悪役令嬢は婚約破棄を待っていた!

ちゃっぴー

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「……おい、ユーミア」

「はい、ハムですか? それともジャム?」

「騎士たちが、俺たちの顔を見るたびにニヤニヤしているんだが」

「気のせいですよ。きっと『団長もついに春ですね』と祝福してくれているんです」

「それが一番困るんだ!」

翌朝の食堂。
アレクセイ様は、げんなりとした顔でパンを齧っていた。

昨日の「おでこコツン事件」は、瞬く間に砦中に広まったらしい。
すれ違う騎士たちが「お熱いですね!」「ヒューヒュー!」と古臭い野次を飛ばしてくるのだ。

「いいじゃないですか。事実(看病)ですし」

私は分厚いベーコンをナイフで切り分けながら、平然と答えた。

「誤解を解くエネルギーが勿体無いです。それより、この『燻製ベーコン・桜チップの香り』の出来栄えについて議論しましょう」

「……お前のメンタルはオリハルコン製か」

アレクセイ様がため息をついた、その時だった。

バササッ!

食堂の窓から、一羽の黒い鳥が飛び込んできた。
王家の伝令に使われる『黒鷹』だ。
その足には、禍々しい赤い封蝋がされた手紙が結び付けられている。

「……来たか」

アレクセイ様の空気が一変した。
食堂の賑やかな空気が凍りつく。

黒鷹は私の目の前のテーブルに降り立つと、手紙を突き出して「クルルッ」と鳴いた。

「ユーミア宛てだ」

アレクセイ様が低い声で言った。

「赤い封蝋は、最高レベルの重要書類……あるいは、『最後通牒』を意味する」

「最後通牒? 穏やかじゃないですね」

私はナプキンで口を拭き、手紙を受け取った。

ずしりと重い。
紙質は最高級の羊皮紙。インクからは微かに魔力の匂いがする。

「開けてみろ」

私はペーパーナイフで封を切った。
中から出てきたのは、達筆すぎて逆に読みづらい文字で埋め尽くされた書状だった。

私はそれを一瞥し、三秒でテーブルに置いた。

「……なんて書いてある?」

アレクセイ様が身を乗り出す。

「要約しますね」

私は指を一本立てた。

「『拝啓、ユーミア・ベルンシュタイン。貴殿には国家反逆罪および禁忌魔法使用の疑いがある。よって、三日以内に王都の審問会へ出頭せよ。さもなくば、ベルンシュタイン家およびヴォルフ辺境伯領を「反乱分子」と認定し、正規軍を派遣して焦土とする。追伸:私のトイレはいまだに直っていない。至急なんとかしろ』……以上です」

バァン!!

アレクセイ様がテーブルを叩き割った……勢いで叩いた。

「ふざけるな! 焦土とするだと!? ただの言いがかりで、領民を巻き込む気か!」

彼の怒りはもっともだ。
私一人のために、軍を動かし、戦争を仕掛けると脅しているのだから。

周囲の騎士たちもざわめき立つ。
「戦争だと?」「やってやるよ!」「俺たちの姫(ユーミア)を渡すか!」と殺気立っている。

しかし。
当の私は、手紙をペラペラとめくりながら、別のことを考えていた。

「ふむ……」

「どうした、ユーミア。何か策があるのか?」

アレクセイ様が期待のこもった目で私を見る。

「いいえ。この羊皮紙、繊維の密度が均一で素晴らしいなと思って」

「……は?」

「これなら、風の抵抗を最小限に抑えられるわ。それに、この赤い封蝋。重心のバランスを取るのに最適ね」

「お前、今この状況で紙質の鑑定をしているのか!?」

「アレクセイ様、私の趣味を知っていますか?」

私はニヤリと笑った。

「発明? 実験?」

「それもそうですが、子供の頃からの密かな楽しみ……それは『よく飛ぶ紙飛行機作り』です!」

私は宣言すると同時に、手紙を折り始めた。

「ちょ、待て! それは王家からの重要書類……!」

「関係ありません! 今の私にとって、これはただの『上質な素材』です!」

シュッ、シュッ。
私の手先が高速で動く。

先端を鋭角に折り込み、翼の面積を広げ、昇降舵(エレベーター)の角度を調整する。
数式が脳内を駆け巡る。

流体力学に基づいた、究極のフォルム。
魔導具師としてのプライド(?)をかけた、至高の折り紙。

「完成! 名付けて『スカイ・ハイ・フリーダム号(反逆の翼)』!」

出来上がったのは、鋭利で美しい紙飛行機だった。
赤い封蝋が、機首の重りとして完璧な位置にある。

「ユーミア……お前、まさか」

アレクセイ様が顔を引きつらせる。

私は窓を開け放った。
北風が吹き込んでくる。

「ギルバート殿下への返事は、これで十分です!」

私は大きく振りかぶった。

「届け、この想い(拒絶)! いっけぇぇぇぇぇ!!」

シュパァァァン!!

