底辺男が十歳下の溺愛執着系イケメンホストに買われる話(本編完結済み)

猫と模範囚

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(54)ずっと俺のこと忘れてたくせに……




 その夜、青山君は人生ではじめてホストクラブのシャンパンコールの渦中を体験した。
 マイクを持った男が音頭を取るのに合わせて、ホストたちが簡単な振りつけをしながらコールを入れる。店内の注目を一身に浴びながら澪はコールの主役を張っていた。そんな澪の姿を見て、青山君は呻く。

「クッソ可愛い……」

 あれよあれよと言う間にシャンパンの入ったグラスを持たされ、澪にうながされるままに乾杯をすると、なにも祝福していないことが明らかな空虚で華やいだ歓声があがった。
 場の空気に飲まれた青山君は、澪に合わせてシャンパングラスに口をつけてしまう。酒に弱いので今夜は一滴も飲まないと決めていたのに。味なんてさっぱりわからないけど、のぼせた身体にシャンパンの冷たさが心地良い。

「圭吾君がお酒弱いの知ってるけどぉ、高いボトル入れとかないと俺、他の席に呼び戻されちゃうから。ちょっとは飲んでね」

 百鬼夜行のシャンパンコールが解散してから澪が言った。

「店長に見つかる前に帰って。あの人に圭吾君を見られると面倒なことになる」

 そうだ、時間はかぎられているのだ。青山君は澪の源氏名をはじめて知ったときからずっと気になっていたことを口にする。

「お前の源氏名、ケイなの?なんで?名刺ちょうだいよ」
「今、名刺きらしてる」
「嘘はよくないよ、ケイ君」

 澪は苦虫を噛み潰したような顔で名刺を差し出した。黒地に金色の箔押し、新人の簡素な名刺とは格が違う。
 はたして、名刺には「碧山ケイ」という澪の源氏名が印刷されていた。どう考えても、青山君の名前から拝借したと推察できる名前だった。青山君は爆笑する。

「おっまえは……本当に俺のこと大好きだな」
「うるさい。好きだよ」

 澪がめずらしく無愛想に答える。

「だから絶対に家に名刺持って帰ってこなかったんだ?」
「……圭吾君はどうしてここまで来れたの?」

 澪はホストの仮面をはずし、甘えた上目遣いで青山君を見る。
 店の名前も教えていないし、歌舞伎町に辿り着くまでの金もなかったはずなのに。

 やはりここに来て正解だった。今、青山君は澪の理解の外にいる。何ヶ月も澪に囚われ、身体も精神もすべて彼に掌握されていた青山君が。
 そうでなければ青山君の計画は成功しない。青山君が何を考え、これから何をするのか、澪が予想できない状況に持ち込まなければ。

「でもさぁ、澪、これで確信したわ」

 今が勝負の時だった。青山君はずっと用意していたセリフを言う。

「お前のこと思い出したよ。俺たち、去年の十一月が初対面じゃないよね」

 澪は表情を変えなかった。
 青山君は心の中で笑う。お前はそういう男だ。駆け引きに慣れすぎていて、見せる感情の粒が揃いすぎている。お前が動じなかったという時点で、図星だと白状しているも同然なんだよ。

「なぁ澪、俺になにか言うことないの?」

 青山君はあえて高圧的な口調で言った。

「圭吾君……」

 澪のいつもの飄々とした声が聞こえた途端、その先の言葉はどうせ嘘だと判断した。聞く価値はない。
 青山君は勢いよく腕を振り上げる。まるで殴る直前のような動き。澪がビクッと肩を跳ねさせ、凍りついた表情でシャンパングラスを取り落とした。
 グラスが割れる音で、周りの席の人々がはっと静まりかえる。ハイテンポな電子音の店内BGMだけが沈黙に取り残されていた。

