宝石狂いの悪役令嬢、婚約破棄で鉱山を贈られて溺愛される

ちゃっぴー

文字の大きさ
24 / 25

24

しおりを挟む
「……はぁ。カイル様、わたくしの執務室の空気が急に淀みましたわ。どなたか、石炭の燃えカスのような方を招き入れましたの?」


宝石帝国総本部の最上階。エミリーは、最新の超音波洗浄機でダイヤモンドを洗っていた手を止め、不機嫌そうに扉の方を向いた。


そこには、かつて彼女を「悪役令嬢」として追放した王国の、現在の実権を握る宰相が立っていた。かつての威厳はどこへやら、その顔は土気色で、肩を震わせている。


「……エミリー・フォン・アステリア嬢。いや、エミリー総帥。本日は、国家の存亡に関わる……折り入っての『ご相談』に参りました」


「ご相談? あら、わたくしへの宣戦布告なら、受付の『硬度鑑定所』で済ませてくださる? あそこなら、あなたの鋼鉄のような面の皮がどれほどのものか、ダイヤモンドの針で試して差し上げますわよ」


エミリーは再び洗浄機に視線を戻した。隣で紅茶を淹れていたカイルが、楽しそうに肩をすくめる。


「宰相殿、彼女は今、この一三〇カラットのダイヤの『機嫌』を伺うのに忙しいんだ。手短に頼むよ。……それとも、あのアホ王子が落札した四千枚の支払いが、まだ終わっていないのかい?」


カイルの言葉に、宰相は崩れ落ちるように膝をついた。


「……左様でございます! あ、あのルビーの落札以来、国庫は空っぽ……。さらには維持費で宮廷の調度品まで売り払う始末。このままでは、今月の兵士たちの給料すら払えません!」


「まあ! それは大変ですわね。兵士の方々が、槍の先端の鉄を売って食い繋がなくてはならないなんて……。宝石愛好家として、金属の流出は見過ごせませんわ」


エミリーは洗浄機からダイヤを取り出し、タオルで丁寧に拭き上げながら、ようやく宰相を正面から見据えた。


「それで? わたくしに『お金を貸してほしい』と? 金利はダイヤモンドの屈折率と同じ、年利二・四倍でよろしいかしら?」


「そ、そんな暴利を……! どうか、かつてこの国の公爵令嬢であった慈悲の心で、国家予算の半分を支援していただけないでしょうか!」


「慈悲? そんな内包物(インクルージョン)、わたくしの心からはとっくに濾過されて消えましたわ。……ですが、そうですね。わたくし、ただでお金を貸すのは嫌いですの。……代わりに、あなたのその頭の上にある『王冠』を鑑定させてくださる?」


宰相が恭しく差し出したのは、建国以来、王家が受け継いできたという黄金の王冠だった。


エミリーはそれをルーペで一瞥するなり、鼻で笑った。


「……ふふ、ふふふ。……宰相様。これ、本気でわたくしに見せたのですか?」


「な、何か問題でも……? それは我が王国の象徴、三種の高貴なる石が埋め込まれた……」


「高貴!? 笑わせないで! 中央のこのエメラルド、クラック(亀裂)を隠すために樹脂がベタベタに詰め込まれていますわ! 右側のサファイアは色ムラが酷くて、まるでカビが生えたブルーチーズ。そして左のダイヤ……これはカットが悪すぎて、光が全て底から漏れています。いわば『光の垂れ流し』ですわね!」


エミリーの痛烈な批判に、宰相は言葉を失った。


「こんなガラクタを誇りにしていたなんて、この国の美的センスを疑いますわ。……カイル様、この王冠、わたくしが『ゴミ捨て場』から拾い上げた場合の時価はどれくらいかしら?」


「そうだね……。台座の金は溶かして売れるが、石は研磨の練習台にするのが関の山だろう。金貨十枚、といったところかな?」


「金貨十枚……っ!? そんな馬鹿な! それはわが国の至宝ですよ!」


「至宝の意味を履き違えていますわ。……いいでしょう、宰相様。提案がありますの」


エミリーは椅子から立ち上がり、窓の外に広がる、今や王都よりも輝いている宝石帝国の街並みを指差した。


「わたくしが国家の借金を全て肩代わりして差し上げますわ。……その代わり、王家の所有する『全ての鉱山』と『宝物庫』の鍵を、宝石帝国へ譲渡しなさい」


「な、ななな……! それは王国の心臓を売り渡せと言うことですか!」


「あら、心臓が止まりかけているのはそちらでしょう? 宝石を愛せない王族に、石たちの世話を任せておくわけにはいきませんの。……わたくしなら、あの子たちを泥の中から救い出し、世界で一番幸せな場所に連れて行ってあげられますわ。……これは『救済』ですのよ?」


