婚約破棄された悪役令嬢は、自由になって最高にハイです。

ちゃっぴー

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アデレード領での「地獄のアルバイト生活」が始まって一週間。
早朝の食堂に、ゾンビのような二人組が現れた。

「……おはようございます」
「……おはよぉ」

ジェラルド王子とミミだ。
かつての煌びやかな衣装は見る影もなく、ジェラルドは泥にまみれた作業着、ミミは野菜くずがついたエプロン姿である。
二人はフラフラと席につき、出された朝食(パンとスープのみ)を、獣のように貪り食った。

「う、うまい……! なんだこのスープは……! 五臓六腑に染み渡る……!」

ジェラルドが涙を流しながらスプーンを動かす。

「ただの野菜スープよ。具は私が剥いたジャガイモの皮だけど」

ミミが死んだ目でパンを齧る。

「皮……? いや、最高だ。自分が運んだ堆肥で育った野菜の皮が、こんなに美味しいなんて……。これが『労働の味』か」

「ジェラルド様、悟りを開くのが早すぎるわ。私はまだ、爪が割れたショックから立ち直れていないの」

二人の会話を聞きながら、私は優雅に紅茶を飲んでいた。
向かいの席では、サイラス様が新聞を読みながら小さく頷く。

「……悪くない傾向だ。ジェラルド殿下の筋肉量が三パーセント増加し、ミミ嬢のジャガイモ剥きスキルが『達人級』に達している」

「ええ。人間、追い詰められれば進化するものです。借金返済まで、あと半年といったところでしょうか」

私が手帳にチェックを入れた、その時だった。

ガタガタガタガタッ!!

屋敷が揺れるほどの轟音と共に、何かが猛スピードで接近してくる気配がした。
地震?
いいえ、違う。

「お、お嬢様ーッ!!」

またしてもボブが飛び込んできた。
最近、彼の登場が「トラブル発生」の合図になっている気がする。

「どうしたの? 今度はイノシシでも出た?」

「違います! 王家です! 王家の紋章が入った、めっちゃ豪華な馬車が十台くらい連なって、門を突破してきました!」

「十台!?」

私が窓から外を見ると、確かに黄金の馬車列が砂煙を上げて屋敷に突っ込んでくるところだった。
先頭の馬車が急停車し、中から転がり出てきたのは――。

「マ、マーガレット嬢ぉぉぉぉ!!」

立派な髭を蓄えた初老の男性。
この国の国王陛下、その人であった。

   ◇

「へ、陛下!?」

ジェラルドがスープを吹き出した。

「ち、父上!? なぜここに!?」

「ジェラルド! お前もいたのか! なんだその格好は! 乞食か!?」

「アルバイトです!」

「もうよい! そんなことはどうでもよい!」

国王陛下はなりふり構わず、応接間に押し入ってきた。
その後ろには、宰相閣下(サイラス様の上司)や、大臣たちがズラリと続く。
全員、顔色が悪い。
まるでこの世の終わりのような表情だ。

「マーガレット嬢! 頼む、戻ってきてくれ! 今すぐにだ!」

陛下がいきなり私の手を取り、懇願した。

「国が……国がもう限界なのだ!」

「はあ。先日、サイラス様が応急処置をして、一応機能は回復したはずですが?」

私が冷静に返すと、陛下は首をブンブンと横に振った。

「あれだけでは足りん! サイラスがいなくなり、マーガレットがいなくなり、そしてジェラルド(バカ)までいなくなって……城に残ったのは『指示待ち人間』ばかりなのだ!」

陛下が悲痛な叫びを上げる。

「誰も決断しない! 誰も責任を取らない! 『サイラス様の指示がないので』『マーガレット様のチェックがないので』と言って、全ての案件が停止しておる! トイレの電球一つ交換するのに、一週間の稟議が必要な状態なのだ!」

「それは酷いですね。組織の硬直化(大企業病)です」

「さらに悪いことに、隣国の『鉄血帝国』が、この混乱に乗じて国境付近に軍を集結させているとの情報が入った!」

「鉄血帝国?」

サイラス様が新聞を畳み、鋭い眼光を放った。

「あそこは武闘派の国だ。我が国の指揮系統が麻痺している隙を突いて、侵攻してくる気か」

「そうなのだ! 向こうの皇帝から親書が届いた。『貴国の王太子は行方不明、宰相補佐はバカンス中とのこと。統治能力に疑問があるので、我が国が代わりに管理してやろうか?』とな!」

