婚約破棄された悪役令嬢は、自由になって最高にハイです。

ちゃっぴー

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「――見えてきましたね」

王都を見下ろす丘の上。
馬車の窓から、サイラス様が呟いた。

「ああ、懐かしき我が職場(ブラック企業)よ」

「感傷に浸っている場合ではありません。見てください、あの煙」

私が指差した先、王都の一角から黒い煙が上がっていた。
戦闘によるものではない。
あれは……。

「……ゴミ焼却場の煙突からですね。不完全燃焼の色です。分別が徹底されていない証拠です」

「分別ごときで黒煙を上げるな。民度が下がっているぞ」

サイラス様が顔をしかめる。
王都の空気は淀んでいた。
活気がなく、どんよりとした不安が街全体を覆っているのが、ここからでもわかる。

「陛下。城門の警備状況は?」

同乗していた国王陛下に尋ねると、陛下は青ざめた顔で首を振った。

「わからん……。昨日の連絡では『門番が給料未払いでストライキ中』とのことだったが」

「門番がストライキ!? 敵軍が来たらフリーパスじゃないですか!」

私は頭を抱えた。
予想以上の末期症状だ。

「マーガレット。作戦を変更しよう」

サイラス様が眼鏡を光らせた。

「お忍びで裏門から入る予定だったが、これでは民衆のパニックを止められない。……正面から、派手に行こう」

「派手に?」

「ああ。『救世主』の帰還を演出するんだ。民衆に『もう大丈夫だ』と思わせるには、圧倒的なカリスマが必要だ」

サイラス様はニヤリと笑い、私を見た。

「できるか? 『悪役令嬢』」

「愚問ですね。派手なパフォーマンスは得意分野です」

私は扇をバチリと開いた。

「ジェラルド殿下! ミミ様! 出番です!」

後ろの席でジャガイモの皮剥き(イメージトレーニング)をしていた二人が顔を上げる。

「えっ? なになに? 僕も手を振っていいのか?」

「違います。貴方たちは『御者台』に乗りなさい」

「は?」

「王太子自ら手綱を握り、元婚約者をエスコートする。これぞ『反省と和解』の象徴的構図です。……さあ、行って!」

「ええええ!? 僕が御者ぁ!?」

   ◇

王都、正門前。
不安に駆られた市民たちが、固く閉ざされた(守衛がいないから開かない)門の前に集まっていた。

「おい、隣国の軍が来るって本当か?」
「王様も王子も逃げ出したって噂だぞ」
「もうおしまいだ……」

絶望感が漂う中、突如として門の向こうから、けたたましいラッパの音が響き渡った。

パパラパッパパ~~~♪

「な、なんだ!?」

ギギギギ……と、錆びついた音を立てて巨大な城門が開く。
そこから現れたのは。

「ど、どけどけぇぇ! 王家専用馬車のお通りだぁぁ!」

御者台で手綱を握り、必死の形相で叫ぶジェラルド王子(薄汚れた作業着姿)。
そしてその隣で、「わー! 馬さん速いー!」と能天気に手を振るミミ(野菜くず付きエプロン姿)。

「……え? 王子?」
「なんか、すごくやつれてないか?」
「隣のあれ、聖女様……だよな? なんでエプロン?」

市民たちが困惑する中、馬車は広場の中央で急停車した。
そして、扉が優雅に開かれる。

カツン。

一つの足音が響いた。
現れたのは、深紅のドレスを身に纏い、凛とした表情で立つ公爵令嬢。

「――お待たせしました、王都の皆様」

私が扇を掲げると、一瞬の静寂の後、爆発的な歓声が上がった。

「マ、マーガレット様だぁぁぁ!!」
「鉄の女が帰ってきたぞぉぉ!」
「これで助かる! もうポエムを聞かなくて済むんだ!」
「マーガレット様ぁぁ! 俺の未払い給料を計算してくれぇぇ!」

