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「……ああ、王都の空気。なんて不純物(ほこり)に満ちているのかしら! ガストン様、早く防護壁を閉じてちょうだい。わたくしの火竜の眼が、排気ガスでくすんでしまいますわ!」
王都の正門。伝説の火竜の眼を積んだ『移動式工房馬車』が帰還すると、街中がひっくり返るような騒ぎになった。
門から大通りにかけて、身動きが取れないほどの群衆が詰めかけている。かつて「宝石狂いの悪役令嬢」と蔑まれたエミリーを、今や人々は「石の聖女」と呼んで称えていた。
「エミリー、あまり窓の外にピッケルを突き出さないでくれ。歓迎の群衆が、君に刺されようと一歩引いてしまっているよ」
「何を仰るの、カイル様。これは勝利の象徴ですわ! 見てください、この街の至る所に、わたくしの鑑定を待っている『悲鳴を上げたジュエリー』たちが溢れていますのよ!」
エミリーの瞳は、群衆の顔ではなく、彼らの指先や首元で輝く(あるいは曇っている)石だけに固定されていた。
馬車が向かったのは、王都の一等地。カイルが密かに買い進めていた広大な敷地に、白亜の殿堂が完成していた。
そこには大きな看板が掲げられている――『アステリア・オルブライト宝石帝国・総本部』。
「……ふふ、ふふふ。ここがわたくしの城。世界中の石が集まり、わたくしの愛によって磨き直される聖域ですわ!」
「ああ。ここから君の情熱を世界に発信しよう。……さあ、開館の準備だ」
カイルが優しくエミリーの背中を押した。だが、二人が総本部の奥にある、世界最高峰の警備魔法が施された『宝石展示室』に足を踏み入れたとき、そこには先客がいた。
「――見つけたわ。ついに、あんたの弱点を見つけたわよ、エミリー!」
暗がりに立っていたのは、ボロボロのドレスを纏い、髪を振り乱したリリアーヌだった。
その目は血走り、手には怪しく光る液体が入った小瓶が握られている。
「あら、リリアーヌ様。そんなところに隠れて、かくれんぼでもしていらしたの? 残念ですが、あなたのその安物の香水の匂い、石たちの清浄な空気を乱していますわよ」
エミリーは眉根を寄せ、扇子で空気を仰いだ。
「黙りなさい! あんたのせいで! あんたが宝石なんて変なものに夢中にならなければ、わたくしはヴィル様と幸せに暮らせていたはずなのよ!」
「逆恨みもいいところですわね。あなたが幸せになれなかったのは、愛よりも欲、それも『偽物の石』で自分を飾ろうとしたその薄っぺらな精神構造のせいですわ」
「うるさい! この小瓶の中身……石を跡形もなく溶かす『魔導溶解液』よ! あんたが命より大事にしているその火竜の眼、今すぐドロドロの泥水に変えてやるわ!」
リリアーヌが叫び、小瓶を高く掲げた。カイルが即座に前に出ようとしたが、エミリーは一歩速く、驚くべき速さでリリアーヌの元へ歩み寄った。
「……ちょっと、それ。もう一度近くで見せてくださる?」
「は、はあ!? 近づくんじゃないわよ! 今すぐ投げるわよ!」
「いいから見せなさいな! その液体の色、そしてこの独特の沈殿物……。ガストン様、顕微鏡を持ってきてちょうだい!」
「へいへい、お嬢様。……って、リリアーヌ、お前まだやってんのか」
ガストンが呆れ顔で機材を運んでくる。エミリーはリリアーヌの手を強引に掴むと、小瓶の中身を凝視した。
「……なんてこと。リリアーヌ様、あなた、騙されましたわね」
「……え? 騙された……?」
「これ、ただの『濃縮した葡萄ジュース』ですわ。魔導で少し光らせているだけで、石を溶かすどころか、せいぜい甘い匂いが漂うだけですわよ。……ああ、でも糖分が石の表面に付着するとベタつきますわね。宝石にとっては、ある意味で溶解液よりタチの悪いテロ行為ですわ!」
エミリーが怒り心頭で小瓶を取り上げた。リリアーヌはその場にへたり込み、絶望の声を上げた。
