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(リバ要素なし!)青山君がリバに挑戦しようとして返り討ちにされる話
(最終話)俺、今日は機嫌良いから
翌朝、澪が目をさますと、すでにベッドサイドテーブルの上のマグカップやトレイは片付けられていた。
青山君は先に起きてリビングにいるようだ。洗濯機をまわす音が聞こえる。寝室の時計は正午をさしていた。
最近、寝起きが悪い自覚がある。いつもだったらこのままもう一度目を閉じていたかもしれない。しかし澪は大慌てで飛び起きた。
今日はすべての家事を澪が引き受けるべきだ。昨夜、青山君にあんなに無理をさせたのだから。
反省しなきゃいけないのに、昨日のことを思い出そうとすると、どうしても甘い充足感にニヤけてしまう。
本当に、いつにもまして昨夜の青山君は可愛かった。澪の腕の中で何もできず、澪に気持ちよくしてもらうことしか考えられなくなっている彼の姿。もうやだと泣いて喘ぐくせに、澪がやめようとしたらドスの効いた声で続けるよう命令してきた、あの傲岸不遜な獲物の媚態。
ずっと良い子でいるつもりだったし、それで幸せだと思っていたのに。青山君はベッドの中で澪がときどき牙を出すのを許してくれた。澪に喰われる快感に身を委ねてくれた。あくまでも恋人同士のプレイの範疇という、大人の良識を維持したまま。
なんなんだ、あの人は。猛獣使いにでもなる気なのか。これ以上惚れさせてどうする。澪はとっくの昔から青山君しか見えていないのに!
澪がベッドから出ようとするのと、寝室のドアが開くのは、ほぼ同時だった。ネイビーのニットに黒のスラックスを履いた青山君が部屋に入ってくる。以前、澪が彼のために選んで買ったニットだった。青山君はネイビーが一番似合う。
「おはよ」
いつも通りの青山君の、テンションの低い声。べつに機嫌が悪いわけではない。これが彼の通常運転だと澪は知っている。
青山君は切れ長の目が印象的なクールな顔立ちをしていた。余計な肉がまったくついていない痩せた体躯は、彼にストイックな印象を与えている。黙っていれば近寄りがたいタイプに見えるかもしれない。そんな彼が澪を見て柔らかくほほえむ瞬間が、たまらなく好きだ。
無愛想でそっけない青山君が、実は快感に弱くてベッドではあっさり乱されてしまうこと。澪だけが知っている彼の秘密。自分の感じやすい身体をいまだ受け入れられず、いつも快楽に抗おうとするのも、澪の狩猟本能と庇護欲を同時に刺してくる。今までどれほど彼に搾り取られてきたかわからない。
澪が甘えて返事をしないでいると、青山君は苦笑しつつもベッドの隣に座ってくれる。青山君は澪の頬をつねるというより、もちもちと感触を楽しむように触れながら訊いた。
「寝室、掃除機かけていい?」
澪が起きるまで待っていてくれたらしい。
「あっ、うん。もう起きたから。っていうか俺がやる!圭吾君は休んでて」
「いいよべつに。俺、今日は機嫌良いから」
青山君がめずらしく含みのある表情で答える。ぽかんと口を開けている澪の頭をなで、彼は言った。
「澪はあれ作って。あれ食べたい」
「……待って。当てるから」
「ヒントいる?」
いたずらっぽく尋ねる青山君に、澪は待ってくれと手のひらを見せつつ必死に考える。推理の材料は、冷蔵庫の在庫食材、最近の献立……。数秒の後、先月くらいに澪が作って青山君に大好評だったメニューを口にした。
「アサリのスープパスタ?」
「……すごいな、お前」
なんでわかるの?と青山君はあっけにとられていた。
こうして澪はキッチン、青山君は寝室でそれぞれの作業をすることになり、二人はベッドから立ち上がる。青山君の機嫌が良い理由に思い至ったのは、キッチンでパスタを茹でているときだった。……昨夜、かなり良かったから。
「可愛すぎだろ」
だからこそ、昨日の青山君の発言は青天の霹靂だった。
お前に飽きられないか不安だった。
まさか青山君がそんなことを考えていたなんて。澪は何度も求めすぎて青山君に嫌われないか心配していたほどなのに。
澪はモテるから、と青山君は言うけれど。澪からしてみれば、青山君だっていつ誰に奪われるかわからないとびきり魅力的な恋人である。
驚いたことに、青山君は自分の色気に気づいていなかった。確かに彼の外見には芸能界にスカウトされるような特別な華はないし、平凡の範疇ではあるが。青山君の勤め先は女性ばかりで、青山君が唯一の男性である。そんな職場に採用される男の見た目が、悪いわけがないじゃないか。