凄い人気だ。
いつの間に私はこんなに支持されていたのだろうか。
やはり、私の送った請求書の内容(王子のポエムに対する添削など)が、何らかのルートで流出し、民衆の留飲を下げていたらしい。

「静粛に!」

私が一喝すると、数千人の民衆がピタリと黙った。

「只今より、王都の正常化を宣言します! まず、財務省の機能回復! 未払い給与は、延滞金をつけて三日以内に支払います!」

『ウオオオオオオ!!』

「次に、ゴミ収集の再開! 分別ルールを守らない者は、ジェラルド殿下と共に一週間ゴミ拾いの刑に処します!」

『イエッサー!!』

「そして、隣国の脅威についてですが……」

私は馬車から降りてきたサイラス様の手を取った。

「ご安心ください。こちらの『氷の宰相補佐』が、すでに撃退プランを三つ用意しています。交渉、経済制裁、そして……」

サイラス様が眼鏡を押し上げ、冷徹な声で継いだ。

「『物理的排除』だ。アデレード領特製の『激辛ガス弾(地獄めぐり饅頭の製造過程で出る副産物)』を国境に配備済みだ。一歩でも入れば、彼らは涙と鼻水で溺れることになる」

『サイラス様万歳! 鬼畜眼鏡万歳!』

民衆の熱狂は最高潮に達した。
御者台のジェラルドが「僕……僕の影が薄い……」と呟いているが、誰も気にしていない。

「さあ、道を開けなさい! 私はこれから王城へ行き、溜まりに溜まった書類を片付けなければならないのです! 残業は嫌いなので、急ぎますよ!」

私が歩き出すと、民衆がモーゼの海割れのように道を開けた。
その道中、花束や手紙、そしてなぜか「電卓」が投げ込まれる。

「マーガレット様! これを使ってください!」
「新しいインクです!」

「ありがとう! 経費で落とします!」

私は笑顔で手を振りながら(心の中で『これ全部売ったら幾らになるかしら』と計算しつつ)、王城への道をパレードのように進んだ。

王城の門をくぐると、そこには荒れ果てた庭と、死んだ目をした使用人たちが並んでいた。
彼らは私を見るなり、涙を流して崩れ落ちた。

「お、お嬢様……! お待ちしておりました……!」
「もう限界です……! どこから手を付けていいのか……!」

侍従長が縋り付いてくる。

「泣かないで、セバスチャンの友人(侍従長)。まずは深呼吸です」

私は彼の方を叩いた。

「サイラス様、指示を」

「ああ。第一班、書類の仕分け。第二班、城内の清掃。第三班、ジェラルド殿下とミミ嬢を『隔離室(反省部屋)』へ収容」

「えっ? 僕たちも働くよ!?」

ジェラルドが抗議する。

「邪魔だ。貴様らはそこにいるだけで士気を下げる。……いや、待て」

サイラス様は何かに気づいたように顎に手を当てた。

「……ミミ嬢の『あの能力』は使えるかもしれない」

「え? 私?」

「隣国の使者が、もうすぐ到着するはずだ。……ミミ嬢、君の『お清めの舞』で、彼らを出迎えてくれないか?」

「えっ! いいの!? 私、踊っていいの!?」

「ああ。とびきり派手に、意味不明なやつを頼む。……相手の度肝を抜き、交渉のペースを乱すための『精神攻撃(ジャミング)』としてな」

「わーい! 任せて! 新作の『クルクルパーの舞』を見せてあげる!」

「……名前からしてIQが下がりそうだな」

私は苦笑した。
適材適所。
このカオスな状況すら利用して、私たちは勝利の方程式を組み立てていく。

「さあ、行きましょう。執務室の椅子が私を待っています」

私は懐中時計を見た。
午後二時。
予定通り。

「――ただいま、王都。そして、さようなら、私の平穏な日々」

私はスカートを翻し、戦場(デスク)へと向かった。
悪役令嬢マーガレットの、本当の戦いはこれからだ。
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