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(53)圭吾君が俺の姫になってくれた記念に、一番高いシャンパン入れちゃった
青山君が澪の源氏名ではなく本名を言っても、黒服二人は眉ひとつ動かさない。黒服が慇懃な口調で拒絶の意を示す。
「そのようなキャストは在籍しておりません」
どうやらホストクラブにはいろいろな人が来るようで、慣れた対応だった。
黒服の片方がインカムで短い指示を出す。従業員同士でしか伝わらない隠語だった。
店の奥から、電子音のクラブミュージックと波打つような光が漏れていた。そこに澪がいる。
澪に会ってしまえばあとはどうにでもなるだろう。フロントを走ってすり抜けようとした青山君のTシャツを、背後から二人の黒服がつかむ。
「ちょっと!警察呼びますよぉ」
間延びしているが怒気を含んだ声が腹に響く。
今まで何度も澪から強引に組み敷かれたことがあったけど、あいつは本当に優しかったのだと思い知った。黒服たちに容赦なく床に転がされ、手足に痣ができそうなほどの痛みが走る。
とりおさえられる青山君のズボンのポケットから、ピンク色のキッズ用ケータイがすべり落ちた。それを見た黒服が常識人の声で呻く。
「やばすぎだろ、こいつ……」
青山君も自分の異常さを客観視して、つい笑ってしまった。
怪しげな成人男性が所持するペールピンクのキッズ用ケータイが、突如けたたましく鳴り響く。うわっ、と黒服がゴキブリでも見たような悲鳴をあげた。
豪華に見えた深紅の絨毯は、頬を擦りつけるほどの至近距離で見ると、案外汚れている。青山君は床に這いつくばった体勢でおさえつけられながらも、鳴り続けるキッズ用ケータイに手を伸ばした。しかし、あと少しのところで届かない。
「澪からの電話だよ!俺は本当に澪の知り合いなんだってば!電話出ればわかるから!」
「お、俺がこいつおさえてるから、早く警察呼んで」
「そんな……先輩一人を置いていけません」
黒服たちが妙な友情を見せつけてくる。どうやら青山君は、妄想に取り憑かれた澪のストーカーだと誤解されていた。
「圭吾くーん、なんで電話出てくれないのー?」
茶番は、澪の甘えた声によって打ち切られた。
澪は青山君が着ている安物の服に気づいたようだ。自分が買い与えたものではない、と。澪の支配を脱ぎ捨てた姿。澪の瞳孔がわずかに開く。
「ケイさん……」
黒服が澪の源氏名らしき名前を呼んでうろたえた。
澪は無表情で黒服二人の腕から青山君を引き剥がす。そして青山君を自分の背中に隠しながら言った。
「俺のお客さんだから、通して」
黒服たちは、青山君が本当に澪の知り合いだったことに驚愕している。
「あの、ですが今夜は席が……」
満席らしい。それに澪の出勤日は太客の予約で埋まる。飛び入りの青山君を澪のタイムスケジュールに入れる余裕がない、と黒服は伝えたいのだと思う。
しどろもどろに話す黒服の言葉を、澪は低い声で遮った。
「空くだろ?空けろよ。五番テーブルに通して」
「承知いたしました」
絶対に店に入れてはいけない異常者でも、澪の一声でお客様扱いだ。どんなわがままも通用する看板ホスト、しかしホストをやめたいと言った途端に殴られる。澪の立ち位置の歪さを目の当たりにして、青山君は苦い不安と怒りを覚えた。
澪がぱっと人懐っこい笑顔を作り、青山君の肩を抱く。
「圭吾君、いつ出所したのー?おクスリやめれたー?」
澪がわざと黒服に聞こえるように青山君をヤク中扱いしてきたのは、ささやかな復讐だと思う。青山君に振りまわされてさすがの澪も感情が乱れているようだ。やっぱクスリだってさ、と黒服たちがヒソヒソ話すのを聞いて、青山君は舌打ちする。
客席に入りかけ、店内BGMのボリュームが大きくなったところで澪が早口で耳打ちした。
「十五分で戻る。個室に連れて行かれそうになったら大声で叫んで。トイレにも行っちゃだめ。人目のないところに絶対に行っちゃだめ。今日は店長がいる」
「……澪?」
澪は答えずに青山君を追い越して客席に戻っていった。
俺を一人にする気かよ、と青山君は澪の背中に声をかけようとして、店内の異様とも言える華やかさに絶句する。
高い天井を覆い尽くす巨大なシャンデリア、客席や壁に点在するきらびやかな照明が、革張りのソファをぬらりと照らしている。
黒と金で統一された店内は、灯りを絞っているのにやけに眩しい。壁の素材も客席のグラスも、巨大なフラワーアレンジメントを飾る台座も、目に入るものすべてが光り輝いていた。
店の雰囲気は贅を凝らした俗悪に陥るまであと一歩というところだけど、憎たらしいほど華麗に踏みとどまっている。確かにここは魅力的だが、騙されるほうが悪い。まさしく歌舞伎町の人気店らしい甘く毒気のある貫禄だった。
青山君は履いているビーチサンダルの値札を切り忘れたことに、たった今気づく。千二百円。
澪はすでに少し離れた位置にある客席に滑り込み、客と笑みを交わしていた。その端正な所作に夜の住人らしい艶が滲んでいる。いつもより大人びた表情だった。彼が着ている光沢のあるシャツにできたしわの陰影すら艶めかしい。
シャンデリアの金色の灯りが澪の髪や白い肌を淡く染めていた。この店の灯りは、彼のダークブラウンの髪や琥珀色の瞳に、まるで誂えたようによく似合う。ホストの澪は水槽の中の金魚みたいに綺麗だった。
「お客様、お席にご案内いたします」
