王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

文字の大きさ
16 / 28

16

しおりを挟む
「……はぁ、お腹いっぱい。ボス、私、もう一歩も動けません。このままこの絨毯の上で、一生を終えても後悔はありませんわ」

アストレア公爵邸のサロン。
メリルは高級なクッキーの空箱を抱えたまま、ソファでだらしなく手足を伸ばしていた。
その姿には、かつての「可憐な男爵令嬢」という面影は、微塵も残っていない。

「だらしないですよ、メリル。あなたは私の『第一秘書』なのですから、せめて人の形を保ちなさいな。それに、一生を終えるにはまだ早すぎますわ。あなたには、もっと重要な『プロジェクト』が残っていますもの」

私は手元の書類から顔を上げ、ソファでとろけている彼女に冷ややかな、しかし慈悲深い視線を向けた。

「プロジェクト……? 新しい取引先の開拓ですか? それとも王子の藁布団を、さらにチクチクする素材に取り替える極秘任務ですか?」

「いいえ。あなたの『終身雇用先』の確保……つまり、結婚ですわ」

その瞬間、メリルが「ごふっ」という変な声を上げて飛び起きた。
クッキーの粉が絨毯に舞うが、今はそれを咎めている場合ではない。

「け、結婚!? ボス、私をクビにするんですか!? 私、何か不手際をしましたか!? 昨日、ボスのプリンを一口だけ盗み食いしたのがバレましたか!?」

「……プリンの件は後でお説教するとして。クビではありませんわ。むしろ、アストレア家との繋がりをより強固にするための、戦略的縁談です」

私はベルを鳴らし、扉の外に控えていた人物を呼び入れた。

「失礼いたします。お呼びでしょうか、ラーニャ様」

入ってきたのは、我が公爵家の騎士団を束ねる若き副団長、ガウェインだった。
彼は身の丈二メートル近い巨躯を誇り、鋼のような筋肉を制服の下に隠し持っている。
無骨だが誠実、そして何より、王家の迷走に一切加担しなかった潔癖な男だ。

「ガウェイン。こちらが私の秘書、メリルです。メリル、彼はガウェイン。我が家の治安維持と、物理的な問題解決のスペシャリストよ」

ガウェインは無口に、しかし丁寧な所作でメリルの前に膝をついた。
その腕の太さは、メリルのウエストほどもある。

「初めまして、メリル嬢。閣下とラーニャ様から、お噂はかねがね。……食欲旺盛で、現実的な素晴らしい女性だと伺っております」

「……あ、あ、あの……。えーと……その、腕……」

メリルが呆然とした様子で、ガウェインの腕を指差した。

「腕、ですか? 不快でしたら隠しますが。日々の鍛錬で、少々太くなりすぎてしまいまして」

「……いいえ! 隠さないで! むしろもっと見せてください! なんですか、その……丸太みたいな上腕二頭筋は! あのアホ王子の、もやしみたいな腕とは大違いですわ!」

メリルはソファから滑り落ちるようにして、ガウェインに歩み寄った。
そして、恐る恐る彼の腕をツンツンと突き始める。

「硬い……! 岩のようですわ! これなら、どんな暴徒が来ても安心ですし、何より冬は暖かそうです! ボス、彼の年収と、加入している保険の種類を教えてください!」

「公爵家の副団長ですから、固定給は王子の生活費の五倍。生命保険、医療保険完備。さらに、殉職時の遺族年金も非常に手厚いですわ」

「結婚します! 私、この筋肉と結婚します!」

メリルの即答に、流石のガウェインも少し呆気にとられたようだが、彼はふっと口元を緩めた。

「……面白い方だ。私は、着飾ることにしか興味のない令嬢よりも、あなたのようにはっきりと目的を語る女性の方が、信頼できる」

「お、目的……? 私の目的は、安定した生活と美味しいご飯、そしていざという時に自分を盾にして守ってくれる分厚い大胸筋ですわ!」

「承知した。私の体は、今日からあなたの盾になろう。……もちろん、あなたが私に『美味しい食事』を作ってくれるならの話だが」

「作りますわ! 公爵家の厨房から、秘書の権限で最高級のレシピと食材を横流し……いえ、正当な手続きで調達してきます!」

目の前で、あまりに事務的で、しかし妙に熱量の高いカップルが誕生した。
愛だの恋だのというふわふわした言葉は一切ないが、そこには「相互利益」という、この世で最も強固な絆が結ばれていた。

「よかったわね、メリル。これで老後の心配もなくなったわけだわ」

「ボス! 私、今人生で一番幸せです! 王子に婚約破棄されて、本当に良かった! 筋肉は裏切らない! 筋肉は嘘をつかない!」

メリルがガウェインの腕にしがみついて叫んでいる。
これでもう、王子が何を仕掛けてきても安心だ。物理的に。

「……さて。ヒロインの幸せも確保しましたし。次は、あの王子の『最後の希望』を、木っ端微塵に粉砕しに行きましょうか」

私は、幸せそうな二人を眺めながら、次の作戦へと意識を向けた。
あのアホ王子が、今頃「メリルは僕を助けに来てくれる」と信じているかと思うと、可笑しくて仕方がなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※短編です。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4800文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...