底辺男が十歳下の溺愛執着系イケメンホストに買われる話(本編完結済み)

猫と模範囚

文字の大きさ
13 / 81

(13)俺と会うのやめるつもりでしょ




 契約ではない。本当の恋人になってほしい。

 澪の言葉に、こみあげるような痛みと熱さが喉を突いた。視界が涙で歪み、そこでようやく、青山君は嗚咽をこらえている自分に気づく。

「圭吾さんに会った後、いつも帰したくなくて、頭おかしくなりそうになる。今日も帰っちゃうんでしょ。やだよ、ずっと俺のところにいてよ」

 澪の手が、青山君の顔の近くのシーツを固く握りしめていた。

 だめだ、聞くな。青山君は手の甲で涙をぬぐう。
 青山君が泣いていることに気づいた澪が息を呑む。それでも彼は止まらなかった。

「仕事もさ、もっとゆっくり探していいよ。……探さなくてもいいし。俺のそばにいてくれたら、不自由させない」

 青山君はのろのろと上体を起こす。肩から毛布がすべり落ちた。

「……シャワー浴びてくる」

 澪の顔を見ないように目を伏せ、ベッドから抜け出す。
 床に足を下ろした途端、ガクリと膝から崩れ落ちそうになった。腰から下に力が入らない。
 醒めた感慨が頭をよぎる。やはり男の身体は、あんなふうに足を開いてなにかを受け入れるようにはできていないのだ、と。

「圭吾さんっ……」

 支えようとした澪の手を振り払う。
 実は、青山君は澪を自分に従わせる魔法の言葉を知っていた。

「ついてきたら嫌いになる」

 使いたくない言葉だった。
 澪が傷ついた表情で身体を硬直させる。自己嫌悪で吐きそうだ。青山君はだるい身体を引きずりながら寝室を出た。

 冷水を浴びても身体の熱がおさまらない。
 行為のとき、澪のが欲しくて夢中で腰を動かしていた自分が、今は得体の知れない動物のように思えて恐ろしかった。
 本当の恋人になってほしいという澪の言葉を聞いて、流れる涙の意味がわからなかった。
 ……自分が自分じゃなくなっていく。
 シャワーに打たれながら浴室の床に両膝をついた。

「もうやめないと……」

 澪と会うの、もうやめないと。引き返せなくなる。

 脱衣場には青山君の下着とスウェットの上下セットが置いてあった。
 澪が用意してくれたらしい。ひどい態度をとっているのに、まだ世話を焼いてくれる。
 置いてあるのは今日青山君が着てきた服ではなく、澪から借りた部屋着だった。乾いた笑いがこぼれる。帰したくない、と言われているみたいだ。

 澪は青白い顔をしてリビングのソファに座り、青山君を待っていた。唇を引き結んで目の前のローテーブルをじっと見つめている。
 叱られる前の子供の表情。泣くのをこらえる幼子のいじらしさと、どんなに怒られようが絶対に自分の思いを遂げるクソガキのふてぶてしさが同居していて、たまらなく可愛い。

「俺の服、どこ?」

 青山君が尋ねると、澪はしょんぼりとソファの片隅を指さす。青山君が着てきたニットとスラックスが畳んであった。
 こちらが切り出す前に澪が言う。

「俺と会うのやめるつもりでしょ」

 澪はかわいそうなほど勘が良い。

「さっきの話、忘れて。契約でいいからこれからも俺と会って」

 消え入りそうな声だった。

「澪……」
「じゃあ圭吾さんの就職決まるまで。それまでの期間だけでも支えさせて」

 青山君が断れないところまで要求を下げてきた。
 それは本来ならば、青山君のほうが頭を下げて頼まなければいけないことだと思う。澪の援助がないと就職活動もままならないのだから。
 この数年で慣れつつあった自分の甲斐性のなさが今、痛烈にくやしい。

