宝石狂いの悪役令嬢、婚約破棄で鉱山を贈られて溺愛される

ちゃっぴー

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「……ああ、この子の肌。なんて滑らかで、しっとりとした翠(みどり)なのかしら……。見つめているだけで、わたくしの視力が四・〇くらいまで回復しそうですわ」


王都にあるオルブライト公爵邸の特設工房。エミリーは、持ち帰った『呼吸するエメラルド』に最後の手入れを施していた。


部屋の中には、カイルが特注した魔導顕微鏡や、希少な油脂が並んでいる。もはやここは工房というより、宝石の聖域(サンクチュアリ)だった。


「エミリー、そろそろ休憩にしないか? もう三時間は瞬きすらしていないように見えるが」


カイルが差し出したハーブティーの香りにも、エミリーはピクリとも反応しない。


「カイル様、宝石を前に休憩などという言葉は禁句ですわ。この子の内部で光がダンスを踊っているのが見えませんか? わたくし、そのステップを乱したくないのです!」


「……ダンス、か。君の表現はいつも独特だね」


カイルが苦笑したその時、工房の重い扉がノックもなしに勢いよく開かれた。


「――見つけましたわ! こんなところにいたのね、エミリー!」


現れたのは、フリルまみれの派手なドレスに身を包んだリリアーヌだった。その後ろには、顔色の悪いヴィルフリートが申し訳なさそうに立っている。


「あら、背景(モブ)の皆様。わたくしの神聖な作業を邪魔しに来るなんて、よほど暇を持て余しているのですわね」


エミリーは一度も視線を上げず、ルーペを構えたまま答えた。


「なんですって……! いいこと、今日はヴィル様と一緒に、あなたの『不当な商売』を暴きに来て差し上げたのよ!」


「不当な商売? 何のことかしら」


「しらばっくれないで! あなたが掘り出したというその石、どうせどこかの国から盗んできたか、魔導で色を付けた偽物でしょう? 王家のルビーを騙し取ったあなたなら、やりかねないわ!」


リリアーヌは言いながら、エミリーの机の上に置かれたエメラルドに手を伸ばそうとした。


「……触るな、と言ったはずだ」


カイルが冷徹な声で遮るが、リリアーヌは止まらない。彼女は隠し持っていた「別の緑色の石」を手に、わざとらしく転んだ。


「ああっ、いけない! 手が滑って……!」


ガシャン、と石が床に転がる音が響く。リリアーヌは素早い手つきで、エミリーの机にあったエメラルドを自分の懐へ隠し、代わりに持ってきた偽物を机に置こうとした。


あまりにも古典的で、あまりにも下手なすり替え工作。


だが、エミリーは動かなかった。リリアーヌがほくそ笑んだ瞬間、エミリーの口から「クスクス」という不気味な笑い声が漏れた。


「……ふふ、ふふふ。リリアーヌ様。あなた、最高ですわ」


「えっ……? な、何がかしら?」


「あなたが今、机に置いたその『緑色の塊』。……それ、ただの着色されたプラスチックですわね? 比重があまりにも軽すぎて、空気が震える音で分かりましたわ」


エミリーはゆっくりと立ち上がり、リリアーヌへ歩み寄った。その瞳は、狂気的な鑑定士の輝きを放っている。


「さらに、あなたが懐に隠したわたくしのベイビー。……残念ですが、その子は『呼吸』しているのです。あなたの服の隙間から、翠色の光が漏れていますわよ?」


「なっ……ななな、何を言っているのよ!」


「宝石は、自分を愛さない者の手では輝きを失いますの。……カイル様、この泥棒猫さんに、本物の鑑定というものを教えて差し上げて」


カイルは合図を出し、控えていた衛兵がリリアーヌを取り押さえた。彼女の懐からは、燦然と輝くエメラルドが転がり落ちる。


「……ヴィル様、助けて! わたくし、ただ……!」


「……リリアーヌ、もういい。みっともないぞ」


ヴィルフリートは力なく項垂れた。彼は、エミリーが磨き上げたルビーの維持費で借金まみれになり、今や王宮内でも四面楚歌の状態だった。


「エミリー……。お前は、いつからそんなに強くなったんだ。昔は、私の後ろで大人しく笑っていただろう?」


「後ろ? ……ああ、そういえば、あなたの後頭部の形が歪だということをいつも観察していましたわね。……ヴィル様。わたくし、大人しくしていたわけではありません。あなたのことを『価値のない石ころ』として分類していただけですの」


エミリーは床に落ちたエメラルドを恭しく拾い上げると、埃を払うようにそっと息を吹きかけた。


「さあ、カイル様。不純物は取り除かれましたわ。建国記念祭に向けて、この子をもっと完璧に磨き上げましょう」


「ああ、そうだね。……殿下、リリアーヌ嬢の処分については、後ほど正式に抗議させていただきます。……今の彼女は、宝石の輝きを汚すゴミに過ぎない」


カイルの冷たい宣告とともに、王子とリリアーヌは引きずられるように部屋を後にした。


工房に再び静寂が戻る。


エミリーは再び椅子に座り、ルーペを構えた。その表情は、先ほどの修羅場などなかったかのように、純粋な愛に満ち溢れていた。


「……ああ、ベイビー。変な人に触られて、怖かったわね。大丈夫ですわ、わたくしが今すぐ最高級のセーム革で、全身をマッサージして差し上げますからね……!」


「(……結局、私の心配は今回も不要だったようだね)」


カイルは肩をすくめ、彼女のために新しく淹れ直したお茶の香りを静かに楽しむのだった。
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