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「――というわけで。ユーミア嬢、本当に申し訳ないのだけど、一度王都へ来てくれないかしら?」
戦いの熱気も冷めやらぬ砦の応接室。
エレオノーラ王妃陛下は、優雅に紅茶(ユーミア製『疲労回復ハーブティー・カフェイン三倍』)を啜りながら、深々と頭を下げた。
「王城の機能が完全に停止しています。結界は消え、水は濁り、自動ドアは私の顔を認識せず挟んでくる始末。……もう、あなた以外に直せる人間がいないのです」
「はあ……」
私はあからさまに嫌そうな顔をした。
「陛下のお頼みとはいえ、王都は遠いですし……。それに、あそこに行くと肌が荒れるんです(ストレスで)」
「そこをなんとか! 報酬は弾みます! 王家秘蔵の『竜の鱗』に『オリハルコンの塊』、それから……」
「行きます。明日発ちましょう」
「早っ!?」
即答した私に、隣に座っていたアレクセイ様がツッコミを入れる。
「ユーミア、お前な……。少しは躊躇しろ」
「何を言ってるんですかアレクセイ様。オリハルコンですよ? あれがあれば『絶対に焦げないフライパン』が作れるんですよ?」
「使い道が家庭的すぎる!」
こうして、私の王都行きがあっさりと決定した。
***
出発の朝。
砦の広場には、囚人護送車……もとい、豪華な馬車が二台用意されていた。
一台は、私とアレクセイ様、そして王妃陛下が乗るためのもの。
もう一台は、頑丈な鉄格子が嵌められた護送車だ。
中には、ローションまみれの鎧を剥ぎ取られ、質素な麻服に着替えさせられた元・王太子ギルバートと、その愛人(?)ミナが詰め込まれている。
「出してぇぇ! こんな狭いところ嫌だぁぁ!」
「ギルバート様、なんとかしてくださいまし! わたくし、ドレスが汚れて……!」
「うるさい! 私だって嫌だ! 母上、せめてクッションを! お尻が痛い!」
檻の中から情けない悲鳴が聞こえる。
「……賑やかですね」
私が感想を述べると、アレクセイ様は冷めた目で護送車を一瞥した。
「自業自得だ。王都に着いたら、地下牢……いや、お前の考案した『強制労働施設』行きだからな」
「あ、例の『人力発電所』ですね? ハムスターみたいに回車を回して電気を作るエコな施設です」
「……あいつらに務まるのか?」
「大丈夫です。サボると床に電気が流れる仕様ですから」
「鬼か」
私たちは護送車を見送り、王家の馬車に乗り込んだ。
王妃陛下は先に王都へ戻って準備をするとのことで、飛竜で飛び去ってしまったため、車内は私とアレクセイ様の二人きりだ。
「……ふぅ」
馬車が動き出すと、アレクセイ様はふかふかのシートに身を沈め、大きなため息をついた。
「疲れたか?」
「いえ、楽しみだなって」
私は窓の外を流れる景色を眺めた。
「王都の設備、どこまで壊れてるんでしょうね。修理もいいですが、いっそ全部壊して『王城ロボ』とかに改造しちゃおうかな」
「やめろ。国が滅ぶ」
アレクセイ様は苦笑し、自然な動作で私の手を握った。
「!」
「……王都に行けば、また忙しくなる。こうしてゆっくりできるのも、今のうちかもしれん」
彼の手は温かく、指が優しく絡められる。
いわゆる「恋人繋ぎ」というやつだ。
(うっ……相変わらず不意打ちは心臓に悪い……)
私は顔が熱くなるのを感じながら、精一杯の虚勢を張った。
「そ、そうですね。データ整理もしなきゃいけないですし」
「ユーミア」
「はい?」
「王都の連中が何を言おうと、気にするな。……お前はもう、俺の婚約者だ。誰にも文句は言わせない」
真剣な眼差し。
そこには、かつての幼馴染としての保護欲だけでなく、一人の男性としての強い独占欲が見え隠れしていた。
「……はい。頼りにしています、ダーリン」
私が冗談めかして言うと、アレクセイ様は「ぶっ」と吹き出し、耳まで真っ赤にした。
「……その呼び方は破壊力がありすぎる。禁止だ」
「えー、練習中なのに」
平和で、くすぐったい旅路。
だが、王都の城門をくぐった瞬間、その静寂は爆音によって破られることになった。
***
『ユーミア様だーーーーッ!!』
『我らが救世主! 発明の女神がお戻りだぞーー!!』
ドォォォォォン!!
