平凡男子が双子のヤンデレ美青年に墜とされ溺愛飼育エンドに至るまで

猫と模範囚

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海斗①

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「あれ、ハル先輩来てたの?」

 夕方にバイトから帰ってきた海斗が、リビングにいるハルを見つけて声を弾ませる。

「今日、海斗のバイト休みだって勘違いしてた。雨宿りしてこれから帰るとこ」

 ハルは普段と変わらぬ口調を心がけながら、苦笑混じりに答える。
 海斗が帰ってくる前に、涼と口裏を合わせていた。ハルが帰ろうとしても、すでに海斗と鉢合わせしかねない時間だった。それなら軽く顔を合わせたほうが自然だろう、と。

「俺が来た途端に帰るの?ひどすぎでしょ。それにまた夜に雨降る予報だし。ハル先輩泊まっていってよ」
「海斗と違ってハル先輩は忙しいんだよ」
「大学四年の最後のモラトリアム中のハル先輩って、世界一の暇人じゃん」

 海斗と涼の軽口の応酬を、ハルはスマホを見るふりをして聞いていた。

 ……まずい。泊まりになりそうだ。
 しつこくハルを帰そうとするほうが不自然と判断したのだろうか。結局、涼が折れた。海斗はハルが泊まると決めつけ、三人分のピザを注文する。

「絶対パイナップル乗ってないほうがうまいよ、これ」

 夕食中、ハルはピザにトッピングされたパイナップルに文句をつけた。

「俺は結構好きです」
「むしろめちゃくちゃうまい」
「やっぱりお前らと味覚合わない」

 あいかわらずタッグを組んでハルをやり込める双子の顔を、それとなく観察する。
 涼はいつものポーカーフェイスに戻っていた。海斗も上機嫌なので、たぶんバレていない。口に合わないピザをかじりつつ、ハルはほっと胸をなでおろす。

 とりとめのない話をしながら食事を終え、ハルはピザが入っていた箱を折りたたんでゴミ箱に捨てた。箱についたピザソースで汚れた手を見つめながら、思考は昼間の涼との行為に沈みそうになる。
 俺を選んで、と悲痛な声で懇願された。三人の関係がいかに歪であるかを思い知らされる。自分だけを見てほしいという恋の正当な欲求が、同時にもう一人への裏切りになるのだ。

 海斗にひどいことをしてしまった。涼にひどいことをさせてしまった。二人に所有されるのはハルの贖罪だったのに、新たな罪を重ねている。
 キッチンのゴミ箱の前に立ち尽くすハルの背中に、海斗がそっと声をかけた。

「ハル先輩?先にシャワー浴びる?」
「あ……大丈夫。海斗の後でいい」

 ハルはぎしぎしと軋みそうになる喉を震わせ、能天気な声を出す。
 海斗の後はハル、ハルの次に涼という順番でシャワーを浴びることになった。

 涼がシャワーを浴びているのを、寝室で海斗と肩を並べながら待っていた。束の間の二人きり。ハルはそわそわと落ち着かない動きをする指先をぎゅっと握りこむ。
 念入りにシャワーで洗い流したので、涼とのセックスの痕跡はハルの身体から消えているはずだ。
 大丈夫、普通にしていればバレない。ハルはそんな打算で頭がいっぱいになっている自分の醜さに打ちのめされた。

 ハルはどんな気分のときでも相手に合わせて愛想良くしてしまうところがある。友人からは好かれやすく、舐められやすい。就職活動がうまくいったのもこの無難で没個性な明るさのおかげだと思う。
 暗い気持ちを隠して笑顔を作るのは得意だった。ハルは海斗のバイトの話に相槌をうちながら涼が来るのを待つ。二人分の笑い声が響いた後、ごく自然な流れで会話が途切れた。

 スマホを見る海斗の横顔をちらりと窺う。長い睫毛を伏せて黙っていると、涼に似ていた。
 双子たちはおそらく、十代半ばくらいまでは女の子のように可愛かったのではないだろうか。そんなことを言ったら海斗は嫌がるだろうけど。普段の彼はあえてラフにふるまって可憐な印象から脱却しようとしている。だけど気を抜くと、生来の顔立ちの魅力が出てしまう。上品で華やかな可愛らしい顔。
 不意に、海斗が心配そうに尋ねた。

「ハル先輩、疲れてる?今日えっちしなくていいよ。涼には俺が言っとくから」

 海斗はハルの額に手を当て、熱を測ってくれた。彼といると、たまにどちらが年上なのかわからなくなる。

「……熱はなさそうだけど。なんか今日元気ないなぁって、飯食ってるときから気になってて」

 海斗は人の感情の機微を読むのがうますぎる。
 ハルは目を泳がせながら言った。

「べつにいつも通りだよ。ピザが微妙だっただけ」
「パイナップルがかわいそうでしょ」

 海斗がケラケラ笑う。彼は奔放な遊び人のふりをして、実は繊細で気配り屋なのだ。
 ……こんなに良いやつを、俺は。罪悪感で吐き気がした。
 
「ハル先輩やっぱ少しだけ体温高い?ちゃんと熱測ったほうがいいかも」
「いいって!大丈夫だってば」

 海斗の手がハルの額にとどまらず頬や首筋へと流れる。シャワーを浴びた直後だから熱いだけだ。手がくすぐったくて身をよじる。じゃれ合っているうちに、ハルは海斗の腕の中にいた。
 あ、と思ったときには遅い。海斗に唇を奪われていた。いつもの海斗の巧みなキス。けれど、どこか探るような舌の動き……。

「ふ、ふふっ」

 唇が離れた途端、海斗が笑い出す。奇妙に明るい箍が外れた笑いだった。

「あー……やられた。あははっ、あいつ、涼……ふふふっ」

 笑いながら海斗はハルにしなだれかかる。

「海斗……」

 彼はハルの肩に額を乗せ、身体を震わせる。ブリーチで少し傷んだ銀髪がハルの頬をかすめて揺れた。ざわざわとハルの臓腑が冷えていく。
 海斗の完璧な美貌の中で唯一、ざらついた印象の銀色の髪。その一点の歪みがかえって危ういほど彼を扇情的に飾っている。髪を染めたのは、黒髪の涼と見分けがつくように。決別の象徴の銀色が、海斗にはずっと前からよく似合っていた。
 乾いた笑みを含んだ声で海斗が言う。

「自分でも不思議。何の証拠もないのに、どうしてわかっちゃうんだろうなぁ」



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