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「いいか、ユーミア。絶対に、何があっても、爆発させるなよ」
辺境伯邸の玄関ホール。
見送りに立ったアレクセイ様は、まるで戦地に赴く兵士にかけるような重々しい口調で言った。
「失礼ですね。お茶会で爆発なんてさせませんよ。せいぜいボヤ騒ぎくらいです」
「ボヤも駄目だ!」
私は今日、この辺境を治める有力貴族の夫人たちが主催する「白薔薇のお茶会」に招待されていた。
王都から流れてきた「婚約破棄された公爵令嬢」という噂は、田舎の社交界においては格好のゴシップだ。
きっと、好奇の目で見世物にするつもりなのだろう。
「心配しないでください。私だって元・公爵令嬢です。社交辞令とマウントの取り合いなんて、呼吸するより簡単ですよ」
私は自信満々に胸を張った。
ドレスは、昨日ミシン(魔導モーター搭載)で縫い上げた新作だ。
見た目は清楚なブルーのワンピースだが、裏地には防刃繊維を織り込み、コルセットには隠しポケット(試験管ホルダー付き)を装備している。
「それが心配なんだ……。お前の『社交』は、俺たちの知るそれとは違う気がする」
アレクセイ様は眉間を押さえた。
「もし何か言われたら、すぐに帰ってこい。俺の名前を出せば誰も手出しはできん」
「あら、過保護ですね」
「……お前が暴れて被害が出るのを防ぐためだ」
「素直じゃないなぁ」
私はクスクスと笑い、迎えの馬車に乗り込んだ。
「行ってきます! お土産のクッキー、楽しみにしててくださいね!」
馬車が走り出す。
窓から見えるアレクセイ様が、祈るように手を組んでいるのが見えた。
(大丈夫よ。今日の目的は『新型補聴器(盗聴機能付き)』の実地テストなんだから。大人しくしてるわ)
私はスカートのポケットに忍ばせた受信機を撫で、不敵な笑みを浮かべた。
***
会場となったのは、領内でも有数の資産家、グランヴェル子爵の邸宅だ。
庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、白いテーブルクロスが眩しい。
「あらあ、いらっしゃいましたわ。噂のベルンシュタイン嬢」
扇子を口元に当て、ねっとりとした視線を向けてきたのは、主催者のカトリーヌ夫人だ。
ふくよかな体型に、宝石を散りばめた派手なドレス。
取り巻きの夫人たちを引き連れ、私を値踏みするように見つめている。
「初めまして、カトリーヌ様。お招きいただき光栄です」
私は淑女の礼(カーテシー)を披露した。
角度よし、速度よし。王家直伝の完璧な礼儀作法だ。
カトリーヌ夫人が一瞬、鼻白んだような顔をする。
「ふふ、さすが元・未来の王妃様。所作だけは立派ですこと」
「ええ、ありがとうございます。無駄な筋肉を使わずに体幹で支えるのがコツなんですよ。腰痛予防にもなります」
「……は?」
「あ、失礼。続けてください」
挨拶代わりのジャブはスルーされたようだ。
席に着くと、早速マウント合戦のゴングが鳴った。
「見てくださる? この指輪。主人が南の島から取り寄せてくれた『人魚の涙』と呼ばれる真珠なの」
カトリーヌ夫人が、親指ほどもある巨大な真珠を見せびらかす。
周囲の夫人たちが「まあ素敵!」「素晴らしい輝きですわ!」と称賛の声を上げる。
そして、カトリーヌ夫人はチラリと私を見た。
「ユーミア様は、着の身着のままでこちらにいらしたとか? 宝石なんてお持ちじゃないでしょうから、目の保養になさって?」
哀れみを含んだ嘲笑。
普通の令嬢なら、屈辱で顔を赤らめるところだろう。
だが、私は違った。
私の目は、獲物を狙う鷹のように鋭く細められた。
「ほほう……!」
私はガタッと椅子を鳴らして身を乗り出した。
そして、あろうことかポケットから『単眼鏡(鑑定機能付き)』を取り出し、その真珠に密着させたのだ。
「ちょ、ちょっと!? 何を!?」
「静かに。……ふむふむ。炭酸カルシウムの結晶構造、配列密度は98%。表面に微細な摩耗痕あり。なるほど、養殖ですね」
「よ、養殖!?」
「天然物はもう少し層の歪みが不規則なんです。でも、この光沢加工は見事ですね。たぶん『光沢剤(魚の鱗煮込み汁)』を使ってるんでしょう」
