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「レーズン・ドライ・オセロ! 貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会会場に、似つかわしくない絶叫が響き渡った。
声を上げたのは、この国の第一王子であるセドリック・プリンス。
その隣には、守護欲をそそるような、か弱い雰囲気の男爵令嬢ララ・フワリンがぴたりと寄り添っている。
私は手に持っていた最高級のブドウジュース(ノンアルコール)を一口飲み、静かにグラスを置いた。
「……セドリック殿下。今、なんとおっしゃいましたか?」
「聞こえなかったのか? 耳までしなびているようだな! 貴様のような可愛げのない悪役令嬢との婚約は破棄すると言ったのだ!」
セドリック殿下は、勝ち誇ったような顔で鼻を鳴らした。
周囲の貴族たちは、まるで劇のクライマックスでも見ているかのように、一斉にこちらを注視している。
「婚約破棄、ですか。なるほど、了解いたしました。それで、理由を伺っても?」
「白々しい! そこにいるララをいじめ、池に突き落としただろう! さらには彼女の教科書をズタズタに切り裂いたという証言も得ている!」
私は隣にいるララ・フワリン嬢に視線を移した。
彼女は「ぴえん」という効果音が聞こえてきそうなほど、目を潤ませて震えている。
「レーズン様……ひどいです……。私、ただ殿下とお話ししたかっただけなのに……」
「ララ、もう大丈夫だ。僕が君を守る。……さあレーズン、言い残すことはあるか?」
私は、ふう、と深くため息をついた。
あまりにも中身のない断罪劇に、脳の細胞が数パーセント死滅したような感覚に陥る。
「……いくつか確認させてください。まず、池に突き落としたという件。ララ様が落ちたのは、中庭にある水深十センチの装飾用噴水ですよね?」
「な、何が言いたい!」
「あの深さで溺れそうになるのは、もはや才能の域です。あと、教科書を切り裂いたという件。私は本日まで三日間、公務で隣領へ出向いておりました。物理的に不可能です。幽体離脱でもしろとおっしゃるのですか?」
セドリック殿下は一瞬言葉に詰まったが、すぐに顔を真っ赤にして叫んだ。
「だ、黙れ! 貴様はいつもそうやって理屈を並べて、僕を馬鹿にする! そもそもその名前からして気に入らないんだ。レーズンなんて、シワシワの干しぶどうではないか!」
「名前は親がつけたものですので、文句があるなら私の父であるオセロ公爵に直接おっしゃってください。それから、レーズンは栄養価が非常に高く、鉄分やカリウムが豊富に含まれた素晴らしい食材です。あなたの薄っぺらな知能を補うには、ちょうど良いおやつになると思いますが?」
「き、貴様ぁぁ!」
セドリック殿下の指がプルプルと震える。
会場のあちこちから、耐えきれないといった風の「くすくす」という笑い声が漏れ始めた。
もちろん、私に対してではなく、あまりにも正論で殴られ続けている王子に対してだ。
「大体、何が『悪役令嬢』ですか。私が今まであなたの代わりにどれだけの書類を処理し、あなたの失言をどれだけフォローしてきたと思っているのですか? あなたが今、その立派な服を着て立っていられるのは、誰のおかげだと思っているのです?」
「うるさいうるさいうるさい! 僕は王子だぞ! ララのような、僕を立ててくれる可愛い女性こそが、王妃にふさわしいんだ!」
ララ嬢が、さらに殿下の腕にしがみついて上目遣いで囁く。
「殿下ぁ……すごいです、かっこいいですぅ。レーズン様みたいに怖い人、王宮にはいりませんよねぇ?」
「ああ、その通りだ。レーズン! 今すぐここから出て行け! 貴様のような心までしなびた女は、我が国には不要だ!」
私は肩をすくめ、落ちていたナプキンで指先を軽く拭った。
内心では、ガッツポーズをしたい衝動を必死に抑えている。
(やった……! これでやっと、この無能な王子の家庭教師兼秘書兼お守り役から解放される……!)
私の実家、オセロ公爵家は代々この国の政務を支えてきた家系だ。
私自身、物心がつく前から王妃教育という名の地獄の特訓を受け、自由など一秒もなかった。
だが、このバカ……失礼、セドリック殿下が自ら婚約を破棄してくれたのだ。
これは、合法的にニート生活、あるいは自由な隠居生活を手に入れる絶好のチャンスである。
「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら、謹んでお受けいたします。婚約破棄、成立ですね?」
「ふん、今さら泣いてすがっても遅いぞ!」
「いえ、一点だけ。婚約破棄に伴う慰謝料、および私が今まで代行してきた業務のコンサルティング費用、それから精神的苦痛に対する賠償金を請求させていただきます」
「は、はあ!? 賠償金だと!?」
「私の十年間を時給換算すると、恐ろしい額になりますよ? あとで公爵家から正式に請求書を送りつけますので、覚悟しておいてください。ああ、それからそのララ様。王子の財布を当てにしているようですが、彼の個人資産は、先月の遊びすぎで既に底をついていますよ?」
ララ嬢の顔が、一瞬で能面のように無表情になった。
私はそれを見逃さなかったが、あえて何も言わずに優雅な一礼(カーテシー)を決める。
「それでは殿下。ララ様。どうぞお幸せに。私はこれから、自由という名の極上の果実を味わいに行ってまいります。……さようなら、種無しスイカ王子」
「た、種無し……!? おい、待て! 今の言葉はどういう意味だ!」
激昂する王子の声を背中で聞き流しながら、私は一度も振り返ることなく、軽やかな足取りで夜会の会場を後にした。
夜風が、驚くほど心地よい。
私の「悪役令嬢」としての人生は、ここから最高に楽しくなる予感がしていた。
