悪役令嬢は婚約破棄を待っていた!

ちゃっぴー

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「いいか、ユーミア。絶対に、何があっても、爆発させるなよ」

辺境伯邸の玄関ホール。

見送りに立ったアレクセイ様は、まるで戦地に赴く兵士にかけるような重々しい口調で言った。

「失礼ですね。お茶会で爆発なんてさせませんよ。せいぜいボヤ騒ぎくらいです」

「ボヤも駄目だ!」

私は今日、この辺境を治める有力貴族の夫人たちが主催する「白薔薇のお茶会」に招待されていた。

王都から流れてきた「婚約破棄された公爵令嬢」という噂は、田舎の社交界においては格好のゴシップだ。

きっと、好奇の目で見世物にするつもりなのだろう。

「心配しないでください。私だって元・公爵令嬢です。社交辞令とマウントの取り合いなんて、呼吸するより簡単ですよ」

私は自信満々に胸を張った。

ドレスは、昨日ミシン(魔導モーター搭載)で縫い上げた新作だ。

見た目は清楚なブルーのワンピースだが、裏地には防刃繊維を織り込み、コルセットには隠しポケット(試験管ホルダー付き)を装備している。

「それが心配なんだ……。お前の『社交』は、俺たちの知るそれとは違う気がする」

アレクセイ様は眉間を押さえた。

「もし何か言われたら、すぐに帰ってこい。俺の名前を出せば誰も手出しはできん」

「あら、過保護ですね」

「……お前が暴れて被害が出るのを防ぐためだ」

「素直じゃないなぁ」

私はクスクスと笑い、迎えの馬車に乗り込んだ。

「行ってきます! お土産のクッキー、楽しみにしててくださいね!」

馬車が走り出す。

窓から見えるアレクセイ様が、祈るように手を組んでいるのが見えた。

(大丈夫よ。今日の目的は『新型補聴器(盗聴機能付き)』の実地テストなんだから。大人しくしてるわ)

