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※(31)帰ったら続きしてあげる
ホストクラブに出勤する支度をしている澪を、青山君はリビングのソファに背を預けながら眺めていた。
いつもより派手な服。香水の匂い。完璧にスタイリングされた髪。
指輪と腕時計、そしてピアスと、次々に武装していく様子は圧巻だった。歌舞伎町で買える最高級の男の姿。
ピアスが一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。澪がつけるピアスの数を心の中で数えていた青山君は、彼が六つ目を装着している途中で声をかけた。
「ぜんぶで何個開いてるの?」
「忘れた」
澪はあっけらかんと言う。
今まで青山君と会っていたときは、せいぜい一個か二個しかつけていなかったはずだ。理由なんて訊かなくてもわかる。そのほうが可愛げがあるという自己プロデュースだろう。
普段は髪で隠れがちだから、澪の耳にそんなに多くのピアスホールが開いていることに気づかなかった。
澪はソファの隣に来て耳を見せてくれる。いかにも歌舞伎町仕様の華美な香水の匂いが疎ましかった。
白い貝殻みたいな形の良い耳。澪は身体のどのパーツも美しい。
その可愛い耳がピアスだらけになっているのは痛々しいのに、どこか嗜虐の匂いがする色気が漂う。
きっとすべてハイブランドのピアスだ。片耳だけで総額いくらだろう。
「こんなところも開けてるの?ぜんぶ自分で?」
「そうだよ。軟骨は穴開けるときにガリッて音が聞こえる」
澪は音の感想は言ったが、痛みについての言及はしない。それが余計に想像をかきたてる。
怯える青山君を見て、澪は軽やかに笑った。
「あ、そうだ。圭吾君、これ連絡用ね」
澪が差し出してきたのは、ペールピンクのキッズ用ケータイだった。
「……は?」
青山君のスマホはすでに解約されていた。
スマホの解約手続きをしたのは数日前、青山君がたった今座っている黒革のソファの上でのことだ。
澪のものを挿入され雑に揺すられながら、解約に必要な情報を言わされたのをおぼえている。
澪は青山君のスマホを操作しつつ、弱点を知り尽くした青山君の身体を片手間で抱いた。
「圭吾君。自分の名前と誕生日をパスワードにして使い回すの、やめたほうがいいよ」
余所見しているせいか、澪の動きはいつもより動物的だった。
まともな言葉もアイコンタクトも交わさずに、互いの気持ちいいところを擦り合わせる。何度も抱き合った惰性と、今現在の快感だけを頼りに。……死ぬほど良かった。
解約されて捨てられたスマホの代わりに渡されたのが、このキッズ用ケータイである。
対象年齢は何歳だろう。三十歳の青山君の手には小さすぎる。それがどうしようもなく屈辱的だった。
「ネットは見れない。電話とメッセージ機能だけね。俺としかやりとりできないように設定してある」
徹底ぶりにゾッとした。
澪は青山君に寄り添って丁寧に使い方を教えてくれる。
「あー……一応、119とかには電話かけられるよ。それと、警察も」
警察も、と。青山君の目を見ながら澪は言った。穏やかに、しかし挑むようなまなざしで。青山君は無言で身をこわばらせる。
言えるわけがない。
この部屋で澪に何をされているのか。誰かに知られたら、生きていけない。
「……わかった」
青山君は目を伏せてうなずく。汗ばんだ手でスウェットパンツの膝のあたりを握りしめながら。
はじめて澪に抱かれてからの数日間、青山君は薄手のナイトガウンを肩にかけられるだけで、パンツすら履かせてもらえなかった。
だけど、今日は留守番だからだろうか。澪の部屋着を着せてもらえた。
スウェットパンツとTシャツ、上からパーカーを羽織っただけのラフな服装。これなら外に出られない、とお綺麗な売れっ子ホスト様は油断しているのかもしれないが。あいにく青山君のようなやさぐれた中年男は、部屋着でも平気で外出できる。
あのセックスに至るまでのお飾りのようなナイトガウンは嫌いだったから、やっと普通の服を与えられて安心していたのに。今度はキッズ用ケータイとは……。
うなだれる青山君の頭を、澪が労わるようになでた。