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会会場に、似つかわしくない絶叫が響き渡った。
声を上げたのは、この国の第一王子であるセドリック・プリンス。
その隣には、守護欲をそそるような、か弱い雰囲気の男爵令嬢ララ・フワリンがぴたりと寄り添っている。
私は手に持っていた最高級のブドウジュース(ノンアルコール)を一口飲み、静かにグラスを置いた。
「……セドリック殿下。今、なんとおっしゃいましたか?」
「聞こえなかったのか? 耳までしなびているようだな! 貴様のような可愛げのない悪役令嬢との婚約は破棄すると言ったのだ!」
セドリック殿下は、勝ち誇ったような顔で鼻を鳴らした。
周囲の貴族たちは、まるで劇のクライマックスでも見ているかのように、一斉にこちらを注視している。
「婚約破棄、ですか。なるほど、了解いたしました。それで、理由を伺っても?」
「白々しい! そこにいるララをいじめ、池に突き落としただろう! さらには彼女の教科書をズタズタに切り裂いたという証言も得ている!」
私は隣にいるララ・フワリン嬢に視線を移した。
彼女は「ぴえん」という効果音が聞こえてきそうなほど、目を潤ませて震えている。
「レーズン様……ひどいです……。私、ただ殿下とお話ししたかっただけなのに……」
「ララ、もう大丈夫だ。僕が君を守る。……さあレーズン、言い残すことはあるか?」
私は、ふう、と深くため息をついた。
あまりにも中身のない断罪劇に、脳の細胞が数パーセント死滅したような感覚に陥る。
「……いくつか確認させてください。まず、池に突き落としたという件。ララ様が落ちたのは、中庭にある水深十センチの装飾用噴水ですよね?」
「な、何が言いたい!」
「あの深さで溺れそうになるのは、もはや才能の域です。あと、教科書を切り裂いたという件。私は本日まで三日間、公務で隣領へ出向いておりました。物理的に不可能です。幽体離脱でもしろとおっしゃるのですか?」
セドリック殿下は一瞬言葉に詰まったが、すぐに顔を真っ赤にして叫んだ。
「だ、黙れ! 貴様はいつもそうやって理屈を並べて、僕を馬鹿にする! そもそもその名前からして気に入らないんだ。レーズンなんて、シワシワの干しぶどうではないか!」
「名前は親がつけたものですので、文句があるなら私の父であるオセロ公爵に直接おっしゃってください。それから、レーズンは栄養価が非常に高く、鉄分やカリウムが豊富に含まれた素晴らしい食材です。あなたの薄っぺらな知能を補うには、ちょうど良いおやつになると思いますが?」
「き、貴様ぁぁ!」
セドリック殿下の指がプルプルと震える。
会場のあちこちから、耐えきれないといった風の「くすくす」という笑い声が漏れ始めた。
もちろん、私に対してではなく、あまりにも正論で殴られ続けている王子に対してだ。
「大体、何が『悪役令嬢』ですか。私が今まであなたの代わりにどれだけの書類を処理し、あなたの失言をどれだけフォローしてきたと思っているのですか? あなたが今、その立派な服を着て立っていられるのは、誰のおかげだと思っているのです?」
「うるさいうるさいうるさい! 僕は王子だぞ! ララのような、僕を立ててくれる可愛い女性こそが、王妃にふさわしいんだ!」
ララ嬢が、さらに殿下の腕にしがみついて上目遣いで囁く。
「殿下ぁ……すごいです、かっこいいですぅ。レーズン様みたいに怖い人、王宮にはいりませんよねぇ?」
「ああ、その通りだ。レーズン! 今すぐここから出て行け! 貴様のような心までしなびた女は、我が国には不要だ!」
私は肩をすくめ、落ちていたナプキンで指先を軽く拭った。
内心では、ガッツポーズをしたい衝動を必死に抑えている。
(やった……! これでやっと、この無能な王子の家庭教師兼秘書兼お守り役から解放される……!)
私の実家、オセロ公爵家は代々この国の政務を支えてきた家系だ。
私自身、物心がつく前から王妃教育という名の地獄の特訓を受け、自由など一秒もなかった。
だが、このバカ……失礼、セドリック殿下が自ら婚約を破棄してくれたのだ。
これは、合法的にニート生活、あるいは自由な隠居生活を手に入れる絶好のチャンスである。
「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら、謹んでお受けいたします。婚約破棄、成立ですね?」
「ふん、今さら泣いてすがっても遅いぞ!」
「いえ、一点だけ。婚約破棄に伴う慰謝料、および私が今まで代行してきた業務のコンサルティング費用、それから精神的苦痛に対する賠償金を請求させていただきます」
「は、はあ!? 賠償金だと!?」
「私の十年間を時給換算すると、恐ろしい額になりますよ? あとで公爵家から正式に請求書を送りつけますので、覚悟しておいてください。ああ、それからそのララ様。王子の財布を当てにしているようですが、彼の個人資産は、先月の遊びすぎで既に底をついていますよ?」
ララ嬢の顔が、一瞬で能面のように無表情になった。
私はそれを見逃さなかったが、あえて何も言わずに優雅な一礼(カーテシー)を決める。
「それでは殿下。ララ様。どうぞお幸せに。私はこれから、自由という名の極上の果実を味わいに行ってまいります。……さようなら、種無しスイカ王子」
「た、種無し……!? おい、待て! 今の言葉はどういう意味だ!」
激昂する王子の声を背中で聞き流しながら、私は一度も振り返ることなく、軽やかな足取りで夜会の会場を後にした。
夜風が、驚くほど心地よい。
私の「悪役令嬢」としての人生は、ここから最高に楽しくなる予感がしていた。
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