私は単眼鏡を下ろし、ニッコリと微笑んだ。
「素晴らしいですわ、カトリーヌ様! その真珠、粉末にして『美白クリーム』に混ぜれば最高の化粧品になりますよ! すり鉢持ってきましょうか?」
「け、結構ですわ!!」
カトリーヌ夫人が真っ赤になって指輪を隠した。
周囲の空気が凍りつく。
しかし、私は止まらない。
次にターゲットになったのは、隣に座っていた若い夫人だ。
「あ、あの……ユーミア様。そのドレス、素敵な色ですけど……少し生地が薄くありません?」
「ええ、よくぞ気づいてくれました!」
私は嬉々としてドレスの裾を捲り上げようとした。
「キャアアア! ここはお外ですわよ!?」
「これ、ただの布じゃないんです。蜘蛛の魔物の糸を編み込んだ『耐熱・耐衝撃クロス』なんです! 見てください、ナイフで刺しても通りませんよ!」
私はテーブルの上のバターナイフを掴み、自分の太ももに突き立てようとした。
「ヒィィィッ!! おやめになって!!」
「冗談ですって。バターナイフじゃ曲がっちゃいますから」
私はケラケラと笑った。
夫人たちは青ざめている。
(おかしいわね。場の空気を和ませるための『面白グッズ紹介』なのに、なぜか引かれている気がする)
やはり辺境の社交界はレベルが高い。
その時だった。
「あら? 紅茶が冷めてしまいましたわ」
一人の夫人が残念そうにカップを置いた。
北国の風は冷たい。注がれたばかりの紅茶も、お喋りをしている間にすぐにぬるくなってしまう。
「まあ、いけませんわね。メイドに新しいものを持ってこさせましょう」
カトリーヌ夫人が手を挙げようとする。
「待ってください」
私はそれを制止した。
「紅茶の温度管理、それは全人類の課題ですよね。わかります」
「は、はい?」
「冷めたら淹れ直す? ノンノン。それはエネルギーの無駄遣いです。ここは科学の力で解決しましょう」
私はバッグから、コースターのような円盤を取り出した。
「ジャジャーン! 『いつでもアツアツ君・卓上型』です!」
「また変な名前……」
「使い方は簡単。この円盤の上にカップを乗せるだけ。内蔵された火の魔石が、液体の分子運動を活性化させます」
私は夫人のカップを円盤に乗せた。
スイッチ、オン。
ボッ!
「キャッ!?」
カップの底が一瞬赤く発光し、紅茶から猛烈な湯気が立ち上った。
いや、湯気どころではない。
ボコボコボコッ!!
「沸騰してますわー!? 紅茶が煮えたぎってますわー!!」
「あ、出力調整間違えた。『マグマモード』になってました」
「マグマモードって何ですの!?」
「大丈夫、すぐに冷まします! 逆位相の冷却魔法を……!」
私は慌てて別のスイッチを押した。
キィィィン……パリンッ!!
急激な温度変化に耐えきれず、高級なティーカップが見事に爆散した。
紅茶(熱湯)がテーブルにぶちまけられる。
「キャアアアア!!」
「私のドレスが!」
「クッキーがびしょ濡れよ!」
悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図。
カトリーヌ夫人が、震える指で私を指差した。
「ゆ、ユーミア様……! あなた、わたくしのお茶会を台無しにするおつもり!?」
「えっ、違いますよ! これは技術的革新への尊い犠牲で……」
「出て行ってくださいまし! 二度とお顔も見たくありませんわ!」
完全に怒らせてしまった。
これはまずい。アレクセイ様に「ボヤも駄目だ」と釘を刺されていたのに。
どうしよう。
このまま追い出されたら、アレクセイ様に叱られる。
(……いや、待てよ)
私は散乱したテーブルの上を見た。
割れたカップ。汚れたテーブルクロス。濡れたクッキー。
「……直せばいいのよね?」
「はい?」
「元通りになれば、文句ないですよね?」
私は開き直った。
そして、両手を広げ、魔力を練り上げた。
「見ていてください。これがベルンシュタイン家の秘奥義……『時よ戻れ(フィジカル・リバース)』!」
もちろん、そんな時間操作魔法なんて存在しない。
私が発動したのは、部屋中にばら撒いた『形状記憶ナノマシン(試作型)』の一斉起動コードだ。
シュオオオオオ……!
