悪役令嬢は婚約破棄を待っていた!

ちゃっぴー

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「――というわけで! この私が直々に迎えに来てやったのだ! 光栄に思うがいい!」

研究所の正門前。

黄金の馬車の上で、ギルバート殿下は朝日を背にポーズを決めていた。
キラキラと無駄なエフェクトが見えるようだ。

対する私たちは、パジャマ(私は白衣、アレクセイ様はジャージ)姿で、眠そうにその演説を聞き流していた。

「……長い」

私はあくびを噛み殺した。

「登場してから十分間、ずっと自分の美しさと王家の威光について語ってますけど、本題はまだですか?」

「我慢しろ。あいつはエンジンがかかるまでが長いんだ」

隣のアレクセイ様も腕を組み、不機嫌オーラ全開だ。
その手には、いつでも抜刀できるよう木刀(真剣だと斬り殺しかねないので私が渡した)が握られている。

「おい、聞いているのかユーミア! 感動のあまり声も出ないのか!?」

殿下がこちらに気づき、大げさに手を広げた。

「さあ、遠慮はいらない。私の胸に飛び込んでこい! そして涙ながらに『寂しかったです、もう二度と離れません』と愛を囁くのだ!」

「お断りします」

私は即答した。

「は?」

殿下の動きが止まる。

「え、今なんと? 感動のあまり呂律が回らなかったのかな?」

「いいえ。日本語で『お断りします』と言いました。もっとわかりやすく言いましょうか? NO。嫌です。無理。生理的に受け付けません」

「なっ、ななな……!?」

殿下は顔を真っ赤にしてわなないた。
予想外の反応だったらしい。

「き、貴様……! 強がりを言うな! 辺境の貧乏暮らしに耐えかねて、毎晩枕を濡らしていたことは知っているぞ!」

「濡らしていたのは枕じゃなくて、実験用のスライムですね。保湿効果抜群なんです」

「強がるなと言うに! いいか、これは取引ではない、慈悲だ! 王城に戻れば、再び私の婚約者(仮)としての地位を与えてやろうと言っているのだ!」

殿下は鼻高々に宣言した。

「ただし! 条件がある! 今後は研究などという汚らわしい真似はやめ、私の後ろを三歩下がって歩き、私の言葉には『はい』とだけ答え、王城の設備メンテナンスを二十四時間体制で行うこと!」

「……」

私は呆れて言葉も出ない。
それは婚約者ではなく、ただの「奴隷」ではないか。

「あのですね、殿下。一つお聞きしますが」

私は一歩前に出た。

「なぜ私が戻ると思うんですか? ここは快適ですよ。アレクセイ様は研究に理解がありますし、予算は使い放題ですし、ご飯も美味しい。何より、あなたの顔を見なくて済む。これ以上の幸せがありますか?」

「なっ……! わ、私の顔を見なくて済むだと!?」

「はい。殿下の顔を見ると、ストレスで肌荒れするんです。科学的に実証済みです」

「ぶ、無礼な……!」

殿下がギリギリと歯噛みする。
しかし、すぐにニヤリと下卑た笑みを浮かべた。

「ふん、強気なのも今のうちだ。……おい、ユーミア。お前も薄々気づいているんだろう? 自分が『必要とされている』ということに」

「はあ?」

「隠さなくていい。王城の結界システム、空調、上下水道……あれらを制御できるのはお前だけだ。私がいなければ、あの城はただの巨大なガラクタだとな!」

殿下は勝ち誇ったように言った。

そこまでは合っている。
だが、結論が間違っていた。

「だからこそ! お前は戻らなければならない! 私のために! 私が快適に過ごすために! それがお前の存在意義だろうが!」

「……」

プチン。

私の中で、何かが切れる音がした。

(この男……どこまで腐っているの?)

私が怒りで震えそうになった、その時だった。

「――黙って聞いていれば」

ドスッ。

低い、地を這うような声と共に、アレクセイ様が私と殿下の間に割って入った。

「え、アレクセイ様?」

彼の手には木刀が握られているが、その剣圧は本物のそれだった。
空気がビリビリと震える。

「ギルバート殿下。……言葉が過ぎますぞ」

「な、なんだアレクセイ! 貴様、私に剣を向ける気か!」

「剣ではありません、棒です。……それに、私は今、騎士団長としてではなく、一人の男として発言しております」

アレクセイ様は、氷のような瞳で殿下を射抜いた。

「ユーミアは道具ではない。彼女の才能は、あんたのトイレを直すためにあるんじゃない。……未来を切り開くためのものだ」

「は、ははっ! 何を青臭いことを! 所詮は女だぞ? 可愛げもなく、化粧もしない、油まみれの女など、役に立たなければ無価値だろう!」

殿下は嘲笑った。

「見ろ、そのボサボサの髪! 目の下のクマ! あんな陰気な女、私以外に誰が貰うというんだ! 感謝こそすれ、拒絶するなど……」

ヒュンッ!!

