宝石狂いの悪役令嬢、婚約破棄で鉱山を贈られて溺愛される

ちゃっぴー

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「……止まりなさい。あと零・三ミリ……。いいえ、零・二五ミリですわ。そこで光の全反射が完成する……!」


宝石帝国総本部の最深部。そこは外部の音を一切遮断した、完全なる静寂の空間だった。


エミリーは、額から流れる汗が目に入るのも構わず、魔導研磨機を操っていた。


手元にあるのは、伝説の原石『原初の光』。


研磨皿が高速回転するたび、石の内部から放出される純白の閃光が、防護ゴーグル越しでもエミリーの網膜を焼こうとする。


「……ふふ、なんて強情な子。わたくしの愛を受け入れるどころか、その輝きでわたくしを拒絶しようとするなんて。……でも無駄ですわよ。あなたの魂の形は、すでにわたくしの計算式の中にありますの!」


エミリーの集中力は、もはや人間の域を超えていた。


石が発する微細な振動から、結晶格子の歪みを読み取り、力加減をコンマ単位で調整する。


カイルは少し離れた場所で、呼吸を忘れたかのようにその光景を見守っていた。


「(……信じられない。あの石、エミリーの技術に呼応して、自分から形を変えようとしているのか?)」


その時だった。


背後の重厚な扉が、何者かの手によって「爆破」された。


凄まじい衝撃音とともに、煤けた顔のヴィルフリートと、数人のならず者たちが乱入してくる。


「――見つけたぞ! エミリー、その石を渡せ! それさえあれば、王家は再び世界の頂点に立てるのだ!」


ヴィルフリートの声は狂気に満ちていた。彼は手にした剣を振りかざし、研磨機の前で動かないエミリーへ突き進む。


カイルが瞬時に抜剣し、王子の前に立ちふさがった。


「……狂ったか、ヴィルフリート。今のエミリーに触れることは、神の怒りに触れるのと同じだぞ」


「どけ、カイル! その石は我が王都の地下にあったものだ! ならば王家の所有物であるのは当然の理屈だろうが!」


「理屈? 宝石に所有権を主張するなら、まずその輝きに耐えられる魂を持ってくるんですわね!」


エミリーが、研磨機を止めることなく叫んだ。


彼女は一度も振り返らない。視線は石のファセット(面)に吸い付いたままだ。


「ヴィル様! 今すぐそこから立ち去りなさい! あなたのその不潔な吐息のせいで、室温が零・五度上昇しましたわ! 石の膨張率が変わって、カット面が狂ったらどう責任を取ってくださるの!?」


「知るか、そんなこと! その石を寄こせと言っているんだ!」


ヴィルフリートがカイルの制止を振り切り、無理やりエミリーの腕を掴もうとした。


その瞬間。


『原初の光』が、爆発的な輝きを放った。


「……っ、うわあああああ!」


ヴィルフリートとならず者たちが、まるで目に見えない壁に弾かれたように吹き飛んだ。


石から放たれた純粋な光の波動が、邪な心を持つ者を拒絶したのだ。


エミリーは、その光の嵐の中で、たった一人だけ微笑んでいた。


「……あら。ベイビー、あなたもあの方が嫌いだったのね。……ええ、分かりますわ。その淀んだ瞳には、あなたの純潔な輝きは眩しすぎますものね」


エミリーは最後の一押しとして、研磨皿に優しく石を当てた。


キィィィィィィィン――!!


天を貫くような高音が響き渡り、部屋全体がホワイトアウトする。


やがて光が収まったとき、そこには一粒の、奇跡のような宝石が鎮座していた。


それは、どの角度から見ても虹色に輝き、それでいて中心には絶対的な「白」を抱いた、この世のものとは思えないほど美しい石だった。


「……完成ですわ。これが、わたくしとカイル様の『誓い』……そして王室の最期を告げる光ですわ」


エミリーは宝石を掲げ、床に転がっているヴィルフリートを冷たく見下ろした。


「ヴィル様。見てごらんなさい。これが、あなたが手に入れようとしていたものの正体ですわ。……でも残念。この輝きは、宝石を愛さないあなたの瞳には、ただの『痛い光』にしか見えないはずですわよ」


「……あ、ああ……見えない。何も見えない……っ!」


ヴィルフリートは両手で目を覆い、情けなく泣き喚いた。


光の拒絶を受けた王子の瞳は、今後二度と、宝石の真の美しさを捉えることはできないだろう。


「……カイル様。不純物の処理、お願いいたしますわ。……わたくし、この子のために、世界で一番頑丈なケースを作って差し上げなくては」


「ああ。……衛兵! この不法侵入者たちを連れて行け。……行き先は、北の最果てにある石炭鉱山だ。そこで一生、本物の『石の重み』を学ぶがいい」


カイルの宣告とともに、ヴィルフリートは引きずられていった。


静寂が戻った工房で、カイルはエミリーを背後から優しく抱きしめた。


「……お疲れ様、エミリー。最高の仕事だったよ」


「……ええ。でもカイル様、わたくしの次の仕事は……あなたの左胸に眠っている『心臓』という名の宝石を、わたくし専用に鑑定することですわよ?」


「……はは。それは一生かかっても終わらなそうだね」


二人は、完成した『原初の光』の煌めきの中で、静かに唇を重ねた。


悪役令嬢による宝石の革命は、ここに究極の結末を迎えようとしていた。

「……ちょっと、カイル様。そちらの角度ではありませんわ! あと二度、右へ傾けてくださいませ。わたくしのベールに縫い付けた一万個のダイヤモンドが、太陽光と完全に同調(シンクロ)する角度があるはずですわ!」


