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※(29)殺していいよ、俺のこと
寝室の壁にかけていた時計ははずしてしまった。だってもう青山君には時間を知る必要なんてない。
外の光を遮光カーテンで閉ざし、オレンジ色の間接照明だけで照らした薄闇の中、二人が舌を絡める濡れた音だけが響く。
ベッドに組み敷かれている青山君は、澪の肩をつかんで爪を立てていた。この数日でプライドよりも快感を選ぶことに慣れつつある彼の腕。形ばかりの抵抗だった。
はじめて青山君を抱いた夜から一週間が経とうとしている。
この一週間で青山君が身につけた衣類といえば、ボタンすらない前開きのナイトガウン一枚だけである。
いかにも愛人がセックスとセックスの合間に身にまとうような、裸でいるよりもかえって淫蕩な頼りなさが際立つ薄い布だった。寝室からシャワールームやリビングに移動するときだけ、赤い所有痕が散った彼の背中に、澪が恭しく羽織らせる。
青山君は混濁した意識で澪に甘えてくる日もあれば、ベッドがひっくり返るのではないかというほど暴れる日もあった。
澪はどちらの青山君も愛している。噛まれようが爪を立てられようが、彼が可愛くてしょうがなかった。
何をされても、澪はけっして青山君に手をあげない。なりふりかまわず逃げようとする彼を片手で抱き寄せ、優しく言い聞かせる。
「大丈夫、怖くないよ。気持ちいいことするだけ」
三十すぎの、澪より十歳も年上の男を猫なで声で宥めるのは楽しかった。
澪の言葉を聞いて、青山君は余計に泣きじゃくる。とてもじゃないがよそでは聞かせられない暴言を吐く彼を丁重に抱いて、快楽だけで屈服させた。
それきり、青山君はしおらしくなった。どんなに抗っても澪の腕の中から抜け出せない事実を突きつけられることに、もう耐えられないのだと思う。
長いキスの後、まだ息も整わないうちから青山君が抜け殻のような声で訊く。
「……何したらいいの?」
青山君の乾いた目は、澪の肩越しに天井を見ている。
「どうしたら家に帰してもらえるの?」
彼はすでに、自分の意志だけでこの部屋を出ることができないと理解していた。
澪は答えずに青山君の首筋にくちづける。以前の彼なら身をよじって逃げようとした行為も、今はだらりと身体を弛緩させたまま動かなかった。
青山君の消え入りそうな声に、涙の気配がにじむ。
「もううちに帰りたい……」
「ここが圭吾君のおうちでしょ」
澪が耳元でささやくと、青山君が弱々しく首を横に振る。
ふ、と吐息混じりに澪は笑った。澪の白くしなやかな指が、青山君の胸の尖りをつんとつつく。
「でも圭吾君のここ硬くなっちゃってるよ。まだキスしかしてないのに。俺にえっちされるときの形になってる」
指先で愛でるように転がすと、青山君が呼吸を引きつらせた。もう片方の粒にくちづけ、左右で違う刺激を与える。
硬く張り詰めた胸の先端を吸われると、さすがにじっとしていられないらしい。青山君が身動ぎするたびにベッドが軋む。
「っ……んっ……ぅう……」
青山君は反応を見せまいと必死だけど、澪に弄ばれ続けたそこは、はしたないほど貪欲に快感を拾うよう躾けられていた。歪む表情を見下ろし、澪は甘い声で揶揄する。
「エロい顔」
青山君はいやいやと頭を振って悶える。白いシーツの上で彼の真っ黒な髪が乱れるのを見るのが好きだった。
「こんなやらしい身体で外歩けるわけないでしょ。ずっとここにいようね」
「やっ……あっ、いやだっ」
彼の窪みに、ローションをまとわせた澪のものをあてがう。そこは澪を楽しませる程度に抵抗しつつも、くちゅりと音を立てて先端を飲み込んだ。青山君が小さく呻く。
腹の上で縮こまっている青山君の雄の存在を、あえて無視して抱くことにした。昨夜はそちらを一滴も出なくなるまで可愛がっている。
「昨日からヤりまくってたもんね、すぐ入っちゃいそう」
可愛らしい水音をさせながら浅瀬だけを弄ぶ。その奥で味わう絶頂を教え込まれた身体には、さぞ物足りないだろう。