風切り音がした。
アレクセイ様の木刀が、殿下の鼻先数センチでピタリと止まっていた。

殿下の前髪が数本、ハラリと落ちる。

「ひっ……!?」

殿下が腰を抜かして馬車の屋根にへたり込んだ。

「……訂正しろ」

アレクセイ様の声は、静かだった。
だが、そこには絶対零度の怒りが込められていた。

「彼女のどこが『可愛げがない』だと?」

「ひ、ひぃ……!」

「研究に没頭して目を輝かせる姿。成功して子供のように喜ぶ姿。失敗して悔しがる顔。……その全てが、あんたの薄っぺらい婚約者たちより、何百倍も魅力的だ」

「な……」

私は驚いてアレクセイ様を見上げた。

彼の背中は大きくて、頼もしくて。
そして、耳が真っ赤になっていた。

「その可愛さがわからないとは……殿下はよほど、目がお悪いようだ」

アレクセイ様は言い捨てると、木刀を下ろした。

「帰れ。二度と彼女の前に顔を見せるな」

「う、ううう……!」

殿下は顔を真っ赤にして、涙目で叫んだ。

「お、覚えてろよアレクセイ! 国一番の騎士が、そんな悪趣味だとはな! 後悔させてやる! 王権発動だ! 軍を動かしてでも連れ戻してやるからなー!!」

捨て台詞と共に、殿下は御者に合図を送った。
馬車が砂煙を上げて逃げ去っていく。

後に残されたのは、静寂と……微妙な空気だった。

「…………」

「…………」

アレクセイ様は、私の方を見ようとしない。
木刀を握る手が、心なしか震えている。

「あ、あの……アレクセイ様?」

私は恐る恐る声をかけた。

「……なんだ」

「さっきの……その、『魅力的』っていうのは……」

「……言わせるな」

彼はそっぽを向いたまま、ボソッと言った。

「本心だ」

ドキュン!!!

心臓が跳ねた。
今度こそ、不整脈ではない。
顔が熱い。耳まで熱い。
体温計がなくてもわかる。今の私は、茹でダコのように真っ赤だ。

「あ、あう……その……」

普段、数式と魔法理論で武装している私の脳内は、完全にショートしていた。
計算できない。
この感情に、名前をつける定義が見つからない。

「……こほん」

アレクセイ様も咳払いをして、無理やり話題を変えた。

「と、とにかく! あいつは帰ったが、諦めたわけではないだろう。『軍を動かす』と言っていた」

「そ、そうですね! 軍ですね! 大変だ! 迎撃準備をしなくちゃ!」

私は慌ててそれに乗っかった。
この気恥ずかしさから逃げるように。

「こうなったら要塞化です! 研究所の周りに『地雷原(トリモチ式)』を敷設します!」

「ああ、許可する。好きなだけやれ」

「それと、『自動迎撃ミサイル(中身は唐辛子エキス)』も配備します!」

「いいだろう。予算は俺が出す」

私たちは早口でまくし立てながら、研究所へと戻った。
お互いに顔を見合わせないようにしながら。

背中合わせの距離感。
でも、その距離は昨日よりも確実に縮まっていた。

***

一方、その頃。

逃げ帰ったギルバート殿下の馬車の中。

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉ!!」

殿下はクッションを殴りつけていた。

「あのアレクセイめ! 私に恥をかかせおって! それにユーミア! あんな男のどこがいいんだ!」

「殿下、落ち着いてください。血圧が上がります」

同乗していたスナイダー男爵(先日クマ次郎に焼かれたばかり)が、包帯まみれの姿で宥める。

「うるさい! こうなったら実力行使だ! アレクセイがその気なら、こちらも騎士団を動かす!」

「しかし殿下、騎士団長はアレクセイ閣下です。騎士たちは彼に忠誠を誓っております。殿下の命令でも、彼を攻撃することは……」

「ええい、使えない奴らめ!」

殿下は爪を噛んだ。

「なら、騎士団以外を使えばいい。……そうだ、あの『手』がある」

殿下の目に、暗く陰湿な光が宿る。

「ユーミアの発明品……その『危険性』を突くのだ」

「危険性、ですか?」

「ああ。あいつの魔導具は便利だが、一歩間違えば兵器になる。……それを『危険思想に基づく反乱分子の兵器開発』と捏造すればどうだ?」

スナイダー男爵がニヤリと笑った。

「なるほど。国を守るためという名目なら、教会や他国の介入も正当化できますな」

「そうだ。ユーミアを『魔女』として断罪し、その身柄を拘束する。……研究データごと没収してやる!」

ギルバート殿下の歪んだ執着は、ついに越えてはならない一線を越えようとしていた。

ドタバタラブコメディは、ここに来て一気にきな臭い方向へと転がり始める。
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