悪役令嬢は婚約破棄を待っていた!

ちゃっぴー

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「ご報告します! 王都より緊急連絡! 『王城のトイレが爆発した』とのことです!」

辺境伯邸の作戦会議室。

緊迫した空気の中で部下が読み上げた報告に、ズコーッ! と全員が椅子から転げ落ちそうになった。

「……なんだと?」

上座に座るアレクセイ様が、こめかみをピクピクさせながら聞き返した。

「トイレが爆発? 敵の新型魔法か?」

「いえ、それが……下水管に蓄積されたメタンガスと、浄化槽の魔法陣が逆流反応を起こし、王城の全ての個室から汚水が噴水のように……」

「やめろ、それ以上言うな。食事が不味くなる」

アレクセイ様は青ざめて口元を押さえた。

私は隣で、涼しい顔をして紅茶を啜った。

「計算通りですね。メンテナンスをサボって二週間。そろそろ『浄化スライム』たちがストライキを起こす頃だと思っていました」

「……お前の仕業か、ユーミア」

「人聞きが悪いですね。私は『退職時にマニュアルを置いてきた』と言いましたよ? 『毎日スライムに愛の言葉を囁きながら餌(生ゴミ)を与えないと暴走する』って、赤字で書いておいたのに」

「なんだその面倒くさいシステムは!」

「愛情不足はスライムにとっても大敵なんですよ。殿下には荷が重かったようですね」

私は肩をすくめた。

ギルバート殿下は今頃、汚水まみれの城で発狂していることだろう。
軍を動かすどころではないはずだ。

「しかし、これで時間稼ぎにはなる」

アレクセイ様は気を取り直し、地図の上に駒を置いた。

「王城が機能不全に陥れば、指揮系統は乱れる。だが、ギルバート殿下の執念深さは侮れん。……衛生兵や工兵を総動員してでも、こちらへ向かってくる可能性がある」

「来るなら来ればいいです。私の『歓迎準備』は万端ですから」

私はニヤリと笑った。

この一週間、私は寝る間も惜しんで(アレクセイ様に怒られない範囲で)研究所の要塞化を進めてきた。
ただの防衛ではない。
相手の戦意を徹底的に削ぐ、ユーモアと悪意に満ちたトラップの数々だ。

「ユーミア。一つ確認しておくが」

アレクセイ様が真剣な顔で私を見た。

「『殺傷能力』はないな?」

「もちろんです! 死体が出ると処理が面倒……じゃなくて、寝覚めが悪いですからね。あくまで『精神的ダメージ』と『社会的尊厳の破壊』に特化しています」

「……ある意味、死ぬよりタチが悪いな」

その時、見張り台から警報が鳴り響いた。

カンカンカンカン!!

