悪役令嬢は婚約破棄を待っていた!

ちゃっぴー

文字の大きさ
10 / 26

10

しおりを挟む
「いいか、ユーミア。俺は三日留守にする。絶対に、何があっても、扉を開けるなよ」

アレクセイ様が出発したのは、ギルバート殿下が去った翌日の朝だった。

近隣の領主たちが集まる会議への出席だ。
議題はもちろん、私の作った『消えない光の石』について。
周辺諸国や商会からの問い合わせが殺到し、アレクセイ様が直接説明に行かねばならなくなったのだ。

「わかってますって。私は研究に忙しいので、誰が来ても居留守を使います」

「……その『研究』が一番不安なんだが」

アレクセイ様は馬上の人となり、何度も後ろを振り返りながら去っていった。
まるで初めてのお使いに出す親のような心配ぶりだ。

「さて! 鬼(保護者)の居ぬ間に洗濯……じゃなくて、実験よ!」

私は彼が見えなくなるや否や、研究所の扉をロックし、地下室へと駆け込んだ。

「殿下が『軍を動かす』とか言ってたし、防衛システムをアップデートしなきゃ。目標、四十八時間耐久レース! 寝てる暇はないわよ!」

私は栄養ドリンク(味はドブ川だが効果は絶大)を一本空け、設計図に向かった。

この時の私は、アドレナリンが出すぎて忘れていたのだ。
人間の体には、限界というものがあることを。

***

二日目の昼下がり。

ドンドンドン!!

激しいノックの音が、静まり返った研究所に響いた。

「……ちっ。集中してる時に誰よ」

私はゴーグルをずらし、不機嫌にモニター(外部カメラの映像)を覗き込んだ。

そこに映っていたのは、黒いローブを纏った数人の男たち。
胸には『魔法省』の紋章。そして手には、物々しい杖を持っている。

(魔法省? 国の魔導研究を管理する役人たちね。……嫌な予感しかしないわ)

私はマイクのスイッチを入れた。

「はい、こちらはベルンシュタイン研究所です。現在、セールス・宗教・元婚約者のお断りキャンペーン実施中です。お引き取りください」

『ふざけるな! 我々は王立魔法省の特別査察官だ!』

先頭の男が叫んだ。

『ユーミア・ベルンシュタイン! 貴殿に「禁忌魔法の使用」および「危険兵器の製造」の容疑が掛かっている! 直ちに扉を開け、研究所内の全データを提出せよ!』

(……なるほど。これが殿下の言っていた「手」ね)

私は冷めた目でモニターを見た。
権力を笠に着て、無理やり難癖をつけて研究成果を奪う。
いかにもあのナルシストが考えそうな浅知恵だ。

「容疑? 証拠はあるんですか?」

『貴様の存在そのものが証拠だ! 開けなければ、魔法攻撃により強制突入する!』

男たちが杖を構える。
詠唱が始まった。攻撃魔法を放つつもりだ。

普通ならパニックになるところだろう。
だが、徹夜明けでテンションがおかしくなっている私は、逆に楽しくなってきてしまった。

「ほう……? 私の『城』に喧嘩を売るとは、いい度胸ね」

私はコントロールパネルに手を置いた。

「アレクセイ様には『扉を開けるな』と言われたけど、『窓から撃ち返すな』とは言われてないわよね?」

スイッチ、オン。

ガガガガガ……!

研究所の屋根が開き、そこから巨大なパラボラアンテナのような装置が出現した。

『な、なんだあれは!?』

「食らいなさい! 『強制マナーモード・フィールド発生装置』!!」

ブォォォォォォン!!

目に見えない波動が、研究所を中心に展開される。

「『ファイア・ボ……』あれっ!?」

査察官の男が杖を振るが、火が出ない。
それどころか、杖の先端からポスッと煙が出ただけだ。

「な、魔法が発動しない!? どうなっているんだ!」

「ふふん。この領域内では、魔力構成式が強制的に『シャボン玉生成魔法』に書き換わるのよ!」

私が解説すると同時に、他の男たちの杖からも、プワワ~ンと大量のシャボン玉が飛び出した。

「うわっ、なんだこれ!?」

「私の最強攻撃魔法が、虹色の泡に!?」

「きれいだなぁ……じゃなくて! 攻撃だ! 物理で扉を破れ!」

男たちが体当たりを始める。
しかし、私の研究所の扉は『対戦車用強化合金』製だ。人間がタックルしたところで、肩を脱臼するのがオチである。

「ぐあああ! か、硬い!」

「痛い! 肩が外れた!」

モニター越しの喜劇を見ながら、私はケラケラと笑った。

「無駄無駄! さあ、次はお仕置きタイムよ!」

私は別のボタンを押した。

「スプリンクラー起動! 中身は『一週間落ちない蛍光インク』よ!」

プシューーーッ!!