「う、嘘よ……。わたくし、全財産を叩いて、あの闇商人に『最強の武器』だと言われて……」
「不純物に不純物を重ねるからそうなるのですわ。……カイル様、この可哀想な『石ころ以下の存在』を、地下の警備詰所へ連れて行ってちょうだい。……あ、その前に、彼女の着ているドレスのガラスビーズ、全部回収して分別しなくては。素材の再利用は大切ですもの」
「……エミリー、ドレスのビーズまで剥ぎ取るのは、ある意味で処刑より残酷じゃないかい?」
「何を仰るの、カイル様。リリアーヌ様のような『偽物』に、ガラスとはいえキラキラしたものを纏わせるのは、石に対する虐待ですわ!」
リリアーヌは衛兵に引きずられていった。その叫び声は、エミリーにとっては「屈折率の低いノイズ」にしか聞こえていなかった。
「さて、カイル様。邪魔者は消えましたわ。いよいよ、わたくしたちの帝国の扉を開く時ですわね」
エミリーは展示室の中央、まだ空席の台座の前に立った。そこに置かれるのは、火山から持ち帰った、あのアツアツの火竜の眼。
「ああ。今日から世界中の宝石たちが、君という太陽の下で輝き始めるんだ。……準備はいいかい?」
「もちろんですわ! わたくしのルーペが、今か今かと震えておりますの!」
エミリーが豪華な幕を引き抜いた瞬間、王都の空に、まばゆいばかりの緑と赤の光が放たれた。
それは、悪役令嬢が作り上げた、世界で最も「硬く、美しい」帝国の誕生を告げる光だった。
「さあ、いらっしゃいませ! 悩める宝石(ベイビー)たち! わたくしが、あなた方の真実の価値を、この瞳で暴いて差し上げますわ!」
エミリーの哄笑が、王都の隅々まで響き渡った。
「……次の方! わたくしの貴重な鑑定時間を、ただのガラス玉の持ち込みで無駄にしないでくださいませね!」
白亜の殿堂、『アステリア・オルブライト宝石帝国・総本部』。その豪華な最深部にあるエミリーの執務室には、今日も朝から「救済」を求める人々が列をなしていた。
エミリーは、最新式の魔導顕微鏡と特製ルーペを交互に使い分けながら、持ち込まれる石を次々と裁いていく。
「お、お嬢様……いえ、帝国総帥。こちらを……。我が家に代々伝わる『嘆きのサファイア』でございます。これを持つ者は、夜な夜な石の中から聞こえる女の啜り泣きにうなされるという……」
震える手で黒い箱を差し出したのは、遠方の領地からやってきたという伯爵だった。
エミリーはその言葉を聞いた瞬間、椅子から身を乗り出し、伯爵の手から箱を奪い取った。
「啜り泣くサファイア!? まあ! なんて情熱的な自己主張をする子かしら! 早く見せてちょうだい、その子の『声』を!」
「あ、ああ……。やはり、呪いを恐れぬお方だ……」
箱が開けられると、そこには深い群青色のサファイアが鎮座していた。一見すると美しい石だが、確かにその中心部には、澱んだ霧のような不気味な影が揺らめいている。
エミリーはすぐさまルーペを瞳に固定し、サファイアを光源に透かした。
「……ふむ。なるほど。啜り泣き、ですか。……カイル様、ちょっとこれを見てくださる?」
傍らで優雅に書類に目を通していたカイルが、苦笑しながら歩み寄る。
「どれだい? ……ほう、これはまた、珍しい内包物(インクルージョン)だね。チューブ状の空洞が、網目状に広がっている」
「そうですわ! 伯爵、お聞きなさい。この子の呪いの正体、それは『物理現象』ですわよ」
「ぶ、物理現象……? 幽霊の仕業ではないのですか?」
エミリーはピッケルの先端で、石の表面にある微細な亀裂を指し示した。
「このサファイアの内部にある無数のチューブ状の空洞……そこに、夜間の気温低下で結露した水分が入り込み、風や振動で空気が抜ける際に、笛のような音を鳴らしていただけですわ。つまり、この子はただ『笛を吹くのが得意な子』だったんですの!」
「……笛? 呪いではなく、笛……?」
