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「いいか、ミミ。これは極秘任務だ。僕たちが王太子と男爵令嬢だとバレたら、パニックになってしまうからね」
アデレード領の城下町。
そこに、明らかに周囲から浮いている二人組がいた。
一人は、平民風のシャツを着ているが、その素材が最高級シルクであるため無駄に光沢を放っている金髪の男――ジェラルド王子。
もう一人は、「村娘」という設定らしいが、なぜか頭に巨大なリボンをつけ、フリルたっぷりのエプロンドレスを着たピンク髪の女――ミミだ。
「はーい! わくわくするね、ジェラルド様ぁ! これって『愛の逃避行』みたい!」
「しっ! 声が大きいぞ。……しかし、なんて寂れた場所だ。マーガレットのやつ、こんな田舎に飛ばされて、毎晩枕を濡らしているに違いない」
ジェラルドは、活気に満ちた商店街を見回しながら、同情たっぷりに呟いた。
実際には、商店街は大賑わいだった。
マーガレットの改革により、物流が改善され、他国からの商人たちも行き交っている。
「あっ! ジェラルド様見てぇ! あのお店、すごい行列!」
ミミが指差したのは、『地獄めぐり饅頭』の直営店だった。
店頭では、真っ赤な顔をして汗をダラダラ流しながら、それでも笑顔で饅頭を頬張る観光客たちが溢れている。
「な、なんだあれは……? みんな苦しそうにしているぞ? まさか、食料がなくて毒草でも食べているのか!?」
「かわいそう……! マーガレット様、領民にひどいことさせてるのね!」
「許せん! やはり彼女は、婚約破棄のショックで心が荒んでしまったんだ。僕が救ってやらねば!」
二人は勘違いを加速させ、公爵邸へと向かった。
◇
アデレード公爵邸の門前。
そこには、筋骨隆々の大男が立ちはだかっていた。
庭師のボブだ。
彼は今、警備主任も兼任している(筋肉手当がつくからだ)。
「止まれ。ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ。アポイントはあるか?」
ボブが太い腕を組んで睨みをきかせる。
ジェラルドは一瞬怯んだが、すぐに王族としての威厳(と勘違いしているプライド)を取り戻した。
「ふっ、無礼者め。僕の顔を見てもわからないのか? お忍びだから名は明かせないが、この国の『一番偉い人の息子』だぞ」
「一番偉い人の息子……?」
ボブは首を捻った。
「ああ、商店街の会長の息子か? 昨日の夜も酔っ払って迷い込んできたが……懲りねぇな」
「誰が商店街のドラ息子だ! もっと上だ! 雲の上にいるような存在だ!」
「雲の上……? ああ、天国に行った爺さんの幽霊か?」
「生きとるわ!!」
ジェラルドが地団駄を踏む。
そこへ、ミミが可愛らしく首を傾げて割り込んだ。
「ねえねえ、クマさんみたいなオジサン! 私たち、マーガレット様の『大切なお友達』なの! サプライズで元気づけに来たんだよぉ!」
「お友達? お嬢様に?」
ボブは訝しげに二人を見た。
彼の中の「お嬢様の友人データベース」には、あんなキラキラした生物は登録されていない。
お嬢様の友人は、もっとこう……目が死んでいて、数字に強そうで、眼鏡をかけた人種のはずだ。
「怪しいな……。まあいい、とりあえず確認する。ここで待ってろ」
ボブが屋敷に連絡を入れようとした、その時だった。
「――ボブ。騒がしいわね。どうしたの?」
屋敷の方から、凛とした声が響いた。
マーガレットだ。
その隣には、サイラスもいる。
二人は手には軍手をはめ、作業着のようなツナギを着ていた。
ただし、ツナギのデザインは洗練されており、二人が着ると最新モードのファッションに見えるから不思議だ。
「あ、お嬢様! なんか変な二人組が……」
ボブが言いかけた瞬間、ジェラルドが叫んだ。
「マーガレットォォォ!!」
「げっ」
私は思わず声を漏らした。
隣でサイラス様も「チッ」と舌打ちをする。
最悪の来客だ。
「ジェラルド殿下? それにミミ様? なぜここに……というか、そのふざけた格好はなんですか? 仮装大会の会場は隣町ですよ」
「仮装じゃない! お忍びだ!」
