一晩だけの関係のはずが年下美青年に溺愛仕様で抱かれて完墜ちする男の話(本編完結済み)

猫と模範囚

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(1)それ、口説いてるんですか

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 店の照明で琥珀色に染まった本のページをめくるのが好きだった。
 一人きりの長く膨大な夜の時間を潰せるならどこでもいい。そう思いながらさまよっていたら、ここにたどり着いた。
 繁華街のはずれにひっそりと佇むショットバーは、花の名前を冠している。

「でも皮肉ですよね。アザレアの花言葉って禁酒でしょう?なんでそんな名前をショットバーにつけちゃったんだか」

 バーテンが唇に笑みを乗せながら言った。
 不意打ちでささやかれるとぞくりとくる低い声。この子は声だけは大人っぽい。

「ルカ君、若いのに花言葉なんて知ってるんだ?」

 月島君は読んでいた文庫本から顔を上げ、カウンターの向こうに立つ彼を見る。
 若い、と言われたルカは拗ねた表情になった。

「俺だって自分が働く店の名前の意味くらい調べますよ」

 店の制服のブラックスーツを少しも着崩さずに身に着けているルカの姿は端正だけど、どこか遊び人風の自堕落な艶があった。

「……いつも俺のこと若いって言いますけど、月島さんもそんなに変わらないでしょう」

 ルカがぽつりと言う。
 バーテンの名前を覚える程度には、そしてバーテンからも名を覚えられる程度には、月島君はここの常連だった。

「そんなわけないじゃん。ルカ君、大学生でしょ。俺は大学時代なんて遠い昔だよ」

 彼に教える気はないが、月島君は二十七歳だ。
 大学を出て五年、恋人が海外赴任になって四年、恋人からの連絡が途絶えて三ヶ月。
 そのすべてが、あまりにも長く感じた。海の向こうへ行ってしまった月島君の恋と青春の片割れは、きっともう戻ってこない。

「月島さん、今日も練習付き合ってくれますか」

 甘かったはずの思い出が苦味に変わるのを噛みしめていると、ルカが無邪気に声をかけてくる。

 つい最近酒を飲める年齢になったルカは、まだシェーカーを振るカクテルを作れない。正確には、一応作れるけどまだ客に提供できる段階ではない。
 常連客の月島君は、ルカが練習で作ったカクテルを消費する役を引き受けていた。売り物と遜色ないクオリティにもかかわらず、カクテル代は格安で。ある意味、店からのサービスだ。

「いいよ。今日は何作るの?」
「ドライマティーニ」

 ルカは得意げに答える。子供みたいな態度に月島君は笑ってしまう。

「王道だね」
「使ったジンの銘柄当てられたら、俺の奢りにしますから」

 正直、シェーカーなんて振れなくても、ルカの存在はおおいに店に貢献している。美しすぎるのだ。
 すらりとした長身、甘い雰囲気の整った顔立ち。オレンジ色の照明の下で、数多のボトルがきらめく棚を背に佇むルカの姿は、この店をちょっとした異次元にしている。夜と酒と陶酔の世界。

 店にはあきらかにルカ目当ての客が何人もいる。女だけではない。男もいた。
 月島君は彼にはほとんど目もくれず、カウンター席の端っこでウイスキーを飲みながら本を読んでいたのだけど。いつしかルカから毎回雑談をふられるようになった。こういう場合、かまいすぎないほうがかえって懐かれるらしい。

 月島君にばかり話しかけるルカが、店長に注意されている姿を見たこともある。なんでも、お前が贔屓の客を作ると店の均衡が歪む、とお叱りを受けたのだとか。

 圧倒的な美貌で周囲を狂わせる、という点では、ルカは月島君が今読んでいる小説の主人公に似ている。
 カクテルを作る支度をしていたルカが、ふいと月島君の手元の本を覗き込んできた。

「ドリアン・グレイの肖像?」

 ルカは本のタイトルを口にする。そしてなんでもないことのように続けた。

「アイルランドの作家でしたっけ。俺の祖父もアイルランド人なんですよ」
「えっ、そうなの?」

 驚きつつも、月島君は納得する。ルカの瞳の色が少し不思議だと思っていた。暖色系の店の明かりではわかりづらいが、わずかに灰色がかっていて色素が薄い。

「じゃあルカ君も英語話せるの?」
「もちろん。だから雇ってもらえたんですよ。最近は海外からのお客様も多いので」

 ルカはこの店のバーテンにしては異例の若さだ。彼以外のスタッフは皆、バーテン稼業が長そうなベテランである。
 バイトとはいえ年若い未経験者のルカが採用されたのは、その英語力と、やはり浮世離れした美貌ゆえだろう。

「クォーターだって知って納得かも。目の色が綺麗だなって、前から思ってた」
「……それ、口説いてるんですか」

 ルカは蠱惑的な瞳で、じ、と見つめてくる。
 美しく生まれてきた彼の無自覚の媚態に、月島君は少したじろぐ。

「口説かれ慣れてるでしょ。さらっと流して」

 月島君は本に目を落としながら苦笑する。
 ちゃんとノンケ同士の冗談みたいに言えただろうか。ルカは知らないのだ。月島君に男の恋人がいることを。
 動揺しながら飲んだマティーニは、ジンの銘柄なんてさっぱりわからなかった。

「そういえばルカ君、あれから犬は飼えたの?」

 月島君はそれとなく話題を変える。
 ルカはしばしば、犬を飼いたい、と口にするのだ。前に来店したときの話題を月島君が覚えていたことが、ルカは嬉しいらしい。ぱっと表情が明るくなる。

「まだなんです。ずっと前から欲しい子がいるんですけど」

 すでに迎える仔犬の目星もつけているらしい。今はブリーダーと交渉中なのだろうか。

「いいね。オス?メス?」

 月島君が尋ねると、ルカは淡い色の瞳にじわりと熱をにじませる。どの犬を迎えるか決まっているなら性別も確定しているだろうに、ルカは奇妙な返答をした。


「女の子にしたいです」





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