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※(8)あれがなくても、俺はずっとルカ君の飼い犬ですよ
しおりを挟む「最近来ないね、月岡さん」
閉店作業をしている途中のルカの背中に、バーのオーナーがぽつりと声をかけた。
ルカは消毒済みのグラスを棚に戻す手を止め、笑みをこらえる。
「それ、月島さんのことですか」
「あっそうそう、月島さん」
月島葵さん。オーナーが忘れかけていた彼の名前を、ルカは胸の内でひっそりとつぶやく。
「そういえば来ませんね」
「そういえばって……ルカ君、仲良かったでしょ。カクテル作る練習にも付き合ってもらってさ」
振り返らずに答えたルカに、初老のオーナーは苦笑する。
「もう練習は終わりましたから」
月島君が頻繁に店に訪れていたのは、まだルカがシェーカーの振り方を覚えたばかりの頃だった。客に提供できるクオリティのカクテルを作れるようになるまで、常連客の月島君に試作品を味見してもらっていたのだ。
月島君が最後に店を訪れたのは十一月の終わりのことだった。今はバレンタインも間近の、冬の一番寒い時期である。ルカはもう一人前のバーテンとして店でシェーカーを振るっていた。
「あーあ、若い人はドライだねぇ。俺はあの人好きだったな、飲み方が上品だったから」
オーナーは彼の名を間違えたことを棚に上げルカを揶揄しつつも、懐かしそうに目を細める。
「そのうちまた来てくれるかもしれませんよ」
「忙しいのかな、月島さん。遠距離の恋人がいるって言ってたっけ……彼女がこっちに戻ってきて夜遊びできなくなっちゃったのかねえ」
「……もう新しい恋人がいるみたいですよ」
「へえ、それじゃあ新しい彼女と二人で来てくれてもいいのにねえ」
ふふ、とルカは曖昧な微笑みだけを返し、レジの横にある小さなノートパソコンから退勤のボタンを押した。
ルカは更衣室でバーテンの衣装を脱ぎ、ロッカーの鏡で自分の身体を確認する。肩には噛みつかれた歯形の痕がうっすらと残っていた。
先日は少し可愛がりすぎたかもしれない。でも、やっと甘えてくれるようになった。指先でそっと痕に触れ、ついニヤけてしまう口元を引き締める。どうしても笑いをこらえきれない唇をマフラーに埋め、ルカはオーナーに挨拶をして店を出た。
月島君はもう二度と店には来ない。だってルカの飼い犬になったから。
「今日、店で葵さんの話したよ。最近店に来なくなって、オーナーが寂しいって」
その夜、ルカは月島君をベッドの上で揺さぶりながら、無邪気な声で報告する。
彼にはもう聞こえていないらしい。うつろな瞳で喘ぐだけになった月島君の華奢な首には、ルカが贈った黒革の首輪がはめられていた。
何度見てもこの光景は最高だった。抗う余裕をなくしてだらりと投げ出された両腕、涙の膜が張った焦げ茶色の瞳、ルカのせいで泣くほど敏感になってしまった身体。
両脚を大きく開かされルカに深く侵されているその場所は、この行為で快感だけを受け取るように躾けていた。
「葵さん、綺麗……」
ひとりごとの声量で、ルカはうっとりと囁く。何を言われているのかよくわかっていない月島君が、ルカの声が聞こえたことだけに反応してこちらを見上げる。睫毛についた涙の粒が光っていた。
彼の足を肩に担ぐようにして繋がる角度を変え、さらに奥へと押し入ると、ひときわ甘ったるい悲鳴があがる。月島君がいやいやと首を横に振った。
「や、ルカ君っ……ひぁっ、これやだ……っ」
ふ、とルカは口の端を上げる。月島君の嬌声がいやだという音になるときは、絶頂が近い。
彼はルカがお願いすればどんな淫らな要求だろうが首筋まで真っ赤に染めつつ、けなげに応えてくれた。だけど後ろだけでイかされるのはいまだに怖いようで、ときどき可愛い抵抗をしてくる。
「葵さん、身体柔らかくなったよね。最初この体勢きつそうだったのに、今は上手にできるようになってえらいね」
ルカはあえて能天気な発言をしながら月島君を追いつめた。
強引に身体を折りたたまれてほとんど動けないはずなのに、月島君は身をよじって逃げようとする。
「やらぁっ、とめて、ルカ君おねがい……」
彼はルカと寝るまで抱かれる側の絶頂を知らなかった。経験はそれなりにあったようだけど、苦痛をやり過ごすすべだけを覚えてきたらしい。
