3 / 81
(3)あーあ、あんなに警戒してたのに
ガラス張りのエレベーターの中で、澪のダークブラウンの髪が夜景に照らされ金色に光る。下降していく箱の中で夢を見ているような心地になった。
ほんの一時間前は腹ペコでハンバーガーショップの前に立ち尽くしていたのに、今はこんなところにいる。自分が落ちていく浮遊感。
当然のように自販機のお茶代も澪が支払った。青山君は奢られてばかりの情けなさに奥歯を噛みしめる。
「飲みもの買うならここが一番近い。次は駅前のセブン」
覚えてね、と言わんばかりの澪の口ぶり。まるで青山君がこれから何度もこのマンションに来ることを想定しているかのようだった。
部屋へ戻ってペットボトルの緑茶で乾杯した。
二人はL字型ソファの縦線と横線にそれぞれ座っている。腕をまっすぐ伸ばしてやっと乾杯できる距離。
「それで、ルールって何?」
青山君が早々に本題に入ると、澪は寂しそうに唇を尖らせる。もっと他愛のないおしゃべりがしたかったのかもしれない。
「圭吾さんがどこまでなら許してくれて、どこからは無理なのか。境界線を知りたい」
どこまで、と訊かれても。
青山君は問いには答えず、質問で返した。
「澪はさ、俺とどこまでしたいの?」
「結婚」
澪は即答する。
純情すぎる返答におもわず脱力してしまった。
「冗談じゃなくて本当のこと言えよ」
「でも本当のこと言ったら圭吾さん怖がるから」
澪は苦笑しながら首を横に振る。笑んだ目元にじわりと熱が滲む。欲望を灯した男の目。
抱きたい、と顔に書いてある。青山君は息が詰まった。
「それよりまず部屋に来てくれたお礼の代金ね」
澪が再び財布から紙幣を出した。一万円札が二枚。
「嘘だろ……」
部屋に来ただけで?
今日だけで七万円。ひと月分の家賃を稼ぎ終わって、スマホ代まで払える。
助かった、と安堵する一方で、恐怖もあった。こんなに楽に金を稼ぐ方法を知ってしまったら、もう普通の仕事ができなくなるのではないか。
しかし、あれほど渇望していた金を目の前に降らされ、脳が快楽物質を出しはじめているのも事実だった。自分が堕ちていく浮遊感。
黒革のソファに置かれた紙幣を呆然と見つめていると、不意に澪がとても重要な質問を投げかけてきた。
「圭吾さんは女の人しか無理?」
澪の恋に望みがあるのかどうかを訊かれている。
青山君は女しか無理だった。そう答えたら、もう金をもらえないかもしれない。
なにより、澪を傷つける。だけど嘘をついたら後でもっと澪を傷つけることになる。
「ごめん……」
「わかってるからいいよ。圭吾さんができるところまででいい。嫌がることは絶対しない。圭吾さんに嫌われたくない」
「なんでそんなに良いやつなの?」
「圭吾さんのことが好きだから、圭吾さんの前でだけ良いやつしてる」
どこか自嘲気味に澪が目をそらす。
「なんで俺なの?」
ずっと訊きたかったことだった。
何度も言うが、青山君は一目惚れされるような外見ではない。
戸惑う青山君を愛おしげに見つめながら、澪は清々しいほど単純に断言する。
「一目惚れだよ。たまたま俺のストライクゾーンのど真ん中だった」
不自然なほど簡潔な答えに、青山君は確信した。やはり澪はなにか隠している、と。
「圭吾さん、信じてないでしょ」
青山君は答えずに澪を見つめ返す。しかし、やさぐれた中年男と売れっ子ホストでは胆力の差は歴然だった。青山君はすぐに目をそらす。
「……確かにまだ話してないことはあるけど、俺が圭吾さんのこと好きだって気持ちだけは信じて」
この可愛い顔にこんな甘いセリフを言われて、落ちなかった女はいないと思う。さすが売れっ子ホストである。……そうやって茶化さないと、青山君は澪を直視できなかった。
こんなに強く誰かから求められたことがあっただろうか。
うつむいて顔を上げられずにいる視界に、黒いスラックスを履いた澪の膝が入り込んだ。あ、と思ったときには遅い。
いつのまにかすぐそこにある澪の顔を見上げると、流れるような自然な所作で唇を奪われた。触れるだけのキスだった。
こいつ、ついさっきまで俺が嫌がることは絶対しないと誓っていなかったか。
しっとりと柔らかい唇の感触。澪の身体を押し返そうとした手は、逆に彼の端正な指先に絡め取られる。
澪の長い睫毛が重たそうに上下するのを間近で見た。薄い色の瞳。すぐに離れた唇の温度。まったく嫌悪感がわかないのが、むしろ理不尽だと思った。
青山君は澪のシャツを掴みながら深くうつむいた。掴んでおさえておかないと次は何をされるかわからない。あるいは、縋りついていないと身体を支えていられなかった。
「するの、結構ひさしぶりだったんじゃない?」
キスをされたときの青山君の固く閉ざした唇やぎこちない呼吸を、澪が甘い声で揶揄する。そんなことまで言い当てられ、恥ずかしさと恐怖で視界が歪む。
唇にはまだ生ぬるい感触が残っている。愛人契約、という無機質な四文字が肉を伴って青山君の覚悟を問いに来たかのような。
俺はこれを利用できるほど器用な人間だろうか、と淡く柔らかな快感に怖気づいた。それなのに、澪が唇を舐めたときにちらりと見せたピンク色の舌から目を離さない。
青山君の骨ばった背中に澪がするりと腕をまわす。これからのルールとやらを話し合うだけのはずだったのに。今は澪の腕の中にいる。
かすかに感じるのは、澪の肌の上でほどけた香水の匂い。どんなにいけ好かないと思おうとしても好ましく感じてしまう、絶妙な甘さだった。花の香りの影にちらつく熱っぽいラストノート。
ついさっきまで出される飲みものにまで神経を尖らせていたのに、どうしてこうなった?
「あーあ、あんなに警戒してたのに。あっさりキスされちゃったね。圭吾さんはほんと可愛いなぁ」
耳元で囁かれて背筋が震える。そういえばこの部屋は暖房がついていない。澪の体温が心地よかった。そう思う自分が怖かった。
青山君は澪の腕の中で力を抜きながらも、悪あがきのようにわざと色気のない声で訊いた。
「……今のいくら?」
あなたにおすすめの小説
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された
あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると…
「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」
気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
初めましてです。お手柔らかにお願いします。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しております
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って?
いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます
クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。
『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。
何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。
BLでヤンデレものです。
第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします!
週一 更新予定
ときどきプラスで更新します!
また恋人に振られたので酒に飲まれていたらゴツい騎士に求婚していた件
月衣
BL
また恋人に振られた魔導省のエリート官吏アルヴィス。失恋のショックで酒に溺れた彼は勢いのまま酒場に現れた屈強な王宮騎士ガラティスに求婚してしまう。
翌朝すべての記憶を保持したまま絶望するアルヴィスだったが当のガラティスはなぜか本気だった。
「安心しろ。俺は誠実な男だ。一度決めたことは覆さない」
逃げようとするエリート魔導師と絶対に逃がさない最強騎士
貢ぎ体質な男が捕まる強制恋愛コメディのつもりです!!