底辺男が十歳下の溺愛執着系イケメンホストに買われる話(本編完結済み)

猫と模範囚

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(1)俺と愛人契約してくれませんか



「一目惚れなんです。お願いします」

 まだ少年の面影を残す美しい顔が切なげに歪む。
 青山君は人と目を合わせて話すのが苦手なのに、彼の長い睫毛にふちどられた大きな瞳からは不思議と目をそらせなかった。

 青山君は今、十歳も年下の美青年から愛人契約を申し込まれている。


 数十分前、青山君は自宅の最寄り駅前のハンバーガーショップの看板を恨めしそうに眺めていた。十一月のある夜のことだ。

 学生時代は大好きだったハンバーガーは、今の青山君には高価すぎた。アパートの管理会社から送られてくる未納家賃の督促状が、部屋に何通もたまっている。
 今夜も激安の袋麺で腹をふくらませる以外の選択肢はない。
 ……そう思っていたのに、急に後ろから腕をつかまれた。するりとなでるような、奇妙なほど優しい手。

 相手は見知らぬ若い男だった。しかも、いかにも水商売風の風貌の。
 色白で中性的な可愛い顔と、百八十センチ近い長身。並の男では着こなせない派手なハイブランドの服が、彼にはくやしいほどによく似合う。
 さびれた駅前通りには場違いなほど華やかで、とびきり魅力的な毒入りキャンディみたいな存在感。

「え、なに……」

 男は青山君の問いに答えず、柔らかなダークブラウンの髪を揺らしてにっこりとほほえむ。そして青山君の腕を掴んだまま店に入った。
 彼は有無を言わさぬなめらかな流れで注文と支払いを済ませる。気づけば二人分のハンバーガーセットを乗せたトレイを挟み、向かい合わせに座らされていた。

 ……奢ってくれる、ということだろうか。いったいなぜ?
 困惑する青山君をよそに、男はのほほんと小首をかしげる。

「あったかいうちに食べようよ」

 まもなく夜の九時。朝から何も食べていない。
 もうどうにでもなれ、という気持ちでてりやきバーガーにむしゃぶりついた。

 食べている途中、いつもの癖で青山君は指先についたソースを舌で舐め取る。一人で飯を食う生活が長かったから食事のマナーが悪かった。

 今は赤の他人に食事を恵んでもらっているのに。

 恥ずかしさに冷や汗をかきながら、テーブルの向かいを盗み見る。どこか浮き世離れした色素の薄い瞳が、じ、とこちらを見つめていた。
 青山君の骨ばった手首や唇、さっき舐めたばかりの指。熱くて重い視線がゆっくりと身体の上を這うのがわかる。

 なんだ、これ……。

 彼は青山君が居心地悪そうにしているのに気づいたらしい。しれっと表情を変え、愛嬌のある笑顔を作った。
 青山君は違和感をおぼえながらも、ぎこちなく礼を言う。

「あの、すみません。ありがとうございます。でも、なんで俺なんかに食事を……?」

 彼はまっすぐにこちらを見つめながら答えた。

「一目惚れなんです」

 たちの悪い冗談かと思った。
 青山君は自分の容姿の平凡さを知っている。最低限の身だしなみを整えているだけの黒い髪。やや切れ長の目が特徴的な、愛想のない顔立ち。

「あー……俺、三十ですけど」

 いまだに学生に間違えられることがある青山君は、自分の年齢を打ち明ける。

「関係ない」

 しかし彼は一歩も引かない。

「……名前は?」
「澪です。白崎澪(シロサキ ミオ)」

 青山君が訊くと、彼はぱっと顔を輝かせる。
 青山君に興味を持たれたことがよほど嬉しいらしい。そういう表情をしているときの澪は年相応に見えた。
 まさか本当に俺に惚れてるのか、この子は。じわじわと恐ろしくなってきた。

「本名だよ」

 澪はご丁寧に身分証まで出して見せてくれる。けっして怪しい者ではない、という懸命なアピールがけなげだった。
 運転免許証といっしょに提示された、名門大学の学生証。二十歳の大学二年生。澪はどこまでも恵まれた男のようだ。

