悪役令嬢は婚約破棄を待っていた!

ちゃっぴー

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「……またか」

激しい雷鳴と共に、研究所の照明がフツンと消えた。
二度あることは三度あると言うが、この研究所の電力事情は脆弱すぎる。

「すみません、アレクセイ様。さっきの雷で、メインの送電ケーブルがやられました」

「……慣れたものだ」

暗闇の中、アレクセイ様の落ち着いた声がした。
外は嵐。窓を打ち付ける雨音が、密室の静けさを際立たせている。

「だが、今回はどうする? 例の『ディスコ・キノコ』は持っているのか?」

「いいえ。あれは昨日の鍋に入れて全部食べちゃいました。出汁が出て美味しかったですよ」

「……そうか(食べたのか……)」

アレクセイ様がホッとしたような、残念なような溜息をついた。

「じゃあ、朝までこのままか。……まあ、悪くない」

衣擦れの音がして、彼が近づいてくる気配がした。

「ユーミア。こっちへ来い。……暗くて危ないからな」

「あ、はい」

私は手探りで進み、彼の手を探す。
ガシッと掴まれた手は、相変わらず大きくて熱い。

(……なんか、このシチュエーション、デジャヴですね)

前回はここで私がキノコを光らせてムードを台無しにしたわけだが、今回は手元に何もない。
つまり、純粋な暗闇。
二人きり。

「……寒いな」

アレクセイ様が、自然な動作で私を引き寄せ、自分のマントの中に入れてくれた。

「!」

密着度、一二〇パーセント。
背中に彼の硬い胸板を感じる。
回された腕の力が、以前よりも強い気がする。

「……あの、アレクセイ様?」

「なんだ」

「ち、近いです。心臓の音がうるさいくらい聞こえるんですけど」

「……お前のせいだ」

耳元で囁かれる低音ボイス。
吐息が首筋にかかり、ぞわぞわと鳥肌が立つ。

(まずい。これはまずい。科学的に説明できない『ドキドキ』が臨界点を超えそう!)

アレクセイ様は、もう「偽装」という建前を捨てている。
この暗闇に乗じて、完全に私を口説きにかかっているのがわかる。

「ユーミア」

「は、はい」

「お前は、いつまで鈍感なふりを続けるつもりだ?」

彼の手が、私の頬を撫でる。

「俺は待つと言ったが……こんな状況では、理性にも限界がある」

「り、理性? 理性の融点は何度ですか?」

「……ふっ。そういうところだ」

彼は苦笑し、さらに強く抱きしめてきた。

「……嫌か?」

「い、嫌じゃ……ないですけど……」

「なら、じっとしていろ」

彼の顔が近づいてくる気配。
暗くて見えないけれど、わかる。
これは、キスの距離だ。

(どうする!? 避ける? 受け入れる? いや、その前に口紅とか塗ってないし、実験後でオイルの匂いがするかも!)

私の思考回路がオーバーヒートを起こしかけた、その時。

ピコーン!

私の脳内で、ある閃きがスパークした。

「――そうだ! 熱です!」

「……は?」

私はバッと顔を上げた。
アレクセイ様の顎に頭突きしそうになりながら、叫んだ。

「アレクセイ様! 今、すごく熱いですよね!?」

「あ、ああ……まあ、熱くなっているが……(物理的にも精神的にも)」

「心拍数も上がってますよね!? ドキドキしてますよね!?」

「……言わせるな。お前のせいだ」

「素晴らしい! これこそが求めていた『エネルギー源』です!」

私はアレクセイ様の腕をすり抜けると、ガサゴソとポケットを漁った。

「ユーミア? 何を……」

「これです! 『恋愛エネルギー変換・自家発電スーツ(試作型)』!」

私は取り出した薄手のベストのようなものを、アレクセイ様に無理やり着せた。

「おい、なんだこれは!?」

「いいから着てください! これは、着用者の『心拍数』と『体温上昇』を感知して、それを魔力エネルギーに変換する画期的なシステムなんです!」

「はぁ!?」

「さあ、アレクセイ様! もっとドキドキしてください! 私を抱きしめて、愛を囁いてください! そうすれば研究所の電気が復旧します!」

私はスイッチを入れた。

ブォン……!