私はスカートのポケットに忍ばせた受信機を撫で、不敵な笑みを浮かべた。

***

会場となったのは、領内でも有数の資産家、グランヴェル子爵の邸宅だ。

庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、白いテーブルクロスが眩しい。

「あらあ、いらっしゃいましたわ。噂のベルンシュタイン嬢」

扇子を口元に当て、ねっとりとした視線を向けてきたのは、主催者のカトリーヌ夫人だ。

ふくよかな体型に、宝石を散りばめた派手なドレス。

取り巻きの夫人たちを引き連れ、私を値踏みするように見つめている。

「初めまして、カトリーヌ様。お招きいただき光栄です」

私は淑女の礼(カーテシー)を披露した。

角度よし、速度よし。王家直伝の完璧な礼儀作法だ。

カトリーヌ夫人が一瞬、鼻白んだような顔をする。

「ふふ、さすが元・未来の王妃様。所作だけは立派ですこと」

「ええ、ありがとうございます。無駄な筋肉を使わずに体幹で支えるのがコツなんですよ。腰痛予防にもなります」

「……は?」

「あ、失礼。続けてください」

挨拶代わりのジャブはスルーされたようだ。

席に着くと、早速マウント合戦のゴングが鳴った。

「見てくださる? この指輪。主人が南の島から取り寄せてくれた『人魚の涙』と呼ばれる真珠なの」

カトリーヌ夫人が、親指ほどもある巨大な真珠を見せびらかす。

周囲の夫人たちが「まあ素敵!」「素晴らしい輝きですわ!」と称賛の声を上げる。

そして、カトリーヌ夫人はチラリと私を見た。

「ユーミア様は、着の身着のままでこちらにいらしたとか? 宝石なんてお持ちじゃないでしょうから、目の保養になさって?」

哀れみを含んだ嘲笑。

普通の令嬢なら、屈辱で顔を赤らめるところだろう。

だが、私は違った。

私の目は、獲物を狙う鷹のように鋭く細められた。

「ほほう……!」

私はガタッと椅子を鳴らして身を乗り出した。

そして、あろうことかポケットから『単眼鏡(鑑定機能付き)』を取り出し、その真珠に密着させたのだ。

「ちょ、ちょっと!? 何を!?」

「静かに。……ふむふむ。炭酸カルシウムの結晶構造、配列密度は98%。表面に微細な摩耗痕あり。なるほど、養殖ですね」

「よ、養殖!?」

「天然物はもう少し層の歪みが不規則なんです。でも、この光沢加工は見事ですね。たぶん『光沢剤(魚の鱗煮込み汁)』を使ってるんでしょう」

私は単眼鏡を下ろし、ニッコリと微笑んだ。

「素晴らしいですわ、カトリーヌ様! その真珠、粉末にして『美白クリーム』に混ぜれば最高の化粧品になりますよ! すり鉢持ってきましょうか?」

「け、結構ですわ!!」

カトリーヌ夫人が真っ赤になって指輪を隠した。

周囲の空気が凍りつく。

しかし、私は止まらない。

次にターゲットになったのは、隣に座っていた若い夫人だ。

「あ、あの……ユーミア様。そのドレス、素敵な色ですけど……少し生地が薄くありません?」

「ええ、よくぞ気づいてくれました!」

私は嬉々としてドレスの裾を捲り上げようとした。

「キャアアア! ここはお外ですわよ!?」

「これ、ただの布じゃないんです。蜘蛛の魔物の糸を編み込んだ『耐熱・耐衝撃クロス』なんです! 見てください、ナイフで刺しても通りませんよ!」

私はテーブルの上のバターナイフを掴み、自分の太ももに突き立てようとした。

「ヒィィィッ!! おやめになって!!」

「冗談ですって。バターナイフじゃ曲がっちゃいますから」

私はケラケラと笑った。

夫人たちは青ざめている。

(おかしいわね。場の空気を和ませるための『面白グッズ紹介』なのに、なぜか引かれている気がする)

やはり辺境の社交界はレベルが高い。

その時だった。

「あら? 紅茶が冷めてしまいましたわ」

一人の夫人が残念そうにカップを置いた。

北国の風は冷たい。注がれたばかりの紅茶も、お喋りをしている間にすぐにぬるくなってしまう。

「まあ、いけませんわね。メイドに新しいものを持ってこさせましょう」

カトリーヌ夫人が手を挙げようとする。

「待ってください」

私はそれを制止した。

「紅茶の温度管理、それは全人類の課題ですよね。わかります」

「は、はい?」

「冷めたら淹れ直す? ノンノン。それはエネルギーの無駄遣いです。ここは科学の力で解決しましょう」

私はバッグから、コースターのような円盤を取り出した。

「ジャジャーン! 『いつでもアツアツ君・卓上型』です!」

「また変な名前……」

「使い方は簡単。この円盤の上にカップを乗せるだけ。内蔵された火の魔石が、液体の分子運動を活性化させます」

私は夫人のカップを円盤に乗せた。

スイッチ、オン。

ボッ!

「キャッ!?」

カップの底が一瞬赤く発光し、紅茶から猛烈な湯気が立ち上った。

いや、湯気どころではない。

ボコボコボコッ!!

「沸騰してますわー!? 紅茶が煮えたぎってますわー!!」

「あ、出力調整間違えた。『マグマモード』になってました」

「マグマモードって何ですの!?」

「大丈夫、すぐに冷まします! 逆位相の冷却魔法を……!」

私は慌てて別のスイッチを押した。

キィィィン……パリンッ!!

急激な温度変化に耐えきれず、高級なティーカップが見事に爆散した。

紅茶(熱湯)がテーブルにぶちまけられる。

「キャアアアア!!」

「私のドレスが!」

「クッキーがびしょ濡れよ!」

悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図。

カトリーヌ夫人が、震える指で私を指差した。

「ゆ、ユーミア様……! あなた、わたくしのお茶会を台無しにするおつもり!?」

「えっ、違いますよ! これは技術的革新への尊い犠牲で……」

「出て行ってくださいまし! 二度とお顔も見たくありませんわ!」

完全に怒らせてしまった。

これはまずい。アレクセイ様に「ボヤも駄目だ」と釘を刺されていたのに。

どうしよう。

このまま追い出されたら、アレクセイ様に叱られる。

(……いや、待てよ)

私は散乱したテーブルの上を見た。

割れたカップ。汚れたテーブルクロス。濡れたクッキー。

「……直せばいいのよね?」

「はい?」

「元通りになれば、文句ないですよね?」

私は開き直った。

そして、両手を広げ、魔力を練り上げた。

「見ていてください。これがベルンシュタイン家の秘奥義……『時よ戻れ(フィジカル・リバース)』!」

もちろん、そんな時間操作魔法なんて存在しない。

私が発動したのは、部屋中にばら撒いた『形状記憶ナノマシン(試作型)』の一斉起動コードだ。

シュオオオオオ……!