研究所の外壁から、派手なピンク色の液体が噴射された。

「ぎゃああああ!?」

「目が、目がぁぁ!」

黒いローブがあっという間にショッキングピンクに染まる。
魔法省の威厳もへったくれもない。

「撤退! 撤退だぁぁ!」

「覚えてろよ、魔女めぇぇ!」

ピンク色の集団は、シャボン玉にまみれながら逃げ去っていった。

「……ふぅ。雑魚ね」

私は勝ち誇って椅子にもたれかかった。

「勝った……。私の平和と、研究データは守られた……」

達成感が胸を満たす。
それと同時に、張り詰めていた糸がプツリと切れた。

「……あれ?」

急に視界が歪む。
手足に力が入らない。
心臓が早鐘を打っている。

(あ、そういえば……丸二日、何も食べてないし、寝てない……)

魔力も使い果たした。
クマ次郎の調整、結界の張り直し、そして今の迎撃システム。

私の意識は、急速に闇へと沈んでいった。

最後に聞こえたのは、激しく扉が開く音と、聞き慣れた焦った声だった。

「ユーミア!!」

***

「……ん」

目を開けると、そこは見慣れない天井だった。
いや、見慣れた私の部屋の天井だ。
でも、景色が少し違う。

温かい。
何かに包まれているような感覚。

「気がついたか」

耳元で、安堵したような低い声が聞こえた。

視線を動かすと、すぐ目の前にアレクセイ様の顔があった。
整った顔立ちが、今はひどくやつれて、眉間に深い皺が刻まれている。

「……アレクセイ、さま?」

「……馬鹿野郎」

彼は私の頭を、ぐしゃりと撫でた。
手つきは乱暴だけど、震えているのがわかった。

「帰ってきたら、研究所の前がピンク色の地獄絵図になっていて……お前が床で倒れているのを見た時、俺の寿命が十年は縮んだぞ」

「あ……」

記憶が蘇る。
そうだ、魔法省を撃退して、それから……。

「すみません……また、ご迷惑を……」

体を起こそうとしたが、力が入らない。
アレクセイ様が優しく背中を支えてくれた。

「無理をするな。魔力欠乏と、極度の疲労だ。……三日も寝ずに作業していたそうだな」

「えっと……敵が来ると思って……」

「だからといって、お前一人が無茶をする必要はない」

彼はサイドテーブルから、湯気の立つカップを取り出した。
甘いホットミルクの香り。

「飲めるか?」

「……はい」

カップを受け取ろうとしたが、手が震えて持てない。
すると、アレクセイ様はため息をつき、自分でカップを持ったまま、私の口元に運んでくれた。

「えっ」

「いいから飲め。こぼすぞ」

まさかの「飲ませてあげる」体勢。
これはいわゆる、看病イベント?

私はカァッと顔が熱くなるのを感じながら、恐る恐る一口飲んだ。
温かい液体が、冷え切った体に染み渡る。

「……おいしい」

「そうか」

アレクセイ様は、少しだけ表情を緩めた。

「……ユーミア」

「はい」

「お前は強いな。魔法省の査察官を、一人で追い払うなんて」

「あはは……まあ、科学の勝利ですね」

「だが」

彼はカップを置き、私の両肩を掴んで、真剣な瞳で私を見つめた。

「俺をもっと頼れ」

「え?」

「お前を守ると言っただろう。俺がいない時でも、俺の部下がいる。助けを呼べばいい。一人で抱え込んで、倒れるまで戦うな」

彼の瞳には、怒りよりも、深い悲しみのような色が浮かんでいた。

「倒れているお前を見た時……俺は、怖かったんだ」

「アレクセイ様……」

胸が締め付けられる。
最強の騎士団長である彼に、「怖い」なんて言葉を言わせてしまった。

私は、自分の無茶が彼をどれだけ心配させたのかを痛感した。

「……ごめんなさい。次は、ちゃんと頼ります」

「約束だぞ」

彼は私の額に、コツンと自分のおでこを当てた。

「っ!?」

近すぎる。
呼吸が止まるかと思った。

「熱は下がったか……。まだ少し高いな」

彼は純粋に熱を測っているだけのようだが、私の熱は間違いなく、今の行動のせいで再上昇していた。

「あ、あの、アレクセイ様! 近いです!」

「動くな。脈も速い。まだ安静が必要だ」

「だから、それはあなたのせいで……!」

私が抗議しようとすると、不意に部屋の扉が開いた。

「団長ー! 例のピンク色の連中ですが、全員捕獲しまし……た……」

入ってきた部下の騎士が、おでこをくっつけている私たちを見て、石のように固まった。

「…………」

「…………」

「…………し、失礼しましたァァァ!!」

バタン!!!

扉が猛烈な勢いで閉まる。

「あ」

「……誤解されたな」

アレクセイ様はバツが悪そうに離れた。
耳が赤い。

「も、もう! 責任取ってくださいよ!」

「……善処する」

「そこは否定してください!」

こうして、私の「過労によるダウン」は、周囲に「団長との熱い愛の巣ごもり」という特大の誤解を生むことになったのだった。

しかし、この平穏(?)な時間の裏で、王都のギルバート殿下は、次なる一手――いや、最終手段に打って出ようとしていた。

それは、私という存在を社会的に抹殺する、最悪のシナリオだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

悪役令嬢は高らかに笑う。

アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。 エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。 たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。 男爵令嬢に教えてもらった。 この世界は乙女ゲームの世界みたい。 なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。(話し方など)

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

処理中です...