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誘惑①
しおりを挟む大学三年の冬までは、何事もなく楽しく過ごせた。
二人はハルの平凡さに気づき、すぐに飽きて離れていくのでは……。最初はその可能性も覚悟していたけど、杞憂だった。双子たちはあいかわらず仲良くハルを取り合っている。
海斗と涼は、ハルを平凡な人間として扱わなかった。
いまだに二人の中では、ハルは頼れるお兄ちゃんのポジションらしい。それが照れくさいけど嬉しかった。二人といると、凡人という殻に閉じこもる前の、伸びやかだった昔の自分に戻れる気がした。
大学から近い彼らのマンションに泊めてもらうことも多い。ハルはいつもリビングのソファで寝かせてもらう。
驚いたことに、海斗と涼はいまだに同じベッドで眠っていた。
広い1LDK、寝室にはダブルベッドがひとつだけ。はじめてその事実を知ったときは、さすがに面食らった。
この美しい二人が、毎晩同じベッドで……。
一瞬だけ不埒な想像をした自分を殴りたい。兄弟なのだ。やましいことがあるわけない。
あるとき涼が席を外した隙に、海斗が困り顔で打ち明けた。
「中学からずっと、何度も別々に寝ようとしたんだけど……どうしてもだめで。無理して寝室を分けたこともあるんだけどさ。そのせいで涼が高校の頃、睡眠薬飲まなきゃいけないぐらい体調崩しちゃって……」
一人で眠れないのは、子供の頃に家庭内暴力を経験したことも影響していると思う。それに今は進学のため親元を離れたばかりの寂しさもあるだろう。
ハルはつとめて明るい口調で言った。
「大丈夫じゃない?仲悪いよりずっといいよ」
海斗と涼は、寝室以外はそれぞれの世界で大学生活を楽しんでいた。
海斗は夜遊びが好きでモデルのアルバイトをしている。涼は成績優秀で教授陣からのおぼえもめでたく、翻訳のアルバイトをしている。
生まれ持った美貌を謳歌し、危なっかしいほど濃厚に男の色気を漂わせる海斗。その美貌を持て余して憂鬱そうに目を伏せる姿が、かえって扇情的な涼。
双子の兄弟の顔立ちは、切れ長の目の艶やかさを主役にしつつも、他のすべてのパーツが完璧な上品さでまとまっている。
色っぽい魅力にブレたのが海斗で、高貴に洗練されたのが涼である。太陽と月みたいな二人だった。
かたやハルは、個人経営の弁当屋でアルバイトをして、売れ残った総菜を家に持ち帰る日々だ。
華やかな二人と比べるとあまりにも侘しい。だから彼女ができないのだろうか。
だけど、売れ残りの総菜を双子に差し入れすると喜ばれた。どんなにすました顔をしていても、彼らはまだ食べ盛りの十九歳なのだ。
忘れもしない、大学三年生の冬。その夜も双子たちの部屋で、他愛もない話をしながら夕飯を食べていた。
リビングの丸テーブルを三人で囲んでいると、全員がそういう年頃なせいか、いつのまにか色恋の話題になる。
「べつに彼女とかいらなくない?三人でお惣菜食べてるほうが楽しいよ」
海斗が無造作にグレーアッシュの髪をかきあげて言う。四月にハルと再会してすぐ、海斗は髪を染めていた。
ハル先輩、金と銀どっちが好き?と突拍子もなく訊かれ、ハルが適当に銀と答えた翌日に海斗が銀髪になっていたので、卒倒しそうになった。なんでもいいから涼と区別できる特徴を作りたかったそうだ。
「俺たちのこと見分けられるの、ハル先輩だけでしたよ」
「ぜんぜん性格違うのに?」
二人とも心底嬉しそうに頷く。ハルは特別なのだと全身で訴えてくる二人の無邪気さが可愛い。
海斗の奔放な性格には派手な銀髪がよく似合っていた。それに二人で並ぶと、涼の凛とした黒髪も際立つ。
「海斗はモテるからそんなことが言えるんだよ。彼女なんて作ろうと思えば一瞬で作れるでしょ」
「女よりハル先輩と遊ぶほうが楽しい」
歴戦のヤリチンがピュアなことを言ってくれる。海斗の浮名は二学年上のハルのところまで届いていた。
「ねぇ、本気で頼む。女の子紹介してくれ」
ハルはプライドを捨てて両手を合わせた。
黙々と春巻きを食べていた涼が口を挟む。
「だめですよぉハル先輩。海斗の周りの女なんて、みんな海斗のお手付きですから、不衛生です」
「本当は涼のほうがケダモノだから。高校の頃も涼しい顔して影で女誑しまくってたし。なぁ涼、お前のファンってガチ恋勢ばっかりなのにうまく遊んでたよな、尊敬しちゃう」
ゴ、と鈍い音を立てて海斗の脇腹に涼の拳がめり込む。泣き虫で儚げだった涼がしたたかに、そして冷徹に成長したものだと感慨深い。
涼は海斗のように積極的に女の子に話しかけたりしないけど、その美貌ゆえにいつも周りには女がいた。
涼が女の子に囲まれているのを大学構内で見たことがある。無愛想な顔をしつつもさりげなく長身を屈め、女の子たちと目線を合わせてやっている涼は、儚げながらも妙に男を感じさせた。ハルは気後れして声をかけられなかったほどだ。
ハルはボディブローを喰らってうずくまる海斗の銀髪をなでてやる。そして今度は涼に手を合わせた。
「涼様、清楚で優しい女の子を紹介してください。就職決まってる優良物件だって宣伝しください。お願いします!」
すでにハルは第一志望の企業の内定を獲得していた。早いほうだと思う。真面目で堅実なのが唯一の取り柄だ。
こんなに頑張ったのだから、残りの大学生活は恋人と思い出を作りたい。
「ハル先輩は彼女を作って何をしたいんですか」
涼は面接官のような口調で淡々と訊いた。
「お、お話したり、デートしたり……」
「今は俺とお話してるし、こないだ三人で映画観にでかけたじゃないですか」
「それとこれとは別だよ」
「ハル先輩、俺たちといるの楽しくないの?」
拗ねた子犬のような目で海斗が尋ねる。
「楽しいけどさ……彼女じゃないとできないことがあるというか……」
ハルは口籠りながらもそう答える。
こちとら二年半も女体に触れない禁欲生活をしているのだ。モテる二人にこのつらさはわかるまい。
「彼女じゃないとできないことってなんですか」
「……涼、いじわるじゃない?だいたいわかるだろ、そういうことだよ!」
「俺の友人の女性を紹介するなら、きちんと答えてもらわないと」
エサをちらつかされ、ハルはうなだれながら白状した。
「二年半ぶりにエッチしたいです……」
「なーんだ、そんなことか」
海斗がカラッとした口調で言った。そして信じられない発言をする。
「じゃあ俺でよくない?できるよ、セックス」
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