確かに月島君は、じっくり時間をかけて開かないとなかなか快感まで届かない、楽しませるには根気が必要な身体ではあった。だけどルカはその身体に溺れている。怯えたり戸惑ったりするのを可愛がるのが楽しくてしょうがなかった。
出会ったばかりの頃は、彼が遊び上手でスマートな大人に見えた。あの澄まし顔が今はルカに組み敷かれ弱々しく乱されている。
そのギャップの激しさはルカの理性を容易く吹き飛ばした。月島君が泣こうが暴れようが、逃がしてやれるわけがない。
「葵さん、大丈夫だよ、怖くないから。続けさせて」
きっと月島君の昔の恋人は不器用で、とびきり優しかったのだろう。この可愛い顔に涙ながらにやめてと縋りつかれ、言うことをきいてあげたくなったのかもしれない。
「あっ、あぁっ……やだぁ、ルカ君っ」
この必死の懇願を無視して捻じ伏せ、快感を教え込むには、多少の狂気が必要だった。そしてあいにく、ルカはそれを持ち合わせている。
いやだと泣きながら絶頂に追い立てられた身体をきつく抱きしめた。月島君の柔らかなウエーブのかかった黒髪を撫でて唇を奪うと、乱れた呼吸の合間にほんの少しだけ舌が応えてくれる。
「ねぇ、まだいやなの?」
優しく訊くと、月島君が震える腕で抱きついてきた。そして小さく首を横に振る。その間もガクガクと腰を跳ねさせ彼が達しているのが、繋がっている箇所から伝わってきた。
「可愛い、葵さんほんと可愛い……」
まるで熱に浮かされたように、ルカはそればかり繰り返す。ルカに激しく揺さぶられながら泣いて喘ぐ彼が可愛すぎて、頭がおかしくなりそうだった。
行為を終え、ルカは後処理をしながらも、若干の色気を含ませた指先を月島君の肌の上に滑らせる。
「葵さん、もう一回したいって言ったら怒る?」
「そこそこ本気で怒るかも」
冗談めかした笑みを乗せつつも、即答だった。というのも、どう答えるべきか迷っているうちにルカが襲いかかったことが何度かあるからだ。
「はい……」
ルカは素直に姿勢を正して返事をした。そして一糸まとわぬ月島君の身体に恭しく毛布をかけ、暖房の設定温度を調節し、加湿器の水を入れ直しにいく。
ベッドに戻ってきたルカに、月島君はだるそうに目を閉じたまま告げた。
「明日リモートじゃなくて出社になったから、七時に絶対起こして」
ルカはこの飼い犬を放し飼いにすることを約束させられている。というのも、数日ほど完全室内飼育で愛していたら、月島君がごはんを食べなくなってしまったからだ。
あの数日の蜜月をルカは忘れられない。閉ざされた部屋で、飼いはじめたばかりの彼にたくさんの遊びを仕込んだこと。ルカが甘えた声でお願いしただけで、月島君は両腕をタオルで軽く縛っただけの緩い拘束を最後まで崩すことができず、泣きながらすべて受け入れた。あまり欲望を見せないおとなしそうな顔をした彼を、自らルカに跨らせるほど狂わせたのもそのときだった。
あのむせかえりそうなほど甘く淀んだ蜜月の日々を少し恋しく思いながらも、ルカは加湿器の音がする寝室で月島君の横顔をじっとりと見つめる。
「……明日、出社の日だって知ってたら、こんな無理させなかったのに」
激しく求めすぎた自覚があるルカは、拗ねた口調で文句を言った。
月島君は薄く目を開けてルカに視線をよこす。
「俺が無理したい気分だったの」
さっきまで泣かされていたくせに、もうすっかり七歳上の男の顔だった。
ベッドサイドのキャビネットの上に首輪が置いてある。ルカが加湿器の水を汲みに行っているあいだにはずしたらしい。月島君は悪びれない表情でさらりと弁解した。
「明日出社だって言ってるでしょ。痕になるとまずいから……」
「まずいことになっちゃえばいいのに」
「拗ねないの。あれがなくても、俺はずっとルカ君の飼い犬ですよ」
発言の卑屈さとは裏腹に、余裕の微笑みがにくたらしい。だけどルカは彼のこの顔に弱かった。
月島君の華奢な手にわしゃわしゃと髪を撫でまわされる。彼の思惑通りに機嫌が治りつつあるのが少しくやしい。
また今度絶対泣かせてやる。ルカは頬を膨らませながらも、まだ行為の余韻を残した熱っぽい彼の手を拒むことができなかった。これではどちらが飼い主なのかわからない。
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