エミリーの瞳は、もはや一国の王族など恐れてはいなかった。彼女にあるのは、ただ石への純粋な、そして狂気的な愛情だけだった。


「……選ぶのですわ。このまま安物の王冠と共に国を沈めるか。それとも、宝石帝国の庇護の下で、わたくしの『コレクションの一部』として生き永らえるか」


「…………」


宰相は震える手で、譲渡契約書を受け取った。


こうして、かつて自分を追放した王国は、エミリーの「宝石コレクション」の台座へと成り下がった。


「さあ、カイル様。契約成立ですわね! まずはあのカビたブルーチーズのサファイアを、わたくしの手で徹底的に再教育(カット)して差し上げなくては!」


「はは……。王様も、今頃自分の首元が寒くなっているだろうね」


エミリーの高笑いが、王宮まで届くほど高らかに響き渡った。

「……ちょっと、カイル様。見てくださいませ。この王宮の宝物庫、湿度管理が最悪ですわ! これでは宝石たちが風邪を引いてしまいますわよ!」


王宮の最深部、重厚な鉄の扉を開いた瞬間、エミリーは憤慨して声を上げた。


かつては足を踏み入れることすら許されなかった聖域。だが今、その鍵は宝石帝国の総帥であるエミリーの手元にある。


「はは……。まあ、彼らにとって宝石は『資産』であって『家族』ではないからね。……それにしても、随分と埃が積もっている」


カイルがカンテラを掲げると、薄暗い部屋の中に、乱雑に積み上げられた金銀財宝が浮かび上がった。


エミリーはドレスの裾を豪快に捲り上げると、迷わず部屋の「一番奥」へと突き進んだ。


「……おや。エミリー、そっちは行き止まりだよ? ただの瓦礫の山に見えるが」


「いいえ。わたくしの鼻が、この奥から『歴史の重圧に耐えかねた悲鳴』を嗅ぎつけましたの! ……ガストン様、ここの岩盤を少しだけ、繊細に叩いてくださる?」


「へいへい。王宮の壁を壊すなんて、前代未聞ですぜ」


ガストンが特製の小型ピッケルを振るう。壁の一部が崩れ落ちたその時、中から古びた木箱が現れた。


それは何の装飾もなく、むしろ「隠されるために作られた」ような、無機質な箱だった。


エミリーは震える手でその蓋を開けた。


「……っ!?」


中に入っていたのは、黒く、ゴツゴツとした、およそ宝石とは呼べないほど「地味な」石の塊だった。


「……何だい、これは。石炭か? それとも、ただの鉄鉱石かな」


カイルが不思議そうに覗き込むが、エミリーの目は、すでにその石の「内部」に到達していた。


「……いいえ。違いますわ、カイル様。これは……これは『原初の光(オリジン)』。この世界の地殻が形成された瞬間の記憶を封じ込めた、宝石たちの始祖ですわ!」


エミリーはルーペを構えるのも忘れ、素手でその石を抱き上げた。


「見て、見てくださいませ! この石の内部から漏れ出る、微弱な……でも、どんな太陽よりも純粋な白色光を! これこそ、わたくしが一生をかけて探し求めていた、究極の未研磨原石ですわ!」


