悪役令嬢は婚約破棄を待っていた!

ちゃっぴー

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「――よし、起動シークエンス完了。各関節、駆動系オールグリーン。魔力充填率一二〇パーセント!」

辺境の研究所の前庭。

私は、自分の身長の倍はある巨大な物体を見上げ、満足げに頷いた。

そこに鎮座しているのは、私の最新傑作にして最強の番犬(クマ)。

『自律型・拠点防衛ゴーレム・クマ次郎(マークⅡ)』である。

「グルル……」

クマ次郎が低い駆動音を鳴らす。

見た目は、愛らしいテディベアをそのまま巨大化させたようなファンシーなデザインだ。
ふわふわの茶色い毛並み(耐火・防刃繊維)、つぶらな瞳(高性能カメラアイ)、そして首に巻かれた赤いリボン(緊急停止スイッチ)。

一見すると遊園地のマスコットキャラクターだが、その中身は凶悪だ。

口内には火炎放射器、腕にはパイルバンカー、そしてお腹からはミサイル(非殺傷ゴム弾)が発射される。

「かわいい! なんてかわいいのかしらクマ次郎! そのつぶらな瞳で不審者をロックオンして殲滅するのね!」

私がクマ次郎の足にスリスリと頬ずりをしていると、背後から呆れたような声が掛かった。

「……また変なものを作ったな」

アレクセイ様だ。
今日も騎士服をビシッと着こなし、腰には剣を帯びている。
ただ、その表情は少し険しい。

「変なものとは失礼な。これは私のボディーガード兼、研究所の警備員です」

「見た目は可愛らしいが……魔力の波長が禍々しすぎるぞ」

「ギャップ萌えですよ。……それで、アレクセイ様。どうしたんですか? そんな怖い顔をして」

私は作業用のゴーグルを外した。

アレクセイ様はため息をつき、研究所の門の方角を顎でしゃくった。

「客だ。……お前が一番会いたくない連中だろうがな」

「客?」

私が首を傾げたその時。

ドカーン!!

研究所の正門が、派手な音を立てて吹き飛ばされた。
(あーあ、私の作った『自動挨拶ドア(入る時に「いらっしゃいませ」と喋る)』が……)

土煙の中から現れたのは、煌びやかな鎧を着た王宮騎士たちと、その中心に立つ一人の男だった。

神経質そうな細い顔に、鼻持ちならない銀縁眼鏡。
手には白い手袋、そして王家の紋章が入った書状を持っている。

「見つけたぞ! 国賊ユーミア・ベルンシュタイン!」

男が高い声で叫んだ。

私は眉をひそめた。

「誰でしたっけ? ああ、ええと……ギルバート殿下の腰巾着……じゃなくて、側近の……」

「スナイダーだ! 男爵家のスナイダーだ! 三回も会っているのに名前すら憶えていないとは、相変わらず無礼な女だ!」

スナイダー男爵。
王太子の側近にして、私のことを「陰気な女」「可愛げがない」と散々陰口を叩いていた男だ。
ギルバート殿下のイエスマンとして有名である。

「それで、スナイダー様。不法侵入と器物破損の現行犯ですが、何か用ですか?」

私が冷ややかに尋ねると、彼はフンと鼻を鳴らし、書状を突きつけた。

「感謝しろ! ギルバート殿下からの寛大なる慈悲の言葉を持ってきたぞ!」

彼は咳払いをし、大仰に読み上げ始めた。

「『ユーミアよ。貴様の無礼な振る舞いは目に余るが、此度の騒動、特別に不問にしてやる。感謝して直ちに王都へ戻り、職務に復帰せよ。なお、戻らぬ場合は国家反逆罪として処断する』……以上だ!」

シーン、と風が吹く。

私はポカンと口を開けた。
隣のアレクセイ様も、信じられないものを見るような目をしている。

「……え、それだけ?」

「なんだと?」

「いや、だって」

私は指折り数えた。

「『ごめんなさい』もなし。『戻ってきてください』というお願いもなし。あるのは上から目線の命令と、脅しだけ。……あのう、殿下は頭がお花畑でいらっしゃるので?」

「き、貴様ァ! 殿下を愚弄するか!」

スナイダー男爵が顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。

「殿下は困っておられるのだ! 貴様がいなくなってから、王城の結界は誤作動を起こし、トイレは逆流し、自動空調は熱風を吹き出し、城内はサウナ状態だ! 全部貴様の仕業だろう!」

「言いがかりですね。メンテナンスをサボったのはそっちでしょう?」

「うるさい! とにかく戻れ! 戻って全部直せ! これは王命に等しい命令だ!」

彼は指をパチンと鳴らした。
後ろに控えていた騎士たちが、ジャラジャラと手錠を取り出して歩み寄ってくる。

「抵抗するなら、力ずくでも連れて行く。手足の一本くらい折っても構わんとな」

「……ほう」

隣で、アレクセイ様が剣の柄に手をかけた。
その全身から、凄まじい殺気が噴き上がる。

「私の領地で、私の賓客に手を出すと? ……王家直属だろうが、斬るぞ」

「ひっ!?」

「氷の魔術師」の異名を持つアレクセイ様の本気の殺気。
騎士たちがビビリ上がって足を止める。

しかし、私はアレクセイ様の前に片手を出して制した。

「待ってください、アレクセイ様」

「ユーミア? 下手に手出しをさせると……」

「大丈夫です。ここは私の庭。……不法投棄されたゴミの処理は、管理人の仕事ですから」

私はニヤリと笑い、後ろに控えていた巨大なぬいぐるみ――クマ次郎を指差した。

「出番よ、クマ次郎! 『お掃除』の時間です!」

私が叫ぶと同時。

ブゥン……!

