婚約破棄された悪役令嬢は、自由になって最高にハイです。

ちゃっぴー

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「――準備はいいか、マーガレット」

王城の控え室。
サイラス様が、私のドレスの背中の紐をギュッと締め上げた。

「くっ……。もう少し緩めてください。声が出ません」

「ダメだ。戦闘服(ドレス)に緩みは許されない。それに、背筋を伸ばしておかないと、あの重い『プレゼン資料』を持てないぞ」

「……確かに」

私は鏡を見た。
今夜の私は、漆黒のドレスに深紅のルビーをあしらった、まさに「悪役令嬢」の正装だ。
手には扇ではなく、最新型の「拡声魔道具(マイク)」と「投影魔道具(プロジェクター)のリモコン」が握られている。

「今夜の夜会は、単なる社交ではありません。我が国の復活を国内外に知らしめ、隣国『鉄血帝国』の野心を挫くための『株主総会』です」

「ああ。そして最大の議題は、『不良債権(ジェラルド殿下)』の最終処分だ」

サイラス様も、今夜ばかりは宰相補佐の正装――儀礼用の剣を佩き、勲章をつけた凛々しい姿だ。
ただし、その目は獲物を狙う猛禽類のようにギラついている。

「行きましょう。お客様をお待たせしては失礼ですから」

私は懐中時計をパチンと閉じた。
開戦の時刻だ。

   ◇

大広間は、異様な熱気に包まれていた。
国内の貴族たちはもちろん、各国の要人、そして噂の「鉄血帝国」の軍事大使までもが顔を揃えている。
彼らの目的は一つ。
「この国はもう終わりなのか、それともまだ搾り取れるのか」を見極めることだ。

特に、鉄血帝国の大使――禿頭に傷のある強面の大男――は、ワイングラス片手に周囲を威圧していた。
「フン、王太子が行方不明で、国庫も空っぽだとか? こんな国、我が帝国の属領にしてやればいい」
そんな陰口が聞こえてくる。

その時。
ファンファーレが鳴り響いた。

『ジェラルド・フォン・サン・アークライト王太子殿下、並びに、ミミ・ド・男爵令嬢、ご入場でーす!』

重厚な扉が開く。
現れたのは、白のタキシードを着たジェラルド王子と、純白のドレス(ただしデザインは少し奇抜)を着たミミだった。

「おお……」

会場がざわめく。
一週間前まで泥まみれで畑を耕していたとは思えない、完璧な着こなしだ。
(※着付けとメイクに三時間かけさせた成果だ)

ジェラルドは緊張した面持ちで、しかし堂々とレッドカーペットを歩いた。
そして、壇上に立つと、大きく深呼吸をした。

「皆様! ご心配をおかけしました! 僕は帰ってきました!」

彼が両手を広げると、サクラとして配置したボブたちが「待ってましたー!」と叫ぶ。
それにつられて、パラパラと拍手が起こる。

「僕は、短い旅に出ていました。そこで『土』に触れ、『痛み』を知り、そして真実を見つけました!」

ジェラルドが熱弁を振るう。
ほう、少しはマシな演説ができるようになったか。
私が感心しかけた、その時だった。

「その真実とは……『やはり、マーガレットには僕が必要だ』ということです!」

「は?」

私はマイクを落としそうになった。
会場も「え?」という空気で固まる。

ジェラルドは、私のいる方向へビシッと指を差した。

「マーガレット! そこにいるんだろう! 出ておいで!」

スポットライトが私に当たる。
私は舌打ちをしつつ、優雅な足取りで壇上へ向かった。
隣を歩くサイラス様からは、「殺すか?」「まだ早いです」という目配せが飛んでくる。

「殿下。何の真似ですか? 台本には『謝罪と新政策の発表』とありましたが」

私が小声で問いただすと、ジェラルドはニカッと笑った。

「台本なんて捨てたよ! 僕の魂の叫びを聞いてくれ!」

彼は私の手を取ろうとした(私が避けたので空を掴んだ)。

「マーガレット。君が冷たくなったのも、僕に厳しく当たるのも、すべては僕への『愛の裏返し』だったんだね。畑で泥まみれになった時、僕は気づいたんだ。君の厳しさは、僕を育てるための肥料だったのだと!」

「……例えが臭いですね。堆肥だけに」

「だから、僕は許そう! 君のその不器用な愛を!」

ジェラルドは懐から指輪(どこかの露店で買った安物)を取り出し、高らかに宣言した。

「マーガレット・フォン・アデレード! 君との婚約破棄を撤回する! 再び僕の婚約者となり、未来の王妃として、僕とミミを支えることを許可する!」

シーン……。

会場が静まり返った。
鉄血帝国の大使が「プッ」と吹き出す音が聞こえる。
ミミだけが「わーい! また三人で暮らせるね!」と拍手している。

「……許可する、ですか?」

私のこめかみに青筋が浮かんだ。
支える?
私が?
貴方と、そのペット(ミミ)を?
まだ私の人生を搾取するつもりか?