澪に見惚れていたのはほんの数秒だったと思う。フロントにいたのとは違う黒服が、青山君に声をかけた。
席に通され、最初に青山君の隣に座ったのは澪ではなかった。澪と同年代の新人である。
澪ほどではないが、激戦であろう競争率の店の面接をパスできる程度には美形だった。なぜ彼が新人とわかったのかというと、本人が教えてくれたからだ。
「ケイさんに憧れて先月入店しました。今日が三回目の出勤なんですけどぉ」
その、ケイというのが澪の源氏名らしい。
「ケイさんの大事なお客さんだって聞いたんで!俺、全力で盛りあげます!」
澪がどうにかして青山君との時間を抉じ開けるための調整をしているあいだ、青山君の見張りを任されたのがこの男のようだ。
まったく夜の世界に染まっていなくて、おそらくすぐにこの店を去るであろう、人の良さそうな新人バイト。その人選は、店には澪が信用できる人間が一人もいないことを露呈していた。
「ケイってそんなにすごいの?」
青山君は新人からもらった名刺をひらひらと裏返しながら尋ねる。
「最強っす。ケイさんのために店長がこの店の内装ぜんぶ変えたんです。前はここ青系のライトだったらしいんですけど、ケイさんは金色のほうが似合うからって」
新人は澪の武勇伝を嬉しそうに語る。ホストクラブのインスタを見てずっと澪に憧れていたそうだ。
それを聞いて青山君は気が重くなる。なるほど、店長が絶対に澪を手放そうとしないわけだ。
周囲の客やホストたちが無遠慮にこちらを見ている。青山君の貧乏くさくてくたびれた姿は悪目立ちしていた。
しかしこの新人バイトは、異様な雰囲気の青山君を相手に動じることなく接客している。
「……ケイから俺のことなんて聞いてるの?」
「何も聞いてないです!あんまり近くに座ったら殺すとだけ言われてます!お兄さんの首輪パンクでかっこいいっすね!」
澪がこいつを選んだ理由がわかった気がした。良い意味で頭がからっぽなのだ。
しばらく新人から澪改めケイの話を聞いていたけど、あるとき彼が急に会話を中断してバッと立ちあがった。彼の視線の先には、ホストの仮面を被ってほほえむ澪がいる。
「ありがとねー」
「あっ、あ、あの……おつかれさまです……」
澪がいないときは饒舌に彼の話をしていたのに、本人を目の前にすると言葉が出てこないらしい。
びしりと直立する新人の肩越しに、澪は青山君を見つめていた。青山君も視線を返す。互いを値踏みする目だった。青山君が澪の支配から抜け出すために挑みに来ていると、彼はもう気づいている。
澪は唇から笑みを消して言った。
「もういいよ。俺が相手してあげる」
新人と入れ替わりで、澪が青山君のテーブルについた。
店中の視線がこのテーブルに集まっている気がする。ホストクラブという仮初めの姫たちのための疑似恋愛の世界に紛れ込んだ、社会の底辺に位置する男。そんな青山君の隣に、その麗しい虚構の主役である澪がいる。
澪が冷たい声で訊いた。
「どうやってここまで来たの?」
「電車に乗って」
青山君はすっとぼけた答えで挑発する。
ふふっ、と澪がソファに背を預け、天井を仰いで笑い声をあげた。こいつは腹が立ったときほどよく笑う。
青山君も彼と同じ温度でニヤリと歯を見せた。
「ずっとお前に買われてたんだから、たまには俺がお前を買ってもいいだろ」
「俺は高いよ」
澪はだるそうに脚を組む。青山君も背もたれに身体を預け、澪と目を合わせて言った。
「後で身体で支払ってやるよ」
澪のじっとりと濡れた殺気を感じながらも、青山君は一歩も引かない。
見慣れた可愛らしい唇が、夜の世界に染まりきった酷薄な弧を描く。
「圭吾君、ほんと最高」
澪は黒服を呼び止め、小声でなにかを告げた。黒服の鉄壁のビジネススマイルが数秒だけ崩れる。黒服は目を見開いて青山君を見た。
「な、なに……」
急に強面の男から凝視され、青山君はおろおろと目をそらす。
やがてマイクを持った黒服を先頭にして、店のスタッフらしき男たちがぞろぞろと列をなして青山君たちのテーブルに押し寄せる。毒々しいほど華やかな作り笑いをした連中は、見目麗しい男の存在に何のありがたみも感じない青山君の目には、妖怪の百鬼夜行みたいに見えた。
黒服がマイクに向かって芝居がかった声をはりあげる。
「五番テーブルー!本日初来店の青山様から、アルマン・ド・ブリニャックのブラック入りましたぁー!」
ざわ、と店の空気が揺れる。そんな馬鹿な、とでも言いたげに。
店内BGMがさらにハイテンポなクラブミュージックに切り替わった。店の灯りが激しく明滅を繰り返し、壁や天井を光の筋が這いまわる。
爆音に身をすくませた青山君は、つい澪のシャツの袖をつかんでしまう。澪が口元を緩ませながら青山君の手を握ってくれた。くやしいけど安心する。
「圭吾君が俺の姫になってくれた記念に、一番高いシャンパン入れちゃった」
澪はさりげなくこちらに身体を傾け、青山君だけに聞こえる声量でささやいた。
「後でちゃんと身体で払えよ」
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全61話。今日から毎日更新で11月22日(土)完結です。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
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見つけ次第削除いたします。