婚約破棄された悪役令嬢は、自由になって最高にハイです。

ちゃっぴー

文字の大きさ
15 / 28

15

しおりを挟む
「――というわけで、我々は『恒久的パートナーシップ協定(婚姻)』を結ぶことで合意いたしました」

翌朝の王宮、謁見の間。
私とサイラス様は並んで膝をつき、国王陛下に報告を行っていた。
私の隣には、徹夜明けとは思えないほどパリッとしたスーツを着たサイラス様。
そして玉座には、報告を聞いてあんぐりと口を開けている国王陛下。
さらにその横には、ハンカチを噛み締めてキーキー喚いているジェラルド王子の姿があった。

「ま、待て待て。整理させてくれ」

国王陛下がこめかみを押さえる。

「つまり……我が国の頭脳であるサイラスと、アデレード公爵家の至宝(劇物)であるマーガレットが、結婚すると? 恋愛結婚で?」

「はい。厳密な損益計算とリスク分析を経た上での、極めて合理的な『恋愛結婚』です」

サイラス様が真顔で答える。

「嘘だぁぁぁ!!」

ジェラルド王子が叫んだ。

「父上! 騙されないでください! これは偽装結婚です! マーガレットのような可愛げのない女が、サイラスのような鉄仮面に愛されるはずがない! きっと、国の予算を二人で着服するための陰謀です!」

「人聞きが悪いですね、殿下」

私は冷ややかに言い返した。

「着服など非効率なことはしません。堂々と『結婚祝い』として予算を計上するだけです」

「ほら見ろ! 金目当てだ!」

「静まれ、ジェラルド」

国王陛下が一喝し、そして興味深そうに私たちを見下ろした。

「しかし……余も、二人が並んでいるところを見るのは初めてではないが、何と言うか……『甘い雰囲気』が皆無なのだが?」

陛下が首を傾げるのも無理はない。
今、私たちが醸し出している空気は、新婚カップルのそれではなく、M&A(企業の合併・買収)の調印式に臨むCEO同士のそれに近かったからだ。

「陛下。我々の愛は、空気中にフェロモンを撒き散らすような低俗なものではありません」

サイラス様が眼鏡を光らせて断言した。

「互いの能力を最大化し、欠点を補完し合い、国家という巨大なプロジェクトを共に回していく……これこそが至高の愛(シナジー効果)です」

「ええ。殿下のように『お花畑でキャッキャウフフ』することだけが愛ではありません。デスクで向かい合い、無言で書類を処理し続ける時間の共有こそが、私たちにとってのデートなのです」

私が補足すると、謁見の間がシーンと静まり返った。
陛下が引きつった笑みを浮かべる。

「……なるほど。凡人には理解しがたいが、まあ、二人が幸せならそれでいい。許可しよう」

「ありがとうございます」

「ただし! 結婚式は盛大にやるのだぞ! 国民も暗いニュース続きで疲弊しておる。パァッと明るい話題を提供してくれ!」

「承知いたしました。では、早速ですが『挙式プロジェクト』の概要説明に移らせていただきます」

私は懐から分厚いファイルを取り出した。
昨晩、プロポーズの直後(キスの余韻が冷める前)に、サイラス様と二人で徹夜して作り上げた完璧な計画書だ。

「まず、予算についてですが」

私がページをめくると、周囲の貴族たちがざわめいた。
『結婚式の打ち合わせを、謁見の間でやるのか?』
『しかも、あんな分厚い資料をいつの間に……』

「通常、王族や高位貴族の結婚式には莫大な国費が投じられますが、今回は『黒字化』を目指します」

「く、黒字化……?」

陛下が目を丸くする。

「はい。まず招待客ですが、単なるお祝い要員は排除します。各国の大使、有力商会のトップ、そして投資家。これらを優先的に招待し、式場を『巨大な商談の場(ネットワーキング・パーティー)』とします」

「結婚式ですよね……?」

「引き出物は、アデレード領の特産品『地獄めぐり饅頭』と『幸せのピクルス』のセット。これにより領地の宣伝効果を狙います。さらに、式の模様を独占スクープとして新聞社に売り込み、放映権料を稼ぎます」

