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「パ、パール……! そこに、そこにいるのか……!」
もうもうと立ち込める香ばしい煙の向こうから、一人の男がフラフラと現れた。
かつての輝きはどこへやら、エドワード王子の頬はこけ、瞳は落ち窪んでいる。
跨っている白馬までもが、道端の草をむさぼり食いながら今にも膝をつきそうだ。
「あら、エドワード殿下。そんなにやつれて……。新しいもやしダイエットの効果は絶大なようですわね」
私は、手に持った黄金色のソーセージをひっくり返しながら、優雅に微笑んだ。
もちろん、手にはトング。腰には解体ナイフ。
王都の淑女が見れば気絶するような「野性味あふれる公爵令嬢」の姿だ。
「パール! ああ、可哀想に……。やはり君は、あの野獣に無理やり肉を焼かされていたのだね!」
「……は?」
「その脂に汚れたエプロン、ススがついた頬……。君の清らかな魂が、肉の油で塗りつぶされようとしている! さあ、私の手を取りたまえ! 今すぐ王都へ戻り、豆苗のスープでその胃袋を浄化するんだ!」
エドワードが、震える手を私に差し出す。
その後ろでは、這いつくばった王都の兵士たちが「豆苗はもう嫌だ……」「俺を脂で溺れさせてくれ……」と呻いている。
「殿下、一つだけよろしいかしら」
「なんだい? 愛の告白かな?」
「私のエプロンを汚しているのは、最高級の黒鉄牛から溢れ出た『命の輝き(肉汁)』です。これを汚れと呼ぶなんて、万死に値しますわ」
私は冷たく言い放ち、トングをカチカチと威嚇するように鳴らした。
「それに、豆苗で浄化? 失礼な。私の胃袋は今、ガイ様が厳選した特上カルビによって、この世で最も神聖な『肉の聖域』と化しておりますの。もやし一本入る隙間もありませんわ!」
「なっ……! 君は、君は本当に洗脳されているんだ! その男、ガイ・ベルフェゴールに!」
その時、私の背後から巨大な影が音もなく現れた。
「……おい。誰が誰を洗脳したって?」
地を這うような低い声。
ガイ様が、私の肩にその逞しい手を置いた。
エドワードと比較すると、もはや同じ人間とは思えないほどの体格差だ。
「ひっ、ひいいっ! で、出たな、野獣公爵!」
「野獣で結構だ。だがな、もやし王子。お前はパールのことを何一つ分かっちゃいねえ」
ガイ様は、私の手からトングをひょいと取り上げると、網の上で一番分厚いステーキを指した。
「この肉の表面、わずかに反っているのが分かるか? これは、中の肉汁が熱によって膨張し、今まさに『最高潮』に達している証拠だ」
「……な、何を言って……」
「パールはこの一瞬のために、火力をミリ単位で調整し、スパイスの配合を風向きに合わせて変えているんだ。これは洗脳じゃねえ。……『至高の探求』だ」
ガイ様がステーキを一気にひっくり返す。
ジュワアアァァ!! という暴力的な快音が響き、エドワードの鼻腔に強烈な脂の香りが突き刺さった。
「……う、ううっ。いい匂いだ……。いや、だめだ、惑わされるな!」
「お前に、この肉を焼くためにパールがどれほど楽しそうにナイフを研いでいるか分かるか? お前に、この肉を食った後の彼女が、どれほど愛らしい笑顔を見せるか知ってるか?」
ガイ様が、一歩、また一歩とエドワードを追い詰める。
その威圧感は、飢えた虎のようだ。
「……知らないだろ。お前は彼女を、自分の横でサラダを食うだけの『飾り』だと思ってたんだからな」
「そ、それは……! それが、高貴なる者のマナーであり……」
「マナーで腹が膨れるか。俺は、パールと一緒にこの肉を一生分かち合うと決めた。お前みたいな、肉の融点も知らねえ男に、彼女を渡すつもりはねえ」
「肉の、ゆうてん……?」
エドワードが呆然とする中、私は出来立ての串焼きを一本、彼の鼻先に突きつけた。
「殿下。これが最後通牒ですわ。これを食べて王都へ帰り、一生もやしを噛み締めていなさい。……それとも、今すぐその馬を置いて、ここで私たちの『肉の奴隷』になりますか?」
「に、肉の……奴隷……?」
エドワードの瞳に、抗えない食欲と、パールの変貌に対する恐怖が入り混じる。
「……うう、パール……。君は、君は本当に……っ!」
エドワードは串焼きを奪い取るように掴むと、涙を流しながら叫んだ。
「――っ! なんて、なんて不埒な美味さだ! 私は、私は負けないぞ! いつか、いつか最高のもやしを開発して、君を後悔させてやるからな!!」
そう叫びながら、エドワードは串焼きを口いっぱいに頬張り、ガリガリの馬を走らせて王都へと逃げ帰っていった。
その後ろを、這いつくばっていた兵士たちが「待ってください殿下! 俺たちにも一口!」と、ゾンビのように追いかけていく。
「……行っちゃいましたわね」
私は、土煙を見送った。
「ああ。……まあ、あいつには二度と肉を食う資格はねえな」
ガイ様はトングを置き、私の腰をグイッと引き寄せた。
「それより、パール。肉が冷める。……続き、食うぞ」
「はい、ガイ様! 今度は、あの希少部位を焼きましょう!」
辺境の境界線に、再び平和な(そして脂っこい)空気が戻ってきた。
エドワードとの決別。それは、私にとって「もやし」との完全なる決別でもあったのだ。