微細な機械の群れが、霧のようにテーブルを覆う。
割れた陶器の破片がひとりでに集まり、接着される。
紅茶のシミが分解され、蒸発する。
濡れたクッキーまでもが、乾燥してサクサクの状態に戻っていく。
「な、な、何が起きていますの……!?」
「カップが……直った?」
数秒後。
そこには、新品同様のティーセットと、真っ白なテーブルクロスが戻っていた。
「はい、元通り!」
私はドヤ顔でピースサインをした。
「ついでに、カップの強度を三倍にしておきました。落としても割れませんよ」
夫人たちは、ポカンと口を開けていた。
恐怖よりも、驚愕が勝ったようだ。
やがて、カトリーヌ夫人が恐る恐る口を開いた。
「……あ、あの。ユーミア様」
「はい、なんでしょう。帰れと言われれば帰りますが」
「その……今の魔法、わたくしの顔のシワにも効きまして?」
「へ?」
予想外の質問に、私は目を丸くした。
周囲の夫人たちも、身を乗り出してくる。
「わたくしも! 最近、シミが気になって!」
「割れた花瓶も直せますの!?」
「そのドレスの耐熱繊維、わたくしの夫の騎士服にも使えまして?」
一瞬にして、私は「厄介者」から「救世主」へと昇格したようだった。
「え、ええ、まあ。シワなら『形状記憶ジェル』で引っ張り上げれば……花瓶なら『強力接着剤』で……」
「素晴らしいわ! ぜひ詳しくお聞かせ願えて!?」
「ユーミア様、こっちの席へ!」
もみくちゃにされる私。
どうやら、女の欲望(美と実益)の前には、家柄や噂など些末な問題らしい。
***
夕方。
アレクセイ様が迎えに来た時、彼は死地に向かうような悲壮な顔をしていた。
「……すまない、カトリーヌ夫人。うちのユーミアが何か粗相を……」
彼が覚悟を決めてサロンに入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「まあ、ユーミア様ったら博識!」
「今度、その『自動肩もみ機』わたくしにも作ってくださいな!」
私がセンターに座り、夫人たちに囲まれて談笑(という名の技術プレゼン)をしていたのだ。
「あ、アレクセイ様! お迎えですか?」
私が手を振ると、カトリーヌ夫人が頬を染めてアレクセイ様に駆け寄った。
「あら、辺境伯様。素晴らしい婚約者をお持ちですわね!」
「……は?」
「ユーミア様は天才ですわ! 見てください、この肌のツヤ! 彼女の『スライム・パック』のおかげで十歳若返りましたの!」
夫人の顔は、確かにテラテラと光っていた(保湿成分過多)。
「そ、そうか……。それはよかった……」
アレクセイ様は引きつった笑みを浮かべ、私を見た。
「お前……一体何をした?」
「何も? ただ、女性の永遠のテーマについて科学的にアプローチしただけですよ」
「……お前が馴染んでいるのが、一番のホラーだ」
帰りの馬車の中。
私は戦利品(お菓子と、次の注文書)を抱えてホクホク顔だった。
「いやあ、楽しかったです! 来週は『爆発しない圧力鍋』の講習会を開くことになりました」
「……ほどほどにな」
アレクセイ様はため息をついたが、その表情はどこか安らいでいた。
「だが、よかった。お前がここでの生活を楽しんでいるなら」
彼は不意に、私の手を握った。
「え?」
「王都の連中が何を言ってきても、お前の居場所はここにある。……それだけは忘れるな」
夕日に照らされた彼の横顔が、やけに大人びて見えた。
心臓が、トクンと跳ねる。
(な、なによ急に。不整脈かしら?)
