断罪!婚約破棄され、念願の「肉食生活」を求めて辺境へ

ちゃっぴー

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ガイ様に案内された食堂は、王都のそれとは正反対の空間だった。

壁には巨大な鹿の剥製が飾られ、磨き抜かれた長机は一本の巨木から作られたような荒々しさがある。
そして何より、部屋全体に漂う「焼きたての肉」の香りが、私の鼻腔を暴力的に愛撫した。

「……座れ。着替えは後だ。冷めちまうからな」

「はい! 喜んで!」

私は旅の汚れも気にせず、言われるがままに席についた。
すると、厨房から大きな鉄板を持った無骨な使用人たちが現れた。

ジュウウウ、という心地よい重低音。
運ばれてきたのは、先ほどガイ様が担いでいた猪の……おそらくロースの部分だ。
味付けはシンプルに塩とスパイス、そして肉自身の脂。

「さあ、食え。王都のひょろい王子様が食うような、上品なソースなんてねえぞ」

ガイ様が私の向かい側に座り、自分の分をナイフで豪快に切り裂く。
私は深く息を吸い込み、目の前の「命の塊」と対峙した。

(この香り……。野生の力強さの中に、木の実のような芳醇な甘みを感じるわ……!)

私はナイフを手に取り、肉に刃を入れた。
驚くほど柔らかい。
断面から溢れ出す肉汁は、まるでルビーのように輝いている。

一口、口に含んだ瞬間――。

「……っ!!」

私の脳内で、野生の猪が草原を駆け抜けた。

「……ガイ様。この猪、ただの野生ではありませんわね?」

「ああ? 何が言いたい」

「この脂の融点の低さ……口の中でとろけるような甘み……。これは、冬に備えて良質なドングリをたっぷり食べた、最高級の個体ですわ! しかも、血抜きの技術が完璧です。一撃で絶命させたからこそ、この雑味のない清らかな味わいが実現している……!」

私は夢中で解説しながら、次の一切れを口に運んだ。
止まらない。
咀嚼するたびに、私の全身の細胞が「これだよ、これ!」と歓喜の声を上げている。

「…………」

ガイ様が、フォークを止めて私を凝視している。

「……何かしら? 私の食べ方が、汚かったでしょうか」

「いや。……あんた、本当に公爵令嬢か? 猪の脂の融点なんて言葉、王都の人間から聞いたのは初めてだぞ」

「あら、肉を愛する者にとって、融点は常識ですわ。あ、この端っこのカリカリに焼けた部分……ここが一番の宝物ですわね!」

私は骨に近い、脂の乗った部分を愛おしそうに頬張った。
幸せだ。
追放バンザイ。
婚約破棄、万々歳ですわ!

「……ふん。気に入ったならいくらでも食え。ここには、肉だけは腐るほどあるからな」

「まあ! なんて素敵なプロポーズかしら!」

「食わせるって言っただけで、結婚するとは言ってねえだろ!」

ガイ様が顔を赤くして怒鳴るが、その瞳には少しだけ温かな色が混じっているように見えた。
彼はぶっきらぼうだが、自分の育てた、あるいは仕留めた「肉」を褒められるのは悪い気がしないらしい。

「ガイ様、一つ伺ってもよろしいかしら」

「なんだ」

「巷では、あなたのことを『野獣公爵』と呼び、近づく者を食い殺すと恐れていますけれど……」

「……ああ。そう思わせておいた方が、王都の面倒な連中が来なくて済むからな」

ガイ様はワインをあおり、自嘲気味に笑った。

「あんたも、俺のこのツラと屋敷を見て、逃げ出したくなっただろ」

「まさか! むしろ逆ですわ!」

私は身を乗り出して、力説した。

「飾り立てた虚飾の王都よりも、ここには『真実の味』があります! 私、決めましたわ。このベルフェゴール領を、世界一の『肉の楽園』にするお手伝いをさせてください!」

「……手伝いだぁ?」

「はい。私はただ食べるだけではありません。美味しい肉をより美味しく、そして多くの人に知らしめる『悪役令嬢流・肉食マーケティング』を展開いたしますわ!」

「……よく分からねえが、勝手にしろ。ただし、俺の牛に指一本触れさせるなよ」

「ええ、もちろん! 触れるのは、調理する時だけですわ!」

「それが一番危ねえんだよ!」

ガイ様の鋭いツッコミが飛ぶ。
けれど、食卓の空気はどこか和やかだった。

(ふふ。ガイ様、あなたのその逞しい腕があれば、どんな巨大な獲物もイチコロですわね。……食べちゃいたいくらい、素敵ですわ)

私の視線が、ガイ様の筋肉質な二の腕に注がれる。
ガイ様は「……なんだか、食われる獲物の気分だぜ」と身震いしながら、慌てて肉を口に押し込んでいた。

その頃、王都ではエドワード王子が、もやしばかりの晩餐に絶望しているとも知らずに。
パールの新しい人生は、脂の乗った最高のスタートを切ったのである。
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