「やっぱりね」

 青山君は振り上げた腕をゆっくりと下ろす。

「殴られながら育ったんだな」

 前から察していた。澪の愛情に飢えた子供みたいな態度や、過去や家族の話をまったくしない不自然さから。澪がどんな育ち方をしたのか。
 澪は店で殴られて帰ってきても妙に平然としている。そして殴られた夜、澪は青山君に手錠をかけて抱きたがった。
 手錠をかけたり、手首をつかんだり。澪は行為の最中、青山君の両腕の自由を奪うのが好きだ。澪自身も気づいていないかもしれないが、あれは単なる性的嗜好ではない。大人の男の手が怖いのだ。

 歌舞伎町でのし上がった澪の心の武装は堅い。もしも相手が青山君じゃなかったら、澪は取り乱さなかったと思う。取り繕う言葉を探すのに意識が集中していた隙をつかれ、唯一信頼していた青山君に拳を見せられたから、澪は耐えきれなかったのだ。
 ひどいことをしたのはわかっている。でも、青山君は何をやってでも澪の正体を暴き、彼のすべてを手に入れるつもりだった。

 青山君はそっと澪の頬に手を伸ばす。長い睫毛の下で琥珀色の瞳が揺れる。手が触れる寸前、澪は震える声で言った。

「ずっと俺のこと忘れてたくせに……」

 青山君はがばりと澪を抱きしめた。割れたグラスを片付けようとこちらに近づいていた黒服たちが、ばたばたと走り寄る足音がする。

「お客様!キャストにお手を触れないでください!」

 黒服たちから引き剥がされそうになりながらも、青山君は澪の耳元でささやく。

「俺が忘れるほど昔に会っていた、殴られながら育った子供。ありがとう、ヒントくれて」

 ばっと澪が青山君の両肩をつかむ。その目は驚愕に見開かれていた。

「なっ……」
「嘘ついてごめん。これから絶対にお前のこと思い出すから」

 思い出した、なんて嘘だった。
 青山君の発言がハッタリだったと、そして自分がそれに乗せられ隠していた事実を話してしまったと知った澪の顔といったら、最高に可愛かった。

 青山君は数人の黒服から腕や胴体を拘束され、澪から引き離される。澪が青山君の胸ぐらをつかんで引き寄せた。押し殺した声で彼は言う。

「……なめんのもいい加減にしろよ」

 この美しい顔の無表情が、どうしてこんなに怖いのだろう。青山君はガタガタ震えながら言い返した。

「こ、ここに来てよかったよ。あのマンションでお前にブチ込まれながらだと、絶対に口喧嘩に勝てないからな!」
「そっか、それでここに来たんだ?圭吾君はわかってない。あの部屋の中にいるのが一番安全なのに」
「お前みたいなガキにお膳立てされる安全なんかいらねえよ。室内飼いのチワワかなんかだと思ってんのか俺のこと、てめえこそ俺をなめんじゃねえ。俺は絶対にお前のものになんかならない」

 だって俺が澪を手に入れるから。

「ケイさん離れてください!」

 黒服たちは青山君には本気の腕力を発揮するが、店の看板商品である澪には強く出ることができないらしい。彼らは青山君の胸ぐらをつかむ澪の手を遠慮がちに諌める。しかし澪から完璧に無視されていた。

「喧嘩?」
「なんなの、あの人」
「ケイ君危ないよ」

 客席の女が話す声が聞こえてくる。動画でも撮っているのか、スマホをこちらに向けている人もいた。どうでもいい、そんなの。青山君は澪だけを見て言った。

「本気で俺が欲しいなら離れんな。俺以外のものぜんぶ捨てろ。そのダセェ源氏名も捨ててお前の本気を証明してみろ」

 お利口な澪は、青山君が今、何を求めているのかわかったようだ。澪の瞳に迷いは見えない。
 澪は胸ぐらをつかんでいないほうの手で青山君の後頭部を引き寄せ、噛みつくように唇を奪う。自分の客の女たちの目の前で。澪がここで築いてきた栄光をすべて捨てる覚悟のキスだった。





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