私は照れ隠しに、握られた手をブンブンと振った。
「も、もちろんですよ! こんなに実験し放題な場所、手放すもんですか!」
「……色気のないやつめ」
アレクセイ様は苦笑して、私の手を放さなかった。
辺境の社交界を制圧し、アレクセイ様との距離も(物理的に)縮まった私。
だが、その平和な時間は長くは続かなかった。
王都からの使者が、すぐそこまで迫っていたのだ。
辺境伯邸の玄関ホール。
見送りに立ったアレクセイ様は、まるで戦地に赴く兵士にかけるような重々しい口調で言った。
「失礼ですね。お茶会で爆発なんてさせませんよ。せいぜいボヤ騒ぎくらいです」
「ボヤも駄目だ!」
私は今日、この辺境を治める有力貴族の夫人たちが主催する「白薔薇のお茶会」に招待されていた。
王都から流れてきた「婚約破棄された公爵令嬢」という噂は、田舎の社交界においては格好のゴシップだ。
きっと、好奇の目で見世物にするつもりなのだろう。
「心配しないでください。私だって元・公爵令嬢です。社交辞令とマウントの取り合いなんて、呼吸するより簡単ですよ」
私は自信満々に胸を張った。
ドレスは、昨日ミシン(魔導モーター搭載)で縫い上げた新作だ。
見た目は清楚なブルーのワンピースだが、裏地には防刃繊維を織り込み、コルセットには隠しポケット(試験管ホルダー付き)を装備している。
「それが心配なんだ……。お前の『社交』は、俺たちの知るそれとは違う気がする」
アレクセイ様は眉間を押さえた。
「もし何か言われたら、すぐに帰ってこい。俺の名前を出せば誰も手出しはできん」
「あら、過保護ですね」
「……お前が暴れて被害が出るのを防ぐためだ」
「素直じゃないなぁ」
私はクスクスと笑い、迎えの馬車に乗り込んだ。
「行ってきます! お土産のクッキー、楽しみにしててくださいね!」
馬車が走り出す。
窓から見えるアレクセイ様が、祈るように手を組んでいるのが見えた。
(大丈夫よ。今日の目的は『新型補聴器(盗聴機能付き)』の実地テストなんだから。大人しくしてるわ)
私はスカートのポケットに忍ばせた受信機を撫で、不敵な笑みを浮かべた。
***
会場となったのは、領内でも有数の資産家、グランヴェル子爵の邸宅だ。
庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、白いテーブルクロスが眩しい。
「あらあ、いらっしゃいましたわ。噂のベルンシュタイン嬢」
扇子を口元に当て、ねっとりとした視線を向けてきたのは、主催者のカトリーヌ夫人だ。
ふくよかな体型に、宝石を散りばめた派手なドレス。
取り巻きの夫人たちを引き連れ、私を値踏みするように見つめている。
「初めまして、カトリーヌ様。お招きいただき光栄です」
私は淑女の礼(カーテシー)を披露した。
角度よし、速度よし。王家直伝の完璧な礼儀作法だ。
カトリーヌ夫人が一瞬、鼻白んだような顔をする。
「ふふ、さすが元・未来の王妃様。所作だけは立派ですこと」
「ええ、ありがとうございます。無駄な筋肉を使わずに体幹で支えるのがコツなんですよ。腰痛予防にもなります」
「……は?」
「あ、失礼。続けてください」
挨拶代わりのジャブはスルーされたようだ。
席に着くと、早速マウント合戦のゴングが鳴った。
「見てくださる? この指輪。主人が南の島から取り寄せてくれた『人魚の涙』と呼ばれる真珠なの」
カトリーヌ夫人が、親指ほどもある巨大な真珠を見せびらかす。
周囲の夫人たちが「まあ素敵!」「素晴らしい輝きですわ!」と称賛の声を上げる。
そして、カトリーヌ夫人はチラリと私を見た。
「ユーミア様は、着の身着のままでこちらにいらしたとか? 宝石なんてお持ちじゃないでしょうから、目の保養になさって?」
哀れみを含んだ嘲笑。
普通の令嬢なら、屈辱で顔を赤らめるところだろう。
だが、私は違った。
私の目は、獲物を狙う鷹のように鋭く細められた。
「ほほう……!」
私はガタッと椅子を鳴らして身を乗り出した。
そして、あろうことかポケットから『単眼鏡(鑑定機能付き)』を取り出し、その真珠に密着させたのだ。
「ちょ、ちょっと!? 何を!?」
「静かに。……ふむふむ。炭酸カルシウムの結晶構造、配列密度は98%。表面に微細な摩耗痕あり。なるほど、養殖ですね」
「よ、養殖!?」
