婚約破棄された悪役令嬢は、自由になって最高にハイです。

ちゃっぴー

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王都の城門をくぐった瞬間、私は眉をひそめた。

「……臭いわね」

「ああ。焦げ臭いような、甘ったるいような……変な臭いだ」

隣を歩くサイラス様が鼻を押さえる。
王宮の中庭は、まるで戦場跡のように荒れ果てていた。
植木はなぎ倒され、池の水は濁り、そこら中にゴミが散乱している。
そして何より、誰もいない。
衛兵も、庭師も、侍女も。

「ゴーストタウンかしら?」

「いや、メインホールの方から音がする。……嫌な予感がするな」

私たちは足早に、王城の中心部へと向かった。
近づくにつれ、奇妙な歌声と、太鼓のようなリズムが聞こえてくる。

『おかね~ふえろ~♪ わるいもの~きえろ~♪』

「……なんだ、あの知能指数の低そうな歌は」

「私の記憶が確かなら、あれはミミ嬢の声ですね」

私たちは顔を見合わせ、重厚な扉を押し開けた。

ギギギ……と扉が開く。
そこには、この世の終わり――もとい、カオスが広がっていた。

「さあ! もっと燃やして! 神様に届くように!」

ホールの中心で、ミミが踊っていた。
王家の紋章が入ったカーテンを体に巻きつけ(多分、聖女の法衣のつもり)、手には黄金の柄杓を持っている。
その周囲では、数人の逃げ遅れた侍従たちが、涙目で火のついた祭壇に「何か」を投げ込んでいた。

「ミミ! 君はなんて美しいんだ! まさに女神の再来だ!」

その横で、ジェラルド王子がタンバリンを叩きながら絶叫している。

「あ、あれは……!」

サイラス様が絶句した。
祭壇の炎の中に投げ込まれているもの。
それは――。

「最高級のシルクのタペストリー! それに、東方諸国から献上された香木! ああっ、あれは三百年前の古文書じゃないか!?」

「きゃはは! 悪い気配が燃えていくわ~! これでお城もピカピカよぉ!」

ミミが柄杓の中身をバシャッ!と床にぶちまける。
芳醇な香りが漂った。

「そ、それは……! 王家秘蔵のヴィンテージワイン『ロマネ・コンチ』の百五十年物!?」

サイラス様が膝から崩れ落ちた。
一本で城が買えるほどの国宝級ワインが、ただの「お清めの水」として床のシミになっている。

「えいっ! えいっ! 清めたまえ~!」

ミミは楽しそうにワインを撒き散らし、さらにポケットから「キラキラした粉」を取り出して空中にばら撒いた。

「仕上げに『聖なる砂』をパラパラ~!」

「……あれ、ダイヤモンドの粉末ですね」

私は冷静に分析した。
王冠か何かを粉砕したのだろう。
床がキラキラと輝いている。
物理的な資産価値の損失額は、概算で――。

「……計算不能(エラー)。電卓が壊れそうです」

私はパチンと扇を閉じた。
これ以上は見ていられない。
損失が拡大する前に、損切り(強制終了)しなければ。

カツ、カツ、カツ、カツ。

私はあえて大きな足音を立てて、ホールへと進み出た。

「――楽しそうですわね。地獄のキャンプファイヤーですか?」

私の声がホールに響くと、時が止まった。
タンバリンを叩いていた手が止まる。
踊っていた足が止まる。
侍従たちが、縋るような目で私を見た。

「マ、マーガレット……?」

ジェラルド王子がゆっくりと振り返る。
その顔は、煤で薄汚れていた。

「マ……ママぁぁぁぁぁ!!」

王子がタンバリンを投げ捨て、全力で駆け寄ってきた。

「遅いよ! どこに行ってたんだよぉ! 僕、寂しかったんだぞ! お腹空いたし、ハンコは見つからないし、ミミが『お祈りしないと呪われる』って言うから……!」

王子は私のドレスの裾を掴もうとした。
私は半歩下がって回避し、冷ややかに見下ろした。

「触らないでください。煤がつきます。クリーニング代を請求しますよ」

「うっ……! 相変わらず冷たい! でも、その冷たさが懐かしい!」

王子はMのようなことを口走っている。
そこへ、ミミがプンスカと怒りながら近づいてきた。

「むぅ~! 誰かと思ったら、いじわるなマーガレット様じゃない! せっかく私が『聖女の儀式』で国を救おうとしてたのに、邪魔しないでよぉ!」

「聖女の儀式? これが?」

私は燃え盛る祭壇(元は高級な椅子だった残骸)を指差した。

「ただの放火です」

「ちがうもん! これは『奉納』なの! 私が夢で神様に聞いたの。『大切なものを燃やせば、倍になって返ってくる』って!」

「それは悪質なネズミ講の勧誘手口と同じですね」

私はため息をついた。

「いいですか、ミミ様。物理法則において、燃やした物体は灰と二酸化炭素になります。金貨にはなりません。貴女が今燃やしたタペストリーは時価一億ゴールド。ワインは一本五千万ゴールド。合わせて数億の損失です。倍になって返ってくるどころか、国の借金が倍になりました」