ジェラルドは私の前に駆け寄り、私の両肩をガシッと掴もうとした。
私は半身になって華麗に回避する。
「触らないでください。今、堆肥(コンポスト)の配合実験をしてきたところなので、有機的な匂いがしますよ」
「た、堆肥……? 公爵令嬢が、肥料いじりだと……?」
ジェラルドは絶句し、そして涙ぐんだ。
「ああ、なんてことだ……! あの気位の高かったマーガレットが、土にまみれて働くなんて……! そこまで追い詰められていたのか!」
「は?」
「やはり、僕に捨てられたショックで、正気を保てなくなったんだな! 王宮での優雅な暮らしを忘れようと、必死に泥仕事で気を紛らわせているんだ!」
「違います。土壌改良による生産性向上のためのデータ収集です。この配合なら、収穫量が二割増えるという試算が出たので」
「無理して強がるな! 君の瞳が悲鳴を上げているのが見えるぞ!」
見えません。
見えているのは貴方の脳内妄想です。
そこへ、ミミがサイラス様に近寄っていった。
「サイラス様ぁ……かわいそう。こんなボロボロの服を着せられて……」
ミミはサイラス様のツナギの袖(機能性を追求したジッパー付き)を摘まんだ。
「きっとマーガレット様に無理やり働かされてるんですね? 『私と結婚しないと国を滅ぼすぞ』って脅されたんですよね?」
「……ミミ嬢」
サイラス様が眼鏡の位置を直しながら、冷ややかに見下ろした。
「訂正しよう。まず、この服はボロボロではない。私が設計し、王立繊維研究所に作らせた『多機能型フィールドワークウェア(試作品)』だ。防水、防汚、難燃性を備え、一着で家が建つ値段だ」
「へ?」
「そして、私は脅されてなどいない。むしろ、私が頼み込んでマーガレットの助手(パートナー)をさせてもらっている。彼女の指揮下で働くことは、この上ない知的興奮をもたらすからな」
「むずかしくてわかんない! つまり、洗脳されてるってことね!?」
ミミの翻訳機能はどうなっているのか。
「とにかく!」
ジェラルドが大声を上げた。
「マーガレット、そしてサイラス! こんな不毛なことはもうやめるんだ! 君たちの結婚なんて、誰も幸せになれない!」
「幸せですが?」
私とサイラス様は同時に答えた。
息ぴったりだ。
「嘘だ! さっき見ていたぞ! 二人が庭で言い争っているのを!」
「言い争い?」
私は記憶を辿った。
「ああ……さっきの『カブの作付け面積』についての議論のことですか? 私は『連作障害を防ぐために三割減らすべき』と主張し、サイラス様は『土壌改良剤を使えば現状維持でいける』と反論した件ですね」
「そうだ! あんなに険しい顔で睨み合っていたじゃないか!」
「あれは睨み合っていたのではありません。真剣に意見を戦わせていたのです。最終的に、サイラス様の提示したデータの信頼性が高かったので、彼の案を採用しました」
「そ、そのあと! マーガレットがサイラスの胸をドン!と叩いただろう!? あれは暴力だ!」
「あれは『やるじゃない、サイラス様』という賞賛のタッチです。コミュニケーションの一環ですが?」
「えっ……?」
ジェラルドがポカンとする。
「あ、愛のコミュニケーション……? 胸を殴ることが……?」
「殿下には理解できないかもしれませんが、私たちにとっては『愛してる』と囁き合うより、互いの論理的妥当性を認め合う方が興奮するのです」
サイラス様が不敵に笑い、私の腰に手を回した。
汚れたツナギ越しの体温が伝わってくる。
悪くない。
むしろ、共に汗を流した同志としての熱さが心地いい。
「嘘だ……そんなの愛じゃない……」
ジェラルドは後ずさった。
彼の定義する「愛」は、花畑で追いかけっこをすることや、甘い言葉を囁き合うことなのだろう。
私たちの「高効率・高密度・実利重視」の愛は、彼の理解の範疇を超えている。
「ジェラルド様ぁ……」
ミミが不安そうに王子の腕にしがみつく。
「やっぱり、手遅れなのかなぁ? 二人とも、悪の組織に改造されちゃったのかなぁ?」
「いや、まだだ! まだ諦めんぞ!」
ジェラルドは気を取り直し、ビシッと私を指差した。