 澪は、青山君がただうなずくだけで良い状況にしてくれた。一度首を縦に振るだけですべて元通り。
 それなのに青山君は突っ立ったまま動けない。

 長い睫毛を震わせ唇を噛んでいる澪から目をそらす。自分よりでかい男が、なぜこうも儚く見えるのだろう。
 こんなに綺麗なのに、どこへ行っても特別扱いで愛されそうな存在なのに、圧倒的に愛情が足りていなくて、心の中の何かが過剰で、何かが稀薄で、それがどうしようもなく魅力的な、澪という男。

 このかわいそうで可愛くて恐ろしいガキを抱きしめたら、俺は終わる。
 愛してるという免罪符のもと、骨一本残さず食い潰される。
 そう自分に言い聞かせ、澪に手を差し伸べたくなる衝動に耐えた。

 澪はそっとソファから立ち上がり、青山君の濡れた髪を一筋、指ですくう。まるで別れの挨拶のような、やるせない愛情に満ちた仕草だった。

「髪乾かしてあげる。そのまま帰ったら風邪引くよ」

 寂しげな微笑とともに澪が言う。
 澪に髪を乾かされているあいだ、青山君は一度も顔を上げることができなかった。

「……なんでそんなに優しいの?」

 うつむいたまま尋ねる。

「俺が本当に優しかったら、もうとっくに圭吾さんのこと諦めて自由にしてあげてる」

 遠慮がちに髪に触れてくる澪の指先から、彼の脆い覚悟を伝えられているような気がした。青山君に触れられるのはこれで最後かもしれない。そう思いながらも、絶対に最後にしたくないと祈っている手。

「……すぐ乾いちゃうね」

 そうつぶやく澪の声に、また涙があふれそうになる。

 青山君が部屋着から自分の服に着替えている途中で、澪が言った。

「クリスマス、連絡するから」

 青山君は充電器に挿しっぱなしだったスマホに手を伸ばす。スマホは馬鹿みたいに熱くなっていて、まるで今の自分みたいだと思った。
 青山君はようやく一言だけ澪に告げる。

「わかった。待ってる」

 見送りは辞退して、青山君は一人でマンションを出る。
 外はまだ少し明るかった。紫色の空の端に、わずかにオレンジ色の夕陽の残滓がある。

 昼間からあんなことをしていたんだ……。
 シャワーで念入りに洗い流したのに、身体の奥はまだ澪の指の感触が消えない。

 この時間の駅前通りは人通りが多い。店の軒先にクリスマスツリーが飾られていたけど、行き交う人の誰の視界にも入っていないようだった。

 ついさっきまで金と引き換えで男に身体を明け渡していたのに、今は素知らぬ顔で外を歩いている。
 ビルのガラス窓に映った自分は、どこにでもいそうな退屈な人間に見えた。数十分前に青山君が何をされていたか、想像できる人はいないだろう。

 そんなことを考えながら歩いていたので、突然後ろから声をかけられたとき、心臓が止まりそうになった。

「青山?青山だよな?」

 懐かしい男の声だった。








ーーーーーーーーーーーーーーー
次回更新は8月28日(木)です
感想 14

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された

あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると… 「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」 気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 初めましてです。お手柔らかにお願いします。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しております

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って? いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

また恋人に振られたので酒に飲まれていたらゴツい騎士に求婚していた件

月衣
BL
また恋人に振られた魔導省のエリート官吏アルヴィス。失恋のショックで酒に溺れた彼は勢いのまま酒場に現れた屈強な王宮騎士ガラティスに求婚してしまう。 翌朝すべての記憶を保持したまま絶望するアルヴィスだったが当のガラティスはなぜか本気だった。 「安心しろ。俺は誠実な男だ。一度決めたことは覆さない」 逃げようとするエリート魔導師と絶対に逃がさない最強騎士 貢ぎ体質な男が捕まる強制恋愛コメディのつもりです!!

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます

クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。 『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。 何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。 BLでヤンデレものです。 第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします! 週一 更新予定  ときどきプラスで更新します!