「天然物はもう少し層の歪みが不規則なんです。でも、この光沢加工は見事ですね。たぶん『光沢剤(魚の鱗煮込み汁)』を使ってるんでしょう」
私は単眼鏡を下ろし、ニッコリと微笑んだ。
「素晴らしいですわ、カトリーヌ様! その真珠、粉末にして『美白クリーム』に混ぜれば最高の化粧品になりますよ! すり鉢持ってきましょうか?」
「け、結構ですわ!!」
カトリーヌ夫人が真っ赤になって指輪を隠した。
周囲の空気が凍りつく。
しかし、私は止まらない。
次にターゲットになったのは、隣に座っていた若い夫人だ。
「あ、あの……ユーミア様。そのドレス、素敵な色ですけど……少し生地が薄くありません?」
「ええ、よくぞ気づいてくれました!」
私は嬉々としてドレスの裾を捲り上げようとした。
「キャアアア! ここはお外ですわよ!?」
「これ、ただの布じゃないんです。蜘蛛の魔物の糸を編み込んだ『耐熱・耐衝撃クロス』なんです! 見てください、ナイフで刺しても通りませんよ!」
私はテーブルの上のバターナイフを掴み、自分の太ももに突き立てようとした。
「ヒィィィッ!! おやめになって!!」
「冗談ですって。バターナイフじゃ曲がっちゃいますから」
私はケラケラと笑った。
夫人たちは青ざめている。
(おかしいわね。場の空気を和ませるための『面白グッズ紹介』なのに、なぜか引かれている気がする)
やはり辺境の社交界はレベルが高い。
その時だった。
「あら? 紅茶が冷めてしまいましたわ」
一人の夫人が残念そうにカップを置いた。
北国の風は冷たい。注がれたばかりの紅茶も、お喋りをしている間にすぐにぬるくなってしまう。
「まあ、いけませんわね。メイドに新しいものを持ってこさせましょう」
カトリーヌ夫人が手を挙げようとする。
「待ってください」
私はそれを制止した。
「紅茶の温度管理、それは全人類の課題ですよね。わかります」
「は、はい?」
「冷めたら淹れ直す? ノンノン。それはエネルギーの無駄遣いです。ここは科学の力で解決しましょう」
私はバッグから、コースターのような円盤を取り出した。
「ジャジャーン! 『いつでもアツアツ君・卓上型』です!」
「また変な名前……」
「使い方は簡単。この円盤の上にカップを乗せるだけ。内蔵された火の魔石が、液体の分子運動を活性化させます」
私は夫人のカップを円盤に乗せた。
スイッチ、オン。
ボッ!
「キャッ!?」
カップの底が一瞬赤く発光し、紅茶から猛烈な湯気が立ち上った。
いや、湯気どころではない。
ボコボコボコッ!!
「沸騰してますわー!? 紅茶が煮えたぎってますわー!!」
「あ、出力調整間違えた。『マグマモード』になってました」
「マグマモードって何ですの!?」
「大丈夫、すぐに冷まします! 逆位相の冷却魔法を……!」
私は慌てて別のスイッチを押した。
キィィィン……パリンッ!!
急激な温度変化に耐えきれず、高級なティーカップが見事に爆散した。
紅茶(熱湯)がテーブルにぶちまけられる。
「キャアアアア!!」
「私のドレスが!」
「クッキーがびしょ濡れよ!」
悲鳴が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図。
カトリーヌ夫人が、震える指で私を指差した。
「ゆ、ユーミア様……! あなた、わたくしのお茶会を台無しにするおつもり!?」
「えっ、違いますよ! これは技術的革新への尊い犠牲で……」
「出て行ってくださいまし! 二度とお顔も見たくありませんわ!」
完全に怒らせてしまった。
これはまずい。アレクセイ様に「ボヤも駄目だ」と釘を刺されていたのに。
どうしよう。
このまま追い出されたら、アレクセイ様に叱られる。
(……いや、待てよ)
私は散乱したテーブルの上を見た。
割れたカップ。汚れたテーブルクロス。濡れたクッキー。
「……直せばいいのよね?」
「はい?」
「元通りになれば、文句ないですよね?」
私は開き直った。
そして、両手を広げ、魔力を練り上げた。
「見ていてください。これがベルンシュタイン家の秘奥義……『時よ戻れ(フィジカル・リバース)』!」
もちろん、そんな時間操作魔法なんて存在しない。
私が発動したのは、部屋中にばら撒いた『形状記憶ナノマシン(試作型)』の一斉起動コードだ。
シュオオオオオ……!