「マーガレット! 君が素直になれないなら、僕が強制的に目を覚まさせてやる! ……しばらくこの屋敷に滞在する!」
「はい?」
「僕たちが本当の愛とは何か、身をもって教えてやる! そうすれば、君もきっと昔の可愛いマーガレットに戻るはずだ!」
「お断りします。客室は満室です」
「嘘をつけ! 公爵邸だぞ! 部屋なんて百個くらいあるだろう!」
「ええ、あります。ですが、現在はすべて『倉庫』として貸し出しています」
「倉庫!?」
「ゴルディ商会の在庫管理スペースとして有効活用しています。空いているのは……そうですね、馬小屋の二階か、ボブの筋トレルームの隅くらいですが」
「ば、馬鹿にするな! 僕は王子だぞ!」
「お忍びですよね? 平民なら、その辺の宿屋に泊まってください。一泊朝食付きで銀貨三枚です」
私はシッシッと手を振った。
業務の邪魔だ。
まだ堆肥のpH値を測定しなければならないのに。
「くっ……! いいだろう! 宿屋に泊まってやる! そして毎日ここに通って、君を説得してやるからな!」
「絶対に来るなよ! 覚えてろー!」
ジェラルドは捨て台詞を吐き、ミミの手を引いて走り去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は大きなため息をついた。
「……はぁ。厄介な害虫が住み着きそうですね」
「殺虫剤(実力行使)を撒くか?」
サイラス様が物騒な提案をする。
「いえ、放置しましょう。どうせ宿屋の硬いベッドと、虫の声に耐えられずに三日で逃げ帰りますよ」
「……そうだな。それよりマーガレット」
サイラス様が私の顔を覗き込んだ。
その頬には少し土がついている。
「さっきの『賞賛のタッチ』だが……次はもう少し優しく頼む。君の手刀、結構効くんだ」
「あら、ごめんなさい。サイラス様の案があまりに完璧で、つい興奮して力が入ってしまいました」
私はハンカチを取り出し、彼の頬の土を拭った。
「お詫びに、今夜は貴方の好きな『激辛ピクルス』を増量しますね」
「……それは罰ゲームか、それともご褒美か」
「愛の鞭です」
私たちは顔を見合わせて笑った。
王子の勘違いなど、私たちの強固な絆の前では、ただのスパイスにもならない。
さあ、仕事に戻ろう。
堆肥の山が、私たちを待っている。
アデレード領の城下町。
そこに、明らかに周囲から浮いている二人組がいた。
一人は、平民風のシャツを着ているが、その素材が最高級シルクであるため無駄に光沢を放っている金髪の男――ジェラルド王子。
もう一人は、「村娘」という設定らしいが、なぜか頭に巨大なリボンをつけ、フリルたっぷりのエプロンドレスを着たピンク髪の女――ミミだ。
「はーい! わくわくするね、ジェラルド様ぁ! これって『愛の逃避行』みたい!」
「しっ! 声が大きいぞ。……しかし、なんて寂れた場所だ。マーガレットのやつ、こんな田舎に飛ばされて、毎晩枕を濡らしているに違いない」
ジェラルドは、活気に満ちた商店街を見回しながら、同情たっぷりに呟いた。
実際には、商店街は大賑わいだった。
マーガレットの改革により、物流が改善され、他国からの商人たちも行き交っている。
「あっ! ジェラルド様見てぇ! あのお店、すごい行列!」
ミミが指差したのは、『地獄めぐり饅頭』の直営店だった。
店頭では、真っ赤な顔をして汗をダラダラ流しながら、それでも笑顔で饅頭を頬張る観光客たちが溢れている。
「な、なんだあれは……? みんな苦しそうにしているぞ? まさか、食料がなくて毒草でも食べているのか!?」
「かわいそう……! マーガレット様、領民にひどいことさせてるのね!」
「許せん! やはり彼女は、婚約破棄のショックで心が荒んでしまったんだ。僕が救ってやらねば!」
二人は勘違いを加速させ、公爵邸へと向かった。
◇
アデレード公爵邸の門前。
そこには、筋骨隆々の大男が立ちはだかっていた。
庭師のボブだ。
彼は今、警備主任も兼任している(筋肉手当がつくからだ)。
「止まれ。ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ。アポイントはあるか?」
ボブが太い腕を組んで睨みをきかせる。
