自由、独身サイコー!婚約破棄された瞬間にガッツポーズ!

ちゃっぴー

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目の前に立つ男の威圧感は、並大抵のものではなかった。
夜の闇に溶け込むような黒い軍服、そして彫刻のように深く刻まれた険しい貌。
彼こそが、戦場での無慈悲な采配から『処刑公爵』と恐れられるゼノス・ガルシア公爵その人だ。

普通の令嬢なら、この至近距離で睨まれただけで卒倒するだろう。
けれど、先ほど婚約破棄という名の『自由チケット』を手に入れたばかりの私にとって、彼の強面はむしろ清々しく感じられた。

「……面白い女だと言いました、公爵様?」

私はドレスの裾をつまみ、完璧な……そしてどこか挑戦的なお辞儀をしてみせた。

「ああ。婚約を破棄されてガッツポーズをする令嬢など、後にも先にもお前くらいだろう。ベルベット侯爵家のカルア令嬢だったか」

ゼノス公爵の声は、低く、腹の底に響くような震動を伴っていた。
その瞳は冷徹そのものだが、どこか呆れたような色も混じっている。

「あら、見ていらしたのね。お恥ずかしい……と言いたいところですが、本心ですので。あんな前髪命のナルシスト殿下と結婚するなんて、人生の墓場を通り越して地獄行き確定ですもの」

「……殿下をそこまでボロクソに言うとは。不敬罪で捕まるのが怖くないのか?」

「捕まえてくださる? 牢屋なら三食昼寝付きでしょう? 今の私には、実家に戻るよりも魅力的な提案ですわ」

私がケラケラと笑うと、公爵は眉間の皺をさらに深くした。
一瞬、彼の手が腰の剣に伸びたように見えて、私は期待に胸を躍らせた。
斬られるのは困るけれど、この退屈な夜会をぶち壊してくれるなら大歓迎だ。

「ふん。狂犬め。……だが、その顔。悪くない」

「……えっ?」

「世の令嬢たちは、人形のように作り物めいた笑顔ばかり浮かべる。お前のような、剥き出しの欲望を瞳に宿した女は珍しいと言ったのだ」

公爵は鼻を鳴らすと、そのまま私の横を通り過ぎていった。
去り際、風に乗って微かに香ったのは、血の匂いではなく、意外にも落ち着いた白檀の香りだった。

「あら。処刑公爵様に褒められちゃったかしら。欲望って……まあ、食欲と自由への渇望のことでしょうけれど」

私は彼の背中を見送りながら、再びガッツポーズを繰り出した。
今日は本当に最高の記念日だ。
私は鼻歌を歌いながら、待機させていた我が家の馬車へと乗り込んだ。

「お嬢様! なんてお姿を……! 中から叫び声が聞こえてきましたが、一体何があったのですか!?」

馬車の中で待っていた侍女のアンが、私の乱れた髪を見て悲鳴を上げる。
アンは幼い頃から私に仕えてくれている、数少ない理解者(という名の共犯者)だ。

「アン、祝いなさい! ついに婚約破棄されたわ! しかも公開処刑付きで!」

「……はい? ついに頭のネジが全部飛んでいきましたか?」

「失礼ね。正気よ。ほら、用意していた荷物は無事?」

「ええ、お嬢様の指示通り、宝石類と着替え、それに隠し持っていた現金はすべてこの馬車の二重底に隠してあります。ですが、本当にいいのですか? 侯爵様が黙っていないでしょうに」

「いいのよ。あのクソ親父……失礼、お父様のことだもの。どうせ私を叱り飛ばして、どこぞの成金にでも売り飛ばそうとするわ。その前に、自分から捨てられてあげるのが礼儀でしょう?」

馬車がベルベット侯爵邸の門を潜る。
屋敷の玄関前には、案の定、般若のような顔をした父・ベルベット侯爵が待ち構えていた。
王城からの知らせは、馬車よりも早く魔法通信で届いていたらしい。

馬車のドアが開くのと同時に、父の怒鳴り声が降ってきた。

「カルア! 貴様、何ということをしてくれたのだ!」

私は優雅に馬車を降り、憤死しそうな父の前で首を傾げた。

「何ということ、とは? 殿下が素敵な真実の愛を見つけられたので、私は快くその道を開けて差し上げただけですわ」

「ふざけるな! お前の不徳のせいで、我が家は王家との繋がりを失ったのだぞ! あのジュリアン殿下が、お前のことを『化け物のような顔で笑う女』だと泣きながら報告してきたではないか!」

「あら、殿下ったら。最後くらい正直になればいいのに。『パクリ詩人だとバラされて恥ずかしかった』って」

「黙れ! 言い訳など聞かん! お前のような恥晒し、我がベルベット侯爵家には不要だ! 今すぐここから出ていけ! 身一つで、二度と敷居を跨ぐな!」

父の指差す先は、暗い夜の街へと続く門だった。
ドラマチックな展開ね。普通ならここで「お父様、お許しを!」と縋り付く場面かしら。

「分かりました。では、お言葉に甘えて」

「……は?」

「え、今『出ていけ』と仰いましたわよね? 聞き間違いではありませんわよね?」

私は念押しするように父の顔を覗き込んだ。
父は毒気を抜かれたように口をパクパクさせている。

「あ、あのな……普通はもっと、こう……反省の色を見せるとか……」

「反省? 殿下の香水に耐え続けた三年間を反省しろとおっしゃるの? 無理ですわ。あ、アン! 荷物を出して!」

アンが馬車の二重底から、ずっしりと重い旅行鞄を引き出した。
それを見た父の目が点になる。

「……貴様、それは何だ」

「見て分かりません? 家出……いえ、円満な旅立ちの準備ですわ。三日前から少しずつ詰め込んでおいたのです。お父様が私を追い出すのは、予定通りでしたから」

「き、貴様ぁぁ! 最初からそのつもりだったのか!」

「ええ。では、短い間でしたが(物理的な意味での)お世話になりました。お父様もお達者で。あ、私の部屋に残したガラクタは全部捨ててくださって結構ですよ。売れるものはアンの退職金にしましたから」

「カルア! 待て! 戻れ! まだ勘当の書類を……!」

「あ、書類なら机の上に置いておきました! 私のサイン済みですので、あとはお父様が受理するだけです! さようなら!」

私は呆然と立ち尽くす父と、血相を変えて追いかけてくる家令を振り切り、アンと共に門の外へと駆け出した。
夜風が頬を撫でる。
実家の門が重々しく閉まる音が聞こえたが、それは私にとって、自由を祝福する鐘の音にしか聞こえなかった。

「お嬢様、本当に行ってしまいましたね……。これからどうするんですか? 宿代だって、そんなに長くは持ちませんよ」

「大丈夫よ、アン。私にはこの『悪役顔』と、ちょっとした度胸があるもの。それに……」

ふと、先ほど出会ったゼノス公爵の言葉が脳裏をよぎった。

『面白い女だな』

「あの処刑公爵様に目をつけられたんですもの。普通に終わるはずがないわ」

私は暗い夜道を歩きながら、もう一度、今日一番の大きなガッツポーズを作った。
さあ、新しい人生の始まりよ!
まずは……冷えた身体を温めるために、最高に美味しい深夜の屋台を探さなくちゃ!
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