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「……やはり、レーズンは僕の助けを待っているに違いない! あんな辺境で、帝国の野蛮な皇子に捕らわれているなんて、可哀想な僕の婚約者(仮)!」
王宮の、埃の積もった玉座の間。
セドリック王子は、鏡の前でボロボロの騎士服を整えながら、誰に言うともなく宣言した。
食事もまともに摂れていないせいか、頬はこけ、目つきだけが異常なほど鋭くなっている。
「殿下……。捕らわれているのではなく、あちらの意思で滞在されているとの報告ですが。そもそも、公爵令嬢を『シワシワの干しぶどう』呼ばわりして追い出したのは、他ならぬ殿下でございますよ?」
残された数少ない近衛兵の一人が、虚無感を隠さずに言った。
彼は昨日から、空腹を紛らわすために革靴の紐を噛んでいた男だ。
「うるさい! あれは愛の鞭だ! レーズンも今頃、僕の寛大さと、いかに自分が無力だったかを痛感して泣いているはずだ。……よし、精鋭(腹ペコ)の者たちを集めろ! 『レーズン救出隊』の結成だ!」
こうして、馬を出す燃料(食料)すらないにもかかわらず、セドリック王子率いる「捜索隊」が辺境へと出発した。
目的はレーズンの連れ戻し。
しかしその実態は、「彼女を連れ戻さないと、明日から本当に餓死する」という生存本能に突き動かされた、文字通りの決死隊であった。
数日後。
一行は、かつての廃墟からは想像もつかないほど美しく改装された、レーズンの別荘に辿り着いた。
門の前には、なぜかエプロン姿で熱心に掃除をする初老の男がいる。
「……ん? あれはアイアン宰相ではないか!? 宰相! なぜそんなところで雑用をしている! さあ、僕と一緒にレーズンを説得し、王宮へ戻るのだ!」
セドリックが馬から転げ落ちるようにして駆け寄る。
アイアン宰相は、手に持っていた高級ハタキを止め、心底嫌そうな顔で王子を振り返った。
「……おや、どこの野良犬かと思えば、セドリック殿下ではありませんか。お引き取りください。今の私は、レーズン様の『玄関マット管理官』という重職に就いております。不潔な足でこの敷地を跨ぐなど、言語道断ですな」
「げ、玄関マット管理官……!? 宰相、君まで狂ったのか! さてはレーズンに、何か恐ろしい洗脳魔法でもかけられたのだな!」
「洗脳? 失礼な。私はただ、彼女の吐く『冷徹な正論』を浴びることで、長年王宮で溜まった心の毒をデトックスしているだけですよ。……ああ、レーズン様。本日も、私の掃除の仕方が『ナメクジの這い跡より不快だ』との至高の罵倒を、ありがとうございます!」
宰相がテラスに向かって深々と頭を下げる。
そこには、扇子を優雅に揺らしながら、最高級のハーブティーを楽しむレーズンの姿があった。
そしてその隣には、彼女の肩をこれ以上なく甘い手つきで揉んでいる、アストラ帝国の第三皇子ヴィンセントの姿も。
「……あら。何かしら、その『賞味期限切れのジャガイモ』みたいな顔をした集団は。宰相さん、うちには今、不要な生ゴミを受け入れるスペースはないって言ったはずよ?」
「申し訳ございません、レーズン様! 今すぐ、この不燃ゴミ共を領地の外へ掃き出しますので!」
レーズンの冷ややかな声が、セドリックの鼓膜を震わせる。
「レーズン! 迎えに来たぞ! もういい、君の罪は全て許してやろう! だから今すぐ王宮に戻り、あの山積みの書類を片付けるんだ! ……あと、ついでに僕に美味しいご飯を作れ!」
セドリックのあまりにも「殿下クオリティ」な発言に、庭全体が静まり返った。
ヴィンセントの肩揉みの手が止まり、その瞳に底なしの殺意が宿る。
「……レーズン。今の聞き捨てならない寝言、私の手で永遠の眠りに変えても構わないかな? 君を『書類の片付け要員』だと思っているその低能な頭蓋骨、中身を確認してみる必要があると思うんだが」
