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(9)月島さん……
しおりを挟む月島君がはじめて店に来たときに注文したウイスキーの銘柄や、読んでいた本のタイトルを、ルカは知らない。今とはなってはそれがひどく惜しいことに思える。
あの日はめずらしく慌ただしい夜だった。いつも閑古鳥が鳴く店が満席になるほどに。
三十代半ばの同窓会帰りのグループが席の大半を埋めていた。
この店は彼らにとって三次会くらいだろうか。ビールや水割りばかり注文され、オーナーがひそかに肩をすくめつつも愛想良く接客している。
「おにいさん、すーごいかっこいいっすね。ハーフ?」
ルカは酔っぱらいに絡まれながらも、オーナーにならって明るい笑みを浮かべる。
彼らは同窓会がよほど楽しかったらしい。気の良い人たちであることはわかっていた。ショットバーの店内における許容範囲内の声量で語られる学生時代の思い出話も微笑ましい。
しかしルカにとってはうんざりする質問である。ハーフではなくクォーターで……という説明を、ルカは笑顔で省略して新しいビールを注いだ。
そんなルカの視界の端に、静謐な横顔がちらりとよぎる。カウンター席の一番端。ウイスキーグラスを片手に本を読んでいる彼は、ほとんどシラフに見えた。
いつから店にいたのだろう。小柄で細身で、おしゃれな雰囲気の人だった。ウエーブのかかった黒髪が照明の光を浴びてつやつやと輝いている。彼の周りだけ森の奥の湖みたいに静かだった。
指先がほっそりと尖った彼の手は中性的で、無骨なウイスキーグラスを持っているのが妙に危うい。ルカは一瞬、忙しさも忘れてその人が本のページをめくる乾いた音に耳をすませていた。
「二名様、申し訳ございません。満席で……」
他の従業員の声ではっと我に返る。
空いている席はひとつ、本を読んでいる彼の隣だけだった。
彼が音もなく本を閉じる。そしてグラスに半分ほど残っていたウイスキーをすいと飲み干し、立ちあがった。
小柄だと思っていたけど、立つと意外と身長がある。顔が小さくて手足が長い。
彼は軽く片手を上げてルカを見上げる。ルカはこの人のことを何も知らないのに、彼を見下ろせる長身に生まれたのがなぜだかやけに嬉しかった。
「ここ空きますよ」
静かだけどするりと意識の奥に入り込むような、外見の印象通りの声だった。
「あ、あの……申し訳ありません」
ルカはあたふたと伝票を受け取り謝罪する。帰りを急かしたような形になってしまったからだ。
「いえ、ちょうど読み終わったところでしたから」
彼はブックカバーをつけた本をカバンにしまいながら微笑む。笑みを含んだ彼の瞳は、甘く燻るような焦げ茶色だった。
「ルカ君、清掃終わったら新規の二名様ご案内して」
オーナーがルカの手から伝票を取りあげ指示を出した。
ルカは名残惜しさを隠し、手早く席を片付ける。彼が店を出る後ろ姿を見送ることもできなかった。
その夜の閉店作業中、オーナーは機嫌良さそうに棚に並んだボトルを眺めていた。
「ひさしぶりにウイスキーの味がわかるお客さんが来たなぁ」
「あの席を空けてくれたお客さんですか」
「そう、月島さん。名前訊いちゃった。また来てほしいな」
「月島さん……」
後から聞いた話によると、オーナーが客に名前を訊くのは一年に一度あるかないかのことらしい。
しかしそのときのルカは、ずるい、と思った。俺が一番最初にあの人の名前を知りたかったのに。
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