もうもうと立ち込める香ばしい煙の向こうから、一人の男がフラフラと現れた。
かつての輝きはどこへやら、エドワード王子の頬はこけ、瞳は落ち窪んでいる。
跨っている白馬までもが、道端の草をむさぼり食いながら今にも膝をつきそうだ。
「あら、エドワード殿下。そんなにやつれて……。新しいもやしダイエットの効果は絶大なようですわね」
私は、手に持った黄金色のソーセージをひっくり返しながら、優雅に微笑んだ。
もちろん、手にはトング。腰には解体ナイフ。
王都の淑女が見れば気絶するような「野性味あふれる公爵令嬢」の姿だ。
「パール! ああ、可哀想に……。やはり君は、あの野獣に無理やり肉を焼かされていたのだね!」
「……は?」
「その脂に汚れたエプロン、ススがついた頬……。君の清らかな魂が、肉の油で塗りつぶされようとしている! さあ、私の手を取りたまえ! 今すぐ王都へ戻り、豆苗のスープでその胃袋を浄化するんだ!」
エドワードが、震える手を私に差し出す。
その後ろでは、這いつくばった王都の兵士たちが「豆苗はもう嫌だ……」「俺を脂で溺れさせてくれ……」と呻いている。
「殿下、一つだけよろしいかしら」
「なんだい? 愛の告白かな?」
「私のエプロンを汚しているのは、最高級の黒鉄牛から溢れ出た『命の輝き(肉汁)』です。これを汚れと呼ぶなんて、万死に値しますわ」
私は冷たく言い放ち、トングをカチカチと威嚇するように鳴らした。
「それに、豆苗で浄化? 失礼な。私の胃袋は今、ガイ様が厳選した特上カルビによって、この世で最も神聖な『肉の聖域』と化しておりますの。もやし一本入る隙間もありませんわ!」
「なっ……! 君は、君は本当に洗脳されているんだ! その男、ガイ・ベルフェゴールに!」
その時、私の背後から巨大な影が音もなく現れた。
「……おい。誰が誰を洗脳したって?」
地を這うような低い声。
ガイ様が、私の肩にその逞しい手を置いた。
エドワードと比較すると、もはや同じ人間とは思えないほどの体格差だ。
「ひっ、ひいいっ! で、出たな、野獣公爵!」
「野獣で結構だ。だがな、もやし王子。お前はパールのことを何一つ分かっちゃいねえ」
ガイ様は、私の手からトングをひょいと取り上げると、網の上で一番分厚いステーキを指した。
「この肉の表面、わずかに反っているのが分かるか? これは、中の肉汁が熱によって膨張し、今まさに『最高潮』に達している証拠だ」
「……な、何を言って……」
「パールはこの一瞬のために、火力をミリ単位で調整し、スパイスの配合を風向きに合わせて変えているんだ。これは洗脳じゃねえ。……『至高の探求』だ」
ガイ様がステーキを一気にひっくり返す。
ジュワアアァァ!! という暴力的な快音が響き、エドワードの鼻腔に強烈な脂の香りが突き刺さった。
「……う、ううっ。いい匂いだ……。いや、だめだ、惑わされるな!」
「お前に、この肉を焼くためにパールがどれほど楽しそうにナイフを研いでいるか分かるか? お前に、この肉を食った後の彼女が、どれほど愛らしい笑顔を見せるか知ってるか?」
ガイ様が、一歩、また一歩とエドワードを追い詰める。
その威圧感は、飢えた虎のようだ。
「……知らないだろ。お前は彼女を、自分の横でサラダを食うだけの『飾り』だと思ってたんだからな」
「そ、それは……! それが、高貴なる者のマナーであり……」
「マナーで腹が膨れるか。俺は、パールと一緒にこの肉を一生分かち合うと決めた。お前みたいな、肉の融点も知らねえ男に、彼女を渡すつもりはねえ」
「肉の、ゆうてん……?」
エドワードが呆然とする中、私は出来立ての串焼きを一本、彼の鼻先に突きつけた。
「殿下。これが最後通牒ですわ。これを食べて王都へ帰り、一生もやしを噛み締めていなさい。……それとも、今すぐその馬を置いて、ここで私たちの『肉の奴隷』になりますか?」
「に、肉の……奴隷……?」
エドワードの瞳に、抗えない食欲と、パールの変貌に対する恐怖が入り混じる。
「……うう、パール……。君は、君は本当に……っ!」
エドワードは串焼きを奪い取るように掴むと、涙を流しながら叫んだ。
「――っ! なんて、なんて不埒な美味さだ! 私は、私は負けないぞ! いつか、いつか最高のもやしを開発して、君を後悔させてやるからな!!」
そう叫びながら、エドワードは串焼きを口いっぱいに頬張り、ガリガリの馬を走らせて王都へと逃げ帰っていった。
その後ろを、這いつくばっていた兵士たちが「待ってください殿下! 俺たちにも一口!」と、ゾンビのように追いかけていく。
「……行っちゃいましたわね」
私は、土煙を見送った。
「ああ。……まあ、あいつには二度と肉を食う資格はねえな」
ガイ様はトングを置き、私の腰をグイッと引き寄せた。
「それより、パール。肉が冷める。……続き、食うぞ」
「はい、ガイ様! 今度は、あの希少部位を焼きましょう!」
辺境の境界線に、再び平和な(そして脂っこい)空気が戻ってきた。
エドワードとの決別。それは、私にとって「もやし」との完全なる決別でもあったのだ。
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