ジェラルドは一瞬怯んだが、すぐに王族としての威厳(と勘違いしているプライド)を取り戻した。
「ふっ、無礼者め。僕の顔を見てもわからないのか? お忍びだから名は明かせないが、この国の『一番偉い人の息子』だぞ」
「一番偉い人の息子……?」
ボブは首を捻った。
「ああ、商店街の会長の息子か? 昨日の夜も酔っ払って迷い込んできたが……懲りねぇな」
「誰が商店街のドラ息子だ! もっと上だ! 雲の上にいるような存在だ!」
「雲の上……? ああ、天国に行った爺さんの幽霊か?」
「生きとるわ!!」
ジェラルドが地団駄を踏む。
そこへ、ミミが可愛らしく首を傾げて割り込んだ。
「ねえねえ、クマさんみたいなオジサン! 私たち、マーガレット様の『大切なお友達』なの! サプライズで元気づけに来たんだよぉ!」
「お友達? お嬢様に?」
ボブは訝しげに二人を見た。
彼の中の「お嬢様の友人データベース」には、あんなキラキラした生物は登録されていない。
お嬢様の友人は、もっとこう……目が死んでいて、数字に強そうで、眼鏡をかけた人種のはずだ。
「怪しいな……。まあいい、とりあえず確認する。ここで待ってろ」
ボブが屋敷に連絡を入れようとした、その時だった。
「――ボブ。騒がしいわね。どうしたの?」
屋敷の方から、凛とした声が響いた。
マーガレットだ。
その隣には、サイラスもいる。
二人は手には軍手をはめ、作業着のようなツナギを着ていた。
ただし、ツナギのデザインは洗練されており、二人が着ると最新モードのファッションに見えるから不思議だ。
「あ、お嬢様! なんか変な二人組が……」
ボブが言いかけた瞬間、ジェラルドが叫んだ。
「マーガレットォォォ!!」
「げっ」
私は思わず声を漏らした。
隣でサイラス様も「チッ」と舌打ちをする。
最悪の来客だ。
「ジェラルド殿下? それにミミ様? なぜここに……というか、そのふざけた格好はなんですか? 仮装大会の会場は隣町ですよ」
「仮装じゃない! お忍びだ!」
ジェラルドは私の前に駆け寄り、私の両肩をガシッと掴もうとした。
私は半身になって華麗に回避する。
「触らないでください。今、堆肥(コンポスト)の配合実験をしてきたところなので、有機的な匂いがしますよ」
「た、堆肥……? 公爵令嬢が、肥料いじりだと……?」
ジェラルドは絶句し、そして涙ぐんだ。
「ああ、なんてことだ……! あの気位の高かったマーガレットが、土にまみれて働くなんて……! そこまで追い詰められていたのか!」
「は?」
「やはり、僕に捨てられたショックで、正気を保てなくなったんだな! 王宮での優雅な暮らしを忘れようと、必死に泥仕事で気を紛らわせているんだ!」
「違います。土壌改良による生産性向上のためのデータ収集です。この配合なら、収穫量が二割増えるという試算が出たので」
「無理して強がるな! 君の瞳が悲鳴を上げているのが見えるぞ!」
見えません。
見えているのは貴方の脳内妄想です。
そこへ、ミミがサイラス様に近寄っていった。
「サイラス様ぁ……かわいそう。こんなボロボロの服を着せられて……」
ミミはサイラス様のツナギの袖(機能性を追求したジッパー付き)を摘まんだ。
「きっとマーガレット様に無理やり働かされてるんですね? 『私と結婚しないと国を滅ぼすぞ』って脅されたんですよね?」
「……ミミ嬢」
サイラス様が眼鏡の位置を直しながら、冷ややかに見下ろした。
「訂正しよう。まず、この服はボロボロではない。私が設計し、王立繊維研究所に作らせた『多機能型フィールドワークウェア(試作品)』だ。防水、防汚、難燃性を備え、一着で家が建つ値段だ」
「へ?」
「そして、私は脅されてなどいない。むしろ、私が頼み込んでマーガレットの助手(パートナー)をさせてもらっている。彼女の指揮下で働くことは、この上ない知的興奮をもたらすからな」
「むずかしくてわかんない! つまり、洗脳されてるってことね!?」
ミミの翻訳機能はどうなっているのか。
「とにかく!」
ジェラルドが大声を上げた。
「マーガレット、そしてサイラス! こんな不毛なことはもうやめるんだ! 君たちの結婚なんて、誰も幸せになれない!」