微細な機械の群れが、霧のようにテーブルを覆う。
割れた陶器の破片がひとりでに集まり、接着される。
紅茶のシミが分解され、蒸発する。
濡れたクッキーまでもが、乾燥してサクサクの状態に戻っていく。
「な、な、何が起きていますの……!?」
「カップが……直った?」
数秒後。
そこには、新品同様のティーセットと、真っ白なテーブルクロスが戻っていた。
「はい、元通り!」
私はドヤ顔でピースサインをした。
「ついでに、カップの強度を三倍にしておきました。落としても割れませんよ」
夫人たちは、ポカンと口を開けていた。
恐怖よりも、驚愕が勝ったようだ。
やがて、カトリーヌ夫人が恐る恐る口を開いた。
「……あ、あの。ユーミア様」
「はい、なんでしょう。帰れと言われれば帰りますが」
「その……今の魔法、わたくしの顔のシワにも効きまして?」
「へ?」
予想外の質問に、私は目を丸くした。
周囲の夫人たちも、身を乗り出してくる。
「わたくしも! 最近、シミが気になって!」
「割れた花瓶も直せますの!?」
「そのドレスの耐熱繊維、わたくしの夫の騎士服にも使えまして?」
一瞬にして、私は「厄介者」から「救世主」へと昇格したようだった。
「え、ええ、まあ。シワなら『形状記憶ジェル』で引っ張り上げれば……花瓶なら『強力接着剤』で……」
「素晴らしいわ! ぜひ詳しくお聞かせ願えて!?」
「ユーミア様、こっちの席へ!」
もみくちゃにされる私。
どうやら、女の欲望(美と実益)の前には、家柄や噂など些末な問題らしい。
***
夕方。
アレクセイ様が迎えに来た時、彼は死地に向かうような悲壮な顔をしていた。
「……すまない、カトリーヌ夫人。うちのユーミアが何か粗相を……」
彼が覚悟を決めてサロンに入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「まあ、ユーミア様ったら博識!」
「今度、その『自動肩もみ機』わたくしにも作ってくださいな!」
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「あ、アレクセイ様! お迎えですか?」
私が手を振ると、カトリーヌ夫人が頬を染めてアレクセイ様に駆け寄った。
「あら、辺境伯様。素晴らしい婚約者をお持ちですわね!」
「……は?」
「ユーミア様は天才ですわ! 見てください、この肌のツヤ! 彼女の『スライム・パック』のおかげで十歳若返りましたの!」
夫人の顔は、確かにテラテラと光っていた(保湿成分過多)。
「そ、そうか……。それはよかった……」
アレクセイ様は引きつった笑みを浮かべ、私を見た。
「お前……一体何をした?」
「何も? ただ、女性の永遠のテーマについて科学的にアプローチしただけですよ」
「……お前が馴染んでいるのが、一番のホラーだ」
帰りの馬車の中。
私は戦利品(お菓子と、次の注文書)を抱えてホクホク顔だった。
「いやあ、楽しかったです! 来週は『爆発しない圧力鍋』の講習会を開くことになりました」
「……ほどほどにな」
アレクセイ様はため息をついたが、その表情はどこか安らいでいた。
「だが、よかった。お前がここでの生活を楽しんでいるなら」
彼は不意に、私の手を握った。
「え?」
「王都の連中が何を言ってきても、お前の居場所はここにある。……それだけは忘れるな」
夕日に照らされた彼の横顔が、やけに大人びて見えた。
心臓が、トクンと跳ねる。
(な、なによ急に。不整脈かしら?)
私は照れ隠しに、握られた手をブンブンと振った。
「も、もちろんですよ! こんなに実験し放題な場所、手放すもんですか!」
「……色気のないやつめ」
アレクセイ様は苦笑して、私の手を放さなかった。
辺境の社交界を制圧し、アレクセイ様との距離も(物理的に)縮まった私。
だが、その平和な時間は長くは続かなかった。
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