「原初の光……。伝説にある、磨き方一つで世界を照らす太陽にも、国を滅ぼす魔石にもなるという、あの?」


「そうですわ! ……ああ、なんてこと。この子は今まで、自分を理解できる主を待って、この暗闇の中で数千年も息を潜めていたのですわね……」


エミリーの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、石の表面を濡らした。


その瞬間、黒かった石の表面がパキパキと音を立てて剥がれ落ち、中から「全方位に虹色の閃光」を放つ、透明な核が顔を出した。


「……っ!? エミリー、君の涙が……石を呼び覚ましたのか?」


「違いますわ。この子が、わたくしの『鑑定眼(愛)』に応えてくれたのですわ。……カイル様、わたくし、決めましたわ」


エミリーは立ち上がり、石を高く掲げた。


「この『原初の光』を、わたくしの手で磨き上げます。そしてそれを、わたくしたちの結婚式の『誓いの石』にするのですわ!」


「……え? 今、さらりと結婚式と言ったかい?」


カイルが驚いて問い返すが、エミリーはすでに「どの角度からカットを始めるか」を脳内でシミュレーションし始めていた。


「当然でしょう? この子を磨き上げるには、わたくしの人生の全てを賭ける必要があります。……それを支えられるのは、世界で一番わたくしの癖(内包物)を理解している、あなたしかいませんもの!」


「……はは。なるほど、それは光栄だね。……いいよ、エミリー。君がその『究極』を磨き上げるまで、私は君の隣で、台座(人生)として寄り添い続けよう」


カイルはエミリーの手を、石ごと包み込むように握りしめた。


王宮の埃っぽい地下室は、今やどんな夜会会場よりも神聖で、輝かしい空間へと変わっていた。


「さあ、カイル様! ぐずぐずしていられませんわ! すぐに最高級の研磨機を調整しなくては! この子のために、新しい研磨理論を構築する必要がありますわよ!」


「……はいはい。……ガストン、馬車の準備だ。宝石帝国の女王様が、新しい時代を磨き始めるぞ」


エミリーの情熱は、ついに世界の理(ことわり)すらも磨き直そうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵家の養女

透明
恋愛
リーナ・フォン・ヴァンディリア 彼女はヴァンディリア公爵家の養女である。 見目麗しいその姿を見て、人々は〝公爵家に咲く一輪の白薔薇〟と評した。 彼女は良くも悪くも常に社交界の中心にいた。 そんな彼女ももう時期、結婚をする。 数多の名家の若い男が彼女に思いを寄せている中、選ばれたのはとある伯爵家の息子だった。 美しき公爵家の白薔薇も、いよいよ人の者になる。 国中ではその話題で持ちきり、彼女に思いを寄せていた男たちは皆、胸を痛める中「リーナ・フォン・ヴァンディリア公女が、盗賊に襲われ逝去された」と伝令が響き渡る。 リーナの死は、貴族たちの関係を大いに揺るがし、一日にして国中を混乱と悲しみに包み込んだ。 そんな事も知らず何故か森で殺された彼女は、自身の寝室のベッドの上で目を覚ましたのだった。 愛に憎悪、帝国の闇 回帰した直後のリーナは、それらが自身の運命に絡んでくると言うことは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのだった―― ※月曜にから毎週、月、水曜日の朝8:10、金曜日の夜22:00投稿です。 小説家になろう様でも掲載しております。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

逃げた先で見つけた幸せはずっと一緒に。

しゃーりん
恋愛
侯爵家の跡継ぎにも関わらず幼いころから虐げられてきたローレンス。 父の望む相手と結婚したものの妻は義弟の恋人で、妻に子供ができればローレンスは用済みになると知り、家出をする。 旅先で出会ったメロディーナ。嫁ぎ先に向かっているという彼女と一晩を過ごした。 陰からメロディーナを見守ろうと、彼女の嫁ぎ先の近くに住むことにする。 やがて夫を亡くした彼女が嫁ぎ先から追い出された。近くに住んでいたことを気持ち悪く思われることを恐れて記憶喪失と偽って彼女と結婚する。 平民として幸せに暮らしていたが貴族の知り合いに見つかり、妻だった義弟の恋人が子供を産んでいたと知る。 その子供は誰の子か。ローレンスの子でなければ乗っ取りなのではないかと言われたが、ローレンスは乗っ取りを承知で家出したため戻る気はない。 しかし、乗っ取りが暴かれて侯爵家に戻るように言われるお話です。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー
恋愛
公爵令嬢リペは、厳しい王妃教育と窮屈な未来から逃れるため、ある画期的な計画を思いつく。それは、世にも恐ろしい「悪役令嬢」になりきって、完璧な第一王子カイルに婚約破棄を叩きつけること! さっそくリペは、高笑いと共に「不敬な態度」「無駄遣い」「嫌がらせ」といった悪行の数々を繰り出すが……。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

処理中です...