紙飛行機が、手から放たれた。
それは風に乗り、信じられない速度で加速した。

「えっ、速っ!?」

騎士の一人が叫ぶ。

私の計算通りなら、この機体は『風魔法・加速(アクセル)』の術式を微量に帯びたインクと反応し、音速に近いスピードが出るはずだ。

キィィィィン……!

紙飛行機は黒鷹(伝令鳥)を追い抜き、雲を突き抜け、王都の方角へと一直線に消えていった。

「……見えなくなった」

「あの角度と初速なら、推定飛距離は三百キロ……ちょうど王城の窓ガラスを割るくらいですね」

私は満足げに手をパンパンと払った。

「さ、朝食の続きを食べましょう。ベーコンが冷めちゃいます」

食堂に沈黙が流れる。

やがて、アレクセイ様が「くっ、くくく……」と肩を震わせ始めた。

「だ、団長?」

「はーっはッはッは!!」

アレクセイ様は、腹を抱えて大笑いした。

「最高だ! 王家からの脅迫状を、紙飛行機にして投げ返すとは! お前ほど肝の座った女は、世界中探してもいないだろう!」

彼は涙を拭いながら、私の背中をバンと叩いた。

「気に入った! ならば俺も腹を括ろう。……ギルバート殿下が軍を向けるというなら、受けて立つまでだ」

騎士団長としての顔に戻った彼は、凛として美しかった。

「総員、第一級戦闘配置! ただし、こちらからは手を出さん! 降りかかる火の粉(とバカ王子)を払うだけだ!」

「「「オオオオオッ!!」」」

騎士たちの雄叫びが響く。

私は、そんな熱気の中で、ふと冷静に考えた。

(……でも、本当に戦争になったら研究の時間が減るわね。それは困る)

「アレクセイ様」

「なんだ、ユーミア」

「向こうが来る前に、こちらから『終わらせる』のはどうですか?」

「終わらせる? どうやって?」

私はポケットから、一枚のクリスタルを取り出した。
昨夜、徹夜で解析していたデータが入っている。

「私が王城の設備管理者だった頃の、『裏マニュアル』と『隠し通路』のデータです。そして……ギルバート殿下が横領していた『裏帳簿』のデータも」

「……お前、そんなものまで持っていたのか」

「転んでもただでは起きませんから」

私は黒い笑みを浮かべた。

「戦争なんて野蛮なことはしません。……情報戦で、社会的に抹殺してあげましょう」

アレクセイ様は、私とクリスタルを交互に見て、深く頷いた。

「……敵に回したくない女ナンバーワンだな、お前は」

「褒め言葉として受け取っておきます!」

こうして、紙飛行機による宣戦布告(?)を皮切りに、私たちは王都への反撃作戦を開始することになった。

だが、その紙飛行機が、まさか本当に王城の、しかもギルバート殿下の執務室に直撃し、悲劇(殿下にとって)を引き起こすとは、この時の私は知る由もなかった。

***

一方、王都。

パリーン!!

「ギャアアアア!!」

ギルバート殿下の悲鳴が響き渡った。

「な、なんだ!? 敵襲か!?」

スナイダー男爵が飛び込んでくると、そこには割れた窓ガラスと、額から血を流して倒れている殿下の姿があった。

そして、その横には、赤い封蝋のついた紙飛行機が、床に突き刺さっていた。

「こ、これは……殿下が出した最後通牒の手紙!?」

スナイダー男爵が震える手でそれを拾い上げる。

紙飛行機の翼には、私の字で一言、こう書かれていた。

『ゴミはゴミ箱へ。 ユーミアより』

「お……おのれぇぇぇぇぇ!!」

額を押さえながら立ち上がった殿下は、鬼の形相で叫んだ。

「殺す! 絶対に殺してやる! 全軍出撃だ! 辺境を地図から消し去れぇぇぇぇ!!」

私の投げた紙飛行機は、見事に(物理的にも精神的にも)殿下の急所を突き、最終決戦の火蓋を切って落としたのだった。
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