「……サイラス様。マイクを」

「音量は最大だ。思う存分やれ」

サイラス様からマイクを受け取った私は、壇上の中央へと進み出た。
そして、ジェラルドの手から指輪を叩き落とした。

カキンッ!
乾いた音が響く。

「お断りします」

私の声が、魔法で増幅されて会場中に轟いた。

「なっ……!?」

「皆様、お聞き苦しい妄言をお聞かせして申し訳ありません。只今より、訂正と『真実の報告会』を行わせていただきます」

パチン!と指を鳴らすと、サイラス様がリモコンを操作した。
壇上の背後に、巨大なスクリーンが投影される。

『議題:ジェラルド殿下における投資価値の分析』

「こ、これはなんだ!?」

ジェラルドが狼狽える。

「プレゼンです。殿下、貴方はご自分が『王太子』という商品価値があるとお思いでしょうが、市場の評価は違います」

私は指示棒でスクリーンを叩いた。

「まず、こちらのグラフをご覧ください。これは過去十年間の、殿下の『公務達成率』と『ポエム作成数』の相関図です」

スクリーンに、右肩下がりの青い線(公務)と、右肩上がりの赤い線(ポエム)が表示される。

「ご覧の通り、反比例しています。公務をサボればサボるほど、詩作活動は活発化。その生産性は、国のGDPに一切寄与していません」

会場から失笑が漏れる。

「次に、『コスト対効果(コスパ)』です。殿下一人を維持するためにかかる年間予算は、アデレード領の全予算に匹敵します。その内訳は、衣装代、パーティー代、そしてミミ様へのプレゼント代です」

「や、やめろ! そんな数字を出すな!」

「一方、私が殿下の尻拭いに費やした『残業時間』を時給換算すると、国家予算の三パーセントに達します。つまり、殿下と復縁することは、我が国にとって『莫大な赤字』を意味するのです!」

「ぐぬぬ……!」

私は会場の貴族たちを見渡した。

「皆様! 貴方たちは、こんな『不良債権』に娘を嫁がせたいですか? こんな『高コスト・低リターン』な王を戴きたいですか!?」

『NOォォォォォ!!』

会場が一体となった。
鉄血帝国の大使までもが、「いやぁ、あれは要らんな」と頷いている。

「そ、そんな……みんな……」

ジェラルドが膝から崩れ落ちる。
しかし、私は手を緩めない。
とどめだ。

「さらに! 今回の騒動で露呈した、殿下の『危機管理能力の欠如』!」

スライドが切り替わる。
『ミミ様の踊りによる火災(推定損害額:5億G)』
『国璽(ハンコ)排水溝詰まり事件(復旧費用:プライスレス)』
『畑での砂糖散布テロ(被害者:ボブ)』

写真付きで次々と晒される黒歴史。

「これらは全て事実です。このような人物に、国を任せられますか? 私の人生を預けられますか?」

私はジェラルドを見下ろした。

「殿下。貴方が『許す』のではありません。私が『見切った』のです。……貴方には、夫としての価値も、王としての資質も、現時点では『ゼロ』です」

「ゼロ……」

ジェラルドは真っ白に燃え尽きた。
ミミが「ゼロって数字の0? 丸くて可愛いね!」とフォローにならないことを言っている。

私は息を整え、最後にニッコリと微笑んだ。

「以上が、私が復縁を拒否する論理的理由です。ご清聴ありがとうございました」

私が深々とお辞儀をすると、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
スタンディングオベーションだ。
「ブラボー!」「よく言った!」「マーガレットを宰相に!」という声が飛ぶ。

私はマイクをサイラス様に返した。

「……ふぅ。スッキリしました」

「完璧だ、マーガレット。鉄血帝国の大使も顔面蒼白だぞ。『この国の女は怖すぎる』と震えている」

「それは何よりです。抑止力になりましたね」

これで、私の個人的な決着はついた。
だが、まだ終わらない。
この夜会の本来の目的――隣国への牽制と、国の未来を示すこと。
そのためには、崩れ落ちた王子の代わりに、誰かが「新しい光」を示さなければならない。

「……さて、サイラス様。次は貴方の番ですよ?」

「ああ。わかっている」

サイラス様が、倒れているジェラルドを跨いで、壇上の中央へと進み出た。
その手にはマイク。
そしてその瞳には、私だけに向けられた熱い光が宿っていた。

「皆様。不良債権の処理が終わったところで……次は『優良物件』のご紹介をさせていただきたい」

会場が静まり返る。
サイラス様の「公開告白(プレゼン)」が、始まろうとしていた。
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