シーツを乱してあがいていた彼の足がいつのまにかおとなしくなっていた。澪はニヤリと犬歯を見せる。もう青山君の鳴き方が変わっていた。
「あっ、んん……ぅあっ……」
「圭吾君、奥まで欲しくてわざと可愛い声出してるよね」
「はぁっ、あっ、ざけんなクズ……あっ」
発情しきった目をしながら、まだそんなことを言ってくる。
「でもほんと可愛い。お願いされたら入れてあげたくなるかも」
青山君が大好きな場所まであと少し、というところで止める。涙目で睨まれた。欲しくてたまらないのに、どうしても言いたくないらしい。
しつこく焦らしていると、青山君はついに澪の腰に両足を絡め、奥に入るよう引き寄せてきた。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、自己嫌悪と欲望の入り混じった表情で。言葉でねだるよりずっと即物的な仕草だった。
「圭吾君それ、ただのお願いよりエロいんだけど……」
澪は招かれるままに中を進む。腰にまわされた彼の脚の震えが愛おしかった。
自ら誘い入れたくせに、青山君は良いところを澪のもので軽く押し上げられただけで、ビクッと背をのけぞらせる。あらわになった華奢な首筋、感じ入った吐息をこぼす唇から、赤い舌が垣間見えた。澪は生唾を呑んでその光景を凝視する。
「あっ、は……ッ、ぅあっ……んっ……」
「本当はここまで欲しいんでしょ?圭吾君、頑張って」
澪は青山君のへその下をトントンと人差し指で軽く叩いた。たったそれだけの刺激ですら、腹の奥が疼いたらしい。ぐ、と腹筋がこわばるのが可愛くて、澪は頭がどうにかなりそうだった。
がんばれがんばれーと棒読みで応援しつつ、深さは変えずに軽く揺さぶる。青山君はぐずるような甘ったるい声ですすり泣いた。
正直、澪に仕込まれすぎた青山君の身体は、イかせるよりもイかせずに焦らすほうが難しいときがある。甘やかしすぎたな、と澪はひそかに苦笑した。
澪は青山君の目にかかる前髪をそっと指先で払い、視線を合わせながら告げる。
「圭吾君のこと大好きだから、欲しいものはぜんぶあげる。してほしいなら、中の気持ちいいところぜんぶ責めてあげる。ちゃんとお願いして」
「……ころす」
青山君は舌足らずな声で言った。
だけど、彼の足はあいかわらず澪を求めて腰に絡みついている。背筋がぞくぞくして目眩がした。この可愛い人は、どこまで澪を狂わせれば気が済むのだろう。
澪は喉の奥で低く笑い、青山君の両手首をつかんで強く引き寄せた。その勢いを利用して腰を打ちつける。ぱん、と肌と肌がぶつかる音。澪のものが彼の奥にぶつかる。
「あ゛ッ、ああ゛っ、やっ……」
「やじゃないでしょ?自分から入れちゃうくらい欲しかったくせに」
澪はガクガクと跳ねる身体を貪るように腰を動かした。焦らされて熟れきった性感帯を何度も抉る。
青山君は一度達すると、立て続けに絶頂を繰り返す癖がついていた。澪が彼の身体に刻んだ癖である。
「圭吾君、これやると毎回ガチイキだよね。腕つかまれながらヤられんの好きなの?」
「ちがっ……あ゛ぁっ、あああ゛ッ」
ちがう、と泣きながら喘ぐ彼の声は快感に蕩けていて、澪を煽るだけだった。
青山君は認めようとしないけど、両腕の自由を奪ったときほど彼は激しく乱れる。
「はじめてのときの手錠もすごく喜んでたもんね。性癖歪めちゃってごめーん」
澪が擬態をやめて隠し続けていた捕食者の牙を見せた、はじめての夜。
行為の途中で手錠の存在に気づいたとき、青山君は怯えるより先に茫然としていた。きっと彼はベッドでそういう類の道具を使ったことがないのだろう。
夜の経験値は三十歳の青山君よりも澪のほうが上だった。セックスのときは十歳の年の差を覆すことができる。それが嬉しくてたまらない。
澪の本性を知った青山君の表情は、喰われる直前の獲物の媚態だった。
青山君は今まで見たことがないほど泣き喚いて、最後は空っぽになった子供みたいな喋り方で澪を好きだと言ってくれた。青山君から奪った分だけ澪が満たされる。そんな幻想すらあった。
