底辺男が十歳下の溺愛執着系イケメンホストに買われる話(本編完結済み)

猫と模範囚

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バレンタイン短編・青山君は澪にガチ本命手作りチョコを渡せるのかスペシャル(全6話)

(2)圭吾君はバレンタインデー好き?





 きっかけはその日の夕方の買い出しのときだった。
 近所のスーパーも少し前からバレンタインコーナーが作られている。セルフレジで支払いを済ませた二人は買い物袋を一個ずつ手に持ち、チョコレートが並ぶ棚の前を通りすぎる。バレンタインフェア、と書かれたのぼりを澪がちらりと振り返った。

 おそらく澪はこれまで数えきれないほどの量の大本命チョコをもらっている。きっととんでもない値段の有名ブランドのものを。
 はたして青山君の手作りチョコは、それに太刀打ちできるのだろうか。さりげなくリサーチするために、青山君は澪に話題を振ってみる。

「バレンタインフェアだってさ」
「あぁ……」

 バレンタインという言葉を聞いた途端、澪の目から光が消えた。どこか怯えた表情すらあった。
 おや、と青山君は首をかしげる。まるきり予想外の反応だった。季節のイベントと甘いものが大好きな澪のことだから、圭吾君チョコレートちょうだいと無邪気にねだってくると思っていたのに。

「圭吾君はバレンタインデー好き?」

 暗い目のまま澪が尋ねる。青山君はごくりと息を呑んだ。これは、なんと答えるのが正解なのか。動揺しながら言葉を紡ぐ。

「あ、え、普通かなぁ……」
「男にはつらいイベントだよね」

 澪が苦笑とともに頷く。
 確かにバレンタインデーはある意味しんどいイベントである。モテない青山君はしょっぱい気分で過ごす年のほうが多かった。だが、澪と青山君ではバレンタインデーの苦労の種類が違うはずだ。
 澪と付き合う前、極貧のフリーター生活をしていた頃の青山君は、バレンタインのチョコレート売り場なんて眩しくて直視できなかった。恋人どころか友達すらいない。学生時代の彼女や母親からチョコをもらった思い出がかすむほど長い、人生の冬の記憶。

 絶世の美男子である澪が味わったバレンタインデーのつらさは、青山君の経験とは真逆のベクトルだと思う。この世の大半の男が嫉妬する、モテすぎてつらいという雲の上の境地である。
 スーパーを出ると外は真冬の気温だった。吐く息が白い。澪は無表情でぽつりと言った。

「バレンタインが近くなると、学年集会で俺の机や靴箱にチョコレートを入れないようにって、学年主任の先生がみんなに注意してた」
「す、すご……」
「通学路の駅で待ち伏せされて、知らないおっさんからチョコを渡されそうになったこともある」

 華やかなモテエピソードを披露されるかと思いきや、雲行きが怪しくなった。青山君は次第に嫌な動悸がしてくる。

「小学校低学年くらいまでは嫌われ者だったんだけどなぁ、俺。ろくに風呂入れなくて汚かったし、チビで暗かったし。中学に上がる少し前くらいから急に女子が手のひら返したみたいに優しくしてくれるようになって……」

 周囲が色恋を知る年頃になった途端に、価値を見出されるようになった澪。他人の欲望の上でだけ存在を許される孤独な子供。青山君は幼い澪を取り巻く世界の残酷さに改めて打ちのめされる。
 澪は少し傷ついた微笑みを浮かべ続けた。

「学校でチョコ渡せなかった子が家までついていって渡そうと思ったんだろうね、クラスの女の子たちから帰り道あとつけられてて、俺が施設入ってることバレちゃって……それが俺の高校一年のバレンタインデー」

 星のない夜空を見上げ、澪は小さな声で言う。

「チョコ渡すくらい俺のことが好きならさぁ、内緒にしてくれてもいいのにね」

 児童養護施設で暮らしていることが学校中に知れ渡ってしまったのだろう。それ以来、澪は二月十四日は学校をサボることに決めたそうだ。
 青山君は何も言わず、まばらな人通りの住宅街で澪の手を掴む。普段は終電後の時間帯にしか手は繋がない。今日はまだ人の往来がある時刻だけど、澪と手を繋いで堂々と歩く。

「圭吾君はいつも手が冷たいね」

 澪はくすぐったそうに笑い、繋いだ手ごと自分のコートのポケットに入れてあたためてくれた。
 
「あ、そういえばホストクラブではバレンタインデー期間に学生服のコスプレしたよ」
「そんなこともするの?」
「バレンタインの制服コスはわりと定番」

 はじめて知る夜の街の文化は興味深い。

「イベントでノルマ達成できないと店閉まってから先輩にビンタされるんだけどぉ、俺一回もされたことない。優等生」

 褒めてほしがる子供の顔で澪が言う。
 それは楽しい思い出のカテゴリーに入れていいのだろうか。

「本物の学校よりもホストクラブで制服着た学校ごっこのほうが楽しかった」

 皮肉でもなく、本音のようだ。懐かしさすらにじむ穏やかな口調だった。
 誰にも守ってもらえず、金と暴力の世界に馴染んでしまったかつての澪。今でも澪は思い出と古傷の区別がつかなくてどこか危うい。青山君は澪が抱える夜の世界への愛憎を、けっして否定せずに彼が自力でほどいていくのを見守ると決めていた。

 ともかく、青山君はわかってしまった。澪にとってバレンタインデーとは、その美貌のせいで他人から乱暴に境界を踏み荒らされたトラウマのイベントでしかないらしい。
 今のうちに知ることができてよかったかもしれない。バレンタイン当日、青山君が能天気に手作りチョコなんて渡したら、澪は心の傷を抉られていただろう。
 青山君はすでに買ってしまったチョコレートマカロンの材料を、どう処理すべきか頭を悩ませる。考えがまとまらないうちに澪がこちらに顔を向けた。

「圭吾君の高校の制服はブレザー?学ラン?」
「学ラン」

 青山君が答えると、澪は目を輝かせる。

「絶対似合う!写真ないの?」
「古いスマホにあるかも。澪は制服どっちだった?」
「学校は紺のブレザー、ホストクラブでは学ランもブレザーも両方着たけど」

 澪は学ランよりもブレザーのほうが似合いそうだ。

「……圭吾君に見てもらいたかったな。俺もちゃんと写真に残しておけばよかった」

 澪は一度人生を捨てている。十八歳より前の写真は、あのミィちゃんのプリクラしか残っていない。
 青山君は高校生の澪の姿を思い浮かべる。今より線が細くてあどけない澪。きっといつも不機嫌そうな無表情で、誰も寄せつけない雰囲気をしている。紺色のブレザーを着たひとりぼっちの背中まで想像できてしまった。

「澪の制服姿、俺も見たかったな」
 
 澪の過去に思いを馳せるとき、青山君はいつも叶うはずのない願望が混じる。俺がそばにいてやれたらよかったのに。

「圭吾君、ありがと」

 自宅のマンション付近で澪が繋いでいた手をそっと離す。ぼやけた夜空にひとつだけ星を見つけた。

 澪の体温が残る手を握りしめ、青山君は決意を新たにする。やはりバレンタインデーには澪にチョコレートを渡したい。
 青山君は自分の覚悟を改めて思い出していた。この先、澪の人生のすべてのイベントを俺が上書きする。澪には認識を改めてもらわなければ。バレンタインデーというやつは、恋人から大本命チョコをもらえる楽しい日だ。






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