平凡男子が双子のヤンデレ美青年に墜とされ溺愛飼育エンドに至るまで

猫と模範囚

文字の大きさ
21 / 24

春①※

しおりを挟む


 どんな気分で過ごしても、春は目まぐるしい。
 内定先からの事前課題は済ませているが、もうすぐ研修がはじまる。引っ越しの準備もあったし、謝恩会などのイベントに顔を出す日も多い。あちこちに足を運ぶ視界の端にはいつもなんらかの花が咲いていて、ハルは花の名前なんてろくに知らないけど、季節の色を感じていた。
 ハルは昼間は慌ただしく動きまわり、夜は双子の住むマンションに帰っている。終わりが近いから、なるべく三人で過ごしたかった。

 二人から所有される恋人関係は、ハルの大学卒業と同時に終わる。最初からそういう約束だった。
 彼らとはじめて出会ったのも、大学で再会したのも、春だった。今度はこの季節を別れの時にしようと思う。

 ハルはどちらも選ばずに彼らのもとを去るつもりでいる。海斗と涼の絆を守りたかった。二人はこれからもいっしょにいて、ハルが一人になればいい。
 寂しいけど、彼らを失うのがハルの罰だ。他に責任を取る方法が思いつかなかった。
 二人の部屋に置いている着替えなどを、ハルは少しずつ持ち帰って減らしている。だから彼らも気づいているだろう。そろそろハルがこう言うことを。

「この部屋に来るの、今日で最後だから」

 日付が変わる頃、寝室へ行く前に二人に告げた。
 言うと止められるかもしれないから内緒だけど、今夜を最後にもう二度と二人とは会わない。就職後は引っ越しをしてアドレスも変え、彼らとの関係を完全に絶つと決めていた。

 ハルはリビングのソファに座り、手の汗を膝で拭いながらそれぞれの顔を見る。海斗はシャワーを浴び終えたばかりで肩にタオルをかけていた。涼はカウンター式のキッチンで洗いものをしている。
 双子たちは最初、ハルのほうを見ずに二人だけの目配せをした。幼い頃にも何度も見た彼らの無言のやりとり。視線だけで何を話し合っているのかハルにはわからないけど、それを見るのが好きだった。
 沈黙を破ったのは、海斗のおどけた声だった。

「そろそろ言われちゃうと思ってた」
「ハル先輩、研修はじまりますもんね」

 涼も控えめに言葉を差し挟む。
 洗いものを終えた涼がリビングに来るのを確認してから、海斗もこちらに近づいてくる。ハルは二人に頭を下げた。

「今まで本当にごめん。俺のこと恨んで」

 暗に二人を同時に失恋させる発言だった。
 ハルの意図に気づいているのか、いないのか、海斗がカラッと笑い飛ばす。

「恨むわけないじゃん。楽しかったよ」
「俺たちのわがままを聞いてくれてありがとうございました」
「わがままじゃないよ。俺もまぁ、楽しんだし……」
「知ってる。ハル先輩は毎回大喜びだった」

 下世話なジョークで返してきた海斗にクッションを投げつける。ぎゃあっとふざけた悲鳴をあげる海斗を見て、涼が笑っていた。

「ハル先輩、就職してもたまには俺らと遊んでね」
「うん」

 海斗の無邪気な言葉に、ハルは胸の痛みを隠し嘘の返事をする。

 彼らの寝室で過ごす最後の夜は暗かった。いっさいの光が届かない暗闇だった。
 というのも、ハルは目隠しをされたからだ。肌当たりの良いなめらかな生地で恭しく目元を覆われる。

「ハル先輩、お願い。最後だから少し特別なことがしたいです」

 涼に言わせるのがずるい。彼にしおらしくお願いをされて、ハルは断れたためしがなかった。
 視界を奪われベッドの真ん中に座りながら、ハルはどちらを向いていいのかわからずに戸惑っている。斜め横から頬に触れられ、それだけのことでハルはビクッと肩を震わせた。
 自分の大げさな反応が恥ずかしくて、ハルはあえて冗談っぽく笑う。

「急にやめろよ、ビビるだろ」

 静まり返った寝室にハルの声だけが響く。
 急に心細くなって身動ぎすると、背中にあたたかい感触が当たった。後ろから抱きすくめられる。

「……どっち?海斗?涼?」

 答えはない。四本の腕が優しくハルから衣服を奪う。

「目隠しプレイってさぁ、ちょっとマニアックすぎない?最後なんだぞ、これ。こんなんでいいのかよ」

 裸にされて、肌に触れる空気にそわそわとわけのわからない焦燥が募る。部屋は暖房がきいていてあたたかい。なのにハルは、両手を胸の前で組んで身を縮こまらせていた。
 そら恐ろしさをごまかすように、ハルは一人で喋り続ける。