「いいわよ、ヴィンセント。そんな無駄なことにエネルギーを使わないで。……ねえ、セドリック殿下。あなた、まだ自分が『許す立場』にいると思っているのかしら? あなたのそのおめでたい脳内構造、一度分解して肥料にでもした方が、まだ世の中に貢献できるわよ」
レーズンは立ち上がり、テラスの端からセドリックを見下ろした。
「婚約破棄をしたのはあなた。私を『不要な干しぶどう』と呼んだのもあなた。……私は今、ここで最高に甘やかされ、最高に毒を吐き、最高に有能な『下僕』たちに囲まれて幸せなのよ。なぜ、わざわざ泥舟に戻って、あなたの尻拭いをしなきゃいけないのかしら? その理由を、三語以内で述べてちょうだい。できないなら、そこの門番のガルフさんに、あなたの服を全部剥ぎ取らせて追い出させるわよ」
「さ、三語……!? ええと、ええと……『僕が』『王子』『だから』!」
「……不採用。ガルフさん、やってちょうだい」
「ハッ! 喜んで!」
影から現れたガルフが、音速の動きでセドリックの襟首を掴んだ。
「待て! 離せ! 僕は王子だぞ! レーズン、君は後悔するぞ! 僕がいないと、君を誰が……ひぎゃあああ!」
セドリックはそのまま、文字通り「つまみ出され」、門の外へと放り投げられた。
ついてきた騎士たちも、ヴィンセントの一睨みで這うようにして逃げ去っていく。
「……はあ。せっかくのティータイムが、生臭い風で台無しだわ」
「すまない、レーズン。私の警備が甘かった。……お詫びに、さっきの罵倒をもう一度、今度は私だけに耳元で囁いてくれないか?」
「……あなたは本当に、救いようのない『ロイヤル粗大ゴミ』ね。あっちへ行ってなさい」
「……っ、ありがとうございます!」
レーズンの隠居生活は、もはや平穏とは程遠い「女王の宮廷」と化していた。
そして王宮の方は、いよいよ本格的に「自業自得の終わり」を迎えようとしていた。
王宮の、埃の積もった玉座の間。
セドリック王子は、鏡の前でボロボロの騎士服を整えながら、誰に言うともなく宣言した。
食事もまともに摂れていないせいか、頬はこけ、目つきだけが異常なほど鋭くなっている。
「殿下……。捕らわれているのではなく、あちらの意思で滞在されているとの報告ですが。そもそも、公爵令嬢を『シワシワの干しぶどう』呼ばわりして追い出したのは、他ならぬ殿下でございますよ?」
残された数少ない近衛兵の一人が、虚無感を隠さずに言った。
彼は昨日から、空腹を紛らわすために革靴の紐を噛んでいた男だ。
「うるさい! あれは愛の鞭だ! レーズンも今頃、僕の寛大さと、いかに自分が無力だったかを痛感して泣いているはずだ。……よし、精鋭(腹ペコ)の者たちを集めろ! 『レーズン救出隊』の結成だ!」
こうして、馬を出す燃料(食料)すらないにもかかわらず、セドリック王子率いる「捜索隊」が辺境へと出発した。
目的はレーズンの連れ戻し。
しかしその実態は、「彼女を連れ戻さないと、明日から本当に餓死する」という生存本能に突き動かされた、文字通りの決死隊であった。
数日後。
一行は、かつての廃墟からは想像もつかないほど美しく改装された、レーズンの別荘に辿り着いた。
門の前には、なぜかエプロン姿で熱心に掃除をする初老の男がいる。
「……ん? あれはアイアン宰相ではないか!? 宰相! なぜそんなところで雑用をしている! さあ、僕と一緒にレーズンを説得し、王宮へ戻るのだ!」
セドリックが馬から転げ落ちるようにして駆け寄る。
アイアン宰相は、手に持っていた高級ハタキを止め、心底嫌そうな顔で王子を振り返った。
「……おや、どこの野良犬かと思えば、セドリック殿下ではありませんか。お引き取りください。今の私は、レーズン様の『玄関マット管理官』という重職に就いております。不潔な足でこの敷地を跨ぐなど、言語道断ですな」
