婚約破棄?大いに結構ですわ!悪役令嬢は微笑む。

ちゃっぴー

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王宮の重厚な扉が開かれ、私と父は国王陛下の執務室へと足を踏み入れました。
そこには、頭を抱えて机に突っ伏している国王陛下と、その傍らで申し訳なさそうに佇む宰相閣下の姿がありました。

「……来たか、ガトー公爵。それにシュメロ嬢も」

国王陛下が、まるで十年は老け込んだような顔で顔を上げました。
昨夜の騒動は、既に耳に入っているようです。

「陛下、本日はお日柄もよく、絶好の債権回収日和ですわね」

私は優雅にカーテシーを披露しながら、毒をたっぷり含んだ笑みを浮かべました。

「シュメロ嬢、まずは息子の非礼を詫びさせてくれ。カイルがあれほどまで愚かだとは……。婚約破棄を、あんな公衆の面前で、しかもあんな理由でするとは夢にも思わなかったのだ」

「お言葉ですが陛下。謝罪の言葉はタダですが、私の失った時間はタダではありませんわ。まずは、こちらの書類に目を通していただけますでしょうか?」

私は、父から預かった『損害賠償請求書・確定版』を、宰相閣下を通じて陛下の手元へ届けました。
陛下がその数字を見た瞬間、目玉が飛び出しそうになるのを見逃しませんでした。

「な……っ!? 金貨一万六百枚だと!? これでは一地方の年間予算に匹敵するではないか!」

「おや、意外と安いと思われませんか? これでも、カイル殿下の『無能さ』をカバーするために私が裏で処理してきた不祥事の隠蔽工作費は、サービスで除外してありますのよ」

私が淡々と告げると、隣にいた宰相閣下がピクリと反応しました。
流石は実務のトップ、話が早そうです。

「……シュメロ嬢。今、不祥事の隠蔽とおっしゃいましたか?」

「ええ。殿下が『真実の愛』とやらに現を抜かしている間、放置されていた書類の山。リリアさんが勝手に注文した高級ドレスの代金を、王室の交際費として処理しようとした不適切な会計処理。それら全て、私が個人のコネと資金で食い止めておりました」

「陛下……」

宰相閣下の視線が、さらに鋭く陛下を射抜きます。
陛下は脂汗を流しながら、必死に弁明を試みました。

「わ、分かった! 支払おう。分割ならなんとか……」

「いいえ、陛下。私は現金での一括返済など、最初から期待しておりませんわ。現金は流動性が高く便利ですが、今の王室のキャッシュフローを考えれば現実的ではありませんもの」

私は扇子で口元を隠し、本題へと切り込みました。
父が横から、さらにもう一枚の書類を差し出します。

「では、何が望みだ? ガトー公爵」

「簡単なことです、陛下。現金が無理ならば、資産で払っていただきたい。例えば……北部の関税徴収権、あるいは王立鉱山の採掘権の譲渡。これならば、シュメロが今後独身で生きていくための十分なポートフォリオ(資産構成)となります」

父の言葉に、陛下が絶望的な声を上げました。

「そんなものを渡せば、王室の権威が……!」

「権威でパンが買えるとでも? 陛下、今の王室はカイル殿下という特大の爆弾を抱えているのです。この請求書が世間に公表され、『王子は婚約者に借金をして浮気をしていた』という噂が広まれば、それこそ権威は暴落……ストップ安間違いなしですわよ」

私の追い打ちに、陛下はついに力なくペンを手に取りました。
権威という不確かな資産よりも、実利を取らざるを得ない状況。
これこそが、ガトー家流の交渉術です。

「……分かった。北部の関税権を十年間、ガトー公爵家に委譲しよう。これで、借金の一部と相殺だ」

「ありがとうございます。残りの負債につきましては、カイル殿下を私の『債務労働者』として登録させていただくことで、利息分の支払いに充てたいと考えております」

「債務労働者……? 王子を、働かせるというのか?」

陛下が呆然として問い返します。
私は当然のように頷きました。

「ええ。殿下には、私がこれから隣国で興す新事業の『広告塔』、あるいは『荷運び』として汗を流していただく予定です。あ、もちろん給与は全額、私への返済に充てられますので、殿下の手元には一ルクも残りませんが」

「シュメロ、お前は本当に……鬼のような娘だな」

陛下が半ば感心したように、半ば恐怖に震えながら呟きました。
私は最高の褒め言葉としてそれを受け取り、深く一礼しました。

「最高級の経営者とお呼びください。お父様、これで交渉成立ですわね」

「ああ。これでガトー公爵家の今期利益は過去最高を更新するだろう。シュメロ、よくやった。これでお前は、世界で最も裕福な『元悪役令嬢』だ」

父と私は、執務室を出る際に、入れ違いで入ってきたカイル様と遭遇しました。
彼はまだ状況が飲み込めていないようで、私を見て鼻を鳴らしました。

「ふん、シュメロ。まだ未練がましく父上に泣きついているのか?」

「いいえ、殿下。泣きついているのは陛下の方ですわよ。さあ、明日からのお仕事、楽しみにしていてくださいね。あなたの筋肉が、一ルクでも多くの価値を生み出すことを期待しておりますわ」

「は? 仕事? 何を言って……おい、離せ!」

近衛騎士たちに拘束されるカイル様を尻目に、私は軽やかな足取りで王宮を後にしました。
空は青く澄み渡り、私の未来のように明るく輝いています。

「さて、次は隣国のゼイド大公にコンタクトを取らなくては。彼の領地の赤字決算、私が黒字に変えて差し上げますわよ」

私の計算機(頭脳)は、既に次の利益確定ポイントを捉えていました。
愛だの恋だのという、燃費の悪い感情に振り回される暇はありません。

私の人生という名の航海は、これからますます豊かな黄金の海へと漕ぎ出していくのです。
カイル様、そしてリリアさん。
あなたたちが泥沼の赤字人生で喘ぐ姿を、私は高みの見物……いえ、配当金を受け取りながら楽しませていただきますわ。
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