婚約破棄された悪役令嬢は、自由になって最高にハイです。

ちゃっぴー

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「――よし。これで最終決算の承認が降りました」

深夜二時。
王城の宰相補佐執務室(兼、私の臨時オフィス)で、私は万年筆を置いた。
サイラス様からいただいた「三倍長持ちする万年筆」は、期待通りの働きを見せ、徹夜の激務にも耐え抜いてくれた。

「……終わったか」

向かいの席で、サイラス様が眼鏡を外して目頭を揉む。

「長かった……。ジェラルド殿下が使い込んだ使途不明金の穴埋め、ミミ嬢が破壊した美術品の修繕費計上、そして外交ルートの再構築……。全て完了だ」

「ええ。奇跡的なV字回復です。これで明日から、国は通常運転に戻ります」

私は伸びをした。
ボキボキ、と背骨が鳴る。
貴族令嬢にあるまじき音だが、この部屋には私たちしかいないので問題ない。

「さて、契約終了ですね」

私は手元の書類をトントンと整えた。

「王都復興プロジェクト、完遂いたしました。約束通り、私は明日、アデレード領へ帰還します」

「……」

サイラス様の手が止まった。
彼はゆっくりと顔を上げ、私を凝視した。

「……帰るのか?」

「当然です。私はあくまで『外部コンサルタント』。仕事が終われば去るのが流儀です。領地では、まだ道路整備の途中ですし、父様がまた変な壺を買っていないか監視しなければなりませんから」

私は立ち上がり、荷物をまとめ始めた。
徹夜続きで肌が荒れている。早く領地に戻って、あの泥のような温泉に入りたい。

「……待て」

サイラス様が立ち上がった。
そして、私のデスクに回り込み、行く手を阻むように立ちはだかった。

「まだ、全ての決済が終わっていない」

「へ? 見落としですか? 完璧にチェックしたはずですが」

「いや、書類上の話ではない。……私の、個人的な決済だ」

彼の様子がおかしい。
いつも冷静な彼が、視線を彷徨わせ、口元を手で覆い、何やらブツブツと呟いている。
『リスク評価……』『長期的なメリット……』『いや、感情論も加味して……』

「サイラス様? 過労でバグりましたか? 再起動(睡眠)が必要ですか?」

私が顔を覗き込むと、彼は意を決したように眼鏡を掛け直した。
そして、私の方を真っ直ぐに見た。
その瞳には、今までにない真剣な光――まるで、国家予算の最終審議に臨む時のような光が宿っていた。

「マーガレット。……君が必要だ」

「はい?」

私はキョトンとした。

「ですから、必要な仕事は全て終わらせましたよ? マニュアルも残しましたから、あとは部下でも回せます」

「違う。仕事の話じゃない。……いや、仕事も含めてだが」

サイラス様は一歩近づいてきた。
近い。
パーソナルスペースに侵入されている。

「君が領地に帰ると聞いて、私は即座に損益計算を行った。君がいなくなることによる損失(ロス)と、君がここに留まることによる利益(ベネフィット)。……結果は明白だった」

「はぁ」

「君がいないと、私の業務効率は四〇パーセント低下する。食事の味がしなくなり、精神的充足度が著しく下がる。さらに、ジェラルド殿下の暴走を止める抑止力が失われ、再び国が滅亡の危機に瀕するリスクが高まる」

彼は早口でまくし立てる。

「一方で、君がここにいれば、国政は円滑に回り、経済は発展し、何より……私が毎日、君の淹れた完璧な温度の紅茶を飲みながら、君と議論を交わすことができる。これはプライスレスな価値だ」

「……あの、結論は?」

私の口癖を、彼が真似て遮った。

「結論を言おう。……結婚してくれ」

「……」

時が止まった。
深夜の執務室。
書類の山と、飲みかけのコーヒー。
ロマンチックの欠片もない場所での、唐突すぎるプロポーズ。

「……えーと」

私は瞬きをした。

「それは、優秀な労働力を確保したい、という意味ですか? 『永久就職』させて、死ぬまでこき使おうという?」

「半分はその通りだ。君以上のパートナーは世界中探してもいないからな」

サイラス様は認めた。
清々しいほど正直だ。

「だが、残りの半分は違う」

「違う?」

「効率や利益だけじゃない。……私は、君が好きなんだ」

「!」

「君が懐中時計を見て眉をひそめる顔も、悪徳商人を論破する時の楽しそうな顔も、サンドイッチを頬張る時の無防備な顔も。……全てを、私の独占権益(モノポリー)にしたい」

彼は私の手を取り、その甲に口づけた。

「人生のパートナーになってくれ、マーガレット。……効率的に考えて、これ以上の組み合わせはないと思わないか?」

顔が熱い。
心臓がうるさい。
この男は、こんな時まで「効率」とか言うのか。
でも、それが最高に彼らしくて、愛おしいと思ってしまう自分がいる。

私は深呼吸をして、平静を装った。
ビジネスの交渉だ。
感情に流されてはいけない。

「……提案書(プロポーズ)の内容は理解しました。ですが、いくつか懸念事項があります」

「なんだ? すべて解消してみせる」

「一、私は実家の公爵家を継ぐ予定です。婿入りしていただけますか?」

「問題ない。私は次男だ。グランディエ家の家督は兄が継ぐ。明日、籍を抜いてくる」

即答だった。
迷いなしか。

「二、私は仕事人間です。『妻』としての家庭的な役割……例えば、玄関で『おかえりなさい』と微笑んで出迎えるようなことはできません。むしろ『遅い! 残業代は出るの!?』と詰め寄る可能性があります」

「望むところだ。私も仕事人間だ。家でも議論ができるなら最高だ。それに、微笑みだけの妻など求めていない。共に戦ってくれる戦友が欲しいんだ」

「三、……私は可愛げがありませんよ? ジェラルド殿下に捨てられた女です」

「殿下は見る目がない節穴だ。君の可愛さは、知性と合理性の奥にある。それを理解できるのは私だけだ」

「……っ」

完敗だ。
全ての懸念事項を、論理と愛で粉砕された。
これ以上、断る理由が見当たらない。
非効率だ。
ここで断るのは、人生最大のチャンスロスだ。

私はサイラス様の手を握り返した。

「……条件の変更を要求します」

「聞こう」

「結婚式の準備期間中も、業務に支障を出さないこと。披露宴の招待客は厳選し、黒字化を目指すこと。そして……」

私は少し背伸びをして、彼の耳元で囁いた。

「誓いのキスの時間は、三秒以内で済ませること。長すぎると恥ずかしいですから」

サイラス様が目を見開き、そして破顔した。
今まで見た中で、一番幸せそうな笑顔だった。

「交渉成立だ。……では、契約締結の儀式(キス)を執り行いたいのだが、許可をいただけるか?」

「三秒以内ですよ?」

「努力する」

彼は優しく私を引き寄せ、唇を重ねた。
一秒。
二秒。
三秒。
……四秒、五秒。

「……長い」

「すまん。計算ミスだ」

唇を離したサイラス様は、悪びれもせず笑った。

「君といると、どうも時間の感覚が狂うらしい」

「それは重症ですね。……一生かけて、矯正して差し上げますわ」

こうして、深夜の執務室で、国一番の『効率的カップル』が誕生した。
翌朝、私たちが手を繋いで執務室から出てくると、廊下で寝ていたジェラルド王子が飛び起きて「マ、ママが男を作ったー!!」と絶叫し、新たな騒動の幕開けとなるのだが……。
それはまた、別のお話。
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