アレクセイ様が着せられたベストの胸元にあるインジケーターが、赤く点滅を始めた。

『システム・オールグリーン。心拍数計測開始』

無機質な音声が響く。

「な、なんだこの声は!」

「さあ、アレクセイ様! 壁ドンでも顎クイでもなんでも来いです! あなたの『ときめき』で、闇を照らして!」

私は両手を広げて待ち構えた。

アレクセイ様は、暗闇の中でしばし絶句していたようだが、やがて深い深いため息をついた。

「……俺の恋心を、発電に使おうとする女は、世界でお前だけだ」

「エコですよね!」

「……くそっ。もうどうにでもなれ」

彼はヤケクソ気味に、私をガバッと抱き寄せた。

「好きだ! 愛してるぞ、この変人令嬢!」

ドクンッ!!

アレクセイ様の心拍数が跳ね上がる。

その瞬間。

『心拍数、急上昇。高電圧発生。チャージ完了』

キュイイイイーン……!

ベストから眩い光が溢れ出した。
そして。

ズンッ! ズンッ! ズンッ!

『LOVE! LOVE! MAXー!!』

ベストから、大音量のダンスミュージックと共に、アレクセイ様の心音に合わせたビートが刻まれ始めた。
しかも、七色に発光している。

「うわああああ!? なんだこの音は!?」

「成功です! 心臓の鼓動をビートに変換する機能もついてたの忘れてました!」

ズンッ! ズンッ! (アレクセイ様の高速の鼓動)

「うるさい! 俺の心臓の音を大音量で流すな! 恥ずかしくて死ぬ!」

「すごい電力です! 研究所中の照明がつきました! いや、明るすぎます!」

パッ! パッ! パッ!

研究所内のライトが、アレクセイ様の「愛のビート」に合わせて激しく明滅する。
まるでクラブハウスだ。

「消せ! 今すぐ消せユーミア!」

「無理です! アレクセイ様が落ち着かないと止まりません! 『賢者タイム』に入ってください!」

「お前が目の前にいて落ち着けるか!!」

『LOVE! VOLTAGE、OVER FLOW!』

バチバチバチッ!!

「ぐわああああ! 感電したー!?」

「あ、漏電しましたね。愛が重すぎたようです」

***

結局。
その夜は、アレクセイ様が力尽きて(社会的な恥ずかしさと物理的な感電で)気絶するまで、愛のディスコタイムは続いた。

翌朝。

「……おはようございます」

食堂に現れたアレクセイ様は、げっそりとやつれていた。

「おはようございます! 昨日はすごかったですね、アレクセイ様の愛のパワー!」

私は元気いっぱいにトーストを齧った。

「……頼む。その話は二度とするな」

彼は手で顔を覆った。

「騎士団中にあの音楽が聞こえていたらしい。『団長、昨夜はフィーバーしてましたね』と部下に肩を叩かれた俺の気持ちがわかるか……」

「フィーバーしてましたもんね」

「お前のせいだ!!」

アレクセイ様は叫んだが、その耳は赤かった。

「……でも、まあ」

彼はコーヒーを啜り、ボソッと言った。

「お前が無事なら、それでいい」

「アレクセイ様?」

「あの嵐の中、暗闇でお前が怯えていないか……それだけが心配だったんだ」

彼は照れくさそうに視線を逸らした。

「……ディスコになったおかげで、怖がる暇もなかっただろう?」

私は、トーストを持つ手を止めた。

(……ああ、この人は)

自分の恥よりも、私の不安を取り除くことを優先してくれたのか。
あるいは、結果論かもしれないけれど。

胸の奥が、じんわりと温かくなる。
これは発電スーツでも測定できない、私だけの特別な熱だ。

「……ありがとうございます、アレクセイ様」

私が微笑むと、彼はふっと優しく笑い返してくれた。

その時だった。

「ご報告します!!」

扉が乱暴に開かれた。
昨夜の余韻(ディスコ)を一瞬で吹き飛ばす、緊迫した声。

「王都より、ギルバート殿下が……『討伐軍』を率いて出立しました!」

「……!」

アレクセイ様の表情が一瞬で騎士の顔に戻る。

「数は?」

「正規軍三千! さらに、近隣諸国から傭兵団も雇っているとの情報です!」

三千。
前回の五百とは桁が違う。
本気の戦争だ。

「……来たか」

アレクセイ様は立ち上がり、剣を帯びた。

「ユーミア」

「はい」

「遊びは終わりだ。……ここからは、俺たちの『生存』をかけた戦いになる」

「望むところです」

私も白衣の襟を正した。

「私の平穏な引きこもりライフを邪魔する奴は、王太子だろうが傭兵だろうが、まとめて『実験材料』にしてやります!」

ついに始まる最終決戦。
ギルバート殿下の狂気と、私たちの科学力(と愛?)が激突する。
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