お黙りなさい!婚約破棄された毒舌令嬢は甘くない毒を吐く

ちゃっぴー

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夜会の会場を飛び出し、馬車に揺られること数十分。
私は公爵家の屋敷へと到着した。
門番や使用人たちは、予定より早すぎる私の帰宅に目を白黒させている。

「お帰りなさいませ、レーズン様。……あのご様子ですと、夜会で何かありましたか?」

出迎えた老執事のセバスが、私の晴れやかな表情を見て首を傾げる。
普通、婚約破棄された令嬢というのは、髪を振り乱して泣き喚くか、絶望に打ちひしがれているものだが。

「ええ、セバス。とっても素晴らしいことがあったわ。お父様は書斎にいらっしゃる?」

「は、はい。旦那様でしたら、ちょうど輸入ワインの帳簿と格闘されておりますが……」

「わかったわ。ちょっと『最高のお知らせ』をしてくるわね」

私はドレスの裾を軽く持ち上げ、鼻歌混じりに階段を駆け上がった。
書斎の重厚な扉を、遠慮なくノックもそこそこに開け放つ。

「お父様! 朗報ですわ! 私、たった今、クビになりました!」

「……何がだ? 輸入ブドウの関税交渉か?」

机に積み上がった書類の山から顔を上げたのは、我が父、ドライ・オセロ公爵だ。
厳格そうな見た目に反して、中身は娘に甘く、そして何より「効率」を愛する男である。

「違いますわ。もっと大きな話です。セドリック殿下から、婚約破棄を突きつけられましたの! おめでとうございます、今日から私は自由の身ですわ!」

私が両手を広げて宣言すると、お父様は手に持っていた羽ペンをポトリと落とした。
数秒の沈黙。
お父様の眼鏡がキラリと光る。

「……本当か? あの救いようのない、歩く失言製造機ことセドリック王子が、自らそう言ったのだな?」

「ええ。全貴族の前で、高らかに、それはもう嬉しそうに。ついでにララ・フワリンとかいう、お花畑を擬人化したような令嬢を隣に侍らせていましたわ」

「そうか……そうか……。ついに、ついに解放されたか!」

お父様はガタリと椅子を蹴って立ち上がると、私の手を取ってぶんぶんと振り回した。

「よくやったレーズン! お前があの無能な王子の尻拭いのために、どれほど貴重な青春を無駄にしているか、私は親として夜も眠れぬほど心を痛めていたのだ!」

「お父様もそう思ってらしたのね。私もですわ。あの方の脳内メーカーを覗いたら、おそらく『ララ様』と『お菓子』と『自尊心』の三文字で埋め尽くされているに違いありませんもの」

「全くだ。しかし、あのアホンダラ……失礼、第一王子殿下は、お前がいなくなって明日から誰が予算編成をやると思っているのだ?」

私はソファに深く腰掛け、セバスが持ってきてくれたハーブティーを一口飲んだ。

「さあ? 『愛の力でどうにかなる』とでも思っているのではないかしら。あ、そうそう、お父様。さっそくですが、慰謝料の請求書を作成してもよろしいですか?」

お父様はニヤリと口角を上げた。
その顔は、冷徹な実業家のそれである。

「もちろんだ。わが公爵家の金銭的損失、およびお前の将来への逸失利益……。それから、我が家が肩代わりしていた王室の接待費も全て上乗せして請求してやろう」

「助かりますわ。あと、私の私物として王宮に置いてある魔導計算機と、特注の事務椅子も回収しておいてください。あんな高級品、あの男の尻には勿体ないですわ」

「心得た。セバス! 今すぐ弁護士と会計士を招集しろ。今夜は徹夜で『王室を破産させるための計算書』を作るぞ!」

「畏まりました、旦那様。……皆様、本当に楽しそうで何よりでございます」

セバスが呆れたように、しかしどこか嬉しそうに一礼して下がっていった。

「さて、レーズン。お前はこれからどうするつもりだ? 王都にいれば、また別の無能が寄ってくるかもしれんぞ」

お父様が心配そうに私を見つめる。
確かに、公爵令嬢という肩書きと私の実務能力を狙って、手ぐすね引いている貴族は多いだろう。
だが、私はもう、誰かのために馬車馬のように働くのは御免だ。

「しばらくは辺境の別荘で、のんびりと過ごそうと思いますわ。お父様、あそこの領地、確か私が管理を任されていましたよね?」

「ああ、あそこか。自然は豊かだが、何もない場所だぞ? 娯楽といえば、たまに迷い込んでくる魔物くらいだ」

「それがいいんです。人間関係のしがらみがない場所で、美味しいお酒を飲んで、好きなだけ毒を吐いて過ごしたいのです。ああ、想像しただけで肌のツヤが良くなりそうですわ!」

「わっはっは! お前らしいな。よかろう、明日の朝には出発できるよう手配しよう。王室からの追っ手や再婚話は、この私が全て握りつぶしてやる」

「ありがとうございます、お父様。愛していますわ」

私はお父様と固い握手を交わした。
世間では「婚約破棄された可哀想な令嬢」として同情されるのかもしれない。
あるいは「王子に捨てられた惨めな女」と指を刺されるのかもしれない。

だが、知ったことか。
私の名前はレーズン。
甘みも酸味も凝縮された、一筋縄ではいかない女なのだ。

翌朝、私は山のような荷物(主に書類と、個人的に収集していた毒舌のネタ帳)を馬車に積み込み、住み慣れた王都を後にした。

目的地は、辺境。
そこには、私の想像を絶する「出会い」が待っているとは、この時の私はまだ知る由もなかった。
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