「ええ! そしてこの不気味な霧のような影は、内部に含まれた極微細な酸化チタンの結晶が、特定の光を散乱させているだけですわ。これをわたくしが『シルキー・サファイア』として最高の色味に磨き直して差し上げますわ。……そうすれば、啜り泣きは『勝利の歌声』に変わりますわよ!」
エミリーは有無を言わさぬ勢いで、石を研磨機へとセットした。
「さあ、ベイビー。あなたの喉に詰まった『空気の塊』を取り除いてあげますからね……。カイル様、仕上げ用の超微粒子ダイヤモンドペーストをお願いしますわ!」
「はいはい。君がそうして石を『解体』しているときは、本当に楽しそうだね」
カイルが手慣れた動作で研磨剤を差し出す。
数時間後。伯爵の手に戻されたサファイアは、もはや「嘆き」の気配など微塵もない、銀色の光の筋を放つ『スターサファイア』へと変貌を遂げていた。
「……お、おお……! なんという輝きだ……。音がしない……。いや、それどころか、見ているだけで勇気が湧いてくるようだ!」
「当然ですわ。わたくしが、この子のポテンシャルを最大限に引き出したのですもの。……伯爵、石を呪う前に、まずその子の『呼吸』を理解してあげなさいな。宝石は、正しく愛せれば最高の相棒になりますのよ」
「……は、はい! ありがとうございます、石の聖女様!」
伯爵が感激の涙を流しながら去っていくと、エミリーは大きく伸びをして、カイルの胸に頭を預けた。
「……疲れましたわ、カイル様。人の心は、石の硬度ほど一筋縄ではいきませんわね」
「はは、君がそれを言うのかい? ……だが、今の依頼で、また帝国の名声は高まった。……世界中から集まる『不遇な石』を救う。これが、君の選んだ悪役令嬢としての……いいえ、宝石帝国の女王としての道なんだね」
カイルはエミリーの額にそっとキスを落とした。
「ええ。わたくしを追放したこの国が、宝石の本当の価値を知るまで……わたくしのルーペは光り続けますわよ!」
エミリーの野望は、もはや一国の王室などという小さな器に収まるものではなくなっていた。
次なる「患者」を求めて、彼女の瞳は再び、まだ見ぬ原石の輝きを求めて鋭く光るのだった。
王都の正門。伝説の火竜の眼を積んだ『移動式工房馬車』が帰還すると、街中がひっくり返るような騒ぎになった。
門から大通りにかけて、身動きが取れないほどの群衆が詰めかけている。かつて「宝石狂いの悪役令嬢」と蔑まれたエミリーを、今や人々は「石の聖女」と呼んで称えていた。
「エミリー、あまり窓の外にピッケルを突き出さないでくれ。歓迎の群衆が、君に刺されようと一歩引いてしまっているよ」
「何を仰るの、カイル様。これは勝利の象徴ですわ! 見てください、この街の至る所に、わたくしの鑑定を待っている『悲鳴を上げたジュエリー』たちが溢れていますのよ!」
エミリーの瞳は、群衆の顔ではなく、彼らの指先や首元で輝く(あるいは曇っている)石だけに固定されていた。
馬車が向かったのは、王都の一等地。カイルが密かに買い進めていた広大な敷地に、白亜の殿堂が完成していた。
そこには大きな看板が掲げられている――『アステリア・オルブライト宝石帝国・総本部』。
「……ふふ、ふふふ。ここがわたくしの城。世界中の石が集まり、わたくしの愛によって磨き直される聖域ですわ!」
「ああ。ここから君の情熱を世界に発信しよう。……さあ、開館の準備だ」
カイルが優しくエミリーの背中を押した。だが、二人が総本部の奥にある、世界最高峰の警備魔法が施された『宝石展示室』に足を踏み入れたとき、そこには先客がいた。
「――見つけたわ。ついに、あんたの弱点を見つけたわよ、エミリー!」
暗がりに立っていたのは、ボロボロのドレスを纏い、髪を振り乱したリリアーヌだった。
その目は血走り、手には怪しく光る液体が入った小瓶が握られている。
「あら、リリアーヌ様。そんなところに隠れて、かくれんぼでもしていらしたの? 残念ですが、あなたのその安物の香水の匂い、石たちの清浄な空気を乱していますわよ」