「完全に舐められていますね」

私は呆れた。
ジェラルド王子が畑で堆肥を運んでいる間に、国が乗っ取られそうになっているとは。

「もはや余の力ではどうにもならん! マーガレット嬢、サイラス! 頼む、戻って指揮を執ってくれ! このままでは国が滅びる!」

陛下がガクリと膝をつきそうになる。
一国の王がここまで頭を下げるのは異常事態だ。

私はチラリとサイラス様を見た。
彼は静かに頷いた。
(やるしかないな)という目だ。

私も頷き返し、そして陛下に向き直った。
ニッコリと、商売人の笑みを浮かべて。

「……承知いたしました、陛下。国難とあっては、見過ごすわけにはいきません」

「おお! やってくれるか!」

「ただし」

私は人差し指を立てた。

「タダではありません。今回は『アルバイト』ではなく『国家存亡の危機への対処』です。相応の対価と、権限を頂きます」

「な、なんでもやろう! 金か? 領地か?」

「いえ、私が欲しいのは『確約』です」

私は懐から、あらかじめ用意しておいた(いつか使うと思っていた)誓約書を取り出した。

「第一に、私とサイラス様に、外交および軍事に関する『全権委任状』を与えること。私の決定は陛下の決定と同義とし、一切の異論を認めないこと」

「うむ、認めよう! 今の役立たずの大臣たちより、そなたらの方がよほど信頼できる!」

後ろで大臣たちが「ぐぬぬ」と呻いたが無視だ。

「第二に、今回の事態を招いた原因(ジェラルド殿下の婚約破棄騒動)について、公式に『王家の過失』を認め、私への名誉回復を行うこと」

「もちろんだ! 新聞の一面に謝罪文を掲載させる!」

「そして第三に」

私は部屋の隅でスープを啜っていたジェラルド王子とミミを指差した。

「あの二人も連れて帰ります。ただし、王族としてではありません。『見習い』としてです」

「見習い?」

「はい。彼らには、今回の騒動の『オチ』をつけてもらわなければなりませんから」

私は不敵に笑った。
隣国との交渉。
国内の引き締め。
そして、このバカ王子たちの処遇。
全てを一度に片付ける、最高のシナリオが頭の中で組み上がっていく。

「……マーガレット。君、今すごく悪い顔をしているぞ」

サイラス様が耳打ちする。

「あら、そうですか? 『救国の英雄』になるための演出を考えていただけですよ」

「まあいい。私も腹を括ろう。……陛下、出発の準備を。我々は一時間以内に王都へ向かいます」

「おお、恩に着る! 馬車は用意してある! 一番乗り心地の良いやつだ!」

陛下が涙目で感謝する。

私は振り返り、ジェラルドたちに声をかけた。

「殿下、ミミ様。休憩時間は終了です。着替えてきなさい」

「えっ? 王都に帰れるの?」

ミミが目を輝かせる。
ジェラルドも立ち上がった。

「やった! やっとあの硬いベッドから解放される!」

「喜ぶのは早いですよ」

私は釘を刺した。

「これから向かうのは、本当の戦場です。畑仕事の方が楽だったと後悔することになるかもしれませんよ?」

「え?」

「さあ、急いで! 時は金なり、国の命運なりです!」

私が手を叩くと、屋敷全体が慌ただしく動き出した。
セバスチャンが荷物をまとめ、ボブが弁当(大量のおにぎり)を用意し、ガストンが旅の安全を祈って塩を撒く。

「行ってらっしゃいませ、お嬢様! 日本の……じゃなくて、アデレードの夜明けぜよ!」

誰の影響を受けたのか知らないが、使用人たちに見送られ、私たちは王家の馬車に乗り込んだ。

「行くぞ、マーガレット。隣国の皇帝も、まさか『最強の効率厨カップル』が出てくるとは夢にも思うまい」

「ええ。せいぜい後悔させてあげましょう。私たちの安眠を妨害した罪は、高くつきますわよ」

馬車が走り出す。
目指すは王都。
そして、クライマックスの舞台。

「……ねえ、ジェラルド様。マーガレット様、なんかラスボスみたいじゃない?」

「しっ! 聞こえるぞミミ。……でも、今の彼女になら、国を任せてもいい気がしてきた」

「なに弱気なこと言ってるの! 私たちも負けてられないわよ! ……とりあえず、馬車の中でジャガイモの皮剥きの練習しよ?」

「そうだな。僕も筋トレをする」

後ろの席で、バカ二人が何やら前向きなことを言っている。
少しは成長したのか、それとも方向性を間違えたまま全力疾走しているのか。

まあ、どちらでもいい。
私の描くシナリオ通りに動いてくれれば、それで。

「さあ、サイラス様。王都に着くまでに、隣国への『宣戦布告』……いいえ、『最終通告書(請求書)』の下書きを終わらせましょう」

「了解だ。ペンを貸してくれ」

馬車の中で、二つの頭脳がフル回転を始めた。
王都への帰還。
それは、悪役令嬢マーガレットの、華麗なる大逆転劇のフィナーレへの幕開けだった。
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