「むずかしいこと言わないでよ! 愛と祈りがあれば、奇跡は起きるの!」

「起きません。起きるのは火災報知器だけです」

「ひどぉい! ジェラルド様ぁ、マーガレット様がいじめるぅ!」

ミミが泣き真似をして王子に抱きつく。
いつもなら、ここで王子が「貴様! ミミになんてことを!」と怒鳴るところだ。
しかし。

「……あー、よしよし。でもミミ、マーガレットの言うことも一理あるかも……」

「えっ?」

ミミが驚いて顔を上げる。
王子は、私の背後に立つ「鬼のような形相の男」を見て、震え上がっていた。

「サ、サイラス……? なぜお前まで……?」

サイラス様が、眼鏡を光らせながら静かに進み出た。
その手には、燃え残った古文書の切れ端が握られている。

「……殿下。この古文書が何かご存知ですか?」

「え? 汚い紙切れだろう?」

「これは『王位継承の正当性を証明する建国時の契約書』です」

「へ?」

「これを燃やしたということは、殿下は自ら『王族の資格』を放棄されたと見なされますが……よろしいですね?」

「ぎゃああああ!? ち、ちがう! 僕は知らない! ミミが『古臭い紙だから燃やしちゃえ』って!」

「ジェラルド様ぁ!? ひどい!」

仲間割れが始まった。
見苦しい。
私はパンパン!と手を叩いた。

「はい、痴話喧嘩は牢屋でやってください。今は業務時間です」

私は懐中時計を見た。

「現在、正午。これより『王都復興プロジェクト』を開始します。サイラス様、まずは消火活動と、被害状況の正確な算定を」

「了解した。……おい、そこの者たち! 直ちに火を消せ! ワインを撒くな、水を撒け!」

サイラス様の号令で、侍従たちが我に返ったように動き出す。
バケツリレーが始まり、祭壇の火が消されていく。

「ああっ! 私の聖なる炎がぁ!」

ミミが騒ぐが、私は無視して王子に向き直った。

「殿下。貴方には特別任務を与えます」

「えっ? な、なんだ? やっぱり僕が必要なのか?」

王子が期待に目を輝かせる。

「はい。とても重要な任務です。……あの部屋の隅で、正座をしていてください」

「……へ?」

「一歩でも動いたら、追加料金が発生します。呼吸をするたびに課金されると思ってください」

「そ、そんなぁ……」

王子はすごすごと部屋の隅へ行き、小さくなって正座した。
躾け直しの第一歩だ。

「そしてミミ様」

「な、なによ! 私は聖女よ! 神様に選ばれたの!」

ミミが腰に手を当ててふんぞり返る。
私は彼女に近づき、ニッコリと微笑んだ。

「素晴らしい才能です。その『ものを燃やす情熱』と『謎の踊り』。これらを活かせる場所があります」

「え? ほんと? やっぱり私、才能ある?」

「ええ。王都の北にある『炭鉱』です。あそこなら、一日中燃やすもの(石炭)がありますし、踊りながら作業すれば発電効率も上がるでしょう」

「炭鉱……?」

「衣食住完備。ただし、おやつは自給自足です。さあ、案内しますね」

私が指を鳴らすと、控えていた衛兵(サイラス様が呼び戻した)が二人、ミミの両脇を固めた。

「えっ? ちょっと、なにするの!? 離して! 私は王太子の婚約者よぉぉ!」

「自称、ですね。現在の王城における貴女の身分は『不法侵入者』兼『放火魔』です。連れて行きなさい」

「いやぁぁぁ! ジェラルド様ぁ! 助けてぇぇ!」

ドナドナと連行されていくミミ。
王子は部屋の隅で、「動くと課金される……動くと課金される……」とブツブツ呟きながら、視線を逸らしていた。
薄情な男だ。

ホールに静寂が戻った。
焦げ臭さと、ワインの匂いだけが残る。

「……ふぅ。まずは害虫駆除完了ですね」

私は扇で空気を仰いだ。

「ああ。だが、これからが本番だ」

サイラス様が、煤で汚れた顔を拭いながら戻ってきた。

「財務省の金庫が開かない。印鑑がないからだ。あれがないと、復興予算も出せない」

「印鑑? 殿下が無くしたという?」

「そうだ。城中を探させたが見つからない。……もしや、さっきの炎の中に……」

サイラス様の顔が青ざめる。
もし国印が燃えていたら、再発行に数ヶ月かかる。
その間、国は死に体だ。

私は部屋の隅で震える王子を見た。
そして、ある可能性に思い当たった。

「殿下」

「は、はいっ! 動いてません! 息も止めてます!」

「印鑑、どこにやりました?」

「し、知らないよ! 最後にはんこ遊びをしたのは……そう、ミミとお風呂に入った時で……」

「お風呂?」

嫌な予感がした。
私はサイラス様を見た。
彼も同じことを考えたようだ。

「……排水溝か?」

私たちは同時に走り出した。
目指すは王子の浴室。
そこには、国の命運を握る小さな印鑑と、詰まった排水溝という現実が待っているはずだ。

「やれやれ。配管工事までやらされるとは」

「別途請求します。『特殊清掃費』として」

私の王都帰還初日は、優雅なティータイムどころか、泥と煤と汚水にまみれた労働から始まったのだった。
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