「げ、玄関マット管理官……!? 宰相、君まで狂ったのか! さてはレーズンに、何か恐ろしい洗脳魔法でもかけられたのだな!」
「洗脳? 失礼な。私はただ、彼女の吐く『冷徹な正論』を浴びることで、長年王宮で溜まった心の毒をデトックスしているだけですよ。……ああ、レーズン様。本日も、私の掃除の仕方が『ナメクジの這い跡より不快だ』との至高の罵倒を、ありがとうございます!」
宰相がテラスに向かって深々と頭を下げる。
そこには、扇子を優雅に揺らしながら、最高級のハーブティーを楽しむレーズンの姿があった。
そしてその隣には、彼女の肩をこれ以上なく甘い手つきで揉んでいる、アストラ帝国の第三皇子ヴィンセントの姿も。
「……あら。何かしら、その『賞味期限切れのジャガイモ』みたいな顔をした集団は。宰相さん、うちには今、不要な生ゴミを受け入れるスペースはないって言ったはずよ?」
「申し訳ございません、レーズン様! 今すぐ、この不燃ゴミ共を領地の外へ掃き出しますので!」
レーズンの冷ややかな声が、セドリックの鼓膜を震わせる。
「レーズン! 迎えに来たぞ! もういい、君の罪は全て許してやろう! だから今すぐ王宮に戻り、あの山積みの書類を片付けるんだ! ……あと、ついでに僕に美味しいご飯を作れ!」
セドリックのあまりにも「殿下クオリティ」な発言に、庭全体が静まり返った。
ヴィンセントの肩揉みの手が止まり、その瞳に底なしの殺意が宿る。
「……レーズン。今の聞き捨てならない寝言、私の手で永遠の眠りに変えても構わないかな? 君を『書類の片付け要員』だと思っているその低能な頭蓋骨、中身を確認してみる必要があると思うんだが」
「いいわよ、ヴィンセント。そんな無駄なことにエネルギーを使わないで。……ねえ、セドリック殿下。あなた、まだ自分が『許す立場』にいると思っているのかしら? あなたのそのおめでたい脳内構造、一度分解して肥料にでもした方が、まだ世の中に貢献できるわよ」
レーズンは立ち上がり、テラスの端からセドリックを見下ろした。
「婚約破棄をしたのはあなた。私を『不要な干しぶどう』と呼んだのもあなた。……私は今、ここで最高に甘やかされ、最高に毒を吐き、最高に有能な『下僕』たちに囲まれて幸せなのよ。なぜ、わざわざ泥舟に戻って、あなたの尻拭いをしなきゃいけないのかしら? その理由を、三語以内で述べてちょうだい。できないなら、そこの門番のガルフさんに、あなたの服を全部剥ぎ取らせて追い出させるわよ」
「さ、三語……!? ええと、ええと……『僕が』『王子』『だから』!」
「……不採用。ガルフさん、やってちょうだい」
「ハッ! 喜んで!」
影から現れたガルフが、音速の動きでセドリックの襟首を掴んだ。
「待て! 離せ! 僕は王子だぞ! レーズン、君は後悔するぞ! 僕がいないと、君を誰が……ひぎゃあああ!」
セドリックはそのまま、文字通り「つまみ出され」、門の外へと放り投げられた。
ついてきた騎士たちも、ヴィンセントの一睨みで這うようにして逃げ去っていく。
「……はあ。せっかくのティータイムが、生臭い風で台無しだわ」
「すまない、レーズン。私の警備が甘かった。……お詫びに、さっきの罵倒をもう一度、今度は私だけに耳元で囁いてくれないか?」
「……あなたは本当に、救いようのない『ロイヤル粗大ゴミ』ね。あっちへ行ってなさい」
「……っ、ありがとうございます!」
レーズンの隠居生活は、もはや平穏とは程遠い「女王の宮廷」と化していた。
そして王宮の方は、いよいよ本格的に「自業自得の終わり」を迎えようとしていた。
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