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「サイラス様ー! 本日の私は、お願い事という名の『極厚ポークソテー』を抱えて参りましたわ!」
騎士団演習場の門を潜るなり、ミミルの声が響き渡った。
今日はいつにも増して足取りが重い……。
物理的に重い。
彼女の両手には、三段重ねの巨大な保温容器が抱えられていたからだ。
「……ラングレー嬢。毎日毎日、貴様はよくそれほどの重量物を運べるな。もはや騎士団の入団試験に合格できるレベルの筋力だぞ」
休憩中だったサイラスが、呆れ半分、感心半分といった溜息をつきながら歩み寄ってきた。
彼はミミルの手から重い容器をひょいと取り上げ、いつものベンチへと運ぶ。
「ふふん、愛の重さ……いえ、食欲の重さですわ。さあ、開けてみてちょうだい。今日は特製の『ハニージンジャーソース』を、これでもかと煮詰めましたの!」
蓋を開けた瞬間、生姜の爽やかな香りと、蜂蜜と醤油が焦げた暴力的なまでに甘美な香りが、訓練場の砂埃を吹き飛ばした。
五センチはあろうかという豚肉の断面からは、透明な肉汁がじゅわりと溢れ出している。
「…………。……この香りは、反則だ」
サイラスの喉が、意志に反して大きく上下した。
彼は無言でナイフ(自前のサバイバルナイフ)を入れ、一切れを口に運んだ。
その瞬間、彼の眉間には深い深い「悦びの皺」が刻まれる。
「……美味い。……生姜の刺激が、肉の甘みを完璧に引き立てている。……米だ。米が欲しくなる味だ」
「あら、もちろん用意してありますわよ。胡麻を振った炊きたての銀シャリですわ!」
「……完璧だ。貴様はやはり、騎士団を食い尽くす魔女か何かなのか」
サイラスが夢中でポークソテーを口に運ぶ姿を見守りながら、ミミルは本題を切り出した。
彼女は背後から、バラの香りが立ち込める不吉な招待状を取り出す。
「実はサイラス様。……これを、読んでいただけますかしら」
サイラスは咀嚼を止め、不審げに手紙に目を通した。
読み進めるうちに、彼の周囲の空気が、ポークソテーの熱気とは正反対の冷気を帯び始める。
「……祝賀舞踏会? ……自分の幸せを見せつけるために、元婚約者を招待するだと? ……。ジュリアス殿下は、ここまで……」
サイラスの言葉が止まる。
その拳が、ミシミシと音を立てて握りしめられた。
騎士団長として、王家への忠誠心はある。
だが、一人の男として、このあまりにも卑劣で、品性の欠片もない「嫌がらせ」には、怒りを禁じ得なかったのだ。
「そうですのよ。あまりに腹立たしい……いえ、あまりに美味しそうなメニューですわよね、これ! 青い鳥のコンフィですわよ!?」
「……。ラングレー嬢、そこなのか? 貴様の怒りのポイントは、そこなのか?」
「もちろん、馬鹿にされているのは分かっていますわ。でも、私が一人で行けば、きっとカレン様や殿下は『可哀想な女』として私を見て、満足されるでしょう。……それが、我慢なりませんの」
ミミルは少しだけ、いつものおどけた態度を引っ込めた。
その瞳には、公爵令嬢としての矜持が静かに灯っている。
「私は、世界一幸せに肉を喰らっている姿を、彼らに見せつけたいのです。……そのためには、私をエスコートしてくれる、最高に頼もしくて、最高に格好良い『騎士』が必要なのですわ」
ミミルは、サイラスの目を見つめた。
「サイラス・ヴォルガード様。……私を、エスコートしていただけないかしら? ……もちろん、お礼は当日のビュッフェで一番美味しいお肉の確保と、向こう一ヶ月の特製弁当ですわ!」
サイラスはしばらく黙ったまま、最後の一切れのポークソテーを口に運んだ。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
彼の背筋は、訓練中よりもさらに真っ直ぐに伸びていた。
「……お礼など、不要だ」
「えっ……。……やっぱり、私のような『毒婦』の隣は……」
「違う。……。騎士道とは、弱きを助け、悪を挫くものだ。……。殿下のやり方は、俺の信じる騎士道には、一ミリも含まれていない」
サイラスは、ミミルの前に立ち、大きな右手を差し出した。
「……お前が、誰にも邪魔されず、心ゆくまでその『青い鳥』を喰らえるよう、俺の背中で盾になろう。……。その代わり、ラングレー嬢」
「は、はい!」
「……。当日は、俺も腹を空かせていく。……。肉の争奪戦には、俺も参加させてもらうぞ」
サイラスが、不器用な、しかしこの上なく優しい微笑みを浮かべた。
その瞬間、ミミルの心臓は、ポークソテーの脂身を摂取した時以上の高揚感で跳ね上がった。
「……はい! もちろんですわ! 二人で王宮の食糧庫を空にする勢いで、暴れてやりましょう!」
「……暴れるのは食卓だけにしろよ。……。……さあ、練習だ」
「練習……? ダンスのですか?」
「いや、……。肉を最速で口に運ぶための、腕の可動域の広げ方だ」
「さすがサイラス様! 一生ついていきますわ!」
こうして、前代未聞の「食欲と筋肉の復讐劇」が幕を開けることとなった。