エミリーは眉根を寄せ、扇子で空気を仰いだ。
「黙りなさい! あんたのせいで! あんたが宝石なんて変なものに夢中にならなければ、わたくしはヴィル様と幸せに暮らせていたはずなのよ!」
「逆恨みもいいところですわね。あなたが幸せになれなかったのは、愛よりも欲、それも『偽物の石』で自分を飾ろうとしたその薄っぺらな精神構造のせいですわ」
「うるさい! この小瓶の中身……石を跡形もなく溶かす『魔導溶解液』よ! あんたが命より大事にしているその火竜の眼、今すぐドロドロの泥水に変えてやるわ!」
リリアーヌが叫び、小瓶を高く掲げた。カイルが即座に前に出ようとしたが、エミリーは一歩速く、驚くべき速さでリリアーヌの元へ歩み寄った。
「……ちょっと、それ。もう一度近くで見せてくださる?」
「は、はあ!? 近づくんじゃないわよ! 今すぐ投げるわよ!」
「いいから見せなさいな! その液体の色、そしてこの独特の沈殿物……。ガストン様、顕微鏡を持ってきてちょうだい!」
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「……なんてこと。リリアーヌ様、あなた、騙されましたわね」
「……え? 騙された……?」
「これ、ただの『濃縮した葡萄ジュース』ですわ。魔導で少し光らせているだけで、石を溶かすどころか、せいぜい甘い匂いが漂うだけですわよ。……ああ、でも糖分が石の表面に付着するとベタつきますわね。宝石にとっては、ある意味で溶解液よりタチの悪いテロ行為ですわ!」
エミリーが怒り心頭で小瓶を取り上げた。リリアーヌはその場にへたり込み、絶望の声を上げた。
「う、嘘よ……。わたくし、全財産を叩いて、あの闇商人に『最強の武器』だと言われて……」
「不純物に不純物を重ねるからそうなるのですわ。……カイル様、この可哀想な『石ころ以下の存在』を、地下の警備詰所へ連れて行ってちょうだい。……あ、その前に、彼女の着ているドレスのガラスビーズ、全部回収して分別しなくては。素材の再利用は大切ですもの」
「……エミリー、ドレスのビーズまで剥ぎ取るのは、ある意味で処刑より残酷じゃないかい?」
「何を仰るの、カイル様。リリアーヌ様のような『偽物』に、ガラスとはいえキラキラしたものを纏わせるのは、石に対する虐待ですわ!」
リリアーヌは衛兵に引きずられていった。その叫び声は、エミリーにとっては「屈折率の低いノイズ」にしか聞こえていなかった。
「さて、カイル様。邪魔者は消えましたわ。いよいよ、わたくしたちの帝国の扉を開く時ですわね」
エミリーは展示室の中央、まだ空席の台座の前に立った。そこに置かれるのは、火山から持ち帰った、あのアツアツの火竜の眼。
「ああ。今日から世界中の宝石たちが、君という太陽の下で輝き始めるんだ。……準備はいいかい?」
「もちろんですわ! わたくしのルーペが、今か今かと震えておりますの!」
エミリーが豪華な幕を引き抜いた瞬間、王都の空に、まばゆいばかりの緑と赤の光が放たれた。
それは、悪役令嬢が作り上げた、世界で最も「硬く、美しい」帝国の誕生を告げる光だった。
「さあ、いらっしゃいませ! 悩める宝石(ベイビー)たち! わたくしが、あなた方の真実の価値を、この瞳で暴いて差し上げますわ!」
エミリーの哄笑が、王都の隅々まで響き渡った。
「……次の方! わたくしの貴重な鑑定時間を、ただのガラス玉の持ち込みで無駄にしないでくださいませね!」
白亜の殿堂、『アステリア・オルブライト宝石帝国・総本部』。その豪華な最深部にあるエミリーの執務室には、今日も朝から「救済」を求める人々が列をなしていた。
エミリーは、最新式の魔導顕微鏡と特製ルーペを交互に使い分けながら、持ち込まれる石を次々と裁いていく。