「敵襲! 街道の向こうから、砂煙が上がっています! 数は……およそ五百!」

「来たか!」

アレクセイ様が立ち上がる。

「総員、配置につけ! 城門を閉ざし、結界を最大出力へ! ユーミアは俺の後ろだ!」

「了解です! カメラ班、録画の準備はいい!? 殿下の無様な姿を全国ネットで配信するわよ!」

「お前は何をする気だ!?」

***

砦の城壁の上。
私たちは、眼下に広がる平原を見下ろしていた。

やってきたのは、金色の鎧に身を包んだ王宮騎士団の先遣隊だ。
先頭には、またしてもあの豪華な馬車(窓ガラスは修理済み)がある。

『ユーミアァァァァァ!!』

馬車の屋根が開き、ギルバート殿下がせり上がってきた。
頭には包帯を巻き、鬼のような形相をしている。

『よくも私の城を! 私のトイレを! 貴様の呪いで地獄に変えおって!』

「呪いじゃありません、科学ですー!」

私は拡声器で言い返した。

「あと、トイレ掃除くらい自分でしてください! 王太子でしょう!」

『うるさい! もう許さん! この五百の精鋭で、そのふざけた砦を制圧し、貴様を地下牢に繋いで一生トイレ修理係にしてやる!』

なんと器の小さい復讐だろうか。

『全軍、突撃ぃぃぃ! 門を破壊せよ!』

殿下の号令と共に、騎士たちが雄叫びを上げて突っ込んできた。
先頭集団は、巨大な破城槌(丸太)を抱えている。

「アレクセイ様、合図をお願いします」

私は手元のスイッチボックスを握りしめた。

アレクセイ様は、呆れたように、しかし信頼を込めて頷いた。

「……手加減してやれよ。……やれ!」

「イエッサー! 第一防衛ライン、起動!」

ポチッ。

私がスイッチを押した瞬間。

砦の手前、百メートルの地面が、カパッと開いた。

「うおっ!?」

「落とし穴か!?」

騎士たちが急ブレーキをかける。
しかし、それはただの落とし穴ではなかった。

シュバババババッ!!

穴の中から飛び出したのは、無数の『黒い影』だった。

「な、なんだ!? 伏兵か!?」

「敵襲……うわああっ!?」

騎士たちが悲鳴を上げる。
影の正体は、私が開発した『自走式・ゴキブリ型多脚戦車(サイズは猫くらい)』の大群だ。

カサカサカサカサカサ……!!

生理的嫌悪感を催す動きで、騎士たちの足元を這い回り、鎧の隙間に入り込もうとする。

「ひいいいい!? 虫!? でかい虫ぃぃぃ!?」

「気持ち悪い! 斬っても斬ってもカサカサするぅぅ!」

「いやあああ! 足登ってきたあああ!」

精鋭のはずの騎士団が、一瞬でパニックに陥った。
剣を振り回すが、私のゴキブリ戦車はゴム製なので斬撃を無効化し、さらに衝撃を吸収して「ブヨヨン」と跳ね返る。

「効果は抜群ね。ちなみに攻撃機能はありません。ただ『這い回る』だけです」

「……俺なら発狂して帰るぞ」

アレクセイ様が顔を引きつらせている。

『ええい、怯むな! たかがオモチャだ! 踏み潰して進め!』

殿下が安全な馬車の上から叫ぶ。

「おっと、殿下には特別サービスが必要ね」

私は次のボタンに指をかけた。

「第二防衛ライン、ターゲット・馬車!」

ポチッ。

ヒュン……ドスッ!

地面から、一本の杭が発射された。
狙いは馬車の車輪ではない。
馬車を牽いている馬の目の前だ。

杭の先端がパカッと開き、そこから漂ったのは――。

『ブォォォォン……(メスの馬のフェロモン)』

「ヒヒィィィン!!!」

馬車の馬(オス)たちが、目の色を変えていなないた。
恋の季節の到来である。

「な、なんだ!? 馬が言うことを聞かんぞ!?」

御者が手綱を引くが、馬たちは制御不能。
フェロモンの発生源(杭)に向かって、愛の猛ダッシュを始めた。

杭は、砦とは正反対の方向――深い森の方角に設置されている。

『うわあああ!? どこへ行く! そっちは森だぞ!』

殿下の悲鳴が遠ざかっていく。
馬車は猛スピードで森の中へと消えていった。

「あらら、駆け落ちですね。お幸せに」

「……あの馬車、森の熊(本物)に襲われないか?」

「大丈夫です。クマ次郎が『森の守り神』として君臨しているので、本物の熊たちは怖がって逃げますから」

司令塔(殿下)を失い、足元をゴキブリ戦車に蹂躙された騎士団。
戦意は完全に崩壊していた。

「撤退! 一時撤退だ!」

「こんな気持ち悪い戦場にいられるか!」

騎士たちは散り散りに逃げ出していく。

「勝負あり!」

私はガッツポーズをした。

「完全勝利です! 被害ゼロ、消費魔力も乾電池一本分!」

城壁の上で、砦の兵士たちが歓声を上げる。
「ユーミア様万歳!」「ゴキブリ最強!」と謎のシュプレヒコールが巻き起こる。

しかし。
アレクセイ様だけは、笑っていなかった。

「……いや、まだだ」

彼は鋭い目で、逃げ惑う騎士団の後方を見据えていた。

「ん? どうしました?」

「……おかしい。五百人にしては、退き際が早すぎる」

彼は手すりを強く握りしめた。

「それに、魔法部隊がいない。……先遣隊は囮か?」

「え?」

その時だった。

ドォォォォォォン……!!