「じゃあ当ててやるよ。後ろにいるのが海斗だろ」

 何の根拠もない適当な勘だった。どちらでもいい、とにかく返事をしてもらいたい。
 次は何を話せばいいのだろう。話題が尽きて震えそうになる唇を、キスで塞がれた。ハルの歯列をなぞっているのがどちらの舌なのか、いくら考えてもわからない。
 この一年と少しのあいだに、いつのまにか海斗と涼のキスの仕方が同じになっていた。かれらがハルを通して同じことを学習したのだと気づき、なんだか背筋が寒くなる。

 背後から伸びてきた手が胸の尖りに触れる。すでに硬く立ち上がっていた小さな粒を弄ばれた。別の手がハルの中心に指を絡ませる。

「は、うぅ……んっ」

 四本の腕がハルをベッドに押し倒した。
 数秒前までキスをしていた相手が笑みを含んだ声で訊く。

「ハル君、俺はどっちだと思う?」

 やっと言葉を交わせるようになり、ハルはこわばらせていた肩の力を抜いた。
 敬語ではない砕けた口調、よく笑う、沈黙を破る役を引き受けがち。これは海斗だ。ハルは二人から性急な前戯を施されながらも答える。

「んっ、うぅ……か、海斗……」
「はずれ。俺たち声そっくりだもんね」

 声の主がくすくす笑った。
 愕然とするハルの耳元で、もう片方がささやく。

「涼が敬語やめて海斗に口調寄せたらさ、もう区別つかないでしょ」
「は?いや、海斗だよ。絶対さっきのは海斗……ひあっ」

 ひやりと冷たい液体の感触に腰が跳ねた。いつも使っている潤滑液だ。

「あーごめんごめん。手のひらであっためてたんだけどぉ、まだ冷たかったね。……ハル君、お願い、今日はいじわるするけど許してください」

 海斗らしい軽薄なタメ口が、途中から涼のような儚い響きの敬語に切り替わる。
 だめだ。わからない。二人をすぐに区別できるようになったのがハルのひそかな自慢だったのに。
 自分の身体の奥に侵入する指すら、どちらのものなのか判断できなかった。

「やっ、あ、待って……ああっ」
「俺たちお互いの喋り方完コピできるから。ハル君は最後まで絶対に当てられませんよ。何も考えないで気持ちよくなって」

 手慣れた海斗とぎこちない涼、はじめての夜にあった二人の差も、いつのまにかなくなっている。二人はいつもハルの身体越しに互いの行為を見ていたから。ハルが乱れる責め方を二人で共有していたから。
 時折、乾いた服の感触が肌に触れた。ハル一人だけが裸にされ、視界を奪われ、されるがままに愛でられる。

 咄嗟に目隠しをはずそうとした手をやんわりと止められる。いつもより肌の感覚が敏感だった。どちらの手なのかも判別できないまま、ハルの弱々しい欲望は簡単に搾り取られる。
 快感以外のすべてを取りあげられたハルの悲鳴は極上の甘さだ。それを聞いた二人が昂っているのがわかる。ハルの身体はわけのわからない恐怖に震えつつも、言いしれない艶を帯びていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人気俳優に拾われてペットにされた件

米山のら
BL
地味で平凡な社畜、オレ――三池豆太郎。 そんなオレを拾ったのは、超絶人気俳優・白瀬洸だった。 「ミケ」って呼ばれて、なぜか猫扱いされて、執着されて。 「ミケにはそろそろ“躾”が必要かな」――洸の優しい笑顔の裏には、底なしの狂気が潜んでいた。 これは、オレが洸の変態的な愛情と執着に、容赦なく絡め取られて、逃げ道を失っていく話。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

気づいたらスパダリの部屋で繭になってた話

米山のら
BL
鎌倉で静かにリモート生活を送る俺は、極度のあがり症。 子どものころ高い声をからかわれたトラウマが原因で、人と話すのが苦手だ。 そんな俺が、月に一度の出社日に出会ったのは、仕事も見た目も完璧なのに、なぜか異常に距離が近い謎のスパダリ。 気づけば荷物ごとドナドナされて、たどり着いたのは最上階の部屋。 「おいで」 ……その優しさ、むしろ怖いんですけど!? これは、殻に閉じこもっていた俺が、“繭”という名の執着にじわじわと絡め取られていく話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる

桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」 首輪を持った少年はそう言ってレオンに首輪をつけた。 レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。 ストーカーに悩まされていたレオンはある日、ローブを着た不審な人物に出会う。 逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。 マルセルと名乗った少年はレオンを誘拐し、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。 そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。 近づいては離れる猫のようなマルセルと、囚われたレオンのラブロマンス。

「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された

あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると… 「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」 気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 初めましてです。お手柔らかにお願いします。

処理中です...