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「……お嬢様、本当にここでよろしいのですか? その、屋敷というよりは……ただの石造りの物置に見えますが」
馬車の御者が、同情を隠しきれない声で問いかけた。
目の前に広がるのは、北方の荒々しい岩肌が剥き出しになった山岳地帯。
そこにある「屋敷」は、長年の風雨に晒されてボロボロになり、庭には雑草すら生えていない。まさに「追放先」としてこれ以上ないほど寒々しい光景だった。
だが、馬車から降り立ったエミリーは、大きく深呼吸をして目を輝かせた。
「何を仰るの。最高ですわ! 見てごらんなさい、この地面! 踏みしめるたびに伝わる、この硬質な岩盤の感触! ああっ、素晴らしいわ!」
「はあ……。岩盤、ですか」
「ええ! そこら中の土に石灰岩と石英が混ざっていますわ。これは期待が持てますわね。さあ、荷物を下ろしてちょうだい。わたくしの愛する道具たちを傷つけないようにね!」
エミリーは、ボロ屋敷の玄関へ向かうどころか、まずは馬車の裏に積まれた「採掘用ピッケル」や「特製ふるい」を自ら確認し始めた。
そこへ、屋敷の重い扉がギギィ……と嫌な音を立てて開いた。
現れたのは、不機嫌そうな顔をした一人の老人だった。
「……誰だ。こんな見捨てられた山に、何の用だ」
「今日からこの鉱山の管理責任者として赴任いたしました、エミリー・フォン・アステリアですわ。あなたが管理人のガストン様かしら?」
「アステリア公爵家の令嬢だと……? フン、見ての通りここには何もないぞ。贅沢な食事も、ふかふかのベッドもな。精々一日で泣いて帰るがいい」
ガストンと呼ばれた老人は、鼻で笑ってエミリーを追い返そうとした。
しかし、エミリーの視線はガストンの顔ではなく、彼の足元に転がっていた「ドアストッパー代わりの石」に釘付けになっていた。
「……ちょっと、そこのあなた。動かないでくださる?」
「ああ? 何だ、文句でもあるのか」
「いいから、そのまま! ……まあ、なんてこと!」
エミリーはドレスの裾が泥に汚れるのも構わず、ガストンの足元に跪いた。
そして例のルーペを取り出し、その「ただの石」をじっくりと観察し始める。
「お、おい! 何をっ……」
「信じられませんわ! これ、ただの河原の石だと思って使っていましたの!? よく見てごらんなさい、この表面の剥離した部分から覗く、独特の脂光沢! これ、原石ですわよ!」
「はあ!? 原石だあ? そんな汚ねえ石が、宝石になるわけねえだろう。ここは百年前にもう掘り尽くされたんだよ」
「それは凡人の見立てですわ! この石の層、そして比重……。間違いないわ、これはガーネットの変種、それも極めて希少な色味を持つ原石の可能性がありますわ!」
エミリーは、汚れた石をまるで赤ん坊を抱くように大切に持ち上げた。
「ガストン様。わたくし、ここに来て正解でしたわ。ここは死んだ山などではありません。眠っているだけですわ……まだ見ぬ美しい子たちが、土の中でわたくしが掘り起こすのを待っているんですの!」
「…………」
ガストンは、開いた口が塞がらなかった。
今まで、王都から左遷されてきた役人や、落ちぶれた親族を何人も見てきた。
だが、泥まみれの石を見て頬を染め、歓喜の声を上げる公爵令嬢など、後にも先にもこの女だけだろう。
「いいですわ、ガストン様。屋敷の掃除なんて後回しで結構です。まずはわたくしに、一番深い坑道の入り口を案内してくださいませ!」
「……正気か? 中は真っ暗で、コウモリとネズミの巣だぞ」
「宝石の輝きをより鮮明に見るためには、暗闇こそが最高の舞台(ステージ)ですわ。さあ、案内して! わたくしのピッケルが、早く岩を叩きたいと震えておりますの!」
「……勝手にしろ。腰を抜かしても知らねえぞ」
呆れ果てたガストンに連れられ、エミリーは暗い坑道へと足を踏み入れた。
手にしたカンテラの灯りが、湿った岩壁を照らし出す。
普通なら、不気味さに足をすくませる場面だが、エミリーにとってはここが世界で一番豪華なパーティー会場よりも魅力的に見えていた。
「ふふ、ふふふふ……。待っていてね、わたくしの宝石(ベイビー)たち!」