「学生だったんですね」
「うん。ふふっ、まぁ見ての通り歌舞伎町でホストのバイトもしてるけどね。わりと売れてる」

 まぁ、この顔なら売れるだろう。むしろホストごときに収まっていて満足なのかと問いたくなるほど、彼は美しかった。モデルでもアイドルでも通用する。
 そろそろ本題、とばかりに、澪の表情から笑みが消えた。

「だからさ、俺、金はあるんです」

 嫌な予感がする。だって自分に惚れている男が経済力をアピールしてくるなんて、不穏なことこのうえない。

「俺と愛人契約してくれませんか」

 澪が縋るような目で言った。発言の下品さとは裏腹に、彼の声はまるで尊い祈りごとをしているときみたいに響く。

「そんな言い方、嫌だよね。ごめん。金銭的援助をするかわりに、俺と恋人みたいなことしてくれませんか」

 恋人みたいなことというのは、いったいどこまで……。
 無言で凍りつく青山君を見て、澪が悲しげに睫毛を震わせた。

「いきなり知らない男にこんなこと言われて、気持ち悪いですよね……」

 そんなことないよ、と言って抱きしめてあげたくなるような、いたいけで可憐な表情だった。まるで雨に濡れた子猫みたいな。

「あんたが嫌がることは絶対しない。ただ会うだけでもいい。とりあえずこれ、今日食事に付き合ってくれたお礼です」

 澪は財布から一万円札を五枚出して青山君の前のテーブルに置く。指先でざらりと扇形に広げられた紙幣が鮮やかだった。
 青山君は混乱していた。食事を奢られたうえに、金までもらえるなんて。

 青山君にとって五万円は大金だ。つい先日、倉庫作業の短期アルバイトをしたときの給料よりも高い。
 真夜中の倉庫で寒さに震え、社員たちから罵倒されながら働いた三日間よりも、澪に見つめられながらてりやきバーガーを食った時間のほうが価値がある、らしい。

 倉庫にいた青山君はクズの負け組だった。だけど、澪の前に座っている今はどうだろう。
 美貌にも財力にも恵まれた若い男が、必死に青山君の気を引こうとしている。澪に欲しがられている自分には価値があるように思えた。
 だけど、青山君にもまだ少しプライドが残っていた。

「俺は、お金で釣れそうに見えるんですね」

 澪は間髪入れずに答える。

「逆だよ。俺がそんな方法でしかあんたの気を引けないだけ」

 絶世の美男子のセリフとは思えない。しかし澪は本気のようだ。
 どう考えても、ついさっき一目惚れした相手に向ける好意にしては重すぎる。絶対になにか裏がある。今からでも食事代を払って逃げたほうがいい。

 答えない青山君から目をそらさずに、澪は言葉を重ねる。迷子の子供みたいな表情で。

「だって他にどうすればいいのかわかんない……」

 澪は得体の知れない男だけど、今この瞬間だけは本音を喋っている。そんな気がした。

「今の生活、抜け出したいでしょ。俺のこと利用してよ」

 青山君は、着古して毛羽立った安物のコートの袖を握りしめる。

 絶対に逃げたほうがいいのに、この子を置いていけないと思う自分がいる。
 すでに澪という人間の持つ毒がまわりはじめているのかもしれない。

 それとは別の部分で冷静に打算する自分もいた。あと何回澪と食事に行ったら、滞納している家賃を支払えるだろう。
 ふらふらと指を動かし、テーブルに置かれた札に触れる。震えながら金を拾う手は、まるで自分のものではないみたいに緩慢に動く。しかし、汗ばんだ指先に乾いた紙幣が吸いつく感触がリアルだった。
 青山君は澪の絡みつくような視線から逃れるように頭を下げ、つぶやく。

「よろしくお願いします……」

 それが澪という名の、周到に仕組まれた甘い牢獄への入り口だった。




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