「お、お嬢様……いえ、帝国総帥。こちらを……。我が家に代々伝わる『嘆きのサファイア』でございます。これを持つ者は、夜な夜な石の中から聞こえる女の啜り泣きにうなされるという……」
震える手で黒い箱を差し出したのは、遠方の領地からやってきたという伯爵だった。
エミリーはその言葉を聞いた瞬間、椅子から身を乗り出し、伯爵の手から箱を奪い取った。
「啜り泣くサファイア!? まあ! なんて情熱的な自己主張をする子かしら! 早く見せてちょうだい、その子の『声』を!」
「あ、ああ……。やはり、呪いを恐れぬお方だ……」
箱が開けられると、そこには深い群青色のサファイアが鎮座していた。一見すると美しい石だが、確かにその中心部には、澱んだ霧のような不気味な影が揺らめいている。
エミリーはすぐさまルーペを瞳に固定し、サファイアを光源に透かした。
「……ふむ。なるほど。啜り泣き、ですか。……カイル様、ちょっとこれを見てくださる?」
傍らで優雅に書類に目を通していたカイルが、苦笑しながら歩み寄る。
「どれだい? ……ほう、これはまた、珍しい内包物(インクルージョン)だね。チューブ状の空洞が、網目状に広がっている」
「そうですわ! 伯爵、お聞きなさい。この子の呪いの正体、それは『物理現象』ですわよ」
「ぶ、物理現象……? 幽霊の仕業ではないのですか?」
エミリーはピッケルの先端で、石の表面にある微細な亀裂を指し示した。
「このサファイアの内部にある無数のチューブ状の空洞……そこに、夜間の気温低下で結露した水分が入り込み、風や振動で空気が抜ける際に、笛のような音を鳴らしていただけですわ。つまり、この子はただ『笛を吹くのが得意な子』だったんですの!」
「……笛? 呪いではなく、笛……?」
「ええ! そしてこの不気味な霧のような影は、内部に含まれた極微細な酸化チタンの結晶が、特定の光を散乱させているだけですわ。これをわたくしが『シルキー・サファイア』として最高の色味に磨き直して差し上げますわ。……そうすれば、啜り泣きは『勝利の歌声』に変わりますわよ!」
エミリーは有無を言わさぬ勢いで、石を研磨機へとセットした。
「さあ、ベイビー。あなたの喉に詰まった『空気の塊』を取り除いてあげますからね……。カイル様、仕上げ用の超微粒子ダイヤモンドペーストをお願いしますわ!」
「はいはい。君がそうして石を『解体』しているときは、本当に楽しそうだね」
カイルが手慣れた動作で研磨剤を差し出す。
数時間後。伯爵の手に戻されたサファイアは、もはや「嘆き」の気配など微塵もない、銀色の光の筋を放つ『スターサファイア』へと変貌を遂げていた。
「……お、おお……! なんという輝きだ……。音がしない……。いや、それどころか、見ているだけで勇気が湧いてくるようだ!」
「当然ですわ。わたくしが、この子のポテンシャルを最大限に引き出したのですもの。……伯爵、石を呪う前に、まずその子の『呼吸』を理解してあげなさいな。宝石は、正しく愛せれば最高の相棒になりますのよ」
「……は、はい! ありがとうございます、石の聖女様!」
伯爵が感激の涙を流しながら去っていくと、エミリーは大きく伸びをして、カイルの胸に頭を預けた。
「……疲れましたわ、カイル様。人の心は、石の硬度ほど一筋縄ではいきませんわね」
「はは、君がそれを言うのかい? ……だが、今の依頼で、また帝国の名声は高まった。……世界中から集まる『不遇な石』を救う。これが、君の選んだ悪役令嬢としての……いいえ、宝石帝国の女王としての道なんだね」
カイルはエミリーの額にそっとキスを落とした。
「ええ。わたくしを追放したこの国が、宝石の本当の価値を知るまで……わたくしのルーペは光り続けますわよ!」
エミリーの野望は、もはや一国の王室などという小さな器に収まるものではなくなっていた。
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