婚約破棄?大いに結構ですわ!悪役令嬢は微笑む。

ちゃっぴー

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グラン大公閣下の執務室。
そこは豪華絢爛な装飾品よりも、高く積み上げられた書類の山が主役となっている、極めて実務的な空間でした。

「さて、シュメロ嬢。君が『三ヶ月で黒字に転換する』と豪語した言葉、単なるハッタリでないことを証明してもらおうか」

ゼイド閣下は、机の上に一冊の分厚い帳簿をドサリと置きました。
それは、長年放置され、整合性が取れなくなった「呪いの書」のような風格を漂わせています。

「こちらは当領地の昨年度の支出報告書だ。我が領地の財務官たちが三人がかりで一ヶ月かけても、使途不明金の特定に至らなかった代物だ」

「あら、そんなに時間をかけたのですか? 三人もいて? 彼らの給与分だけですでに大赤字ですわね」

私は手袋を脱ぎ、迷うことなくその帳簿を開きました。
パラパラとページをめくる指先が、数字の羅列をスキャンしていきます。

「……なるほど。酷いものですわ。数字が泣いています」

「ほう。どこに不備がある?」

ゼイド閣下は椅子に深く腰掛け、鋭い視線で私を観察しています。
私は数ページ目で手を止め、ページの中央を指差しました。

「まず、この『馬車維持費』。領地内にこれほどの台数は必要ありませんわね。よく見れば、退職したはずの御者の年金が、現役の給与として二重計上されています。これは事務的なミスではなく……意図的な『横領』ですわ」

「……何だと?」

「さらに、この建築資材の仕入れ値。市場価格の三割増しで取引されています。仕入れ先の商会と、当時の担当官が接待交際費の名目で密会していた形跡が、こちらの別冊の領収書から推測できますわ」

私は流れるような動作で、次々と矛盾点を指摘していきました。
頭の中で計算機が高速回転し、不明瞭な数字の霧が晴れていきます。

「閣下。この帳簿を精査するのに、一ヶ月も必要ありません。私なら、お茶が冷めるまでの間に、どこにメスを入れるべきかリストアップできますわ」

「……面白い。続けてくれ」

「いいえ、ここからは有料です。私はボランティア活動に興味はありませんので」

私はパタンと帳簿を閉じ、ゼイド閣下を真っ向から見据えました。
閣下の瞳に、冷たい光とは別の「熱」が宿るのを感じます。

「私の提示する条件は三つです。一つ、財務に関する全権を私に委譲すること。二つ、私の決定に対する異議申し立ては閣下本人のみが、論理的な根拠をもって行うこと」

「三つ目は?」

「私が削減したコスト、および回収した使途不明金の十パーセントを、私の『成功報酬』として支払うこと。これでいかがかしら?」

ゼイド閣下はしばし沈黙しました。
部屋の中に、重厚な静寂が流れます。
普通の大公であれば、一介の令嬢(しかも他国の)にこれほどの好条件を出すことはないでしょう。
しかし、彼は「氷の徴税官」。感情よりも数字の合理性を優先する男です。

「……よかろう。君を今日から、グラン大公領の臨時財務補佐官に任命する。全権を委ねよう。ただし、一ヶ月以内に結果が出なければ、即座に国外追放だ」

「追放されるのは、私ではなく無能な財務官たちの方ですわ」

私は優雅に一礼し、勝利の笑みを浮かべました。
隣国の元婚約者は「可愛げがない」と私を捨てましたが、この国の主は、私のその「可愛げのなさ」を高く買ってくれました。

「早速ですが閣下。まずは、さきほどの横領に関わった職員たちのリストを。彼らには、私が算出した『返済計画書』にサインをしていただく必要がありますから」

「……君は、本当に容赦がないな」

「あら、最大の慈悲ですわよ? 命を取る代わりに、働く喜び(強制)を与えてあげるのですから」

私は事務机に移動し、さっそくペンを走らせ始めました。
インクの匂い、紙の擦れる音。
これこそが、私の戦場。

「シュメロ、一つ聞いていいか?」

「なんですの、閣下。私の集中力を削ぐのであれば、一秒につき金貨一枚の……」

「いや、いい。君を選んだ私の判断は、今この瞬間に『期待利回り』を大きく超えたようだ」

ゼイド閣下の言葉に、私は一瞬だけペンを止めました。
そして、誰にも見られないように、ほんの少しだけ口角を上げました。

「それは重畳。私の価値は、これからますます高騰いたしますわよ。今のうちに私を確保しておいたのは、閣下の人生で最も賢明な投資になるでしょうね」

こうして、私は隣国の大公領という新たな「市場」を手に入れました。
断罪の夜に捨てられた私は、今、その何百倍もの価値を持つ場所で、新たな黒字人生の第一歩を刻み始めたのです。
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