王都のメインストリートに入った途端、空に花火(ユーミア製)が打ち上がった。
沿道には、黒山の人だかり。
市民たちが鈴なりになって、私たちの馬車に手を振っている。
「え、なにこれ」
私は窓から顔を出して固まった。
「ユーミア様ー! おかえりなさーい!」
「家の『自動餌やり機』が壊れたんだ! 直してくれー!」
「俺の義足の調子を見てくれ!」
「女神様! サインください! スパナに!」
歓声、悲鳴、そして修理依頼の怒号。
まるでアイドルの凱旋パレードのようだが、掲げられているプラカードの内容が「修理求む」「水漏れSOS」ばかりで、生活感が溢れすぎている。
「……すごい人気だな」
アレクセイ様も目を丸くしている。
「人気というか……これ、ただの『便利な修理屋が帰ってきた』っていう扱いじゃありません?」
「違いない」
民衆の中には、かつて私を「悪役令嬢」と陰口を叩いていた貴族たちの姿も混じっている。
彼らもまた、必死な形相で手を振っていた。
「ベルンシュタイン嬢! 以前は失礼した! だから屋敷の空調を直してくれ!」
「わたくしの美顔器が動かないの! なんとかして!」
「現金ならある! 優先的に修理を!」
プライドもへったくれもない。
快適な生活(ユーミア製魔導具)を知ってしまった人間は、それが失われた時の不便さに耐えられないのだ。
「……文明の依存度が高すぎますね。一度リセットした方がいいのでは?」
「お前がそれを言うな」
馬車は人波をかき分け、ようやく王城の門に到着した。
そこには、やつれ果てた騎士たちと、メイドたちが整列して待っていた。
「お待ちしておりました、ユーミア様……!」
侍従長が涙目で駆け寄ってくる。
その服は薄汚れており、王城の惨状を物語っていた。
「すぐに! 今すぐに中へ! トイレが……トイレがもう限界なんです!」
「わかりましたわかりました。とりあえずマスクをください。臭いがキツイ」
私は馬車を降り、懐から愛用の工具箱を取り出した。
そして、アレクセイ様に振り返ってニカっと笑った。
「さて、アレクセイ様。デートはお預けです」
「……ああ」
「ここからは――『大修理祭り(リフォーム・フェスティバル)』の開催です!」
私は白衣(ドレスの上から着用)を翻し、汚水と悲鳴が渦巻く王城へと足を踏み入れた。
「まずは配管! 次に結界! 邪魔な装飾品は全部撤去して機能性重視にするわよ! 文句がある奴はスライムの餌!」
「ひえええ! 悪役令嬢モードだ!」
「でも頼もしい!」
こうして、私の王都帰還初日は、感動の再会など吹き飛ぶほどの、怒涛の修理ラッシュで幕を開けたのだった。
だが、このドサクサに紛れて、地下牢に収監されたはずのギルバートたちが、最後の悪あがきを画策しているとは、忙殺される私はまだ気づいていなかった。
戦いの熱気も冷めやらぬ砦の応接室。
エレオノーラ王妃陛下は、優雅に紅茶(ユーミア製『疲労回復ハーブティー・カフェイン三倍』)を啜りながら、深々と頭を下げた。
「王城の機能が完全に停止しています。結界は消え、水は濁り、自動ドアは私の顔を認識せず挟んでくる始末。……もう、あなた以外に直せる人間がいないのです」
「はあ……」
私はあからさまに嫌そうな顔をした。
「陛下のお頼みとはいえ、王都は遠いですし……。それに、あそこに行くと肌が荒れるんです(ストレスで)」
「そこをなんとか! 報酬は弾みます! 王家秘蔵の『竜の鱗』に『オリハルコンの塊』、それから……」
「行きます。明日発ちましょう」
「早っ!?」
即答した私に、隣に座っていたアレクセイ様がツッコミを入れる。
「ユーミア、お前な……。少しは躊躇しろ」
「何を言ってるんですかアレクセイ様。オリハルコンですよ? あれがあれば『絶対に焦げないフライパン』が作れるんですよ?」
「使い道が家庭的すぎる!」
こうして、私の王都行きがあっさりと決定した。
***
出発の朝。
砦の広場には、囚人護送車……もとい、豪華な馬車が二台用意されていた。
一台は、私とアレクセイ様、そして王妃陛下が乗るためのもの。
もう一台は、頑丈な鉄格子が嵌められた護送車だ。
中には、ローションまみれの鎧を剥ぎ取られ、質素な麻服に着替えさせられた元・王太子ギルバートと、その愛人(?)ミナが詰め込まれている。
「出してぇぇ! こんな狭いところ嫌だぁぁ!」
「ギルバート様、なんとかしてくださいまし! わたくし、ドレスが汚れて……!」
「うるさい! 私だって嫌だ! 母上、せめてクッションを! お尻が痛い!」
檻の中から情けない悲鳴が聞こえる。
「……賑やかですね」
私が感想を述べると、アレクセイ様は冷めた目で護送車を一瞥した。
「自業自得だ。王都に着いたら、地下牢……いや、お前の考案した『強制労働施設』行きだからな」
