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#07
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離した瀬津の手を、また自分の体に回す咲夜。咲夜の手の力は強く、またどんな人よりも優しく、咲夜の体は暖かかった。久しぶりの人の温もりを感じる。
「よし、離すなよ!!」
また勢いよく漕ぎ始める。今度はしっかりと、離れないように、振り落とされないように瀬津は掴まった。
自転車の速度は上がっていく。風で目が開けられない。何度も角を曲がり、その度に、強く咲夜にしがみつく。
キュッと摩擦音と共に、自転車が止まった。咲夜の小さな気の抜けた溜め息も聞こえる。
「ここでいいよな?メディホテル。裏口回った方がいい?仕事、どれくらいで終るんだ?...てかそもそも仕事って、何すんの?」
急な質問攻め。つい、固くなってしまう。
「送ってくれてありがとう。ここで大丈夫だよ。自分で裏口回れるし。…仕事は食器洗いとフロア掃除と窓拭きが主な仕事かな...。特に何も無ければ、だけど。5時間くらいで終わるけど、気にしないで帰ってね。これ以上迷惑はかけられないから。」
自転車からすぐに降り、お礼と質問の答えを言い、すぐにホテルに向かって走り出す。その背中を、咲夜は目を離すことなく、見送った。
「いってらっしゃい!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。思わず口元を抑える。瀬津は振り返り、小さく、手を振った。
仕事時間、5時間って言ったよな...。今6時過ぎだから...終わるのって早くても夜11時ってこと?さすがに残業...は、無いよな。学校もあって、一人暮らしで...そんな時間までバイトって......身体壊さないのかよ。
今日、知った情報が多すぎて混乱する。助けたいと思った。ただ、今の状況から、自分が出来ることがあるなら助けてやりたいと思った。神無月は、自分が思っているよりずっとずっと、大変な状況で、生き抜いて、耐えていたことを知り、胸が痛くなった。他に出来ること...無いのかな。
咲夜に見送られ、瀬津はホテルの裏口から中に入っていく。
「遅れてすみませんでした!」
入ってすぐ、走って更衣室に向かい、既に来ているパートのおばちゃんたちに向かって一礼する。
「あら、瀬津ちゃん。大丈夫よー。私たちいつもこのくらいに来てゆっくり仕度してるだけなんだから。」
「そんなことより、その格好どうしたの!? 綺麗で長かった髪まで...切っちゃったの?」
「まさか虐め...じゃないわよね?」
にこやかなおばちゃんたちが、瀬津の格好を見て、驚きを隠せないといった表情で問い詰める。みんな心配してくれる。ここの人達はみんなお母さんのようだ。
「大丈夫です。気にしないでください。心配してくださって、ありがとうございます。…すぐに用意しますね!」
そりゃ、心配にもなるよね...。腰の付近まであった長い髪は肩より上で乱雑に着られて、ジャージに学ラン。何かあったと思うのは当然だ。学ランの中の自分の制服はせめて、見られないように気をつけながら、瀬津は作業着に着替える。
業務表を確認し、その日の流れを確認する。
自分の配置につき、作業を始める。
「ねぇねぇ、瀬津ちゃん。今日の制服どうしちゃったの?何か学校であったの?」
床拭きをしている瀬津に向かって1人のおばちゃんが声をかける。世間話の好きなおばちゃんだ。優しくて、よく気にかけてくれているが...心配事を増やしたくない。
「自分の制服、汚れちゃって。クラスの子の制服を借りたんです。大丈夫なんで、私の事なんて気にしないでください。」
誤魔化せた...かな?
この職場で嘘をつくなんて、そうそう無いからドキドキする。心配してくれたのに、申し訳なさで胸がいっぱいになる。おばちゃんは「そう?」と少しだけ、しょんぼりとその場を去った。
無地のバンダナで隠された、髪の方は仕事中だとそれほど気にならないみたいで、少し安心する。
その後、配置場所の行く先々で、制服のことと髪のことを聞かれた。その度に、瀬津は「イメージチェンジ」と「借りてるだけ」の2点で話を切り上げた。
「お先に失礼いたします。」
頭を下げ、立ち去ろうとする瀬津に向かって、1人のおばちゃんが慌てた様子で近づいてくる。
「待って待って。瀬津ちゃん。玄関のところに誰かいたわよ。...もしかして瀬津ちゃんの彼氏さんだったりする?」
「いえ。私に彼氏なんていませんよ。一人暮らしなんで、待つ人も居ません。…では、お先に失礼いたします。」
嬉しそうにニマニマとしていたおばちゃんは、少ししょぼくれてしまったが、彼氏が居ないのは事実だ。瀬津はニコリと会釈をし、裏口から出た。
そして、そのままホテルの表へ向かって歩き出す。家とは反対方向だ。自分を待っている人はいないとは言ったが1人、思い当たってしまう人物の存在を否定しきれていなかった。
まさか…。まさかね…。彼が居るわけがない。『帰っていい』って言ったんだから。