背後から、地響きのような音がした。

私たちは弾かれたように振り返った。
音の発生源は、砦の正門側ではない。
背後の山側――私たちが「天然の要塞」と信じていた、険しい崖の方角だ。

「まさか……!」

アレクセイ様の顔色が変わる。

「山越えだと!? あの断崖絶壁を!?」

崖の上。
そこには、黒いマントを羽織った集団が並んでいた。
その数、およそ五十。
手には杖。そして、その周囲には禍々しい魔力の光が漂っている。

「王宮魔導師団……!」

私が息を呑む。
殿下の私兵ではない。国の正規軍、それもエリート部隊だ。

『放てぇぇぇぇ!!』

隊長の号令と共に、五十人の魔導師が一斉に杖を振るった。
ゴキブリ戦車やフェロモンなどという生温いものではない。
本気の、軍事魔法だ。

『爆炎(エクスプロージョン)!』

ドカァァァァァァァン!!

砦の中庭に着弾。
爆風が吹き荒れ、私たちの立っている城壁が揺れた。

「きゃっ!?」

「ユーミア!」

アレクセイ様が私を抱き寄せ、マントで覆って伏せる。
熱風が頭上を通り過ぎていく。

「くそっ、裏をかかれた! 正面の馬車はお遊戯で、本命はこっちか!」

アレクセイ様が歯噛みする。

殿下がバカなふりをして(いやバカなのだが)、囮になっていた間に、別動隊を山へ回していたのだ。

「被害状況!」

「中庭の研究所別館が被災! けが人多数! 結界班、出力が追いつきません!」

「第二波、来ます!」

空が赤く染まる。
雨のように降り注ぐ火球。
これは「おふざけ」ではない。戦争だ。

「……私の研究所が」

アレクセイ様の腕の中で、私は燃え上がる別館を見た。
あそこには、作りかけの『自動洗濯機』や『パン焼き機』があったのに。

「……許さない」

私の中で、スイッチが入った。

「アレクセイ様、離してください」

「おい、待て! 危険だ!」

「いいえ。……私の大事な実験場を壊した罪、万死に値します」

私は立ち上がった。
ドレスの裾を払い、懐から一本の試験管を取り出す。

中に入っているのは、透明な液体。
だが、それは私が作った中で、最も危険で、アレクセイ様に封印されていた「禁断の薬」だ。

「ユーミア、それはまさか……!」

「ええ。『魔力増幅薬・オーバードライブ(副作用:性格がギャルになる)』です」

「副作用がおかしいだろ!!」

「飲みます!」

私はコルクを抜き、一気に呷った。

ドクンッ!!

体の中で、魔力が爆発的に膨れ上がる。
視界が鮮明になり、全身が光に包まれる。

「うっひょー! マジパネェ! 魔力みなぎってきたんですけどー!」

「……ああ、頭が痛い」

私は城壁の縁に立ち、崖の上の魔導師団を指差した。

「おいコラお前ら! アタシのシマで何してくれてんの!? マジありえないんだけど!」

『な、なんだあの女は!?』

魔導師たちがざわめく。

「倍返し……いや、百倍返しっしょ! いくよクマ次郎!」

『グルァァァァァ!!』

中庭で待機していたクマ次郎が、私の魔力に呼応して巨大化する。
三メートルだった体躯が、十メートル級の怪獣サイズへと膨れ上がった。

「あいつら全員、ホームランにしてやって!」

『ラジャー、ギャルご主人様』

クマ次郎が、その巨体に見合わぬ敏捷さで崖を駆け上がる。

「うわあああ!? 熊だ! 山のような熊が!」

「魔法が効かない!? なんだあの毛皮は!」

「断熱材ナメんなし!」

戦場は、一瞬にしてカオスなワンサイドゲームへと変貌した。

ギャル化した私と巨大クマの暴走。
それを頭を抱えて見守るアレクセイ様。

だが、この騒動の裏で、燃え上がる別館の瓦礫の下から、這い出てくる「影」があったことに、私たちはまだ気づいていなかった。

それは、殿下が放った真の切り札。
「暗殺者」の存在だった。
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