当日の王宮が、どれほどの混沌に陥るか、今のミミルには楽しみで仕方がなかった。
騎士団演習場の門を潜るなり、ミミルの声が響き渡った。
今日はいつにも増して足取りが重い……。
物理的に重い。
彼女の両手には、三段重ねの巨大な保温容器が抱えられていたからだ。
「……ラングレー嬢。毎日毎日、貴様はよくそれほどの重量物を運べるな。もはや騎士団の入団試験に合格できるレベルの筋力だぞ」
休憩中だったサイラスが、呆れ半分、感心半分といった溜息をつきながら歩み寄ってきた。
彼はミミルの手から重い容器をひょいと取り上げ、いつものベンチへと運ぶ。
「ふふん、愛の重さ……いえ、食欲の重さですわ。さあ、開けてみてちょうだい。今日は特製の『ハニージンジャーソース』を、これでもかと煮詰めましたの!」
蓋を開けた瞬間、生姜の爽やかな香りと、蜂蜜と醤油が焦げた暴力的なまでに甘美な香りが、訓練場の砂埃を吹き飛ばした。
五センチはあろうかという豚肉の断面からは、透明な肉汁がじゅわりと溢れ出している。
「…………。……この香りは、反則だ」
サイラスの喉が、意志に反して大きく上下した。
彼は無言でナイフ(自前のサバイバルナイフ)を入れ、一切れを口に運んだ。
その瞬間、彼の眉間には深い深い「悦びの皺」が刻まれる。
「……美味い。……生姜の刺激が、肉の甘みを完璧に引き立てている。……米だ。米が欲しくなる味だ」
「あら、もちろん用意してありますわよ。胡麻を振った炊きたての銀シャリですわ!」
「……完璧だ。貴様はやはり、騎士団を食い尽くす魔女か何かなのか」
サイラスが夢中でポークソテーを口に運ぶ姿を見守りながら、ミミルは本題を切り出した。
彼女は背後から、バラの香りが立ち込める不吉な招待状を取り出す。
「実はサイラス様。……これを、読んでいただけますかしら」
サイラスは咀嚼を止め、不審げに手紙に目を通した。
読み進めるうちに、彼の周囲の空気が、ポークソテーの熱気とは正反対の冷気を帯び始める。
「……祝賀舞踏会? ……自分の幸せを見せつけるために、元婚約者を招待するだと? ……。ジュリアス殿下は、ここまで……」
サイラスの言葉が止まる。
その拳が、ミシミシと音を立てて握りしめられた。
騎士団長として、王家への忠誠心はある。
だが、一人の男として、このあまりにも卑劣で、品性の欠片もない「嫌がらせ」には、怒りを禁じ得なかったのだ。
「そうですのよ。あまりに腹立たしい……いえ、あまりに美味しそうなメニューですわよね、これ! 青い鳥のコンフィですわよ!?」
「……。ラングレー嬢、そこなのか? 貴様の怒りのポイントは、そこなのか?」
「もちろん、馬鹿にされているのは分かっていますわ。でも、私が一人で行けば、きっとカレン様や殿下は『可哀想な女』として私を見て、満足されるでしょう。……それが、我慢なりませんの」
ミミルは少しだけ、いつものおどけた態度を引っ込めた。
その瞳には、公爵令嬢としての矜持が静かに灯っている。
「私は、世界一幸せに肉を喰らっている姿を、彼らに見せつけたいのです。……そのためには、私をエスコートしてくれる、最高に頼もしくて、最高に格好良い『騎士』が必要なのですわ」
ミミルは、サイラスの目を見つめた。
「サイラス・ヴォルガード様。……私を、エスコートしていただけないかしら? ……もちろん、お礼は当日のビュッフェで一番美味しいお肉の確保と、向こう一ヶ月の特製弁当ですわ!」
サイラスはしばらく黙ったまま、最後の一切れのポークソテーを口に運んだ。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
彼の背筋は、訓練中よりもさらに真っ直ぐに伸びていた。
「……お礼など、不要だ」
「えっ……。……やっぱり、私のような『毒婦』の隣は……」
「違う。……。騎士道とは、弱きを助け、悪を挫くものだ。……。殿下のやり方は、俺の信じる騎士道には、一ミリも含まれていない」
サイラスは、ミミルの前に立ち、大きな右手を差し出した。
「……お前が、誰にも邪魔されず、心ゆくまでその『青い鳥』を喰らえるよう、俺の背中で盾になろう。……。その代わり、ラングレー嬢」
「は、はい!」
「……。当日は、俺も腹を空かせていく。……。肉の争奪戦には、俺も参加させてもらうぞ」
サイラスが、不器用な、しかしこの上なく優しい微笑みを浮かべた。
その瞬間、ミミルの心臓は、ポークソテーの脂身を摂取した時以上の高揚感で跳ね上がった。
「……はい! もちろんですわ! 二人で王宮の食糧庫を空にする勢いで、暴れてやりましょう!」
「……暴れるのは食卓だけにしろよ。……。……さあ、練習だ」
「練習……? ダンスのですか?」
「いや、……。肉を最速で口に運ぶための、腕の可動域の広げ方だ」
「さすがサイラス様! 一生ついていきますわ!」
こうして、前代未聞の「食欲と筋肉の復讐劇」が幕を開けることとなった。
当日の王宮が、どれほどの混沌に陥るか、今のミミルには楽しみで仕方がなかった。
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