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ベルフェゴール領が、年に一度の「大収穫祭」に向けて活気づき始めた頃。
私とガイ様は、広場で祭りの目玉となる「黒鉄牛の丸焼き」用の巨大回転串を吟味していた。
「ガイ様、この軸の太さでは、私の狙う『十歳若返る脂身』の重さに耐えきれませんわ。もっと、こう……城の門を支える柱のような強固な鉄棒を!」
「……パール、お前は牛を焼くのか、それとも要塞を築くのか、どっちだ」
ガイ様が呆れたように笑った、その時だった。
「――おーっほっほっほ! 相変わらず、野蛮な音を立てていますわね、ガイ様!」
広場を裂くような高らかな高笑い。
砂埃を上げて止まった豪華な馬車から、金髪を縦ロールに固めた、いかにも「王都の貴族」といった風貌の女性が降りてきた。
「あら。ガイ様、その汚いエプロンをした女は何かしら? 新しい調理人? それとも、家畜の世話係?」
女性は扇で鼻を押さえながら、私を汚物でも見るような目で見下ろした。
私は、手に持っていた「肉の脂を拭くための雑巾」を握りしめ、静かに問いかけた。
「……ガイ様。この、見るからに『繊維質が多そうで噛み切りにくそうなアスパラガス』のような方は、どなたかしら?」
「あ、アスパラ!? 失礼な! 私はカトリーヌ・ド・マヨネーズ。ガイ様の正当なる『婚約者候補』ですわ!」
カトリーヌと名乗った女性は、胸を張って言い放った。
「婚約者……候補?」
私がガイ様をじろりと見上げると、彼は目に見えて狼狽し、激しく首を振った。
「ち、違うぞパール! 親同士が勝手に十年前くらいに言ってただけの話だ。俺は一度も頷いちゃいねえ!」
「あら、ガイ様。照れなくてよろしいのよ。王都では、私こそが辺境公爵夫人にふさわしいと噂ですわ。こんな、肉の匂いをプンプンさせている下品な女よりもね!」
カトリーヌは私に歩み寄り、扇の先で私の胸元を突いた。
「いいですか、泥棒猫さん。公爵夫人たるもの、最高級のシルクを纏い、最高級の香水をつけ、最高級の……そう、一欠片のキャビアを優雅に食すのが務めですの。あなたのように、血なまぐさい肉に齧り付くなんて、淑女の風上にも置けませんわ!」
私は、深いため息をついた。
あまりにも、この女性は分かっていない。
「……カトリーヌ様とおっしゃいましたか。あなた、先ほど『キャビア』を最高級と仰いましたわね?」
「ええ、そうですわよ。海の宝石ですわ」
「笑わせないで。あんな魚の卵、口の中で弾けるだけで、胃袋に響くような『重厚な旨味』がどこにありますの? あなたは、牛が一生をかけて蓄積した、あのナッツのような香りがする熟成脂を知らないのですか?」
「……は、熟成……あぶら?」
カトリーヌがポカンとする中、私は一歩詰め寄った。
「いいですか。最高級の香水よりも、炭火で焼かれた脂が弾ける音の方が、どれだけ人の心を震わせるか。最高級のシルクよりも、ローストビーフを包むアルミホイルの方が、どれだけ輝いて見えるか! あなたには、その真実が見えていなくてよ!」
「な、何を言っているの……!? この女、狂っているわ!」
「狂っているのは、肉の融点も知らないあなたの頭ですわ! ガイ様! あちらにある、昨日から仕込んでおいた『黒鉄牛の四十八時間熟成ステーキ』を持ってきてちょうだい!」
「……ああ。おい、カトリーヌ。お前は俺の隣に立つ資格はねえ。なぜなら、お前は肉を見て『美味しそう』ではなく『汚い』と言ったからだ」
ガイ様が冷たく言い放つと、私の持ってきたステーキをカトリーヌの目の前に差し出した。
極厚の肉。
表面にはルビーのような肉汁が浮き、芸術的な焼き色がつけられている。
「……っ!!」
カトリーヌはその圧倒的な「肉の圧力」にたじろぎ、一歩、また一歩と後退した。
「さあ、カトリーヌ様。これを一口でも食べて、なお『キャビアの方が上だ』と言い張れるなら、私はこのエプロンを脱いで王都へ帰りましょう。……けれど、食べられないのなら、その縦ロールをソーセージに見立ててお土産にして差し上げますわ!」
「ひ、ひいいいいっ!! 肉の化け物! こんな野蛮な土地、こっちから願い下げですわ!」
カトリーヌは悲鳴を上げると、スカートを振り乱して馬車に飛び乗り、脱兎のごとく去っていった。
残されたのは、舞い上がる砂埃と、美味しそうなステーキだけだった。
「……ふう。騒がしいアスパラでしたわね、ガイ様」
「……パール。お前の『肉の知識』で追い払うのはいいが、最後の方は少し怖かったぞ」
「あら、そうですか? 私はただ、彼女に食教育を施して差し上げようと思っただけですのに」
私はステーキを口に運び、満足げに微笑んだ。
ガイ様は、そんな私の頭を乱暴に、けれど愛おしそうに撫でた。
「……まあ、いい。俺には、お前以上に肉を愛するパートナーは考えられねえよ」
「ガイ様……! では、今の言葉を、このステーキの最後の一切れを分け合うことで誓いましょう!」