エミリーの狂気にも似た情熱が、不毛と呼ばれた山に最初の火を灯した瞬間だった。
馬車の御者が、同情を隠しきれない声で問いかけた。
目の前に広がるのは、北方の荒々しい岩肌が剥き出しになった山岳地帯。
そこにある「屋敷」は、長年の風雨に晒されてボロボロになり、庭には雑草すら生えていない。まさに「追放先」としてこれ以上ないほど寒々しい光景だった。
だが、馬車から降り立ったエミリーは、大きく深呼吸をして目を輝かせた。
「何を仰るの。最高ですわ! 見てごらんなさい、この地面! 踏みしめるたびに伝わる、この硬質な岩盤の感触! ああっ、素晴らしいわ!」
「はあ……。岩盤、ですか」
「ええ! そこら中の土に石灰岩と石英が混ざっていますわ。これは期待が持てますわね。さあ、荷物を下ろしてちょうだい。わたくしの愛する道具たちを傷つけないようにね!」
エミリーは、ボロ屋敷の玄関へ向かうどころか、まずは馬車の裏に積まれた「採掘用ピッケル」や「特製ふるい」を自ら確認し始めた。
そこへ、屋敷の重い扉がギギィ……と嫌な音を立てて開いた。
現れたのは、不機嫌そうな顔をした一人の老人だった。
「……誰だ。こんな見捨てられた山に、何の用だ」
「今日からこの鉱山の管理責任者として赴任いたしました、エミリー・フォン・アステリアですわ。あなたが管理人のガストン様かしら?」
「アステリア公爵家の令嬢だと……? フン、見ての通りここには何もないぞ。贅沢な食事も、ふかふかのベッドもな。精々一日で泣いて帰るがいい」
ガストンと呼ばれた老人は、鼻で笑ってエミリーを追い返そうとした。
しかし、エミリーの視線はガストンの顔ではなく、彼の足元に転がっていた「ドアストッパー代わりの石」に釘付けになっていた。
「……ちょっと、そこのあなた。動かないでくださる?」
「ああ? 何だ、文句でもあるのか」
「いいから、そのまま! ……まあ、なんてこと!」
エミリーはドレスの裾が泥に汚れるのも構わず、ガストンの足元に跪いた。
そして例のルーペを取り出し、その「ただの石」をじっくりと観察し始める。
「お、おい! 何をっ……」
「信じられませんわ! これ、ただの河原の石だと思って使っていましたの!? よく見てごらんなさい、この表面の剥離した部分から覗く、独特の脂光沢! これ、原石ですわよ!」
「はあ!? 原石だあ? そんな汚ねえ石が、宝石になるわけねえだろう。ここは百年前にもう掘り尽くされたんだよ」
「それは凡人の見立てですわ! この石の層、そして比重……。間違いないわ、これはガーネットの変種、それも極めて希少な色味を持つ原石の可能性がありますわ!」
エミリーは、汚れた石をまるで赤ん坊を抱くように大切に持ち上げた。
「ガストン様。わたくし、ここに来て正解でしたわ。ここは死んだ山などではありません。眠っているだけですわ……まだ見ぬ美しい子たちが、土の中でわたくしが掘り起こすのを待っているんですの!」
「…………」
ガストンは、開いた口が塞がらなかった。
今まで、王都から左遷されてきた役人や、落ちぶれた親族を何人も見てきた。
だが、泥まみれの石を見て頬を染め、歓喜の声を上げる公爵令嬢など、後にも先にもこの女だけだろう。
「いいですわ、ガストン様。屋敷の掃除なんて後回しで結構です。まずはわたくしに、一番深い坑道の入り口を案内してくださいませ!」
「……正気か? 中は真っ暗で、コウモリとネズミの巣だぞ」
「宝石の輝きをより鮮明に見るためには、暗闇こそが最高の舞台(ステージ)ですわ。さあ、案内して! わたくしのピッケルが、早く岩を叩きたいと震えておりますの!」
「……勝手にしろ。腰を抜かしても知らねえぞ」
呆れ果てたガストンに連れられ、エミリーは暗い坑道へと足を踏み入れた。
手にしたカンテラの灯りが、湿った岩壁を照らし出す。
普通なら、不気味さに足をすくませる場面だが、エミリーにとってはここが世界で一番豪華なパーティー会場よりも魅力的に見えていた。
「ふふ、ふふふふ……。待っていてね、わたくしの宝石(ベイビー)たち!」
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