曳きだした。
「あたし、天の川、見に行きたい―」
「じゃ―、お兄ちゃんと見に行ったら―」
「二人でなんか、行けるわけないでしょう―」
「……、でも私、浴衣だし、こんな格好で出歩けないわよ―」
「三人で行っといで、山で見る星空は特別だ。星が降るように見えるぞ―」
とお爺さんは、自慢げに言う。
「でも、外はまだ寒いから、ダウンジャケット着ていきなよ!」と付け加えた。
 その言葉で、二人はダウンジャケットをリュックから出したが、雪子は浴衣だからと言ってそのままで、三人は部屋を出た。

 下駄箱のあるロビーまで来ると真理子は……
「ちょっと散歩したいから靴で行こう―」
「……、え―、私、浴衣だから、ここにあるすっかけで行くわ―、真理子一人だと危ないから、お兄ちゃんも靴で行ってね―」
「……、……」
 武は何も言わずに靴を取った。

 星の瞬く空、銀河は流れる、星のかなたに、手を伸ばせば掴めそうな星たち。
「……、きれい―、星がこんなに近くに見えるなんて、宇宙って広いのね―」
 真理子は、ご満悦。
「あたりまえでしょう―」と雪子。
「私、もっと広いところで見たい!」
 真理子の後ろには、大きく視界を遮る山荘と棟続きのレストランがあった。
「いっといでよ―、下に行けば見晴らしのいいところがあったじゃない……」
「うん―、ちょっと散歩、行ってくる―」
 真理子は、帰りの登りのことも忘れて、元気に下りて行った。
「早く、お兄ちゃんも付いていってよ! 真理子一人じゃ―、迷子になるから……」
「……、……」
 武は、真理子の後を追った。
「付いてこなくて、いいわよ―」
「……、……」
 武は何も答ず、それでも後をついて行った。
 山荘の明りが小さくなったころ、空の星はひときわ輝いて見えた。
「こんなところ、一緒に歩いていたら、夜のデ―トじゃない……」と、真理子は振り返らず武に言った。
「……、……」
 それにも、武は答えなかった。
 真理子は、急に振り返り……
「武さん、雪子のこと好きでしょう―?」
 ヘッドランプの光が武のお腹を照らし、武のヘッドランプは真理子の顔を照らした。
 真理子は眩しさに一瞬顔を背けた。
 武は慌てて、ヘッドランプを消した。
 それを見て、真理子もヘッドランプを消した。