王都の歴史上、最も豪華で、そして最も「奇妙な」結婚式が始まろうとしていた。


会場は教会ではなく、エミリーが作り上げた白亜の殿堂『宝石帝国総本部』の大ホール。


集まった参列者たちは、隣国の王族から辺境の炭鉱夫まで多岐にわたり、誰もがその胸元に「エミリーによって救済された」宝石を輝かせている。


「……エミリー。もう十分すぎるほど輝いているよ。これ以上反射が強くなると、参列者たちの網膜が焼けてしまう」


カイルが苦笑しながら、タキシードの襟を正した。彼の胸元には、あの伝説の『原初の光』が、世界の王者を象徴するように鎮座している。


「何を仰るの! 一生に一度の晴れ舞台、わたくし自身が世界最高の『ブリリアント・カット』として振る舞わなくてはなりませんわ!」


エミリーは、自らハサミを入れて「石の観察がしやすいよう」に改造したウェディングドレスの裾を翻した。


ファンファーレが鳴り響き、二人は大理石のバージンロードを歩み始める。


参列者の最前列には、すっかり正装が板についたガストンや、偏屈研磨師のゼノンの姿もあった。


「……ったく、あのお嬢様らしいぜ。誓いのキスの前に、指輪の鑑定を始めなきゃいいがな」


「……いや、ガストン。あの様子じゃ、司祭の持っている聖杯の金メッキを剥がしにかかるかもしれねえぞ」


二人の予想は、半分ほど的中した。


祭壇の前に立ったエミリーは、司祭が「誓いの言葉」を述べるよりも先に、カイルが差し出した結婚指輪をひったくるように受け取った。


そして、ドレスの隠しポケットから流れるような所作で「最高級プラチナ製ルーペ」を取り出したのだ。


「……っ!? エミリー、今ここでそれを使うのかい?」


カイルが驚いて問いかけるが、エミリーの耳には届いていない。


「……ふむ。プラチナの純度、九九・九パーセント。そしてこの中央のブルーダイヤモンド……。カイル様、あなた、わたくしに黙ってまた新しい脈を叩きましたわね? この窒素含有量の少なさ、タイプIIa型の中でも極めて稀な……っ!」


「……ああ、そうだね。君の瞳の色に一番近いものを、三つの国を回って探し出したんだ。……気に入ってくれたかな?」


エミリーはルーペを離し、潤んだ瞳でカイルを見上げた。


「……最高ですわ。この屈折率、この分散光……わたくしの魂が、今、あなたの愛という名の『内部反射』で満たされていますわ!」


「……それは、プロポーズの返事として受け取っていいのかな?」


「もちろんですわ! わたくしという原石を、一生をかけて磨き続けてくださるなら……喜んで、あなたの『永久コレクション』に加わって差し上げますわ!」


二人は誓いのキスの代わりに、一つの巨大な宝石を二人で掲げた。


その瞬間、会場全体が虹色の光に包まれ、参列者たちの宝石たちが共鳴するように一斉に輝き出した。


それから、数年後――。


アステリア・オルブライト宝石帝国は、世界中の富と情報が集まる、地上で最も美しい国へと発展していた。


かつての婚約者、ヴィルフリートは石炭鉱山で「石の硬さ」を身を以て学び、リリアーヌは修道院でガラス玉を磨く日々を送っているという。


そして、エミリーとカイルの姿は、常に王宮にはなかった。


「……カイル様! 見てくださいませ、この地層のねじれ! あそこには、まだ見ぬ『ピンクの悪魔』が眠っているに違いありませんわ!」


「……はは、新婚旅行で火口の裏側に来るなんて、私たちくらいだろうね。……でも、いいよ。君が輝く場所なら、地獄の底まで付き合おう」


泥だらけのドレスに、特製ピッケルを抱えたエミリー。


そして、その隣で優雅に日傘を差し、彼女が掘り出した石を世界で一番高い価値で買い取り続けるカイル。


二人の行く先には、常に新しい「輝き」が待っている。


「さあ、ガストン様! 馬車を出してちょうだい! わたくしたちの恋(鑑定)は、まだ始まったばかりですわよ!」


エミリーの高笑いが、大陸の端から端まで、宝石の煌めきと共に響き渡る。


悪役令嬢による宝石の革命。それは、永遠に色褪せることのない『真実の愛』という名の傑作として、歴史に深く刻まれたのであった。
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