それに、ヘアスタイルも服装も澪のプロデュース下にある現在の青山君は、どんなに卑屈にふるまおうが綺麗な大人の男という印象から抜け出すことはできない。
無愛想に見えて本当は面倒見が良くて照れ屋な青山君。澪が贈った指輪を左手の薬指につけている青山君。毎晩のように澪に愛され、すでに誰かのものになっている男の艶が出てしまっている青山君。自分の恋人が男前すぎて不安なのは澪も同じである。
青山君が抱かれる側の立場に納得していないことだけは、実は以前から察していた。澪の恋人になる前の彼は女しか知らない。基本的に彼は、惚れた相手は抱きたいと思う性質なのだ。
それを捻じ曲げたのは澪だった。青山君が澪に欲望を感じるより先に、彼の身体に抱かれる快感を教え込んだからこそ成立した関係である。泣いていやがる彼に手錠をかけて支配したあの日々は、澪が一生背負うべき業だけど、あれなしでこの幸せに辿り着くことはできただろうか。答えを出してはいけない問いだった。
ときどき澪はあの頃の夢を見る。手錠でベッドに繋がれ、涙に濡れたうつろな目をして喘ぐ青山君。もうできない、許して、と泣きながら懇願するくせに、身体だけは澪を求めて甘い反応を見せてしまう。
夢からさめた真夜中、澪はいつも背中にびっしょりと汗をかいていた。後悔と罪悪感に押しつぶされる心の奥底にこびりつく興奮。どんなに否定しても結局、自分は獣なのだと思い知らされた。
汗だくになった澪の隣で、青山君は無防備に眠っている。俺はここにいる資格がない。澪はよろよろと起きあがり、リビングのソファにうずくまるしかなかった。
真っ暗なリビングで昔のことを思い出す。幼い頃の自分の傷、自分が青山君につけた傷……。
青山君は、澪がベッドから抜け出すとかならず気づいた。最低な澪をいつまでも辛抱強く抱きしめ、寝室に連れ戻してくれる。隣にいることを許してくれた。
澪にとって青山君の存在は、飽きるとか飽きないとか、そんな次元ではないのだ。
彼がいなかったら澪は今日まで生きてこれなかった。青山君がいるから、澪はまだこの世界に愛想を尽かさず、一生懸命スープパスタを作っている。
「洗濯干す時間ある?」
掃除機をかけ終えた青山君がちらりとキッチンに顔を出した。澪は彼を振り向いて答える。
「もうできる。食べ終わったら俺が干すから」
微妙に腰を庇いながら動く青山君が、照れ隠しの仏頂面で頷いてくれた。
「春休み、どこか行く?」
食事の最中に青山君が言った。どちらかといえば外出嫌いな青山君がそんなことを言うなんて、今日は本当に機嫌が良い。
「行きたい!泊まり?」
「うん。節約も大事だけどさ……お前が学生のうちにいろんなところ行きたいじゃん」
青山君と将来の話をするのが好きだ。数カ月後でも、数年後でも、もっと先でも。
「箱根は最高だったなぁ……今度は少しお金貯めて遠くに行ってみるのもいいよね。沖縄とかさ。圭吾君は行きたいところある?」
「旅館ならどこでもいい」
「旅館?」
「……お前の浴衣姿をもう一回見たい」
青山君は照れて俯きながらもはっきりと言った。
彼の欲望の対象になっている、という事実にぞくぞくする。こんなにかっこいい人が俺のこと抱きたいと思ってたなんて……。澪はそういうとき、素直に抱かれるよりも、捻じ伏せて逆に抱いてやりたくなるタイプだった。
まだ青山君は気づいていない。欲を灯す男の目をした青山君を組み敷くのは、たまらなくそそるということに。澪は持って生まれたこの牙を捨てられない。だから可愛い子ぶった笑顔で答える。
「俺もまた浴衣着たーい」
青山君には昨夜きっちりと自分の立場をわかってもらったけど、もしかしたら彼はまたいつか澪を抱きたがるかもしれない。澪の最愛の人は本当に良い根性をしているので。
何度でもその挑戦を受けてやる。そして、何度でも教えてあげる。青山君の可愛さを、それに澪がどれほど深く囚われているのかを、一生かけて教えてあげる。
その一生のあいだに、青山君が好きだと言ったアサリのスープパスタやホットワインを飽きるほど作ってあげたいし、何度でも澪の浴衣姿を見てほしい。
それが澪の恋だった。牙を残した飼い猫の恋。青山君だけを自分の飼い主と認め、愛している。
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