逸る気持ちを抑え、向かった先に人影があるのを見て、驚く。そして、驚く瀬津を余所に、リンッと夜の空気を震わせるベルの音。その音は「気付いて」と言わんばかりだ。
「よし、離すなよ!!」
また勢いよく漕ぎ始める。今度はしっかりと、離れないように、振り落とされないように瀬津は掴まった。
自転車の速度は上がっていく。風で目が開けられない。何度も角を曲がり、その度に、強く咲夜にしがみつく。
キュッと摩擦音と共に、自転車が止まった。咲夜の小さな気の抜けた溜め息も聞こえる。
「ここでいいよな?メディホテル。裏口回った方がいい?仕事、どれくらいで終るんだ?...てかそもそも仕事って、何すんの?」
急な質問攻め。つい、固くなってしまう。
「送ってくれてありがとう。ここで大丈夫だよ。自分で裏口回れるし。…仕事は食器洗いとフロア掃除と窓拭きが主な仕事かな...。特に何も無ければ、だけど。5時間くらいで終わるけど、気にしないで帰ってね。これ以上迷惑はかけられないから。」
自転車からすぐに降り、お礼と質問の答えを言い、すぐにホテルに向かって走り出す。その背中を、咲夜は目を離すことなく、見送った。
「いってらっしゃい!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。思わず口元を抑える。瀬津は振り返り、小さく、手を振った。
仕事時間、5時間って言ったよな...。今6時過ぎだから...終わるのって早くても夜11時ってこと?さすがに残業...は、無いよな。学校もあって、一人暮らしで...そんな時間までバイトって......身体壊さないのかよ。
今日、知った情報が多すぎて混乱する。助けたいと思った。ただ、今の状況から、自分が出来ることがあるなら助けてやりたいと思った。神無月は、自分が思っているよりずっとずっと、大変な状況で、生き抜いて、耐えていたことを知り、胸が痛くなった。他に出来ること...無いのかな。
咲夜に見送られ、瀬津はホテルの裏口から中に入っていく。
「遅れてすみませんでした!」
入ってすぐ、走って更衣室に向かい、既に来ているパートのおばちゃんたちに向かって一礼する。
「あら、瀬津ちゃん。大丈夫よー。私たちいつもこのくらいに来てゆっくり仕度してるだけなんだから。」
「そんなことより、その格好どうしたの!? 綺麗で長かった髪まで...切っちゃったの?」
「まさか虐め...じゃないわよね?」
にこやかなおばちゃんたちが、瀬津の格好を見て、驚きを隠せないといった表情で問い詰める。みんな心配してくれる。ここの人達はみんなお母さんのようだ。
「大丈夫です。気にしないでください。心配してくださって、ありがとうございます。…すぐに用意しますね!」
そりゃ、心配にもなるよね...。腰の付近まであった長い髪は肩より上で乱雑に着られて、ジャージに学ラン。何かあったと思うのは当然だ。学ランの中の自分の制服はせめて、見られないように気をつけながら、瀬津は作業着に着替える。
業務表を確認し、その日の流れを確認する。
自分の配置につき、作業を始める。
「ねぇねぇ、瀬津ちゃん。今日の制服どうしちゃったの?何か学校であったの?」
床拭きをしている瀬津に向かって1人のおばちゃんが声をかける。世間話の好きなおばちゃんだ。優しくて、よく気にかけてくれているが...心配事を増やしたくない。
「自分の制服、汚れちゃって。クラスの子の制服を借りたんです。大丈夫なんで、私の事なんて気にしないでください。」
誤魔化せた...かな?
この職場で嘘をつくなんて、そうそう無いからドキドキする。心配してくれたのに、申し訳なさで胸がいっぱいになる。おばちゃんは「そう?」と少しだけ、しょんぼりとその場を去った。
無地のバンダナで隠された、髪の方は仕事中だとそれほど気にならないみたいで、少し安心する。
その後、配置場所の行く先々で、制服のことと髪のことを聞かれた。その度に、瀬津は「イメージチェンジ」と「借りてるだけ」の2点で話を切り上げた。
「お先に失礼いたします。」
頭を下げ、立ち去ろうとする瀬津に向かって、1人のおばちゃんが慌てた様子で近づいてくる。
「待って待って。瀬津ちゃん。玄関のところに誰かいたわよ。...もしかして瀬津ちゃんの彼氏さんだったりする?」
「いえ。私に彼氏なんていませんよ。一人暮らしなんで、待つ人も居ません。…では、お先に失礼いたします。」
嬉しそうにニマニマとしていたおばちゃんは、少ししょぼくれてしまったが、彼氏が居ないのは事実だ。瀬津はニコリと会釈をし、裏口から出た。
そして、そのままホテルの表へ向かって歩き出す。家とは反対方向だ。自分を待っている人はいないとは言ったが1人、思い当たってしまう人物の存在を否定しきれていなかった。
まさか…。まさかね…。彼が居るわけがない。『帰っていい』って言ったんだから。
逸る気持ちを抑え、向かった先に人影があるのを見て、驚く。そして、驚く瀬津を余所に、リンッと夜の空気を震わせるベルの音。その音は「気付いて」と言わんばかりだ。
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