収穫祭を前に、パールの「正妻(肉愛好家)としての地位」は、より一層強固なものとなったのである。
私とガイ様は、広場で祭りの目玉となる「黒鉄牛の丸焼き」用の巨大回転串を吟味していた。
「ガイ様、この軸の太さでは、私の狙う『十歳若返る脂身』の重さに耐えきれませんわ。もっと、こう……城の門を支える柱のような強固な鉄棒を!」
「……パール、お前は牛を焼くのか、それとも要塞を築くのか、どっちだ」
ガイ様が呆れたように笑った、その時だった。
「――おーっほっほっほ! 相変わらず、野蛮な音を立てていますわね、ガイ様!」
広場を裂くような高らかな高笑い。
砂埃を上げて止まった豪華な馬車から、金髪を縦ロールに固めた、いかにも「王都の貴族」といった風貌の女性が降りてきた。
「あら。ガイ様、その汚いエプロンをした女は何かしら? 新しい調理人? それとも、家畜の世話係?」
女性は扇で鼻を押さえながら、私を汚物でも見るような目で見下ろした。
私は、手に持っていた「肉の脂を拭くための雑巾」を握りしめ、静かに問いかけた。
「……ガイ様。この、見るからに『繊維質が多そうで噛み切りにくそうなアスパラガス』のような方は、どなたかしら?」
「あ、アスパラ!? 失礼な! 私はカトリーヌ・ド・マヨネーズ。ガイ様の正当なる『婚約者候補』ですわ!」
カトリーヌと名乗った女性は、胸を張って言い放った。
「婚約者……候補?」
私がガイ様をじろりと見上げると、彼は目に見えて狼狽し、激しく首を振った。
「ち、違うぞパール! 親同士が勝手に十年前くらいに言ってただけの話だ。俺は一度も頷いちゃいねえ!」
「あら、ガイ様。照れなくてよろしいのよ。王都では、私こそが辺境公爵夫人にふさわしいと噂ですわ。こんな、肉の匂いをプンプンさせている下品な女よりもね!」
カトリーヌは私に歩み寄り、扇の先で私の胸元を突いた。
「いいですか、泥棒猫さん。公爵夫人たるもの、最高級のシルクを纏い、最高級の香水をつけ、最高級の……そう、一欠片のキャビアを優雅に食すのが務めですの。あなたのように、血なまぐさい肉に齧り付くなんて、淑女の風上にも置けませんわ!」
私は、深いため息をついた。
あまりにも、この女性は分かっていない。
「……カトリーヌ様とおっしゃいましたか。あなた、先ほど『キャビア』を最高級と仰いましたわね?」
「ええ、そうですわよ。海の宝石ですわ」
「笑わせないで。あんな魚の卵、口の中で弾けるだけで、胃袋に響くような『重厚な旨味』がどこにありますの? あなたは、牛が一生をかけて蓄積した、あのナッツのような香りがする熟成脂を知らないのですか?」
「……は、熟成……あぶら?」
カトリーヌがポカンとする中、私は一歩詰め寄った。
「いいですか。最高級の香水よりも、炭火で焼かれた脂が弾ける音の方が、どれだけ人の心を震わせるか。最高級のシルクよりも、ローストビーフを包むアルミホイルの方が、どれだけ輝いて見えるか! あなたには、その真実が見えていなくてよ!」
「な、何を言っているの……!? この女、狂っているわ!」
「狂っているのは、肉の融点も知らないあなたの頭ですわ! ガイ様! あちらにある、昨日から仕込んでおいた『黒鉄牛の四十八時間熟成ステーキ』を持ってきてちょうだい!」
「……ああ。おい、カトリーヌ。お前は俺の隣に立つ資格はねえ。なぜなら、お前は肉を見て『美味しそう』ではなく『汚い』と言ったからだ」
ガイ様が冷たく言い放つと、私の持ってきたステーキをカトリーヌの目の前に差し出した。
極厚の肉。
表面にはルビーのような肉汁が浮き、芸術的な焼き色がつけられている。
「……っ!!」
カトリーヌはその圧倒的な「肉の圧力」にたじろぎ、一歩、また一歩と後退した。
「さあ、カトリーヌ様。これを一口でも食べて、なお『キャビアの方が上だ』と言い張れるなら、私はこのエプロンを脱いで王都へ帰りましょう。……けれど、食べられないのなら、その縦ロールをソーセージに見立ててお土産にして差し上げますわ!」
「ひ、ひいいいいっ!! 肉の化け物! こんな野蛮な土地、こっちから願い下げですわ!」
カトリーヌは悲鳴を上げると、スカートを振り乱して馬車に飛び乗り、脱兎のごとく去っていった。
残されたのは、舞い上がる砂埃と、美味しそうなステーキだけだった。
「……ふう。騒がしいアスパラでしたわね、ガイ様」
「……パール。お前の『肉の知識』で追い払うのはいいが、最後の方は少し怖かったぞ」
「あら、そうですか? 私はただ、彼女に食教育を施して差し上げようと思っただけですのに」
私はステーキを口に運び、満足げに微笑んだ。
ガイ様は、そんな私の頭を乱暴に、けれど愛おしそうに撫でた。
「……まあ、いい。俺には、お前以上に肉を愛するパートナーは考えられねえよ」
「ガイ様……! では、今の言葉を、このステーキの最後の一切れを分け合うことで誓いましょう!」
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