「商魂がたくましすぎる……」

「そして、ここが重要です」

サイラス様が引き継いだ。

「新郎新婦の衣装ですが、私が開発した『新素材』のデモンストレーションを兼ねます。ドレスの裾に広告枠を設けることで、スポンサー収入も見込めます」

「花嫁のドレスに広告!?」

ジェラルド王子が悲鳴を上げた。

「お前ら、正気か!? 一生に一度の晴れ舞台だぞ!? もっとロマンチックな……愛の誓いとか、永遠のキスとか、そういうのはないのか!」

「殿下」

私は呆れてため息をついた。

「ロマンでお腹は膨れません。それに、私たちの愛の誓いは、もっと実務的なものです」

「じつむてき……?」

「例えば、『喧嘩をした際は、三十分以内に論点を整理し、解決策を提示すること』とか、『どちらかが過労で倒れた場合、もう片方が全業務を無条件で引き継ぐこと』とか」

「それは労働契約書だろ!!」

王子のツッコミが響き渡る。
しかし、私たちは大真面目だ。

「陛下、いかがでしょうか。このプランなら、国費の持ち出しはゼロ。むしろ税収アップに貢献できます」

「う、うむ……。余の理解の範疇を超えているが、国益になるなら文句はない。……好きにしたまえ」

陛下は疲れたように手を振った。

   ◇

謁見の後。
私たちは廊下を並んで歩いていた。
すれ違う侍女や文官たちが、チラチラとこちらを見ては、ヒソヒソと噂話をしている。

『聞いた? あのお二人が結婚だって』
『やっぱり政略結婚よね? 全然嬉しそうじゃないし』
『目も合わせてないわよ。ビジネスパートナーって感じ』

ふふっ。
私は心の中で笑った。
愚かな民よ。
貴方たちには見えないのか。
今、サイラス様の手と私の手が、書類の陰でガッチリと――小指だけ絡ませていることが。

「……マーガレット」

サイラス様が前を向いたまま、小声で囁く。

「先ほどのプレゼン、完璧だったな。君が広告枠の話をした時、ゾクゾクしたよ」

「あら、サイラス様こそ。スポンサー収入の計算、早すぎて惚れ直しましたわ」

「今夜は祝勝会だな。……私の部屋で、新しい税制改革案について朝まで語り合おうか」

「素敵なお誘いですね。最高の夜になりそうです」

端から見れば、難しい顔で歩いている二人の男女。
しかし、その会話の内容は(私たちにとっては)これ以上なく甘いラブロマンスなのだ。

「あ、そうだ。サイラス様」

「ん?」

「結婚式のケーキ入刀ですが、ナイフの代わりに『儀礼用サーベル』を使うのはどうでしょう? あれならレンタル料が浮きますし」

「悪くないが、切れ味が心配だ。いっそ、君の領地の『ボブ』に頼んで、斧で叩き割ってもらうというのは?」

「ダイナミックですね! 採用です!」

私たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。

その時。
角を曲がってきたジェラルド王子とミミ(一時釈放中)が、私たちを見て立ち止まった。

「……ジェラルド様ぁ。あのお二人、やっぱり仲悪いのかなぁ? なんか、『斧』とか『叩き割る』とか聞こえたけど……」

「ああ、間違いない。あれは殺し合いの相談だ。可哀想に……政略結婚の犠牲者たちめ。僕たちが『真実の愛』を見せつけて、彼らを救ってあげないと!」

「うん! 私たちが愛のキューピッドになろう!」

王城の廊下で、盛大な勘違いが発生していた。
彼らが「私たちを救おう(=邪魔をしよう)」と画策し始めたことになど気づかず、私はサイラス様との「甘い会議」に没頭していた。

「――それで、新婚旅行の行き先ですが」

「鉱山地帯はどうだ? レアメタルの発掘現場が見たい」

「いいですね! 私はそこで採掘コストの計算をします!」

私たちの辞書に「普通の幸せ」という文字はない。
あるのは「最適化」と「効率化」、そしてその先にある「二人だけの充足感」だけだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる
恋愛
マリエンザ・ムリエルガ辺境伯令嬢は王命により結ばれた婚約者ツィータードに恋い焦がれるあまり、言いたいこともろくに言えず、おどおどと顔色を伺ってしまうほど。ある時、愛してやまない婚約者が別の令嬢といる姿を見、ふたりに親密な噂があると耳にしたことで深く傷ついて領地へと逃げ戻る。しかし家族と、幼少から彼女を見守る使用人たちに迎えられ、心が落ち着いてくると本来の自分らしさを取り戻していった。それは自信に溢れ、辺境伯家ならではの強さを持つ、令嬢としては規格外の姿。 素顔のマリエンザを見たツィータードとは関係が変わっていくが、ツィータードに想いを寄せ、侯爵夫人を夢みる男爵令嬢が稚拙な策を企てる。 ※2022/3/20マリエンザの父の名を混同しており、訂正致しました。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 本編は37話で完結、毎日8時更新です。 お楽しみいただけたらうれしいです。 よろしくお願いいたします。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

【完結】夫が愛人と一緒に夜逃げしたので、王子と協力して徹底的に逃げ道を塞ぎます

よどら文鳥
恋愛
 夫のザグレームは、シャーラという女と愛人関係だと知ります。  離婚裁判の末、慰謝料を貰い解決のはずでした。  ですが、予想していたとおりザグレームとシャーラは、私(メアリーナ)のお金と金色の塊を奪って夜逃げしたのです。  私はすぐに友人として仲良くしていただいている第一王子のレオン殿下の元へ向かいました。  強力な助っ人が加わります。  さぁて、ザグレーム達が捕まったら、おそらく処刑になるであろう鬼ごっこの始まりです。

処理中です...