 満天の星空が二人を覆うように広がっている。
「きれい―、天の川が見えるわ―、天の川ってこんなに広く空を覆っていたのね……」
 細かな、細かな、金粉の蒔絵のような星屑。
 それが大河となって、満天の星の中に広がり流れている。
「……、町では細かな星は見えないから、川の幅も狭くなっちゃうんだよ」
「そうね―、……、言葉にできない美しさね―、山の好きな人の気持ちが分かるわ―」
「……、でも、いつも、いつも、こんなに綺麗に見えないんだよ。月が出ていたら、こんなにたくさんの星は見えないし、雲や霧が出ているとやっぱり見えないから……」
 そう言いながら、武は一歩前に出て真理子の手をいきなり取った。
「え、なに、……」
 真理子は、逃げずに暗闇で見えない武を横に見た。
「……、キスでもしたいの?」
「……、いや、暗くてわからないから、どこかに行っちゃうと心配だから……」
「も―お―、……」
 真理子は、いきなり武の手を振り切って、走るように山を下りて行った。
「あぶないよ―」
 武は慌ててヘッドランプを付けて真理子を追った。
 闇の中、ヘッドランプは、時たま真理子を照らしだすが、すぐ視界から消えた。
 でも、傾斜がなくなり、なだらかに広がる峰の頂上ふきんに来たとき、真理子は星空を見上げて立っていた。
「流れ星……、きれいね―」
 それを聴いて、武はヘッドランプを消した。
「山の上は見晴らしもいいし、空気も澄んでいて、星もたくさん見えるから、流れ星もたくさん見えるよ。夏場は何とか流星群で、星が降るように見えるみたいだよ」
「……、へ―え、武さんて、星の話になると、よく喋るわねー」
「山で見る星は特別だから、……」
「それよりも、さっきの話、雪子のこと、好きでしょう―?」
 手元すら見えない暗闇の中、真理子の声だけが聞こえる。
 冷たい風が谷から吹き寄せてくる。
「……、雪子は特別だから……」
「特別って、どういう意味、特別に好きっていうこと、あたしみたいに……」
「……、雪子のこと、好きなんだ……」
「そうよ、大好き、友達とか親友とか、それ以上に愛しているのよ」
「……、愛している……?」
「そう、女として、……、変に思うでしょう。でも、雪子の裸を見ていれば、もう離れられないわ。武さんだって、雪子の裸、いつも見ているでしょう。何も感じないの?」
「……、いや、綺麗だと思うよ。でも、それだけ……」
「それだけで、いいの? 触りたいとか、抱きたいとか思わない……?」
「え、……、え、でもそれだけ……、余りにも慣れちゃったかなー」
「あたしなんか、雪子の裸みて、飛びついて抱き締めちゃったくらいだから……」
「……、う―ん、凄いねー」
「羨ましいでしょうー、雪子の体って暖かいのよ。それにふわふわに柔らかいの、撫でるとすべすべで気持ちいいのよ―」
「僕なんか、手も触れたことないよ……」
「え―、それも、それで、変ねー。あたし兄弟いないから分からないけど、兄弟ってそんなものなの……?」
「多分、そんなものだよ。それに雪子は特別だから、空の星みたいな存在だから、近くにいても、雪子は何億光年も彼方にいる……、僕たちは、見ているだけなんだ……」
「……、僕たちって、家族のこと……?」
「そう、一緒に住んでいないから分からないかもしれないけれど、家の中で誰も雪子の話をしないんだ。いつも話しているのは、お母さんだけ……」
「どうして、……?」
「……、さ―あ……、家では、ほとんどお母さんの側から離れないし、一緒に家の仕事をしているから、後は縁側で涼んでいるし、話す話題もないし……」
「なんか、寂しい家族ね……」
「真理子ちゃんは、お母さんと何か話すの……?」
「……、話しっぱなしよ―、学校の事とか、世間のニュ―スとか、家の中に二人しかいないから―、黙ってしまうと、怖いくらいに家の中が静かになっちゃうのよ―。それが嫌で、東京に居たころから、何でも話すようになったのかな―」
「羨ましい、家族だね―」
「離婚して、お母さんと二人っりの家でも……?」
「……、あ、いや……」
「でも、誠さんがお父さんになってくれないかなって思っているけどね―。私、ちょっと気にいっちゃたー」
「今日、会ったばかりなのに……」
「そうよ―、一目で優しい人って分かったもの―」
「……、どこが……?」
「どこがって言うことじゃないけど、誠さん全体で感じるのよ。それにお母さんの元彼だし、私のお父さんには、そんな感じ無かったわ。お父さん、どこかいつも冷めていて、遠くに感じていた……」
 星明りの暗い中でも、真理子の顔が薄っすらと見えた。
 そして、また谷から冷たい風が吹き寄せる。
「……、もう少し歩かない!」
 止まって空を眺めているより、歩いている方が体は暖かい。
 真理子が視界から消えたのを見て、武は慌ててヘッドランプを付けた。
「武さんは、そんなこと感じたことはない……?」
「え、……、そんなこと考えたこともないよ!」
「そっか、それが自然なのよね。普通の家では―、……」
「……、でも、最近はそうでもないけどね―」
「お父さん、入院しているから……?」
「……、そうだね。やっぱりお父さんがいたときとは、ちょっと違う……」
「なんか、その感じ分かるわ―。お父さんが家に帰ってこなくて、別の女の人の所にいるんじゃないかと思う気持ちに……」
「……、そうだね。どちらも心配する気持ちだね……」
「武さん、誠さんに似ているわ、血の繋がりかしら……」
 頂の峰は、いつしか緩やかな登りに変わっていた。
「それでも、変よ。さっきの言い方。雪子が特別って、どういうことなの……?」
「そんな、深い意味ではないけど、……」
「でも、遠い星の光と同じなんて、寂しい言い方じゃない……」
「家族みんな、感じていると思うよ。雪子はいずれいなくなる。雪が解けると同じように……」
「……、どうして……?」
「雪ん子だから……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...