微細な機械の群れが、霧のようにテーブルを覆う。

割れた陶器の破片がひとりでに集まり、接着される。

紅茶のシミが分解され、蒸発する。

濡れたクッキーまでもが、乾燥してサクサクの状態に戻っていく。

「な、な、何が起きていますの……!?」

「カップが……直った?」

数秒後。

そこには、新品同様のティーセットと、真っ白なテーブルクロスが戻っていた。

「はい、元通り!」

私はドヤ顔でピースサインをした。

「ついでに、カップの強度を三倍にしておきました。落としても割れませんよ」

夫人たちは、ポカンと口を開けていた。

恐怖よりも、驚愕が勝ったようだ。

やがて、カトリーヌ夫人が恐る恐る口を開いた。

「……あ、あの。ユーミア様」

「はい、なんでしょう。帰れと言われれば帰りますが」

「その……今の魔法、わたくしの顔のシワにも効きまして?」

「へ?」

予想外の質問に、私は目を丸くした。

周囲の夫人たちも、身を乗り出してくる。

「わたくしも! 最近、シミが気になって!」

「割れた花瓶も直せますの!?」

「そのドレスの耐熱繊維、わたくしの夫の騎士服にも使えまして?」

一瞬にして、私は「厄介者」から「救世主」へと昇格したようだった。

「え、ええ、まあ。シワなら『形状記憶ジェル』で引っ張り上げれば……花瓶なら『強力接着剤』で……」

「素晴らしいわ! ぜひ詳しくお聞かせ願えて!?」

「ユーミア様、こっちの席へ!」

もみくちゃにされる私。

どうやら、女の欲望(美と実益)の前には、家柄や噂など些末な問題らしい。

***

夕方。

アレクセイ様が迎えに来た時、彼は死地に向かうような悲壮な顔をしていた。

「……すまない、カトリーヌ夫人。うちのユーミアが何か粗相を……」

彼が覚悟を決めてサロンに入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

「まあ、ユーミア様ったら博識!」

「今度、その『自動肩もみ機』わたくしにも作ってくださいな!」

私がセンターに座り、夫人たちに囲まれて談笑(という名の技術プレゼン)をしていたのだ。

「あ、アレクセイ様! お迎えですか?」

私が手を振ると、カトリーヌ夫人が頬を染めてアレクセイ様に駆け寄った。

「あら、辺境伯様。素晴らしい婚約者をお持ちですわね!」

「……は?」

「ユーミア様は天才ですわ! 見てください、この肌のツヤ! 彼女の『スライム・パック』のおかげで十歳若返りましたの!」

夫人の顔は、確かにテラテラと光っていた(保湿成分過多)。

「そ、そうか……。それはよかった……」

アレクセイ様は引きつった笑みを浮かべ、私を見た。

「お前……一体何をした?」

「何も? ただ、女性の永遠のテーマについて科学的にアプローチしただけですよ」

「……お前が馴染んでいるのが、一番のホラーだ」

帰りの馬車の中。

私は戦利品(お菓子と、次の注文書)を抱えてホクホク顔だった。

「いやあ、楽しかったです! 来週は『爆発しない圧力鍋』の講習会を開くことになりました」

「……ほどほどにな」

アレクセイ様はため息をついたが、その表情はどこか安らいでいた。

「だが、よかった。お前がここでの生活を楽しんでいるなら」

彼は不意に、私の手を握った。

「え?」

「王都の連中が何を言ってきても、お前の居場所はここにある。……それだけは忘れるな」

夕日に照らされた彼の横顔が、やけに大人びて見えた。

心臓が、トクンと跳ねる。

(な、なによ急に。不整脈かしら?)

私は照れ隠しに、握られた手をブンブンと振った。

「も、もちろんですよ! こんなに実験し放題な場所、手放すもんですか!」

「……色気のないやつめ」

アレクセイ様は苦笑して、私の手を放さなかった。

辺境の社交界を制圧し、アレクセイ様との距離も(物理的に)縮まった私。

だが、その平和な時間は長くは続かなかった。

王都からの使者が、すぐそこまで迫っていたのだ。
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