クマ次郎の目が、真っ赤に発光した。

『――不審者検知。排除モード、起動。ターゲット、眼鏡の男と愉快な仲間たち』

野太い合成音声(私の声を低く加工したもの)が響く。

「な、なんだこのぬいぐるみは!?」

スナイダー男爵が指差した瞬間。

ガシャン!

クマ次郎の口がガパリと開き、そこから三連装の銃口が飛び出した。

「え」

『汚物は消毒です』

ボォォォォォォ!!

「ギャアアアアア!!」

紅蓮の炎が、スナイダー男爵たちの足元を焼き払った。
直撃ではない。威嚇射撃だ。
だが、その熱量は半端ではない。スナイダー男爵の自慢のマントが焦げて縮れ上がる。

「ひ、火!? 火を噴いたぞコイツ!」

「退避! 退避ぃぃ!」

騎士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

「逃がさないよー! クマ次郎、追撃!」

『ラジャー』

クマ次郎がズシズシと足音を立てて走り出す。
その腹部がパカッと開き、無数の小型ミサイルが発射された。

シュパパパパパッ!

「うわあああ!?」

ドパン! バチン! ビタン!

炸裂したのは火薬ではない。
中から飛び出したのは、粘着性のトリモチと、強烈な悪臭を放つ液体だ。

「ぐわっ! 動けん! ベタベタする!」

「くさっ! なんだこの臭いは! 靴下の煮汁か!?」

「正解は『一週間放置した生ゴミのエキス』よ!」

私はお腹を抱えて笑った。

王宮騎士たちが、トリモチまみれになって転がり回る様は、喜劇以外のなにものでもない。

スナイダー男爵は、へっぴり腰で逃げようとしていたが、クマ次郎の巨大な手に首根っこを掴み上げられた。

「ひぃっ! た、助けてくれ! 食べられる!」

『捕獲完了。処理方法を選択してください。A:空の彼方へ投擲、B:地中深くへ埋め立て、C:こちょこちょの刑』

「うーん、Cで!」

『了解』

クマ次郎の鋭い爪(収納式)が引っ込み、代わりにふにふにの肉球が出現する。
そして、スナイダー男爵の脇腹を猛スピードで突き始めた。

「あひっ、ひゃはっ! や、やめ、あはははは! 団長としての威厳がぁぁ!」

「威厳なんて最初からありませんよ」

私は笑い転げる男爵を見下ろした。

「いいですか、スナイダー様。殿下にお伝えください」

私は声を低くした。

「『復縁? 寝言は寝て言え。次に私の敷地に入ったら、クマ次郎の餌にする』と」

「わ、わかった! 伝える! 伝えるから離してくれぇぇ!」

「よろしい。クマ次郎、リリース!」

ドスッ。

地面に落とされたスナイダー男爵は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、這々の体で逃げ出した。

「お、覚えてろよー! この魔女め! ただで済むと思うなよー!」

捨て台詞を残し、騎士たちと共に逃げ去っていく王都の一行。

その後ろ姿は、来た時の威勢の良さとは対照的に、あまりにも惨めだった。

「……ふぅ。運動したわね」

私は額の汗を拭った。
クマ次郎が『任務完了』と言って、元のぬいぐるみのポーズに戻る。

「……お前なぁ」

一部始終を見ていたアレクセイ様が、こめかみを押さえていた。

「やりすぎだ。王家の使者だぞ?」

「正当防衛です。向こうが先に手錠を出しましたから」

「それにしても……あのゴーレム、性能が高すぎる。軍事兵器レベルじゃないか」

「あら、欲しいですか? アレクセイ様用に『オオカミ次郎』も作りますよ?」

「いらん!」

アレクセイ様は叫んだが、その表情はどこか楽しげだった。

彼は私の頭にポンと手を乗せた。

「だが……無事でよかった」

「え?」

「連れて行かれるかと、一瞬ヒヤッとしたぞ」

彼の瞳が、真剣な光を帯びて私を見つめる。

「俺がいる限り、お前をあんな奴らに渡しはしないがな」

「……」

その言葉に、胸がまたトクンと鳴った。

アレクセイ様は、ただの幼馴染として守ってくれているだけなのか。
それとも……。

(いやいや、自意識過剰よユーミア。彼は騎士団長。領民(私)を守るのは義務だもの)

私はブンブンと首を振った。

「と、とと、当然です! 私はここの重要な研究員ですからね! 連れて行かれたら損失ですよ!」

「……ああ、そうだな」

アレクセイ様は少しだけ目を細め、苦笑した。

「だが、これで終わりじゃないだろうな。殿下は諦めの悪い男だ」

「ですね。次はもっと面倒な手が来るかも」

「その時は……」

アレクセイ様は剣の柄を強く握った。

「俺が斬る。……物理的に」

「えっ、過激派!?」

こうして、王都からの第一波は撃退された。

しかし、これはまだ序章に過ぎない。
王城のトイレ事情が悪化するにつれ、ギルバート殿下の狂気じみた執着は、さらにエスカレートしていくことになるのだ。
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