「あ、例の『人力発電所』ですね? ハムスターみたいに回車を回して電気を作るエコな施設です」
「……あいつらに務まるのか?」
「大丈夫です。サボると床に電気が流れる仕様ですから」
「鬼か」
私たちは護送車を見送り、王家の馬車に乗り込んだ。
王妃陛下は先に王都へ戻って準備をするとのことで、飛竜で飛び去ってしまったため、車内は私とアレクセイ様の二人きりだ。
「……ふぅ」
馬車が動き出すと、アレクセイ様はふかふかのシートに身を沈め、大きなため息をついた。
「疲れたか?」
「いえ、楽しみだなって」
私は窓の外を流れる景色を眺めた。
「王都の設備、どこまで壊れてるんでしょうね。修理もいいですが、いっそ全部壊して『王城ロボ』とかに改造しちゃおうかな」
「やめろ。国が滅ぶ」
アレクセイ様は苦笑し、自然な動作で私の手を握った。
「!」
「……王都に行けば、また忙しくなる。こうしてゆっくりできるのも、今のうちかもしれん」
彼の手は温かく、指が優しく絡められる。
いわゆる「恋人繋ぎ」というやつだ。
(うっ……相変わらず不意打ちは心臓に悪い……)
私は顔が熱くなるのを感じながら、精一杯の虚勢を張った。
「そ、そうですね。データ整理もしなきゃいけないですし」
「ユーミア」
「はい?」
「王都の連中が何を言おうと、気にするな。……お前はもう、俺の婚約者だ。誰にも文句は言わせない」
真剣な眼差し。
そこには、かつての幼馴染としての保護欲だけでなく、一人の男性としての強い独占欲が見え隠れしていた。
「……はい。頼りにしています、ダーリン」
私が冗談めかして言うと、アレクセイ様は「ぶっ」と吹き出し、耳まで真っ赤にした。
「……その呼び方は破壊力がありすぎる。禁止だ」
「えー、練習中なのに」
平和で、くすぐったい旅路。
だが、王都の城門をくぐった瞬間、その静寂は爆音によって破られることになった。
***
『ユーミア様だーーーーッ!!』
『我らが救世主! 発明の女神がお戻りだぞーー!!』
ドォォォォォン!!
王都のメインストリートに入った途端、空に花火(ユーミア製)が打ち上がった。
沿道には、黒山の人だかり。
市民たちが鈴なりになって、私たちの馬車に手を振っている。
「え、なにこれ」
私は窓から顔を出して固まった。
「ユーミア様ー! おかえりなさーい!」
「家の『自動餌やり機』が壊れたんだ! 直してくれー!」
「俺の義足の調子を見てくれ!」
「女神様! サインください! スパナに!」
歓声、悲鳴、そして修理依頼の怒号。
まるでアイドルの凱旋パレードのようだが、掲げられているプラカードの内容が「修理求む」「水漏れSOS」ばかりで、生活感が溢れすぎている。
「……すごい人気だな」
アレクセイ様も目を丸くしている。
「人気というか……これ、ただの『便利な修理屋が帰ってきた』っていう扱いじゃありません?」
「違いない」
民衆の中には、かつて私を「悪役令嬢」と陰口を叩いていた貴族たちの姿も混じっている。
彼らもまた、必死な形相で手を振っていた。
「ベルンシュタイン嬢! 以前は失礼した! だから屋敷の空調を直してくれ!」
「わたくしの美顔器が動かないの! なんとかして!」
「現金ならある! 優先的に修理を!」
プライドもへったくれもない。
快適な生活(ユーミア製魔導具)を知ってしまった人間は、それが失われた時の不便さに耐えられないのだ。
「……文明の依存度が高すぎますね。一度リセットした方がいいのでは?」
「お前がそれを言うな」
馬車は人波をかき分け、ようやく王城の門に到着した。
そこには、やつれ果てた騎士たちと、メイドたちが整列して待っていた。
「お待ちしておりました、ユーミア様……!」
侍従長が涙目で駆け寄ってくる。
その服は薄汚れており、王城の惨状を物語っていた。
「すぐに! 今すぐに中へ! トイレが……トイレがもう限界なんです!」
「わかりましたわかりました。とりあえずマスクをください。臭いがキツイ」
私は馬車を降り、懐から愛用の工具箱を取り出した。
そして、アレクセイ様に振り返ってニカっと笑った。
「さて、アレクセイ様。デートはお預けです」
「……ああ」
「ここからは――『大修理祭り(リフォーム・フェスティバル)』の開催です!」
私は白衣(ドレスの上から着用)を翻し、汚水と悲鳴が渦巻く王城へと足を踏み入れた。
「まずは配管! 次に結界! 邪魔な装飾品は全部撤去して機能性重視にするわよ! 文句がある奴はスライムの餌!」
「ひえええ! 悪役令嬢モードだ!」
「でも頼もしい!」
こうして、私の王都帰還初日は、感動の再会など吹き飛ぶほどの、怒涛の修理ラッシュで幕を開けたのだった。
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