……手錠をかける前、本当に最初の一度だけ、実は澪のほうが追い詰められていた。
青山君から抱いてほしいと求めてきたのに、彼の身体はまったく快感を受け取る気がなかった。
大好きな人の自傷に加担させられている気分。澪が喰っているはずなのに、なぜか喰われる恐怖を感じていた。あれを快楽でねじ伏せた自分を褒めてやりたい。
あの説明しがたい恐怖を消し去りたくて、澪はいつも青山君を愛しすぎてしまう。今日も加減ができなくなりそうだ。
「は……ッ、ああ゛っ……イく、もうイってるからぁっ」
「圭吾君かわいい、気失ったらお仕置きね。俺がイくまで可愛い声出してて」
まともに身動きがとれない状況で快感だけを注がれると、青山君はどんなに意地を張っていてもかならず素直になってくれる。
「ッ圭吾君……嘘でもいいから、気持ちいいって言って。言ってくれたらこの一回でやめてあげる」
「気持ちいいっ、あっ、あ゛っ、きもちいい、イくっ、ああ゛ッ」
この状態で、嘘にできるわけがない。
「や゛っ、ああ゛ッ、きもちいい、澪、好き……澪っ……」
限界まで追い詰めたときだけ、青山君は澪を好きだと言ってくれた。
それは愛と呼ぶにはあまりにも露骨な欲に裏打ちされた、快感を与えてくれる雄への隷属感が言わせたセリフだと思う。
澪はその言葉を聞くたびに狂喜に震える。理性のない動物になった彼とは両想いだった。
「圭吾君可愛い。俺も大好き、愛してるよ」
絶頂に悶える彼の中を動くのは気持ちいい。青山君の身体を知る前の澪は、むしろこの行為が嫌いだったのに。彼を抱いた日、生まれてはじめてセックスが楽しいと思った。
まさか自分がここまでのめり込むとは。澪は完全に青山君に溺れていた。
つかんでいた青山君の腕が急に重くなる。どうやら意識が飛んだらしい。
中に注がれて感じている顔が見たかったけど、反応がないなら後が楽なほうを選ぶ。澪は青山君の平らな腹の上に欲望を吐き出した。
気を失ったらお仕置きだって言ったのに。
「今日はめちゃくちゃ可愛かったから、許してあげる」
青山君の汗で前髪がはりついている額にくちづける。
澪は簡単に後処理を済ませると、青山君に毛布をかけて、そのぐったりした身体を柔らかく抱きしめた。彼を起こさないように気をつけながらスマホを手に取る。
青山君の寝顔を見ながら、彼のための服をネットで注文するのが、澪の日課になりつつあった。
青山君はおそらく学生時代からろくに服を買い替えていない。
金がなかったのだろうけど、それで押し通せたのは青山君の年齢を感じさせない雰囲気と体躯のおかげである。当人にその自覚はないようだが。
シンプルで上質な服を着るだけで見違えると思う。これからは澪が選んだ服を着てほしかった。
青山君は首筋から鎖骨にかけてのラインが色っぽいから、他の人には見せたくない。澪は春先まで着られそうなハイネックニットをカートに入れる。
ふと、腕の中の青山君がわずかに身動いだ。
「ごめんね、起こしちゃった?」
彼はいまだ澪の腕に囚われていることに気づき、むずがるように身体を揺らす。本当はベッドから飛び起きて逃げたいのだろうけど、もう足腰が立たないのだ。
澪は青山君の痩せた背中を抱き寄せ、前髪にキスをする。
「今日はもうしないから。ここにいて、お願い」
「……もうしない?」
青山君がかすれた声で訊き返す。
「しない。大丈夫、寝ていいよ」
穏やかな声で答えると、青山君は澪の胸に鼻先を埋める。澪が髪をなでているうちに眠ってしまった。澪は静かにほほえむ。
澪のTシャツを緩くつかむ彼の指を見つめながら考える。指輪のサイズ、何号だろう。
かぼそい寝息をたてる青山君の唇をこっそりと指でたどる。行為の最中、この唇に、殺す、と言われるのが快感だった。
「圭吾君、約束ね」
いつか俺のぜんぶを圭吾君にあげる。そのときは殺していいよ、俺のこと。
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