「幸せですが?」
私とサイラス様は同時に答えた。
息ぴったりだ。
「嘘だ! さっき見ていたぞ! 二人が庭で言い争っているのを!」
「言い争い?」
私は記憶を辿った。
「ああ……さっきの『カブの作付け面積』についての議論のことですか? 私は『連作障害を防ぐために三割減らすべき』と主張し、サイラス様は『土壌改良剤を使えば現状維持でいける』と反論した件ですね」
「そうだ! あんなに険しい顔で睨み合っていたじゃないか!」
「あれは睨み合っていたのではありません。真剣に意見を戦わせていたのです。最終的に、サイラス様の提示したデータの信頼性が高かったので、彼の案を採用しました」
「そ、そのあと! マーガレットがサイラスの胸をドン!と叩いただろう!? あれは暴力だ!」
「あれは『やるじゃない、サイラス様』という賞賛のタッチです。コミュニケーションの一環ですが?」
「えっ……?」
ジェラルドがポカンとする。
「あ、愛のコミュニケーション……? 胸を殴ることが……?」
「殿下には理解できないかもしれませんが、私たちにとっては『愛してる』と囁き合うより、互いの論理的妥当性を認め合う方が興奮するのです」
サイラス様が不敵に笑い、私の腰に手を回した。
汚れたツナギ越しの体温が伝わってくる。
悪くない。
むしろ、共に汗を流した同志としての熱さが心地いい。
「嘘だ……そんなの愛じゃない……」
ジェラルドは後ずさった。
彼の定義する「愛」は、花畑で追いかけっこをすることや、甘い言葉を囁き合うことなのだろう。
私たちの「高効率・高密度・実利重視」の愛は、彼の理解の範疇を超えている。
「ジェラルド様ぁ……」
ミミが不安そうに王子の腕にしがみつく。
「やっぱり、手遅れなのかなぁ? 二人とも、悪の組織に改造されちゃったのかなぁ?」
「いや、まだだ! まだ諦めんぞ!」
ジェラルドは気を取り直し、ビシッと私を指差した。
「マーガレット! 君が素直になれないなら、僕が強制的に目を覚まさせてやる! ……しばらくこの屋敷に滞在する!」
「はい?」
「僕たちが本当の愛とは何か、身をもって教えてやる! そうすれば、君もきっと昔の可愛いマーガレットに戻るはずだ!」
「お断りします。客室は満室です」
「嘘をつけ! 公爵邸だぞ! 部屋なんて百個くらいあるだろう!」
「ええ、あります。ですが、現在はすべて『倉庫』として貸し出しています」
「倉庫!?」
「ゴルディ商会の在庫管理スペースとして有効活用しています。空いているのは……そうですね、馬小屋の二階か、ボブの筋トレルームの隅くらいですが」
「ば、馬鹿にするな! 僕は王子だぞ!」
「お忍びですよね? 平民なら、その辺の宿屋に泊まってください。一泊朝食付きで銀貨三枚です」
私はシッシッと手を振った。
業務の邪魔だ。
まだ堆肥のpH値を測定しなければならないのに。
「くっ……! いいだろう! 宿屋に泊まってやる! そして毎日ここに通って、君を説得してやるからな!」
「絶対に来るなよ! 覚えてろー!」
ジェラルドは捨て台詞を吐き、ミミの手を引いて走り去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は大きなため息をついた。
「……はぁ。厄介な害虫が住み着きそうですね」
「殺虫剤(実力行使)を撒くか?」
サイラス様が物騒な提案をする。
「いえ、放置しましょう。どうせ宿屋の硬いベッドと、虫の声に耐えられずに三日で逃げ帰りますよ」
「……そうだな。それよりマーガレット」
サイラス様が私の顔を覗き込んだ。
その頬には少し土がついている。
「さっきの『賞賛のタッチ』だが……次はもう少し優しく頼む。君の手刀、結構効くんだ」
「あら、ごめんなさい。サイラス様の案があまりに完璧で、つい興奮して力が入ってしまいました」
私はハンカチを取り出し、彼の頬の土を拭った。
「お詫びに、今夜は貴方の好きな『激辛ピクルス』を増量しますね」
「……それは罰ゲームか、それともご褒美か」
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