「テーブルにタブレット置いてあるでしょ。あれに圭吾君が好きそうな動画入れといたよ、ひまなとき観て。ごはんは冷蔵庫ね。冷凍庫にアイスもあるよ」
まるで本当に子供の留守番みたいだ。
ふわりと澪に抱きしめられる。何も言わずに、たっぷりと十秒。青山君と離れるのがよほど寂しいらしい。
いじらしい仕草に、歳の離れた友人のように可愛かった頃の澪を思い出して、青山君も少し寂しくなった。澪といると感情がいつもぐちゃぐちゃになる。
「今日は早めに帰るから。二時すぎくらいかな、圭吾君は寝てていいよ」
まもなく夜の七時だった。澪がマンションを出た三十分後に、青山君も行動を開始する。
まずは自分のアパートに戻って、家中の金をかき集め、夜行バスに乗ってなるべく遠くに行きたかった。
意外にも澪は、外鍵をつけて閉じ込めたり、身体の自由を奪ったりといった強硬手段に出なかった。
むしろ、食事や娯楽まで用意して自由にさせてくれる。青山君はずいぶんと澪になめられているのかもしれない。
澪の魂胆はわからないが、従順に彼の帰りを待つ気なんてさらさらなかった。
しかし自宅のボロアパートに現金がいくらあったか、心許ない。バス代がなかったら、上野公園のホームレスにまぎれて野宿してもいい。
青山君はフリーター生活をしていた数年で、すべての友人と縁が切れている。頼れる親戚もいなかった。逃亡生活を支えてくれる味方は皆無だけど、やるしかない。
自宅の鍵、財布、キャッシュカード、身分証。スマホだけではなく、逃走に必要なものはすべて澪に取りあげられている。靴すら捨てられていた。
鍵がないなら窓を割ればいい。身分証がなくても働けるところを探せばいい。靴なんてどうにでもなる。
……考えれば考えるほど、この計画は絶望的だった。たとえうまくいっても数日で限界が訪れることは明らかである。
それでも、正気を保っていられるうちに澪から離れなければ。
「圭吾君、お見送りして。お願い」
あいかわらず仔猫のようにじゃれついてくる澪に、玄関まで手を引かれる。
小ぶりのシャンデリアがぶら下がっている広々とした玄関。ぐずぐずと甘えて靴を履こうとしない澪と、立ったまま向かい合っていた。
「頑張って仕事してくるから、どこにも行かないでね」
「わかってる」
澪に怪しまれてはいけないから、青山君は素直に返事をした。
不意に、澪から唇を奪われる。青山君は壁に背を押しつけられながらも、キスに応じた。今はまだ従っているふり。
しかしそれは、いわゆる、いってきますのチューにしては濃厚すぎた。
「……んっ、うぅ……」
これは抱かれる前にされるやつ、と青山君の身体は勝手に学習させられている。ぞわぞわと腰から背中にかけて甘ったるい痺れが走った。
いつのまにか、ディオールの指輪をつけた澪の手が、青山君の胸の先端に触れていた。固く尖って主張しはじめていたそこを、Tシャツの薄い生地越しにカリカリとくすぐられる。
「ッふ……うぅ、んぅっ……」
澪はわざと気をそそらせるようないやらしい音を立て、青山君の口内を蹂躙する。
澪の手首をつかんで止めようとしても、力が入らなかった。直接触れられるのとは違う快感。続けてほしいと願う自分がいる。
腹の奥が疼いて、青山君はひとつのことしか考えられなくなった。
入れてほしい。
「圭吾君、ここいじめられると中も欲しくなっちゃうよね」
澪はさも当然のように青山君の頭の中を言い当てる。そして生意気そうな笑顔を見せた。
「だって俺がそういう身体に躾けたから」
彼のこの表情をベッドの中で何度も見上げたことがある。
いつも青山君を追いつめ、泣かせて、とびきり気持ちよくしてくれるときの顔。澪との行為を思い出して勝手に昂りはじめる自分の身体が憎かった。
澪がひらりと背を向け、香水の匂いが遠ざかる。
青山君は壁に身体を預け、短く浅い呼吸を繰り返すことしかできなかった。手錠なんてなくても、もうこの身体には枷がついている。澪に刻み込まれた快感という枷。
ドアが閉める直前、澪が言った。
「帰ったら続きしてあげる」
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